籠の外



其処には『恐怖』しかなかった。
悪魔の住処捕らわれた私達には他に行く宛もなく
死ぬまで其処で生きるしかないと思っていた。
家に帰りたくなくて、可能な限り街中で時間を潰す。

そうやって一時をやり過ごせても、遅く戻れば戻ればで地獄が待っている。
心身ともに追い詰められて行く日々に、終わりはないと思っていた。
でもその生活に突如『光』は齎されるのである。

、煉(れん)、おいで」

ある日の夜 急に外が騒がしくなり、鳴らされた呼び鈴でドアを開けると懐かしい顔が現れた。
切れ長の目と茶髪の美青年、その人は幼い頃より馴染みのある従兄である。

ホッと出来る人の登場に一気に視界が滲んだ。
泣いてしまいそうになったの頭を撫で顔をあげさせると、従兄は形の良い唇に人差し指をあて
と煉に分かるよう 声を洩らさないように合図した。
不思議に思ったがその疑問は玄関の扉が全開させられる事で判明。

外にいたのは従兄だけでなく、何と従兄の父親の姿もあったのだ。
から見れば伯父と呼ばれるその人は、姉妹へ微笑んで見せると後方を示す。

「弟に気付かれないように急ぎなさい」
「・・・でも」
「いいから」
「う うん・・煉もおいで」
「はーい」

示された場所には黒塗りのベンツが停められている。
車へ乗れと言われ、向かうまでの数秒に一度だけ父のいる家を振り向いた。
ずっと望んでいた事が今叶おうとしている・・それでも一度は迷いが生まれた。

母が死に・・・光の消えた我が家。
其処へ独り残る父の姿を一瞬だけ思い浮かべたせいかもしれない。

二の足を踏んだの腕を従兄が引き寄せ歩かせる。
従兄に引っ張られるようにして歩き出したは、眼下にいた妹の煉に呼びかけ歩くように促す。
今夜私達はこの悪魔の住処から自由になれるんだ・・立ち止まったら駄目。
煉を先に車に乗せ、はまだ家の前に居た伯父の方へ戻る。

出るのはいいのだが荷物を纏めていなかったから。
ついでに煉の荷物もある程度纏めなきゃ。
そう思い伯父へ進言しに戻るの後ろを従兄もついて来る。

「伯父さん、その・・荷物を」
「君達の部屋と弟の部屋は?」
「私達は2階で 父は1階の奥です」
「音を立てないように出来るか?」
「・・・・はい!」
「なるべく急いでやりなさい、竜、お前も彼女を手伝ってやれ」
「ああ」

願い出てみると思いの外すんなり承諾してくれた伯父。
3年前から比べるとかなり丸くなったね(

兎に角妹を伯父に任せ、従兄の竜と共にコソ泥みたいに忍び足で家内へ。
先ずは玄関に入り、念の為靴を靴入れに隠してからすぐ横の階段で2階に上る。

自分の家だというのに抜き足差し足で階段を上がり
階段を上がってすぐの部屋へ従兄と共に滑り込むように入った。
日も暮れていた為電気を付けたくなる程暗くなった自室。

電気は付けられないので、持っていたケータイの画面の明かりを頼りに
旅行用のキャスター付きスーツケースに洋服と制服に、数日分の下着とかを詰める。
従兄の竜は煉の荷物を詰める役目を任された。

妹と兼用で使っていた室内には、子供の頃からの思い出も数多く残されている。
亡き母との思い出も・・・従兄達との思い出も。

従兄の竜は傍にいるから全部持って行く必要はないが、亡き母との思い出だけは持って行きたい。
もう二度と会えないのだから・・持って行っても怒られはしないだろう。
暗がりの中慣れた動きでその思い出が仕舞われてる物に近づき、箱から出して自分の首に飾った。
3年前の誕生日、母がくれた最後の誕生日プレゼントだ。

