流転 三十一章Ψ絆Ψ
突如として閉ざされた意識。
明らかに人為的な・・・もしかして、玉梓か?
意識は覚醒してる、目は覚めてるのに体が動かない。
邪魔しやがってんな?
つー事は、大角に何かするつもりって訳か。
玉梓絡みかと、気づいて内心で舌打ち。
俺が起きてる状態は、不都合って事か?
一方大角は、化け猫の企みも知らず
久しぶりに訪れてくれた父と、義母を出迎えた。
座敷に上がった2人、父は(大角は信じてる)酒の瓶を出し
義母の酌で一献煽ると、それを慣れた手つきで義母が袖で拭う。
まあ・・普通に見れば仲睦ましい夫婦だが。
そんな2人の様子に見入る大角は、父親の左眼を隠す眼帯に気づき
思ったままに、その怪我の理由を尋ねた。
「・・・父上、眼をどうされたのです?」
「フン・・弓の稽古をしておっての、下手くその矢が刺さったのじゃ」
父は、怪我の理由をそう語った。
それはそれは大怪我だが、傷が浅いのかそんなに痛そうに見えない。
ただ黙って見つめる大角へ、話を切り替えてこう問うた。
「そんな事より・・お主、家に戻りたいと思わんか?」
家を追い出された身としては、嬉しい事に変わりはない。
やっと、父に赦してもらえたのかと思った。
自分が父を愛する気持ちが、通じたのだと大角は思い切り安堵。
父自ら、最近の豹変具合を戌氏公に城を追われたせいで
心を病んでいたのかもしれないと話す。
その中の様子を、こっそり信乃と現八が覗く。
中の者達は、話に真剣でそれには気づいていない。
「いえ父上、古河を追われたのも元はと言えば この大角のせい。」
「大角殿は本当に父上を愛しているのねぇ」
「勿論です義母上、父上と今一度親子の縁を結べるのでしたら、他に望む物などございません。」
「そう・・・では父上の為なら、どんな事でもすると?」
「はい 何でもします。」
「その言葉に偽りはありませんね?」
「はい」
親の愛をもう一度受けられると、大角は思い義母と口上約束を交わしてしまう。
それ程に、大角は父を愛し 大切に思っていた。
それを、こいつ等は利用しようとしている。
それを知らせたい、気づかせたいのに!!
うっとおしい術、使ってんじゃねぇーーーーーー!!!(ブチ切れ)
叫んでも、もがいても体が動く事はなかった。
何でだよ・・大角は、仲間かもしれないのに。
俺は知ってるのに、この気は玉梓だって。
防げたかもしれなかった、悔しい・・・俺は何も出来ないのか?
一方、義母と偽父は 大角の言葉に顔を見合わせて微笑み
一番重要らしき議題を口にした。
とんでもない頼み事だ、体が動かないのに聴覚だけはクリアだったからにも聞こえた。
「そうかそうか、実に良い倅じゃ。実はのう大角・・ワシの左眼は腐っておるのじゃ。」
「!?」
「このままではどうにもならず、膿が体中を回って死んでしまうそうな」
「何か治す手立てはないのだろうか・・・お待ち下さい、すぐに調べます!」
実父と信じて疑わない大角、父の言葉を受け医学書や
その他の本の山を、1つずつ探し始める。
偽父は、その姿は妖しげな笑みで見つめ それから背後に寝かされていたに気づいた。
化け猫は思った、息子の肝を喰ったら
こっちの新鮮そうな娘も喰ってしまおう、と。
眠らせされてるは、近づく気配と視線だけをひしひしと感じ取っていた。
「あるのよ息子殿」
「え?それは何です!?この大角に出来る事なら何でも!!」
縋るような視線を義母へ向けた大角、普段から書物を読んでる大角。
結構人より色々知ってるつもりだが、その自分が知らない事を
この義母が知っているとは、驚いたがそれよりも父を助けられるなら
そう思う気持ちが勝り、不思議に思う気持ちは消えてしまった。
「一角殿の病を治す妙薬は唯1つ、アンタの肝だってさ。」
「・・・肝」
「知らなかったのかい?漢の書にも書いてある。血を分けた子の肝を喰えば、どんな病もたちどころに治るってねぇ。
さあ、今すぐ父上に アンタの肝を頂戴な。」
流石の大角も、これは黙り込んでしまい直ぐに答えを出せない。
何でもするとは言ったが、肝をよこせという事は『死』。
何故肝を取り出せという事が、死に繋がるのか。
それは、現代と違って手術が出来ないから。
医学も進んでいない室町時代では、助かる可能性は低い。
大角は、信じられない気持ちが強く
自分に背を向けて立つ父を、其処に愛はあるのかを見極めたくて見つめた。
――が、其処に愛を見つけられぬまま 義母に冷たく急かされる。
「今父の為なら何でもすると申したであろう、その言葉を翻す気か?」
刺さるような冷たい言葉、大角もその話に少しも疑いを持ってない訳ではなかった。
だが、そうしなければ父の愛は得られない。
もう二度と共に暮らせないと、気持ち的にも追い詰められた。
其処には、諦めもあったかもしれない。
と言うより、半ばヤケクソのようにも見えた。
「・・・・分かりました、喜んで差し上げましょう。」
意を決した言葉に、背を向けていた偽父も振り返る。
振り返った父の顔を正面から見つめ、小刀を取りに大角はその場を立つ。
外で見ていた現八と信乃も、思わぬ展開にそれぞれ違った色を見せた。
現八はやっぱりか、と何処か諦めたような顔。
信乃はまさか!と呆気に取られたような目でやり取りに見入った。
は、深く強い憤りを感じていた。
こんな話は在り得ない、実の父親が息子の肝など望むか?
