寒牡丹 2
水軍の人が手にして来たのは、四角い形の板と
丁寧に和紙に包み込まれたカステーラ。
これがあれば、スポンジケーキくらい作れそうだ。
「有り難う!!これを探してたんだ。」
「それは良かったです、お役に立てたようで。」
それらを手にして喜ぶと、水軍の人達も満足そうに微笑んだ。
私達は早いうちに、水軍さん達の所を後にした。
あまりゆっくりしてると、ヒノエ君が戻って来そうで・・
「良かったですね、さん。」
「はい、付き添って下さって有り難うございました。」
ニコニコと満足気に材料を持って歩く私に、隣から優しい声。
確認するまでもなく、その声が弁慶さんだと分かる。
あ〜形は揃ったけど他の材料がまだだなぁ。
バニラエッセンスなんてないだろうし・・。
バターだってなかったりして?
おいおい・・そしたらどんな味になるんだ!?
わーそれこそ大変!今度は譲君に相談してみよう!
「くすくす、君は色々と表情が変わって面白いですね。」
笑われてしまった・・・
こればかりは、弁慶さんに言っても解決しないし。
「あ・・」
「風ですかね さん僕の方へ、夏とは言え冷やしてはいけませんよ」
ふと 私達の頭上にある木の葉がヒラヒラと舞い落ちてきた。
弁慶さんは、それを風だと思い自分の法衣の中へと私を招く。
あまりに自然な流れだったから、気づいたらヒサシのように
弁慶さんの法衣が、私の頭から全身を包み込んでいる。
「あ、有り難うございます・・・」
びっ・・・吃驚したぁ〜弁慶さんって、何か落ち着く匂いがする。
薬草の匂いなのかは分からないけど、爽やかな感じの匂い。
「おやおや、二人でこっそり熊野で逢瀬かい?」
こ・・この声はっ!!
ガサッと上で音がしたと思ったら、身軽な身のこなしで
誰かが木の上から降りて来た。
言うまでもない・・・私の好きな人・・ヒノエ君だ。
カァーッと頬が熱を持って行くのが分かる。
それに今ヒノエ君、逢瀬・って・・・え?
「ちっ・・違うよ!そんなんじゃない!ただの買い物だよ」
うわ・・っ自分動揺し過ぎたよぉ(汗)
パッと弁慶さんの法衣から飛び出て、目の前のヒノエ君へ言う。
「ふーん?二人で歩く様は中々いい雰囲気だったけど?」
「ヒノエ、あんまり彼女を苛めないでやって下さい。」
本当の事ですから、と弁解を援護してくれる弁慶さん。
とは言ってくれても・・ヒノエ君の私達を見る目は剣呑。
何だろう・・怒ってる感じがするんだけど。
「あの・・ヒノエ君、今機嫌悪かったりする?」
勇気を出して、恐々聞いてみるとチラッと私を見てから言った。
「別に、怒ってなんていないさ 俺は行くぜ?
まあ冬の熊野でも巡って来るといい。
弁慶 あんたに姫君の事は任せるからさ、じゃあね。」
あれは間違いなく、不機嫌だろう〜何かしたの?私。
私の問いかけには笑ってくれたけど、何か本心からじゃなかった。
目つきもちょっと怖かったし、勝手に屋敷に行ったのがバレたとか?
もう既に、ヒノエ君の姿はなくて・・
「私・・何かいけない事でもしたんでしょうか。」
力なく弁慶さんに聞くと、何故か楽しそうな口調で彼は答えた。
「大丈夫、さんのせいではないですよ。
寧ろ僕のせいだしょうね、しかし今日は面白い物が見れましたよ。」
君に感謝しなくてはなりません・とまあご機嫌なコメント。
どうして??私はショックの方が大きいのに〜。
折角のバレンタインデー・・大丈夫なんだろうか。
あんな態度を取るつもりじゃなかった。
普通に散歩してたら、を見つけたから来てみれば
俺の苦手なあの男と一緒にいるから・・・
あんなに嬉しそうに笑ったりして、参ったねぇ・・・
俺とした事がつい感情的になっちまった。
姫君に、あんな顔させるつもりじゃなかったのにな。
ヒノエは立ち止まり、何時もは見せない真剣な瞳を
達が消えた方へ向ける。
その視界に、紅い色が入り込んだ。
「寒牡丹か・・・もうそんな季節か」
何となく、その花を見てヒノエは如月にある行事を思い出す。
熊野特有のイベントと言った方がいいのかな?
寒牡丹の木に向かったヒノエは、さり気なくその枝を一つ折った。
暗い気持ちで、宿として使わせてもらってる屋敷に私は戻って来た。
一緒だった弁慶さんは、途中で別行動。
何でも、用事があるとかで?彼は結構姿を消してる時が多い。
屋敷に戻るなり、ケーキの味付けについて聞かれた譲君は
不思議そうな顔をしてたけど、どうしても教えて欲しいと頼んだら
渋々じゃないけど、慌てながらも教えてくれた。
その彼も、今は席を外してもらってる。
居たらいたで、頼ってしまいそうだから。
これは私一人の力で、作り上げたい。
自分の気持ちを込めて作る物を、他の人に手伝わせるのは
不思議と気が引けた。それに彼は男の子・・・
いくら料理上手でも、他の男の子にあげる物を手伝わせるのは酷かも?
