ムチャクチャだと思ったけど
その教え方は意外にもまともだった



神楽の舞



「修繕には歌と舞を用いるんだよ、しかもランクと種類によって異なる」
「えっ!?歌と舞????何で?修繕でしょ?」
「まあな、けど此処は異界の修繕場だ。やり方は普通にやる訳がない」
(ムチャクチャですねソレ・・・・)
「歌と言ってもただ歌えばいい訳じゃない。書物が持つ固有の音を歌わねぇと意味がない」

本に固有の音なんてあるのですか←

かなり正直な感想。
音を本が持ってるなんて聞いた事もないよ?

けど此処でそうやって過ごして来た喪月が言うのなら間違いないんだろうね・・・
て言うか、固有の音ってどうやって見つけるのですか(

「それってどうやって――」
「だから教えてやるって言っただろ、付いて来い」
「一々偉そうね」
「ただしこの方法はあくまでもお前がやる場合のやり方だ」
「は?」
「指導するだけだ、それに俺には出来ねェし実際やるのはお前。」

異邦人で新米御言葉使いの私が、口頭の説明だけで理解出来るんだろうか?

とか思ったのは内緒だ。
口は悪いけど此処の事は責任持って教えてくれるはず(

と言う訳で、達が連れて行かれたのは別の塔。
って言うか・・・・私がやるやり方の手本をどうやって見せるつもりなんだろう?
疑問だけが募る中、通された建物に入る。

入ってみるとそれはまた、不思議な空間だった。
だだっ広い内部で、中央に祭壇みたいな物が置かれてるだけ。

水盆みたいな物が祭壇には乗せられている。
近づいて覗き込めば、水面には自分のぽけーっとした顔が映り込む。

「此処でお前は本のコエを聞く為の『コエ降ろし』を行う」
「『コエ降ろし』・・・?」
「お前が此処に来る前に呼んだ声があるだろ、あれのコエを更によく聞いて根本を探る為だ。」
「はあ」
「歌や舞で本のコエを聞き、同調する事で固有の音を導き出せるのはこの空間でお前しか居ねぇ」
「え」
「急場凌ぎで俺や文司が行ってた修繕は、獣人の情報頼りだったからな。」

水盆を見下ろすの背後で淡々と説明を始める喪月。
例えとして出したのは、此処へ来る前にが聞いたコエの事。
あれは確実に自分に呼びかけていた。

確かにあの時点では、言葉の意味も曖昧で抽象的でしかなく
聞いた自身も要点を得られずに困惑しただけだった。

喪月が言うには、コエ降ろしとやらで
本のコエをより深く聞く為の儀式なのだと言う事になる。
の中のファンタジー度が更に上昇した。

此処でまた聞く事になるのが、御言葉使いの特権。
コエを聞けるのも、本が固有に持つ音を見つけられるのも
御言葉使いであるのみだと言う事。

空間の管理人である喪月でも出来ない事とは何なのか。
それはさっき言った御言葉使いの特権がないと言う事だろう。

では、喪月らはが現われるまで どのようにして本を修繕していたのか。
喪月も言っていたように、この空間に溢れるコエを何処にいてもキャッチ出来る聴遠の獣人

彼が喪月の耳となり、どの本の頁の何を直せばいいのかを集め
それを頼りに喪月が管理者として、文司に指示し、文木霊らを遣わせ
対象の『世界』を覗き見て、ザッと簡潔な修繕を行っていたのだとか?

ややこしい(

だって判子貰うだけで5日も待つんでしょ?
それだけでも時間掛かるのに、更に面倒な手順を重ねるとか・・・
短気そうな喪月がよくやって来られたなあ・・

今サラッと聞き流したけど、何その『世界を覗き見て』って。
浮かんだ疑問を近くに居た獣人に投げかける。

「喪月様はこの空間の管理人です、その管理人の特権ですよ」
「やっぱ管理人の特権もあるのね・・・」
「はい。喪月様は空間を操作し、複数存在する『世界』を見る事が出来るのです」
「だから覗き見なのね」
「『干渉』は赦されません、ただ『視る』事のみが役割の特権です」

獣人が言うには、『視る』役割の特権を持つ者の証として
喪月の呼び名が役割名になっているらしい。
『嗣鏡眼の司』が喪月の正式名兼役割名であります。

『嗣鏡眼』の『嗣鏡』と言うのは、奥底に秘められた真偽や
隠された物、本が持つ記憶とやらを視る事が出来る目。
と言う意味が込められているのだとか。

ちゃんと役割に意味があるんだなあ・・と驚かされる。
なので、獣人の集めた情報を元に、喪月が対象の『世界』を覗き見て場所を確認し

其処へ文木霊達を向かわせて修繕していたみたい。
結構大変な事をやってきてたのね・・・うん・・

「俺等のしてきた修繕は急場凌ぎでしかねぇんだよ」
「聞いてたの?」
「用意が出来たから呼びに来たら聞こえてきただけだ」
「どうして急場凌ぎでしかないの?」
「俺等には『心』がないからだ」