「用意出来たか?言っとくけど全部は無理だかんな?」
「ん、分かってる 用意出来たよ」
「おし、戻るぞ」

両手に荷物を抱える頃に投げられた問い。
従兄の言う通り、此処にある物全ては持って行けない。

中学時代のあの子との思い出も形で残ってないから持って行く必要もないのだ。
ただあの子との思い出は、しっかりとの脳裏と心に刻まれている。

部屋から静かに廊下に出ると、備え付けの窓から月が見えた。
青白く輝く月光に照らされ、一瞬だけ無心で月を眺める。
そのの頬へ温かな温もりが触れた。

「――?」
「その顔、また殴られたのか?」

温もりの主は従兄の竜、真っ直ぐ向けられる問いに反射的に目を逸らしてしまった。

「沈黙は肯定と見なすぞ・・」
「・・・何処に逃げても駄目だし、こうやって生きて行くしか方法がないんだよ・・それに・・・・」
「煉を言い訳に逃げんなよ、言ってるだろ?お前が戦うなら俺も親父もあいつ等もついてるって」
「・・・・・うん・・」

階段を降りる前に頬に触れていた従兄の手は離れる。
従兄の父親、つまり伯父さんとの父親は兄と弟だ。
他の親戚達は巧妙に騙せた父が、実の兄である伯父さんだけは誤魔化せなかった。

だからこうして今達姉妹を悪魔の住処から連れ出しに来てくれたのである。
12段ある階段を焦る気持ちを押し殺しながら降り、玄関へ。

しかし其処には悪魔が待ち構えていた。

「――何処に行く気だ?
「ひっ・・!」

階段を降り、廊下に足が着地した瞬間の事だった。
真横の死角から伸びた手がの手を掴み、捻り上げる流れのままうつ伏せに廊下へ倒される。
辛うじて横に向けた視界に見えたソレの顔は狂気を帯びていた。

咄嗟に気付いた竜も外にいる父親へ来てくれと合図。
それからの父親に向き直り、娘の上に馬乗りになった状態のソレへ怒鳴った。

「アンタ自分が何してんのか分かってんのかよ!の上から退け!」
「・・・君は・・まさか華煉(かれん)を何処かに連れて行くつもりか?俺から奪う気だな!?」
「は・・?アンタが下敷きにしてんのはアンタの娘だろ見分けすらつかねぇのか、よっ!」
「竜 兄さ・・・っ」

しかし逆効果だったらしく、叔父(竜から見ると)は更に狂気を帯てしまい
下敷きにしている娘の頭を鷲掴み、廊下に叩きつけ始めた。
これは不味いと思うと同時に気付けば竜の右手が叔父を殴り飛ばしていた。

其処へ自分の父親が駆けつけ、竜と共に倒れたを起こしてやり散らばった荷物を纏め直す。
叔父が体勢を立て直す前にと急いで竜にを抱えさせ、自らは殿を務める。

竜に抱えられた腕の中で、は小刻みに震えていた。
3年前死ぬなんて考えるなと言葉をくれたあの子の言葉が過ぎる。
もう死ぬ事なんて選ばないと約束出来たのはあの子がいてくれたからだ。
生きてれば会えるだろうと思ってはいるが、可能性は低いような気がしていた。

叩きつけられた額から血を流し、自分の腕の中で震えているを見て、それから父親に行く手を阻まれて怒り喚くかつての叔父の方を睨み付けた竜。
ヒョイッとを抱え直し、忌々しい家の前から車へと移動した。

竜は、従兄として一番身近にいたのに の家の変化に気付かずいた己に責任を感じていた。
3年前に・・せめて2年前くらいに気付いていれば、に此処まで耐えさせる事にはならなかっただろう。
家の異変にも逸早く気付けたはずだった。

俺もまだまだって事か。

の家の方を見ると、自分の父親がしつこく追いかけてくる叔父を何とか押さえ込み
玄関の中へ無理矢理押し込めて扉を閉め、走って車に乗り込むのを見届けた。

「竜」

後部座席にと共に乗り、その横に乗り込んで思案していた竜を駆け込むように助手席に座った父親が呼ぶ。
チラッと視線を向ければ、少し真剣な顔をした父親と目が合った。
行く先を決める前に運転手に走り出すよう指示するのを忘れずに。

「家へ連れて行くか?」

問われたのは行き先、確かにそれが一番無難ではあるが・・
達がいなくなった事に何れは気付くであろう父親、彼が真っ先に思い浮かぶ避難先として
確実に自分達の家に来る可能性は高い・・・それでは避難させた意味がない。