とにかく、悩むのは後でも出来るしチョコを仕上げてしまおう。
「あんなに一生懸命な先輩は、初めて見たな・・」
遠くから様子を見ている譲が漏らした言葉。
誰にあげるのかと指摘しなくても考えてるだろう弟に将臣が一言。
「今は如月、如月と言えば2月・2月と言えば14日。
14日と言えばバレンタインだろ」
「長ったらしい説明を有り難う、兄さん。」
得意気に言った兄、将臣へ冷ややかに言葉を放つ譲。
そんな事は誰でも知ってる、わざわざ指摘する所がワザとらしい。
「気になるのはいいが、そこまですると幼馴染とはいえ
要らぬ世話ってもんだぞ?あいつはこの世界で大事な奴を見つけた。
そいつにあげたいなら俺は別に構わない、同じように相手もを
大事に思ってるなら俺はそれでいい。」
俺にも大事な物はあるしな―
人をからかうようだった言い回しが、突如柔らかくなり
将臣は隣の譲へ言った。
心なしか、台所に立つを見る目が優しい。
この表情に、譲は何も言えなくなり フッと微笑むと兄に同意した。
一人台所で悪戦苦闘していた。
何回かの失敗の末、ようやくまともな物が出来上がった。
漂う匂いも、香ばしい香りに変わってる。
「良かった〜このまま失敗続きだったらどうしようかと思ったよ。」
材料をくれた水軍の人達に、申し訳がたたないってもんよ。
でも 結構失敗したから、ケーキの大きさはスモールサイズ。
まあいっか、ヒノエ君だけの為に作った物だし。
あの失敗作も見栄えは悪いけど、不味くはなかったし。
義理チョコ代わりに、他の人にあげてしまおう。
「完成したのね?。」
「うん!あ、朔 こっちの奴皆で食べてみて。」
見た目は悪いけど不味くはないから!と台所へ現れた朔へ
早口で言うと、完成したばかりのケーキを手に台所を出た。
ヒノエ君は朝見た以来、姿を見ていない。
でも 遠くにいるとは思えなくて、傍で見守っててくれる気がした。
ケーキの乗った皿を持って、庭先を探し回る。
今は如月、陰暦の2月 冬の熊野。
スニーカーで歩くには寒すぎる、でも探すのを止めたくなかった。
どれくらい探しただろう、吐く息も白くスニーカー越しに
靴下を履いた足の指が悴んで来た。
そんな時、朝の時みたいに 上から紅い花弁が落ちてくる。
「そんなに熱心に誰を探してるんだい?姫君。」
低くて艶っぽいテノール、それを聞いた途端心臓が早鐘を打ち
寒さで紅くなってた頬が 更に熱を持つ。
「やっと見つけた、ヒノエ君。」
「光栄だね、姫君に探してもらえるなんて・・・弁慶はいいのかい?」
まだ言ってる・・・そんなんじゃないって言ったのに。
むっとした私の前に、朝と同じように降りたヒノエ君。
お皿を持つ私の片手を取り、口元に運ぶと温かい息を吹きかける。
「こんなに冷えて・・俺が暖めてあげようか?」
「いいよ?ヒノエ君なら、私が会いたかったのはヒノエ君だもの。」
弁慶さんじゃない、何処にいたって気がつくと探してるのは
優しい弁慶さんじゃなくて、少し意地悪で強引なヒノエ君。
その事を分かって欲しい。
真っ直ぐヒノエ君を見て言った、かなり恥ずかしい事言ったけど
これは私の心からの気持ち、隠す必要のない言葉。
「本当?・・そうだとしたら、このまま帰したくないな。」
縮まる距離、私の姿がヒノエ君の紅い瞳に映った時
私は彼が何かの枝を持っている事に気づく。
ヒノエ君も、お皿の上に乗っかってる物に気づいた。
「それ・・牡丹の花?」
「これはなんだい?」
お互い ほぼ同時に言葉を発し、それに気づいて笑い合う。
視線に促されて先に答えたのは私。
「これはね、ヒノエ君だけの為に作ったの。
私達の世界では如月の14日に、大切な人に想いを伝えるんだ。」
この食べ物は その気持ちに添える物だよ。と
ヒノエはしばらく、驚いたように私を見ていた。
嫌だった?と不安になって聞いてみれば、次第に彼の顔が紅くなっていく。
おや?
ちょっと珍しくて、見守ってると急に抱きしめられた。
「わっ!?ヒノエ君??」
「サイコーだよ!俺の姫君、本当に可愛い事するな。」
そう言う顔は、とっても嬉しそうだった。
はしゃぐ彼を見ていると、私まで嬉しくなる。
片手で抱きしめられ、ヒノエ君の胸に顔を寄せる感じになり何だか照れた。
それから、今度は私がその木の理由を聞く。
「此処熊野のイベントだよ、姫君の世界と逆になるんだ。
渡す物も 甘い食べ物から花に変わる。」
簡単に説明すると、ヒノエ君は持っていた牡丹の木から花を取り
慣れた手つきで 私の髪の毛に牡丹を差し込む。
熊野では、如月(2月)に男の子が想いを告げて
弥生(3月)に女の子がお返しをするんだって。
「これは寒牡丹、とっても綺麗だぜ?。」
何て口説き文句をサラリと口にして、ヒノエ君の手が
私の頬へ当てられる。
触れられてるって意識すると、燃えそうな位頬が熱を持った。
「あんまり可愛いと、攫ってしまいたくなるね・・」
口では迷ってる感じだけど、既に私は抱えられてる。
攫う気満々じゃん・・ヒノエ君なら構わないけど。
「―陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに―」
私を抱えたヒノエ君が、静かな口調で歌を詠む。
勿論 どんな意味かは分からない。
その歌の意味は、後でゆっくり教えてくれるだろう。
私達には 長い時間が用意されてるのだから。
この時間の中で 私はもっと貴方を好きになる・・・
END