芳しい香り



それは穏やかな午後だった。
俺に与えられた僅かな一時・・・・
唯一穏やかに過ごせる時間。

今共にしているのは、前常世を案内した瑠璃葉。
今日は休暇を共に過ごさないかと誘って、この斎庭へ連れてきた。

以前好評だったサンドウィッチと、飲み物を持参。
噴水のある斎庭の椅子に腰掛け、テーブルにそれらを並べている。
俺はそれを眺めながら庭を歩いていた。

禍日神が在った頃はここも荒廃して荒れていた。
だが今は二の姫のおかげで緑が戻っている。
荒れた庭にも緑と水が戻り、花が咲き乱れた。

「折角のお休みに、私と過ごして平気だったのですか?」
「当然だろ、だからこうして呼び寄せたのだ」

並び終えた瑠璃葉が遠慮がちに問うてきたから、即座に否定してやる。
偶にはこんな日も悪くない、共に過ごしたいと思ったから呼んだんだ。
斎庭の噴水を横切り、瑠璃葉の隣に腰かける。

庭に咲き乱れている花の香りを楽しみながら、広げられているサンドウィッチを手に取る
瑠璃葉の視線を感じつつ、それを口に放り投げた。

口に広がる不思議な味。
視線で問えば、それはシーチキンだと教えられた。
黄色いのが卵味で、緑色がキュウリとハム?

飲み物は茶色い物。
烏龍茶と言う名前だとか?
現世の食べ物は色々あっていつも驚かされる。

「本当にお前は料理が上手いのだな」
「それ程でもないですわ、けどそう言って頂けると嬉しいです」

褒めても謙遜するんだが世辞ではない。
まあ照れた顔を見るのは楽しいからよしとしよう。
瑠璃葉も少しサンドウィッチを食べたり、飲み物を飲んだりと時間はゆっくり過ぎて行く。

どのくらいそうしていただろうか。
午後の温かな日差しを浴びていたら俺を眠気が襲う。

眠るなんて姿はあまり見せたくはないんだが
瞼を開けているのも億劫になってきた。

幸い此処には常世の者はいない。
君主の居眠りを見る者はいない。
ならばいっそ身を任せてしまおうか・・この眠りに。

「アシュヴィンさん?」
「すまんが少し眠らせてくれないか」
「疲れてますものね、いいですよ?私の事なら気になさらないで・・・・」
「お前の膝を借りるぞ?」
「――え」

驚きの声は無視して、そのまま瑠璃葉の膝に頭を乗せる。
柔らかい膝に頭を預けると、眠りは一層俺を誘った。

上の方から瑠璃葉の呆れたような、何処か照れた声が聞こえるがそれは無視。
今の俺は眠くてたまらない。
芳しい香りと柔らかな感触と温もりに包まれて眠りたいのだ。

「そうむくれるな・・起きるまで待ってろよ?目覚めた時にお前の顔があれば安心する」
「そ・・そんな事を言われたら動くに動けないじゃないですか・・・ズルイですわ」

更にムッとした顔を下から眺め、頬を撫でてやる。
頬はバラ色に染まり、俺を楽しませる花の一つとなった。
気持に任せて動くのも悪くない。

俺が寝てしまったらお前はつまらないかもしれんな。
だが俺は酷く安心している。

誰にも邪魔されず、お前の膝枕で眠れる俺は幸せ者だ。
今度機会があったら俺がお前に膝枕でもしてやろう。
お前の膝と違って・・・・柔らかくはないがな。


今だけは、眠らせてくれお前の柔らかな膝の上で――