瞬間意味が分からなかった。
だって喪月は私と口喧嘩もしたし怒鳴り合いもした。
獣人はちゃんと笑ってくれるし、文司もそうだった。

それは彼等に『心』、感情の起伏を感じる心があるからこそ。
なのに喪月はそれがないからだ、とに説明した。
どうして『心』がないと急場凌ぎでしかないのかが分からない。

「俺達は『生きて』ない。『創り手』の手足として創られただけの存在だからな。
正しい修繕には何故か『心』って物が必要になる。
それがない俺達がした修繕は不完全な物にしかならねぇんだよ
だからお前と言う存在が不可欠なんだ。『心』を持つ生身の人間にしか正しい修繕は出来ない」

―『人』と呼べるのはお前しかいねぇよ―

不意に過ぎった喪月の言葉。
それはつい数十分前に喪月がへ言い放った物。

その言葉の意味はそう言う意味だったのか。
この空間で生身の肉体を持ち、心を持つのは私だけ。
そして正確な修繕が出来るのも私だけ、と?

重責だ・・・・・・
しかも喪月、またさり気なく爆弾発言してるし・・

でもその凄いカミングアウトを聞かされて、納得したわ。
時折住人達の色(表情)がないって感じるのは心がなかったから。
と考えると悲しいね・・

愉しいとか悲しいとか、怒りとか喜びとかを何も感じないなんてさ。
綺麗な物を見て綺麗と感じられる心がないなんてね・・・
どうして『創り手』は彼等に『心』を与えなかったんだろう。

「雑談は此処までだ、さっさと始めるぞ」
「あ、ちょっと待って」
「あ?何だよ」
「私舞とかやった事ないんだけど」
「・・・・なら俺の真似でもして覚えろ」
「うわ、横暴・・・・・・」
「文句あるのか?ああ?」

確たる疑問に辿り着いた気がしたからもう少し考えたかったのに
喪月に急かされ、いつの間にか拵えられてた舞台みたいな所に呼ばれる。

それから今更だけど、舞を習った事がない事に気付いた(
すぐさま喪月へそれを告げれば、大袈裟な動きで呆れられた。
この現代社会で舞を習ってるとしたら舞妓さんか日本舞踊の師範くらいだわ。

しかも返す言葉が適当・・・・・
見て覚えろって適当すぎる。
その上反論すらさせないなんてやっぱり横暴だ。

「使え」
「は?・・・・扇子?」
「『コエ降ろしの舞』には大体それを使う。最初だから両手で広げとけ」
「こんな事なら日本舞踊でも習っておくべきだったからしら」

それか本でも読んで勉強するべきかも・・?
文字から意味を読み取るのは得意だし、苦にならないもの。

舞踊で使う扇子とやらは硬く、よく男の人は片手で広げてるけど
慣れないうちのしかも女で素人は、大人しく両手で広げて使うしかない。

舞台の上にが立ち、下りた正面で喪月が手本として舞をさし出す。
閉じた扇子をパチンと片手で開き、扇子を持つ左腕を右から左に円を描くように上げ
S字を描くような動きで右頬側へ左腕を下ろす。

その際、腰は中腰で右足から歩き出し
S字を描くようにして左腕を下ろしながら左膝を折って屈む。
それから両腕の位置を入れ替えつつ腕を回して舞い進み一回転。

この動きを懸命には追いかけた。
羽織った着物の衣を器用に捌いて舞う様は、悔しいが綺麗。

このぎこちない舞で、きちんとコエ降ろしが出来るのか心配になった。
扇子を持つ左手首を返しながらヒラヒラと扇子を舞わせ
体を少し左へ倒すようにして、両腕も左へ倒す。

舞を差すその空間は神聖な空気が流れ
キラキラと光る粒子が舞い降りてきた。
その粒子がの目線まで舞い降りた時、ソレは聞こえた。

『コノコエヲ聞ク者ゾ応エ来タレ』

威厳のある深いコエが真上からした。
思わず吃驚して頭の上を見上げると、其処になかった筈の物が視えた。

「な、何あれ」
「へぇ・・やっぱり『御言葉使い』なんだな」
「ちょ、それどういう意味よ」
「そのままの意味だ、あんなカチコチのズブの素人の舞でもちゃんと開くんだなと思ってな」
「悪かったわねズブの素人の舞で!!」
「褒めてんだよ、お前度胸があるんだな。」

