会合



提灯に明かりが灯り、表の通りが賑やかになる。
夜の蝶達の時間が幕を開けた。

『葵屋』の他の店にも数多の客が出入りして行く・・
ただ酌をして回り、話し相手になるだけとの指示。
それでも酒が入ればそれだけでは済まなくなるだろう。

此処は女郎屋、芸者遊びだけではない処だ。
難しい話は分からないけれど、話し合いに熱が入ればそれだけ酒も進む。

女郎屋遊びに慣れた者ならば千鶴さんが水揚げ前だとは分かる。
勝手が違うと言うならば酒が入っていると言う事だ。

酔っているとはいえ男と女の力の差は歴然・・・・
私は慣れているから閨の事態になっても上手く立ち回れる
けど千鶴さんは違う・・・・・そうならぬように成るべく近くにいよう。

そう心に決め、襖の向こうで始まった会合の場へ呼ばれるのを待った。


声だけ聞いても10人近くはいそうなほどの人数。
女将の声で隣の部屋からその場へ入って先ず人の多さに驚かされるが
上手く驚きは隠し、小袖や大袖・・その他の花魁を代表して名乗る。

「太夫のです、よろしゅうお頼み申します」
「流石に別嬪さんだ、早速お酌をしてくれ」
「へえ、喜んで」
「此処の太夫さんか?」
「うちは『揚羽』の太夫どす、今日はお呼ばれで」
「『揚羽』のか、じゃあ今度はそっちに顔出すか」
「有り難うございます」

上座にいた男に呼ばれ、小声で千鶴さんに囁いてから酌へと移動。
なるべく傍にいて下さいとだけ言っておいた。

戸惑いつつも千鶴さんは頷き、あの君菊さんに動き方を教わりつつ
すぐ後ろ、下座の手前にいた男へ酌を始めた。
慣れない京言葉、しかも花魁言葉でたどたどしくお酌をする様はとても微笑ましい。

客の男もその不慣れさと染まっていなさに初々しさを感じ
上機嫌で酌をされている。
少し其処も気になる処ではあった。

水揚げ前、不慣れさ、染まっていない新鮮味・・・・
それを理由に閨へ連れ込まれやしないかが気がかり。

けれどあまり警戒しては怪しまれてしまう。
男達に十分な酒が入るまでは太夫としての仕事に集中する事とした。

「江戸から京に来てみたが、やっぱり京には危ない集団がいるんだな」

少しして聞こえて来た何気ない会話。
瞬間、千鶴さんの表情に変化が現れる。

「そうみたいだな、浪士組とか壬生狼とか言われてる人斬り集団らしい」
「幕府に従う犬共だ、我等の思想とは掛け離れているな」
「鎖国を守り、朝廷を蔑にしてるんだろ?」
「古高さんも拷問を受けたらしいぞ、最近では長州を目の敵にしてるんだとか」
「古高さんがか?」
「ああ、土方って男に酷い拷問を受けたらしい・・」
「ひでぇ話だな・・・・そう言えば松陰先生は入京されたのか?いよいよだろ?例の話は」

千鶴さんは明らかに耳を傾けている感じだった。
それにつられて私も酌をする手が止まってしまう。
聞こえたのは聞いた事のない言葉や名前ばかり

千鶴さんはどちらかの関係者なんだろうか?
中には知っている言葉もちらほらと挙がっている。
花町にも情勢くらいは入って来る故、思わず聞き入ってしまった。

例の話とは何なのだろう・・物凄く気になったが
用意してあった酒が切れてしまい、その場を君菊さんに任せ千鶴さんも手伝いに呼んだ。

空になったお銚子を数本運び、新しい酒を用意。
小分けにして千鶴さんにも持って行ってもらう。
遅れて私も戻ろうとした時、左横の襖が開いて肩を引かれた。

傾く体は肩を引いた人の力で固定され、倒れる事はなく
少しだけ左に向いた手の盆から、用意したお銚子が1つ横から伸びた手に攫われる
これには虚を突かれ、慌てて視線を左へ向けて思わず息を飲んだ。

「何を驚いた顔をしている、これは貰うぞ?」
「お侍さんはあちらには行かれないのですかえ?」
「・・・・ふん・・あのような者共と酒を酌み交わす趣味はないのでな」
「宜しければお酌しますえ?」
「・・・折角だが遠慮しておく、今夜は静かに飲みたい気分なのでな」
「そうどすか、ならこれは付けておきます。今夜は静かないい月夜ですから―――」
「酒の味も分からぬ者共に酌をさせるには惜しい女だが・・まあいい、名乗らせてやろう」
「『揚羽』の太夫を務めると申します、お侍さんの名は?」

赤く血のような双眸が私を見据えていた。
闇に映える金糸、すっとした鼻筋・・・・そう人はとても艶やかだった。

銚子を取った手ではない方の手が伸び、私の顎を捉える。
目を細めて惜しい女だと称したその人は、耳に残る低い声で『風間千景』と名乗った。
まさかこの人が、沖田さんや千鶴さんと深く関わっている人だなんて

この時点での私は、全く知る由もなかった。
その人の事を知るのは先の事となる。