感情と言う名の熱



「うおおおおっ!!」

迷いの吹っ切れた顔をした風間は、の横から真っ直ぐ緒方達の方へ走り出した。
走って行くその背をぼんやりとは見送った。
一歩風間は前へ進んだんだ、これで彼らは本物の仲間になれるはず。

突然の乱入者の登場にイエローギャングらはたじろぐ。
フェンスに凭れていた緒方も、地面に倒れていた本城も神谷も目を見張る。

走りながら風間は工事現場のコーンに掛けられていた棒を取り
それを振り回しながら不良集団らへ突撃。
リーチのある長い棒を振り回している為、不良達も無闇に近づけず
ある程度不良達が後方へ下がったのを確認し、呆然としている緒方ら3人に走れと叫んだ。

先ずフェンスに寄り掛かっていた緒方が若干顔を歪めながら走り始めた。
それに続くようにして本城と神谷も立ち上がると少しずつ走り始める。
此方へ来る緒方らを援護するように呆然と眺めていた市村と倉木が置いてあるコーンやらを投げて進路妨害。

はと言うと、戻って来る緒方の方へ少し駆け寄り
腹部を押さえ痛みに耐えながら走る緒方を横から支え、その手助けをした。

「――・・お前・・・何でこんな時間にいるんだよ・・」

痛みからバランスを崩した所を支えられ、支えた相手に視線を向けた瞬間ギョッとする緒方。
昼間誤って殴りつけてしまったグレース音楽院からの交換転入生、だったから。
思わず素直な疑問が口から出てしまった。

一瞬しか見えなくても、その白い肌に青くくすんだ痣が残ってるのは気付いた。
自分が付けてしまったその痣・・改めて見ると不思議と胸が痛む。
こんな風に近くで見るのは初めてだな・・・・何か、日本人形みてぇなツラだな・・・
風間達の助けやの登場やらと初めて尽くしの出来事に、気後れしそうになりつつ緒方はの肩を借りて夜の闇を駆けた。

呼吸荒く歩道橋の階段を駆け上がり、右の方へとそのまま夢中で走った。
途中久美子が追っ手に別の方向を教え、手助けしていたのを彼らは知らない。

どのくらい走ったか分からないが、息が上がる頃には緒方も回復しの腕を引いて走る形になっていた。
走る事数十分、都会の真ん中を小川が流れ 小さな板橋が掛かる場に出る。

「はぁ・・っ!もう走れません!」
「此処までくればもう大丈夫だろ・・・!」
「もうこれ以上走ったら死んでまう!」
「だよなぁ」
「・・・は・・」

天を仰ぐように両手を挙げた市村が宣言して欄干に座る。
市村に同意しながらその横に倒れ込むようにして座る本城。
その彼らに続き、市村と同じように宣言してから腰を下ろす倉木。
これまた同意しつつ倉木の隣に座った神谷がそれぞれ荒く呼吸を繰り返した。

の手を離し反対側の欄干に座った緒方、風間は自然と緒方の隣に腰を下ろす。
緒方の手から解放されたも、胸を抑えながら呼吸を整え 周りにいる彼らを見渡す。
呟きあった言葉の数秒後、それぞれが不意に状況に気付いてハッと顔を見合わせた。

敵対していたにも関わらず、互いが向き合うようにして座って言葉も交わしていたのだ。
緒方と風間も並んで座っていた体勢をわざわざ背中合わせに変える。
似たような反応をしてわざと今までの距離感を保とうとしてる様には苦笑。

それにしても久し振りに思い切り走ったなあ。
本城と倉木の間でも清々しい気持ちで夜空を見上げて背伸び。

「お、ちゃん背伸びしとるで」
「けどまさかちゃんまで廉達といるなんて思わなかったな」
「俺らも吃驚したんやで?こないな時間に一人で俺ら探したりしてたんやぞ」
「マジ?確かにちょっと意外かもな、初日の印象だと俺ら間違いなく嫌悪されてたっぽいのに」
「せやなせやな!」

目ざとく背伸びに気付いた倉木がまだ荒い呼吸で笑う。
続く神谷が笑顔を顔に浮かべてそれに続いた。
市村もすっかり余所余所しさもない砕けた態度になって緒方側の神谷達と接している。

男の子っていいな・・・とは思った。
何かあってすれ違ってても、互いに同じ体験とか障害とか乗り越えたら自然と仲良くなれてしまう。
そういうのっていいな、と・・女子はこうは行かないものね。
彼らが互いに認め始めた場に立ち会えて良かったのか・・・な、うん。

本城と倉木の間から向かい側に背中合わせで座る緒方と風間に目を向ける。
すると丁度ムスッとしたままの風間が、緒方へケガはないのかと聞いてる所だった。

「・・・ケガ、してねぇのかよ」
「・・ああ」
「そっか」
「・・・・借りが出来たな」
「関係ねぇよ んなモン」

まだちょっとシコリが残ってる感じは受けたけども、彼らなら大丈夫だろう。
やっぱり感じた通りだった、接してみると見かけだけじゃ分からない彼らの良さを知れたし
何だかとても彼らの傍は居心地がよくて・・・困る。