うわ、何か褒められたんですけど・・・・・
真上にあったのは、モヤッとした靄で、喪月曰くアレが『世界』への入り口だとか。
あの中に入って『目』を使い、喪月は文字通り覗き見ていた。

普段他人を褒めたりしなさそうな奴に褒められると
嬉しさよりも驚きの方が勝ってしまう。
美男子が目の前で華麗に舞を舞う様はかなりズルイですけどね・・

見惚れないように頑張りましたよええ・・・・
て言うか、アンタが見て覚えろ言ってやらせたんでしょ・・(半ば脅迫めいた感じでさ・・・)

「ソウデスカ・・」
「修繕箇所だが、お前は『世界』と同調するから何もせずとも箇所を見つけられる」
「へぇ・・・同調ってどうやるのよ」
「目ェ瞑って『気』を探れ、イメージでいいから本に心を寄り添わせろ」

言うのは簡単だ、実際やるのは難しい・・・・
それでもやらなければいつまで経っても現実へは帰れないだろう。

言われるままに目を閉じ、脳裏に本を思い浮かべてみる。
すると不思議な事に、二枚の透明な壁のような物が現われた。

「透明な壁みたいなモンが見えたら、ズレてる意識を重ねてその壁の二枚を重ねてみろ」

まるで見えてるかのようなタイミングで透明な壁の説明をする喪月
目は閉じたまま集中して、ズレてる壁をイメージの中で重ねてみた。

カチリ

そんな音が何処かで聞こえたような気がした。
するとブワッと吹き抜ける風のような物がを包んで通り抜け
ゆっくり目を開けてみれば其処は驚きの光景・・・

ありとあらゆる文字、文字、文字・・・・
流れ落ちるままに連なる文字の列。
それは上から続いてるのだけど、上を見上げてもその始まりが見えない。

360℃文字の列しかなかった。
こ、これ何ですか!?

軽くパニックになりかけた。
てかちゃんと同調したって事なのかしら??
指導してた喪月の声も聞こえないし姿も見えない。

けど文木霊達はと共に空間、いや、世界へと来ていた。
困惑するを見上げ、気を紛らわそうとしているのか
跳ねたり飛んだりしての方を見ている。

く、可愛い・・・・・・

ハッ、和んでる場合じゃないよね?
一瞬口許が緩んだ、慌てて姿勢を正した。

「おいショタ女」
「なっ何ですって!?ショタじゃないわよバカっ」
「フン。落ち着いたら俺の声をよく聞け」
「・・・・?」
「一度同調出来た後は楽だ、少し歩き回れば箇所が光り輝いてお前に教えてくれるだろう」

姿勢を正した所でまたしてもジャストタイミングで喪月に突っ込まれた。
あの人見えてるんだろうか??
・・・流石覗き見の司・・・・・・ぶふっ・・

あーコホン、その後の指示も適当だなーと思いつつ
教わる身なので文字だらけの景色の中を歩いた。

そうする事数秒。
まさに喪月の言う通りに、目先の文字列が淡い緑色に光る。
此処は【た行】の項目で・・・【太一君】と言う記述の所らしい。

流石広辞苑・・ふ●ぎ●●みたいな言葉の説明も載ってるのね・・
感心してから『世界』の外に居る喪月へ報せた。

「見つけたわよ?そしたらどうするの??」
「何の為に文木霊を連れてったんだお前は・・」
「あ、そっか」
「巫覡の尊様、僕等に任せて下さい」
「うん、お願いね」

『世界』の外からツッコミをまたもや入れられ
後ろについて来ていた文木霊達を振り向く。
織部が微笑み、創滅天が修繕する文字列を布を纏わせた手を動かして消し

正しい文字を紡ぎ手が紡ぎ直し、その変換を織部が行った。
にしても現側の人間達が読んでいた本の修繕が
実はこうやって異空間で行われてたなんて誰も知らないだろうね

間違ったりした文面や、傷んだ箇所は文木霊達の働きで
きちんと修繕されたのである。


無事修繕を完了させた、『世界』から喪月の待つ側へ戻った。
戻る時は入る時とは逆の事をすればいい。
『世界』に沿わせた感覚を切り離せばいいのだ。

目を閉じ、入る時に重ねさせたイメージの壁。
それを少しずつずらして行く感じ。
そうする事では『世界』との同調から切り離された。