かけがえのない者
祈りにも悲鳴にも似た声と共に、駆け出した。
その声にハッとした隼人と竜。
隼人は、自分の方へ来るを見つけ 来るなと叫ぶ。
怒鳴られても、止まる訳にはいかなかった。
自分はどうなってもいいから、隼人を助けて!
ナイフの閃きが、ギリギリで間に合った俺の前に来る。
「!?バカ!どけ!」
庇われた意味に気づき、本気で怒鳴る隼人。
迫るナイフ、腹を突き刺す痛みに目を閉じて待った。
「!!」
寸前で何故か竜の声が割って入り、優しく包み込まれる。
それから布が切れる音がした。
自分ではない、痛みも感じなかったし 寧ろ温かい。
それを変に思って目を開けば、視界は黒一色で背中に感じる温もり。
「竜!?俺なんか庇うな!」
「それは無理、おまえに借り返せねぇだろ。」
「竜!!無茶すんなよ、俺に言ったじゃん!」
隼人の前に立った俺は、逆に竜に庇われてた。
を抱きしめるようにして庇った竜。
彼の左腕は、ナイフによって傷つき 血が滲んでる。
怒鳴ったら何故かムッとして言い返された。
借りってなんだ?と眉を寄せる俺の後ろで
隼人も竜に怒ってる。
「つーか、出て来ちゃ駄目じゃん。」
「俺等が殴られればいいんだからさ」
「隼人・・竜」
だからってこのまま黙って見てろってうのか?
何にも出来ずに、二人を傷つけてまで?
そんなんで助けられたなんて嫌だよ。
二人に反論しようとしたが、後ろから引っ張られた。
引っ張った相手を見た隼人と竜の顔が、一瞬で鋭くなる。
「二人の言う通りだぜ?おまえは俺と楽しんでるんだよ」
「柴田っ!?こんな事してただで済むと思うなよ!」
引き寄せられて、俺は気づき イラつく怒りに身を任せ表情きつく柴田へ忠告した。
きっと久美子達が来てくれる、一人で終わらせるなんて言ったくせに俺はそう信じてた。
やっぱり俺の力で出来る事なんて、少ないんだよ。
の事知らされても、叫ぶ事しか出来ない。
真っ向から柴田に立ち向かう事すらも・・・
隼人達を結局巻き込んだ。
「どう済まねぇのか教えてくれよ、お前等続けろ!」
「くっ・・!」
何も言い返せない、そんな俺を嘲笑い柴田は下っ端に指示。
その指示を受けた下っ端達が 再び隼人達に暴行を再開。
の目の前で、二人は抵抗もせずに殴られ続けてる。
これが俺の望んだ事か?こんな形でいいのか?
二人も助けられずに、を助けられるのか?
悔しさで涙が浮かび 視界を濁す。
俺を羽交い絞めにした柴田の手が、解けかけたサラシに伸びる。
サラシの先端を握ると、声を張り上げた。
「よく見てろ!コイツが俺に犯されるトコをさ!」
「嫌だ!止めろ!見せる必要なんてねぇだろ!!」
「分かってねぇな、見られてる方が燃えるだろ?」
柴田の声に此方を向いた二人、地べたに転がされた顔は
驚きに満ち 隼人は尚も起き上がろうとしている。
守るって決めた奴が、目の前で違う男のモノにされる。
そんな事、黙って見てられるか!
「にさわんなっ!」
「手ェ離せ!」
満足に立ち上がれない二人の前で、ゆっくりとサラシが解かれる。
抵抗しようにも、両腕を捻り上げられてて動かせない!
