変わる日常



この世界に入ってからのあたしの日常は、完全に変わった。
周りを取り巻く環境も、狭かった世界が突然広がった。

今なんか、こんなカッコイイ人の車に乗って
記者会場なんかに向かってるし。
しかも、この運転してる人は ドラマの共演者で
今をトキメク人気グループの1人。

初めてのデビュー作品で、こんな豪華なキャストとは。
つくづく恵まれてるよ・・あたし。

仁の車の中を、落ち着かないから見てみた。
車内じゃなくて、仁が着けてるのか 香水が漂ってる。
車体は赤なのに、内装は黒。

仁の好きな色が取り入れられてる。
あたしも黒は好きだったりするんだよね。

「なんか珍しいモンでもあった?」

車内を見回していると、そのうち視線が仁と合って
クスッと笑われて 問われた。
ニット帽から覗く目が、優しく笑う。

仁の柔らかい表情を見ると、不思議と安心出来る。
なんつーか、勝手に顔が緩むんだよね〜

「ううん、ただ内装の色が仁らしくっていいなって。」
「そ?俺さモノトーン系の色が好きなんだよね」
「ホント?あたしも地味目の色が好き!」
「マジで?俺と同じ好みじゃん!」

好きな色が同じってだけなのに、すっげぇ喜んでる俺がいた。
やっぱさ、自分と同じ好みの方がよくねぇ?
お互い言い合ったら、全部一緒の好みとかだとすっげぇ嬉しい。

もっともっと知りたくて、俺は急いでるのも忘れて
助手席に座る に、矢次に問いかけた。

はどんな食べモンが好き?」
「何でも好きだけど、麺類とか好き!スパゲッティとか!」
「嘘!俺もスパゲッティ好きだぜ?俺茹でるの得意なんだ♪」
「ホント?そのうち食べに行ったりしたいね!」
「・・・おー、だな!オフの日とかいいんじゃね?」

奇遇だよね、好みがまた同じなんてさ!
ドキドキも緊張も薄れて、言葉を交わすのが楽しくなる。
もっと教えて、貴方の事。

仁がさり気なく、BGMのボリュームを少し上げた。
スパゲッティ好きって知って、仁も驚いた顔してた。
運転しながらだから、顔は横顔だけど
きっと前から見たら、大きい目を更に見開いて驚いたんだろうね。

内臓された機械から流れてくるのは、今時のJ-pop。
それを聞きながら、少し沈黙が訪れた。
お互いに考えた為 出来た沈黙。

食べに行ったりしたいねって言ったら、仁も同意してくれた。
さっきのって本気だったのかな、そうだとしたら何処に行こう。
東京ってどんな店が美味しいのかな・・・
でもノリでだったら、考えても虚しいし。

マジすげぇよ、色の好みと喰いモンの好みは同じじゃん!
俺の茹でたパスタに、が味付けしてくれれば俺何でも喰うぜ?
収録後とかでもいいよな?でもアイツ等も来たら邪魔だし。
あ、でもジョーダンって思われてたらどうしよう。

「「あのさ!」」

互いに確かめたくて、切り出した言葉。
それが見事にハモった。
合わせたとかじゃなくて、ごく自然に。

裏道通ってるから、じきに到着する車内での出来事。
ピタッと合った呼吸、仁は運転中だからこっちは見てないけど
口許が同時に緩むのを見た。

「あははは!!ハモっちゃったね!」
「マジウケる!何、何言おうとしたの?から言ってよ。」
「あたしから?いいよ、仁からで!」
「遠慮すんなって、まあいいか・・その喰いに行こうって話。
俺本気で言ったからな?ジョーダンとか思うなよ?」
「・・・・ぷっ」

譲って先に言った仁の言葉を聞いて、あたしは思わず吹き出した。
だって、あたしも同じ事考えてたんだもん。
突然吹き出したを横目で見て、仁が不思議そうな顔をしてる。

好みも一緒で、切り出すタイミングまで一緒なんて
ちょっと凄いかもって思った。

「ごめん、実はあたしも同じ事考えてたの。」
「え?マジで?」
「うん、まさか仁も同じ事考えてたなんて 心配して損した。」
「そっか〜俺等ってなんか似てんな。」
「だよね、マジウケたよ。」

2人して些細な一致で笑い合う。
そんな空間が、とっても大切な一瞬に感じられた。

窓の外に流れる景色。
人がたくさん行き交う街。
仁は有名人、あたしも一応芸能人。

そんな2人が、街中を歩けるとは思えないけど
仁は嘘なんかじゃないって言ってくれた。
2人で食事に行ける日が、来るといいね。

ふと聞こえたBGM、知ってるメロディに耳を澄まし
リズムを取ってから小さめの声を、メロディに乗せた。

「「♪〜♪♪」」

そしたら、どうした事か また仁とタイミングが合った。
ホントに無意識に歌いだしただけなのにね。

ここまで一緒だと、口許に浮かぶのは笑顔だけで
仁と顔を見合わせて、2人でその曲を歌い合った。
これは偶然じゃ片付けられない、意気が合い過ぎじゃない?