扉を開け放った叔父が暫く車を追いかけて走って来ていたが
やはり車には追いつけず、直線道路を右折する頃にはその小さくなっていく姿は見えなくなった。

ホテルに泊まらせる手もあるが、ずっとと言う訳にも行かない。
あいつ等の所なんて論外だしな・・・・
同性の鴇んちって手もあるが・・しきたりのある家に煉を連れて行っていいものかどうか・・・

格なる上はあそこしかないんじゃないか?
もし居所がバレても易々とは敷地内に入って来れない門構えの家と来たら、あそこしかない。

「大江戸一家に向かう」
「と言うと山口先生のご実家か・・ふむ・・・確かに彼女の所が一番安全だろうな」
「ああ、あいつに頼むしかねぇだろ」
「分かった、九軒 聞いた通りだ 大江戸一家に向かえ」
「畏まりました」

3年前からは想像も出来ないくらい父親とやり取りし、意見が一致。
此処からある程度距離も欲しい所で、少しは訪問者に威圧感を与えられる場所を考えた竜。
嘩柳院家も候補に挙げたが、格式ある家に10歳である煉を置いて貰うのは聊か不安になりもう1つの候補を選択した。

大江戸一家と聞けば東京界隈のその手の筋では知らぬ者もいないくらい知れた家である。
門構えも威風堂々としていて、独特の雰囲気が訪問者を寄せ付けない。
例え中に入れても、出迎える強面の彼らに威圧されて終いだろう。
そんな家に竜は従妹である達を任せると決断した。

竜の父も息子の意見に反対はせず、運転手に行き先を告げて助手席に座り直しただけ。
震えの落ち着いたも小田切家の二人が話す会話に口は挟めず 震えながらただ聞いているしかなかった。

走り出した車の窓から遠ざかる家を、見えなくなるまで見送ってから視線を前へ戻す。
従兄と伯父が信用を置くその一家とはどんな人達なのか、不安は尽きないまま夜の街をベンツはひた走った。

「大江戸一家ってなーに?」

静かな車内に煉の無邪気な声が行き先の家の事を率直に問う。
伯父は答えなかったが、隣に乗っていた竜が代わりに答えた。
大江戸一家と言うのは何と従兄の竜が18の時担任の先生だった人の実家なのだとか。

聞きながらも物々しい名前の家に住む先生とはどんな人なのか、益々不安に駆られる。
の不安を感じ取ったのか、その不安を無くそうとするかのように竜が話を続けた。

「俺知ってると思うけど、当時すげえ親父とも上手く行ってなかったし不良だっただろ?」
「(コクリ)」
「そん時担任だったセンコーがすげえ変わっててな・・俺らすげー世話になったんだ」

その頃を懐かしむように遠くを見るような目をして話し出した従兄。
当時の先生の名前は 山口久美子 と言って、何と女の先生。

学校中の教師が竜のいるクラスを見放しても彼女だけは真正面からぶつかり
見かけや言葉遣いだけで判断したりせず、一人一人の内面も見て体当たりで彼らを理解しようとした。
教え子の為ならと平気で乗り込んで来ては不良達を伸し、文字通り体張って色々な事を教えてくれたらしい。

今時でもいたんだなあ・・そんな先生。
ありとあらゆるものを突っぱね、自分の感情すら押し殺していたあの頃の従兄とは顔つきも全然違う。
本当にその先生のお陰で変わったんだなと分かる。
卒業して生徒じゃなくなっても山口という先生は教え子を助けようとする所もあるかなりのお人よし。

いや・・・純粋なのかもしれないな・・
此処まで竜兄さんや伯父さんが信頼してる人なら、きっと大丈夫かもしれない。
時刻が夜の22時を回る頃、その瞬間は間近に迫っていた。





ごくせん3の3話ですφ(・ω・ )河川敷で久美子と出会った数週間後の出来事として書きました。
ピーンと来た方いるかな〜まあ前作を見てる人なら分かるだろうな。
今回のヒロインの従兄は あの 小田切竜です(。+・`ω・´)ちゃっかり前作ヒロインの名前も出しときました。
もしかしたら前作の彼らが所々に出て来るかもしれませんな(笑)前作完結させてないのであんま出せないけど←
とりまちまちま進めていくつもりです、今進めたいのは「胡蝶の夢」と「終焉の花嫁」ですからぬ。