眼が腐る病で、実の子の肝がいるなどという話 聞いた試しもない!
大角が着物の袷を開き、肝を出せるようにもう一度袷を開いた時。
木枠の窓から様子を伺っていた信乃は、左胸の下に牡丹の痣を見つけた。
そして、化け猫と玉梓に操られし船虫が見つめる中 大角が腹を掻っ捌こうとした瞬間――!!
「待ってくれ!!」
ガラッと勢い良く戸口が開き、信乃と現八が飛び込んできた。
吃驚して動きを止めた大角の小刀を、信乃が荒々しく取り上げる。
「犬塚殿!何をなさる!!」
「肝を取るなどと、本気で言ってるのか!?」
「其処に隠れていたんなら、聞いていたのだろう!?私は父上の為なら、自分の命など惜しくはないのだ!!」
「何故分からない!幾ら自分の眼を治す為とは言え、自分の息子に肝を繰り出せと言う・・親が何処にいる。」
信乃が真剣に大角と話す中、現八は布団に寝かされていたを見つけ
上半身だけ起こし、手早く額に手を当て熱を測る。
大角がきちんと面倒を見てくれたお陰か、すっかり熱は引いていた。
それでも目覚めないのは、疲れているからなのだろうか?
体を動かせずにいたを、現八が支えて触れた途端。
どうしてか、は目覚める事が出来た。
「大角・・俺は感情も欠けてて過去の記憶もない、だから大角の気持ちはよく分からないけど・・・
大切な人を信じたい気持ちとかは分かる。」
急に目を開けたに、少し驚きを見せた現八。
自分を支えてくれてる現八に微笑み、自分の足で立ち
信乃の隣りに屈んで、大角へ言葉を伝え始めた。
「信乃の言う通りだと思う、親は子を慈しみ守る存在だ。
それに、大角の父は自分の傷を治す為なら 大切な子の命と引き換えに助かろうとする奴だったのか!?」
「・・・・」
「傷を治す為なら、実の子の命すら厭わない親なんて・・親じゃねぇ!!」
の叫ぶような言葉に、信乃が後ろを振り返り
眼帯をした一角を指してもう一度、化け猫なんだと言った。
信乃の言葉と、の言葉を受けても大角にはまだ迷いが見えた。
其処へ、隅に置いてあったしゃれこうべを
再度現八が持ち、呆然と偽父を見ていた大角に見せて言う。
「ワシにこのしゃれこうべを託したのは、赤岩殿の亡霊じゃ。
アイツに喰われたそなたの父は、死んだ今でもオマエを案じ涙を流されておった。」
「戯けた事を申すな!」
「いい加減目を覚ませ!」
亡霊の言葉で、ハッと顔を上げた大角は
差し出されていたしゃれこうべを受け取り、呆然と見つめる。
懸命に真実を伝える現八の言葉に、妖しげな笑みを浮かべながら言う偽父。
その声を聞かせまいと、現八は大角へ叫ぶ。
それでも信じたい大角、顔を上げて父を見ようとするのと同時に
痺れを切らした義母が小刀を手に立ち上がり、叫んだ。
「何をぐすぐすしておる!自分で抉るのが怖いならあたしがやってやる!!」
その顔も、狂気に満ちていて人がする事とは思えなかった。
大角へ襲い掛かる義母の前に、信乃が立ち塞がり
小刀を持つ手を押さえ、そのまま横へ押しやった。
力の差で転んだ義母が、憎々しげな目で信乃を睨みつける。
それらをずっと見聞きしていた大角、手渡されたしゃれこうべを手に
ゆっくり立ち上がると父親の姿をしたソレへ、静かに問うた。
「――父上を・・・喰ったのか?」
そう問う顔は、さっきまでの愛情を探すような子供の目ではなく
瞳に僅かな怒りを潜めた物へと変わっていた。
最初は否定していた偽父だったが、大角の心に揺らぎがないと気づくや否
仰け反るような勢いで笑い、問いかけに対し事実を認めた。
「そうよ、年寄りの肉は不味かったが骨の隋までしゃぶり尽くしてやったわ!!ははははははは!!!」
「――!!――」
告げられた事実、大角は現八達を信じられなかった己と
実父を喰った化け猫を、父と信じて疑わなかった己を恥じた。
耳を貫く化け猫の高笑い、それが徐々に妖怪の声へと変わる。
崩れるようにしゃがんでしまった大角、しゃれこうべを手にした大角の目から
大粒の涙が零れ、手にしたしゃれこうべへと落ちた。
その瞬間、頭蓋骨の頭部が青く輝く。
そしてその光は、我慢の限界に来た化け猫が襲い来た途端
大角を守るように光の玉が飛び出し、化け猫の額に当たったのだった。