馴れ合うつもりなんてなかったのにな。
少し翳ったの表情、誰も気付いてはいなかったが目の前に影が差して視界に入ったのは銀の靴。
その靴を辿るように顔を上げると、欄干から移動したらしい緒方の姿が間近にあった。
怒ってる風でもなく目立った色は伺えない表情の彼と数秒視線を絡ませる。

「・・痛むんか?」

唐突に掛けられる問い。
一瞬気後れして、殴ってしまった痣の事だと合致 慌てて首を振った。

立っている緒方はさり気なくの腕を引き上げるようにして立ち上がらせる。
それを見た神谷と本城も立ち上がり、反射的に風間と倉木らも立ち上がってそれぞれが微妙な空気感を漂わせて帰路へ。

別々の方向へと帰って行く中、風間だけ少し足を止め
まだ歩き出さない緒方と、その緒方に腕を掴まれたままのを振り向く。
不思議と緒方が何をに言おうとしてるのかが気になった。

何となく歩幅を小さくゆっくりさせて歩くようにしていた風間。
再度不自然にならないように二人を視界に収めた風間は、緒方の行動に驚かされる。

空いている方の手を動かし、殴った為青く腫れている痕にそっと触れたのだ。
風間もビクッとして若干動揺してしまったが、居心地の悪さを覚えてそのまま立ち去る事にした。

「・・・お、がた・・くん?」
「何で俺らに関わろうとしてんのか知らねぇけど、あんま関わんねぇ方がいい」
「・・・・わた――」
「謝って済む事じゃねぇかもしんねぇけど・・殴って悪かった、ちゃんと俺、責任取るつもりだから」
「・・え・・・」
「早く帰れ」

緒方君・・と口にするより早く、痣に触れていた手の温もりは離れ
その背中も暗闇の中へと消えてしまった。
残された、さっきまで緒方の手が触れてた痕に自分の指を沿わせる。
感触と熱が少し残ったその痕に沿わせた指が触れると、微かに胸が熱くなるような感覚を覚えた。

この胸に生まれた熱を、感情と呼ぶなら・・それは何なのか・・・まだ知らなくていいよね?
分からないままにしといた方がいいと自分の心に言い聞かせた。





どう帰ったか分からないが、無事山口家に帰宅した
初めての事態に頭がついていかなかった。
でも・・・間近で見上げた緒方の顔も、自分の顔に優しく触れた緒方の手の感触も夢じゃなく現実。

責任取るつもりだ、と真摯な目で緒方はへ約束している。
あの目に嘘偽りはないだろうと思った。
世間的に見たら道を誤ってしまってる側だと思われてる彼らは、全く普通の高校生で笑ったりケンカしたり・・
でも弱い立場の人間には優しくて思いやりもあって・・・私の心を解きほぐしてしまった。

―ケンカなんてのはな、相手に勝つ為にやりゃあいいんだよ!―

まるで自分にはそれしかないみたいな言い方だった緒方。
ケンカでしか一番になれないって久美子さんに言った緒方君・・その表情を見てないけど・・・
多分・・何もかも諦めきってしまった顔をしてたかもしれない。

彼の孤独を埋めてくれる物はあるのかな。
何処か孤独と戦ってるような緒方でも、神谷達といる時だけは緊張感みたいな物から解放されてる風にも見えた。
あれ?帰って来てから緒方君の事ばかり考えてる?
うーん・・・・よく分からないけど、不思議と気になったからかな。

「遅かったな」
「あ・・ごめ・・・なさい」

玄関の段差に座って靴を脱いでいたはずが、予想外にも長く座ってぼんやりしてたらしい。
いつの間にか歩いて来ていた久美子に呼ばれるまで心此処に在らずだった
視界に映った久美子に体を向けて1つ謝罪する。

今日あった事を感情の流れるまま怒涛の勢いで久美子に話したかったが
まだ思うように声の出ない状況ではそれも出来そうになく、続く言葉は出て来ない。

久美子はあのまま何処かに立ち寄って先に帰宅したとばかり思っている
まさかあの乱闘の場に久美子が居合わせていて、自分達が逃げる手助けをしていたなんて事は気付いていない。
一方の久美子はあれから何があったのかを知っている。
風間と緒方達の対立が無くなる兆しも見れた久美子は満足感に浸ってるのだ。

初めこそ心配だったも、何やら緒方らにいい影響を齎してるようだし?
どう緒方が責任を取るのかが見物だな。
そう思いながら、明らかに何かあったのであろうのぼんやり顔を久美子は嬉しそうに眺めた。

「最近は調子が良さそうで安心したよ、緒方達とも上手くやれてるみたいだし」
「・・・・これで・・いい・・・んでしょうか?」
「いいのかって、何がだ?緒方達と親しくなる事がか?」
「・・・はい・・・・だって、吐き気が・・する、くら・・・い男の人を嫌いだっ・・たのに・・・」
「何言ってるんだ、いい傾向だろう?寧ろ他人と接して話す事で声も元通り取り戻せるかもしれないじゃないか」