もう本当にどうする事も出来ない 全員がそう思った時・・
「それ以上そいつ等に触るんじゃねぇ!!」
どんな不良達よりも、凄みの利いた声。
柴田達はビビッてたが、俺達は誰だか分かり
ゆっくりと視線を入り口へと向けた。
ユラリと揺れる影は、四つ。
街灯に照らし出されて現れたのは・・・
「ヤンクミ・・」
自分達を本気で卒業させようと奮闘している久美子。
見つけた影は四つ、更に後ろから続いて現れた者達には流石に驚いた。
「タケ!つっちーに浩介!?」
神妙な顔で現れたタケ達、遠目だが怒ってるようだ。
「てめぇら、誰だよ!」
何も知らない柴田が、俺の耳元で怒鳴る。
何て耳障りな濁声・・・
柴田に問われた久美子が、強い眼差しで担任の先生だと答えれば
どの不良も皆同じ反応をしせせら笑う。
そんな反応しか出来ねぇらしい。
久美子もどんなに笑われても、動じる事はなく言い返す。
「私の可愛い教え子達から、手を離してもらえないか?」
「可愛い教え子だぁ?笑わせんなよ。今盛り上がってんだからさ」
柴田が笑えば、回りの手下達も失笑する。
汚らしい言葉に、タケ達も表情を変えた。
柴田の言葉で、隼人と竜の先にいるを見つけた。
目を疑うような姿で 柴田に羽交い絞めにされている。
脱がされかけたズボン、学ランを着てない上半身。
そこには何故かサラシが巻かれていて、それも解けかけてる。
「なあ・・あの格好」
「ヤンクミの言った通りって事か」
「・・」
浩介が何かに気づいたように言いかけ、確信を得たつっちーが答える。
タケだけは、視線を外さずにを見つめた。
自分に竜の事を話してくれた、面子じゃなく自分達の為に
竜が詫びを入れた事を気づかせてくれた。
仲間を疑いかけ、隠された真実と失う辛さを教えてくれた。
そのが 今一人で抱え込み、背負っているモノ。
自分達に色々気づかせ、絆を強めてくれた。
そんなの為に、何が出来るだろう。
タケもそう思いながら、飛び出せない自分を責める。
隼人と竜を探して出くわしたヤンクミと、狩野のやり取り。
強ければ、よかったと後悔してた狩野の気持ちは
同じ悩みを持つタケとして、凄く分かる悔しさだ。
「の事・・・俺にも助けられるかな」
真剣に呟いたタケ、隣にいたつっちーも気づき
「俺も何かしてやりてぇな」
「うん、勿論俺も・・隠されてたのはやだったけど 仲間として何かしてやりたいかもな」
互いに話し合うタケ達の言葉を背中で聞き、少し微笑む久美子。
その言葉を背に、ゆっくり歩き始めた。
大事な教え子達を助ける為に。
動きを見せた久美子、動じた柴田が手下達をけしかける。
一斉に襲い掛かる手下達。
だが 只者じゃない強さを持つ久美子には勝てず
次々と投げ飛ばされたり、転がされたりして脱落して行く。
その様子を、少しずつ体を起こした隼人達も呆気に取られつつ見守る。
見事な立ち回りに、頭の柴田も焦り
その焦りからか、ついを拘束していた手を緩めてしまう。
勿論それを察知したは、隙を突いて隼人達へと走った。
「隼人!竜!」
駆け出した際発したこの声で、手が緩んでいた事に気づく柴田。
一方俺は二人に駆け寄り、傷の様子を見る。
「いてっ!コラ、 俺等けが人!」
「もうちょっと労われ」
慌てていたせいか、乱暴にしてしまったようで苦情を受ける。
思い切り痛がる隼人と、冷静だけどムッとしてる竜。
そんな当たり前のやり取りが、凄く安心出来た。
当たり前だけど、ずっと探してた場所。
じんわりと今日何回目かも分からない涙が浮かぶ。
「泣くなって、無事だったんだしさ」
「あんま泣くと目が溶けるぜ?」
「だって、何で来たんだよ・・俺なんかの為に」
泣くつもりなんかないのに、心が安堵して勝手に涙が零れる。
困ったように隼人が微笑むと 細長い指で涙を拭う。
竜も苦笑して言い、俺の額を小突いた。
「そんなの当然だろ・・は俺達の仲間なんだから。」
だから泣くなって!と言った後でわしゃわしゃと俺の髪を撫でる。
撫でられてるのを見ていた竜は、が酷い格好しているのに気づき
手早く学ランを脱ぐと、バサッと頭から被せた。
「え?竜?」
「着てろ、その格好寒そうだから。」
視線は外されたけど、優しさはちゃんと伝わった。
指摘されて気づき、痕の残った肌を隠すように
竜に掛けられた学ランを羽織った。
今更隠しても、隼人達には既に見られてたとも知らず。
そして、綺麗サッパリ手下を片付け終えた久美子。
乱れた髪をかきあげて、ただ一人残った柴田に問いかける。
「まだやるか?私は教え子守る為だったら幾らでも付き合うよ?」
「て・・てめぇ!ふざけんじゃねぇ!!!」
冷静な問いかけに、頭に血を昇らせた柴田は持っていたナイフを振り上げた。
進行方向にはと隼人達。
「矢吹!小田切!嘩柳院!避けろ!!」
「おせぇよ!コイツ等から片付けてやる!!」
危険を察知した久美子が、俺達に注意を促すが
柴田の言葉通り、それは間に合う距離じゃなかった。
俺は生理で、二人は殴られてて とても走れない。
そうこうしてる間に、柴田の持つナイフが近づく。
今度こそ、俺はかけがえのないコイツ等を守りたい!
俺がいなくなれば、全てのしがらみも消える。
は二人を抱きしめるように庇い、叫んだ。
その手前で久美子もこっちに駆け出したのを見る事なく。
「もう俺から大切な者を奪うな!!」
ギュッと抱きしめた温もり、この温もりを守る為なら
俺の命なんてどうなってもいい!
ナイフの閃きは、躊躇う事無くの背へ振り下ろされた。