家族
達は知らないが、職員室で一騒動あった後
久美子は一人、馴染みの酒屋へ訪れていた。
「ビール一本ね、はぁ・・何か疲れちまったぁ〜」
そう言って席に座った時、奥の方からも同じ台詞が聞こえた。
ふと視線を向けて久美子はハッとなる。
見間違える訳もない。
あの声はついさっきの職員室で騒いだ隼人の父親だった。
一難去ってまた一難とはこの事だとばかりに、鞄を持って逃げるように席を立った久美子
しかし、運悪く隼人の父親も催促しに席を立ったせいで
奇しくも鉢合わせる羽目となってしまう。
「あれ・・・山口先生じゃないですか」
「は・・はい、どうも」
鉢合わせてしまい、逃げるに逃げられなくなった久美子は
隼人の父親に付き合う形となり、酔った父親の話を聞く事となった。
お猪口に並々と注いだ酒を手に、呂律の不安な口調でポロリと話しだす。
「俺も昔はやんちゃだったからさぁ・・」
「やっぱり・・そうでしたか」
「学校中退しちゃって・・・学がないからさ、就職するのも結構大変で」
その漏らした言葉に、職員室での出来事や
最初現れた時の口調などを思い出し、苦笑混じりに久美子は思わず納得。
まさに矢吹は親父さん似だな・・・と納得してしまった。
酔いが回ってきてる様に、日本酒の入った熱燗をこっそり下げる。
だが隼人の父親は、遠ざけた熱燗を一本久美子が止める間もなく手に取り
「死んだ女房にも、迷惑かけちまった」
ポツリポツリと、そう漏らすのだった。
息子達には、そんな苦労をさせたくないと続ける。
何とも不器用な親心だなと、久美子はひっそり思った。
その不器用さが、息子の隼人もそっくりだなとも。
「なのに隼人の奴ときたら・・・何にも分かってねぇんだから」
「でもあたし、アイツの言ってる事・・分からなくはないんですよね
大学行ったからって限らないし、行かないから不幸だとも思わないし。」
「でもですね・・・」
「今あいつは、やりたい事もなりたい物も分からなくてもがいてるみたいなんですよね」
「もがいてる?」
酔って愚痴を零す父親に、久美子は静かに話し始めた。
あんな態度でも、隼人は隼人なりにきちんと考えている事を。
親として、最後まで見守っていてほしいと
そう口にしてからお猪口の酒を煽った久美子を見て
今までの教師とは違う何かを、父親は感じ取った。
生徒をきちんと見ようとせず外見だけで判断してきた過去の教師達。
だが、今目の前にいる教師は何処か違っていると。
生徒をちゃんと見て、理解しようとしている姿が新鮮だった。
「アンタみたいな先生、初めてだ」
「・・え?」
「今までの先生達は、アイツの事ちゃんと見てくれなかったから」
そう話す父親の顔はとても嬉しそうなもので
「あのバカ誰に似たんだか、口は悪いし喧嘩っぱやいしよ
見た目はチャラチャラしてるし、口開けばクソ生意気なガキだし
けど、弟やダチの面倒見はいいし・・あれで結構・・優しいとこあるんですよ」
続けてこう言った言葉に、親の愛が含まれているのを久美子は感じた。
誰に似たのかは貴方でしょうね、と言う言葉は内心に押し留め
父親の顔になっている本人を、久美子も嬉しそうに見た。
「そういゃあ・・・華道が出来るガキなんてのも、初めて見ましたよ」
「・・・・・・・華道が出来る・・?」
初めて見た繋がりで、ふと朝見た事を思い出した父。
見た目は息子と同じ不良だったが、あの手慣れた動き。
金持ちでつけ上がっていたあの男をも唸らせた程の腕。
それでいて、気さくそうで器量も良かった。
あれは不良にしとくのが勿体ないくらいだな。
「今朝学校に来る途中にですね、ちとしたトラブルを起こしちまったんですが」
「トラブル・・ですか」
「金持ちの男と道でぶつかっちまいまして、そいつの持ってた花を駄目にしちまったんですよ」
「それで・・・・大丈夫だったんですか?」
「それがですね、いきなり柄の悪い高校生が出てきて見事に花を活け直したんですよ」
話が逸れて、久美子としては流れについて行けずにいるのだが
どうやら流石矢吹の父親だけあって、学校に来る前から誰かと揉めていたとは・・
しかもそんな場面に高校生が現れて・・・立派な活け花を披露・・
ふと記憶に引っ掛かる事があった。
うちのクラスの中に、一人だけそんな事が出来る奴がいたな・・・・・・
と言う久美子の疑問は、矢吹の父親が解決する形となった。
「綺麗なツラしたガキでしてね・・山口先生のクラスの生徒さんでしたとは驚きましたよ」
「まさか・・・・・」
「山口先生、隼人の事・・どうぞ宜しくお願いします」
「はい、任せて下さい。お父さん、ほら、頭上げて」
疑問が確信に変わった時、自分に掛けられた言葉にハッとしてから
頭を下げる隼人の父親へ、しっかり頷くと頭を上げるように言って気づいた。
そう、酔いが完全に回ってしまったのか・・
矢吹の父親は、頭を下げた態勢で眠ってしまっていた。
これには困り、鞄からケータイを出すとすぐさま電話をかけた。
□□□
Rrrrrrrr〜
いつものように、タケ達とゲーセンに寄っていた隼人。
仲間と別れ、竜ととで歩いてる際鳴り響いたコール音。
いや・・俺としては、なるべくなら1人で帰りたかったんだけど・・・・