凄く 互いの存在が、心の中で大きくなった時だった。

仁の通った裏道のおかげで、記者会場に着いたのは
4時10分前。
車を関係者が停める場所に停めると、急いで降りる。

「何とか間に合ったね!」
「俺のおかげでしょ?」
「そうだね、有り難う仁。」
「べっつに〜皆来てるだろな、急ごうぜ。」

ニット帽を脱ぎ捨て、髪をかき上げながら仁が言う。
その仕草の時、付けている香水がフワリと舞った。
色気ムンムン男め・・・・

見惚れそうになるのを堪え、仁の言葉に頷いて走った。
別室で撮影の衣装に着替えて、再び廊下を走る。

会場はビルの4階、エレベーターを降りると
扉の前にマネージャーの仁美さんを発見。
腕組みをして立つ姿は、怒ってる??

2人してビクビクしながら、仁美さんに近づいた。
近づいて来た達に気づくと、はぁっと溜息を1つ。
それから呆れたような顔をして、仁美さんは言った。

「全く、遅かったじゃないの。」
「すみませんでした・・」
「他の子達や監督はもう待ってるわよ?」
「本当にすみませんでした、俺がもっと早く行ってれば・・」

謝るあたしの横から、仁も進み出て頭を下げる。
その姿を、仁美さんは驚いた顔で見つめた。
それからニヤッとした顔になると、ポンとあたし達の肩を叩き

「2人が仲いいのは分かったわ、今度からはもっと早く迎えに行ってね?」
「は?」
「はい、任せてくだパイ。」

おいおい、何2人で分かり合ってんのよ。
しかも仁美さん公認!?つーか公認って何。
貴女あたしのマネージャーだろ〜何でアイドルに迎え行かせてんの。

仁美さんの言葉に、元気よく答えた仁に
グイッと腕を引っ張られて、会場へと続くドアへ向かわされた。

「何 仁ったら頷いてるのよ、仁の方が忙しいくせに!」
「そんなに暴れるなよ、お姫様。」
「またお姫様とか言って茶化すー!」
は気にしなくていいんだよ、俺がしたいだけなんだから。」

右腕を右から引っ張られて、クロスした格好で歩かされて
その不満も含め、隣の仁へ反論。
迎えに来てくれるのは、凄く嬉しいんだよ?

嬉しいんだけど、ホラ・・彼は他にも仕事あるだろうし
普段が学生なあたしと違って、超多忙でしょ?
しかも、超有名人でアイドルだし・・
スキャンダルとか、ファンの子達にバレたらマズイじゃん。

って心配してるのに、当の本人は何処吹く風。
ちっとも気にしてる風はない。

「仁がよくても、あたしはヤだよ?」
は、俺が迎えにくんのはヤ?」
「いや・・嬉しいけど、変な噂流れたら困るでしょ?」

やっと左腕に持ち替えてもらって、普通に肩を並べて歩く。
仁を見上げるように言えば、伏せ目な視線が送られた。

その目に見られると、動揺するってゆうか
嘘がつけなくなって、ハッキリと言えなかった。
仁を守りたいって思ってれば、嘘くらいつけたのに。

やっぱりあたしは、仁に嫌われたくないのかな。

「オマエってバカ?そんな噂なんか、どうでもいいんだけど。」
「バカですって?失礼な!」
「マジ鈍いって、。」
「どうせあたしは鈍感ですよ〜だ。」

会場への入り口は近づく、それなのに言い合いは止まらない。
変な勘違いなんて、恥ずかしくなるし惨めになるから
仁に、否定して欲しいのに・・なのに

仁が噂なんか、どうでもいいって言ってくれたのが
本当に嬉しくて、照れて顔に出るのが止められなくて
精一杯の抵抗で仁から目を逸らした。
そしたら、入り口近くにあった階段の方に連れて行かれて・・

自然な動きで、背中を壁に押し付けられた。
当たり前のように、仁の体があたしの前に来る。

隼人の衣装を着てるから、学ランとシャツの下はタンクトップ。
そこから覗く鎖骨に、は目を奪われた。
漂う色気、男の子らしい厚い胸板。
鎖骨のラインから、首筋へと視線を移し最後に顔を見た。

そこには、いつになく真剣な目をした仁がいて
心臓がキューッと締め付けられた。

「他の誰から、何て思われたっていいし。
どんな噂が流れたって構わねぇ、俺はが・・・・」

厚くて弾力のある唇が動き、聞き惚れる声が紡がれる。
何処か切なそうな顔で話す仁。
紡がれる先にある言葉、期待してしまう。

あたしが・・・?その先を、聞いてしまっていいの?
聞いてしまったとして、これからの撮影が普通に出来る?

この手で、仁の唇を塞いで言えないようにだって出来る。
声を荒上げて、聞きたくないとだって言えるのに
あたしは、もう戻れなかった。
彼が告げる言葉を、拒めなかった。

「――好きだ」

掠れるような色っぽい声と共に、仁が両腕をあたしの顔の横に置き
吐息を吐くような余韻を残して、唇にそっと触れた。

あたしと仁の関係が、変わった瞬間でした。