久美子の言ってる事も理解出来る。
だけど素直に良い変化だと受け入れられない気持ちもあるのだ。

父とかつて呼んでいたあの悪魔は・・今どうしてるんだろう。
やっぱり私と煉(れん)を探し回ってるんだろうな・・・
見つかりやしないかという不安も押し寄せる中、暢気に風間達と打ち解けてる場合なのかという葛藤。

もうどちらに集中すべきか頭が混乱しそうだ。
ふとその時視界に誰かの手が映り、の目の前まで来ると
ビシィっと思い切り額を弾いた(つまりデコピン)。

「った!」
「あははは、そういう顔も出来るんだから 臆せずもっと色んな顔を見せてやればいいさ。」
「・・・でも・・」
「お祖父ちゃんも言ってただろ?ゆっくりと自分のペースで進めばいいって」
「・・はい・・・・」
「兎に角、あたしはがあいつ等と仲良くなる事 賛成だ。沢山迷えばいいんだよ、迷った分前に進める。」

真っ直ぐで迷いのない言葉だった。
あいつ等にならを任せられると思ってる、と久美子さんは小さく口にした。

何故そう久美子が思ったのかは分からなかったが、その意味を知るのは遠くない未来。
まだまだ色々な問題がある、それでも今この瞬間だけでも残されてる問題から解放されたかった。


――そして翌朝、事態は一気に結末へと転がり出す。
久美子より早く家を出たは、普段と同じように先ずはバス停へと向かう。
バス停までの道は公園を横手に眺めて歩ける歩道を通る。

コンクリートの橋を渡り、公園を突っ切ろうとした時だ。
前方の脇道から現れた数人の影がの渡るコンクリートの橋の下を歩いて行くのが見えたのは。
確認するまでもなく目立つ彼らは遠くからでも誰なのかが分かった。
今までなら確実に避けていたであろう異性である彼らを見つけ、自分から橋を戻って迂回し端の下の道へ下りてその背を追う。

「昨日思い切り走ったから筋肉痛・・!」
「く 倉木君」
「あ?・・・って、ちゃん!」
「おは、よう」

緒方に関わるなと言われていたが、自らの意思で彼らと関わる事を決めた
呼び止めた倉木を呼ぶと振り向いた倉木はパッと柔らかい表情になって笑いかけてくれた。

先を歩いていた風間と市村もの存在に気付き、わらわらと此方へ近寄って来た。
近くに来るなり少し厳しい目で風間に見下ろされる。
面白くないと思ってるんだろうな・・とは思ったけども、そのくらいで帰ったりはしてあげません。

逸らしたりせずに負けじと視線を送り返してみる。
10cmちょい離れた位置にある風間の顔、黒髪で前髪と襟足に入れられたメッシュ。
似てる・・・やっぱり3年前のあの人と風間君は同一人物かもしれない?

もしそうなら風間君、私の事覚えてたりするのかな。
聞いてみたいけど同時に忘れられてたらって思うと怖いというか・・・・恥ずかしい気もする。

それにもし覚えてるなら転入初日に気付いて何らかの反応はしてたはずだよね。
初日・・あまり皆の方見てなかったからどんな反応してたかまでは私も覚えてない・・・・
確認のしようがないな・・・・やっぱ聞いた方がいいのかしら・・・。

「あ〜・・・オホン!」
「??」

あまり長い時間ではなかったにも関わらず、横から咳払いが聞こえた。
何だろう?と思って其方を見ると、口許に拳を作り咳払いをした風の倉木の姿。
斜め前では市村が口許を手で隠すようにして立っている。
正面に立ったまま視線を合わせていた風間も、咳払いでハッと気付いたのか気まずそうに目を逸らした。

え?え?私、何かしただろうか。
予想外の3人のリアクションに一人だけ困惑し、一人一人を見やる。
するとその場に複数の足音が近づいて来る事に風間らは気付いた。

「昨日はどうも、こんな所にいたんだな。しかも白昼堂々見せつけてくれるじゃねぇか」
「あ――・・」

待ち伏せていたのか、いつの間にか囲まれていて後方からも残りの足音が集っている。
昨日の奴等だと合点が行ったの口から声が毀れそうになるも、前へ被る背に遮られた。
より頭1つ分背の高いその背、赤いシャツが学ランから覗き黒髪の襟足に白いメッシュ・・・

自分を庇うように前に立ったのは風間で、斜め後方にいたはずの倉木や市村も
さり気なくを囲むように前後左右に立ってくれていた。





妄想は果てしなく←
しかしね、仕事中に妄想があんま出来なくなってしまいまして・・練るのは帰宅してからになってしまいました(当たり前
家に帰って練るにはかなり集中しないとならんのですわ・・・雑音とか多いし(
けどまあ何とか2話も後半戦になってきましたよ(*´∀`)がむばるぞ!今になってから見返すと、いっちーも好きかもしれん(何