隼人と竜の奴・・・揃いも揃って何でこんなに強引なんだよ・・
けどなぁ・・・・隼人のお母さんは見てみたい。
其処かよ、って突っ込みが来そうだが・・見てみたい。
『俺んち来れば見してやるよ』
とか(色気ムンムンに)隼人は言ってたけど・・・
気持に答えが出せないまま家になんて行けないし。
しかもいつの間にか傍にいるし、考え事も出来ね〜二人してひっつき虫かっつーの
でも・・・・傍にいてくれるのは嬉しいとか思っちゃうんだよな。
俺って我が儘なのかな。
「電話誰?」
「山口」
「は?山口が?」
「あんのクソジジイ・・・・飲み屋で酔っぱらってるって」
チラッと隼人を見たタイミングで、電話を切った隼人。
小さく舌打ちしながら竜の問いに答え、電話をポケットに入れると
めんどくさそうな足取りで歩き出した。
つまりは迎えに来いという事だろ。
付き合いの長い竜も、文句は言わずに自然について行く。
俺は・・・・行くべきか少し考えた。
「」
そんな迷いを察したのか、足を止めた隼人がを呼ぶ。
視線を合わせるのを躊躇うに、隼人は小さく、でも聞こえる声で言った。
「本当は一緒に来いよって言いたいんだけど、お前はどうする?」
「・・・え?」
「この辺あぶねぇし、一人で帰したくねぇんだけどさ。」
「ま、付き合わすのも・・悪いと思ってな」
「・・・・」
邪険にしてる訳でも、突き離してる訳でもない二人。
―強引で勝手で、少しは俺の気持ちも考えろ―
―勝手すぎなんだよ、いつもいつも強引で勝手に気持ちだけぶつけて―
実はに言われたあの日の言葉が、二人にそうさせていたとも知らず。
あの日、隼人も竜も、自分達の行動がどれだけを傷つけていたのか気付かされた。
自分の気持ちや考えだけで動いては駄目なんだと、もう傷つけたくないから。
だからこそ、の意思を聞いた。
俺は・・正直嬉しかった、今度は一方的なんかじゃなくて俺の意思をちゃんと聞いてくれてる。
何だろう・・・あの日二人に気持ちをぶつけてから
皆と、二人といる時間が大切に思えてきたのは。
目の前にいるのは、黒銀をまとめているツートップ。
見かけは怖いけど・・皆絆と仲間を思いやる気持ちがある。
それに・・いつも俺を助けてくれた。
いつも・・・・傍にいてくれた。
あ〜・・・もう俺駄目かもしれない。
もう・・1人でなんて、生きて行けそうにない。
何よりも、傍にいたい。
二人や仲間がいてくれるように、俺も皆の傍にいたいんだ。
そう決めたは、しっかり二人を見て
それから隼人を見て、俺も行く、と伝えた。
□□□
久美子の待つ飲み屋へ到着すると、其処には見事に寝入った隼人の親父さんの姿。
隼人は呆れた溜息を吐きながら傍へ行き、父親の頬を軽く叩く。
そうやって起こそうとしている隼人の後ろで、久美子に問いかけた竜。
「何でお前こんなに飲ませたんだよ」
「て言うかあたしが飲ませたんじゃないし」
「・・悪かったな」
「それよりも、ちゃんと親父さんと話ししろよ?親父さん、何よりも家族の事考えてるんだから」
「・・・そんな事ねぇよ」
何故か自分のせいにされ、ムッとした顔で竜へ言い返した久美子に
隼人は珍しく謝った。
父親から気持ちを聞いていた久美子が、話をするように言ってみるが隼人の答えはそっけないもので
久美子も何とも言えないような顔をしていた。
その後久美子と竜に手を貸してもらいながら、隼人は酔い潰れた親父さんを背に担ぐ。
やはり男の子な訳で、重そうではあるがしっかりと背に背負った。
背負ったままの体勢で達に手を振り、おめぇしっかりしろよ、と言いながら歩きだす。
隼人の背中で、幼子のような口調の親父さんが隼人お父さんおしっこ。と言い、おま、ぶっ飛ばすぞ・・と答えた様が妙に微笑ましかった。
「いい親父さんだよな」
「ああ」
「アイツんち、何かいいよな」
「だな・・」
竜も滅多に見せない微笑みを浮かべて、二人を見送った。
アイツんち、何かいいよな・・と言った姿にも同意。
反発してるけど、とてもいい雰囲気を持っている矢吹家。
縁を切られ、家族とも思われていない家庭な俺は心から羨ましいと思ってしまった。
だが俺も、この時は竜が抱えている物も知らずにいた。
勿論久美子も、いつにない竜のその言葉には思わずその顔を見つめた。
笑うようにはなってきていても、コイツも嘩柳院のように他人に心の内を見せないから
・・・と其処で久美子は一つ思い出した事があり、何の気なしにへ問う。
「嘩柳院、今朝矢吹の親父さんの前で花を活けたそうじゃないか」
―!?―
そう問われた瞬間、俺は思いもしないくらい鋭い目でヤンクミを見ていた。
やっぱ話しちゃったか・・・・
そう思って押し黙る俺に構わずヤンクミは何処か嬉しそうだ。
花が変わらず好きなんだな、とか、家を出ても花を活ける事を止めてないんだな・・とか
俺は・・・喜ばれるのが嫌だった。
縁を切られても、やっぱり家元の子なんだな。
不良気取ってても、本当は花が好きなんだな。
そう思われてるみたいで・・・
「嘩柳院?」
「・・・帰る」
「おい、嘩柳院?」
「・・・・・・お前少しは空気読めよ」
「え」
心の傷は思ったよりも底の方で、思ったよりも深く根付いていた。