始まりの章
「輝血」



―7年後


月日は流れ、は11歳へと成長していた。
エイカに裏切られ、ショックで倒してしまったとだけ聞かされていた。

アシュヴィンは言わなかったのだ。
あの時放たれた負の力と、赤い目も、それほ放ったのがだったと。

始めは処分だとか抜かしていたサティですら、今は共に過ごしたりしている。
にとって、二人は年の離れた兄のような存在。
剣術を教わってみたり、水属性の力を学んだりと毎日が充実していた。

「お前は不思議だな」

不意にナーサティアが、いやに言った。
術の指導を受けていたは勿論不思議そうに見つめる。

「土蜘蛛は水属性が多いのだが、お前はそれだけではないように感じる」
「・・・つまり?」
「もっと違う何か・・・・秘めた力があるのかもしれんな」
『私、そんな力ないよ?』

不思議そうに言えば、小さくナーサティアが笑う。
7年前からは想像もつかなかった優しい笑みだ。

アシュヴィンは17歳、ナーサティアは22歳へと成長を遂げている。
そう・・・二人とも皇子として、素敵に成長していた。

常世の女性達が放っておけないくらいの美青年に。
オマケにアシュヴィンの下に、末弟のシャニも生まれている。
彼は今7歳だ、アシュヴィンと10歳も離れている。

シャニの髪の色だけは、二人の兄達に似なかったのか赤色ではない。
とても人懐っこくて、とも仲良くしてくれる。
7歳なのにも関わらず、女性が好きなんだとか・・・・

まだ若いが、とても聡明な皇子だ。
皇子たちの母親が見てみたいが、残念な事に亡くなられてしまった。

そして私はと言うと、医師としてこの城に住まわせてもらっている。
皇であられるスンジャ様が私の力を重視してくれているのと・・・・
アシュヴィンが口添えしてくれたおかげである。

思案しながら鍛練用の剣を手入れしている様を眺めた。
今自分の心が、アシュヴィンに惹かれている事は自覚している。
いつも、一緒だったせいなのか・・最初に会ってしまった時からだったのか分からないけど。

声を聞いたり、名前を呼ばれたり・・・・些細な接触だけで胸が跳ねる。
いけないな・・・とも思いつつ、惹かれてしまっている。

皇子と土蜘蛛、とてもじゃないが釣り合わない。
けど気にしてしまっている事は認めざるを得ないんだ。

『参ったな・・・・・』
「心配そうな顔をするな、隠れた力とやらがどうであれ害はないだろう」
「サティの言葉も一理ある、心配するな。」

どうやら二人は、が先程の別な何かが・・の話で悩んでいるのだと思ったらしい。
気付かれてはいけない想いに、二人に合わせて微笑む。有り難うと。



参っているのは此方の方だ。
そう言いたい言葉をしまい込んでアシュヴィンは思う。

出会った当時の自分の歳を越えた頃から、はみるみる美しくなっていく。
元々人ではない者達、人離れした美しさを兼ね備えていた。
それはとて例外ではなく、棺の下の容姿は見惚れるほど美しく・・・・・困った。

兄であるナーサティアの動向を気にしてしまったり
の仕草一つでも目で追ってしまう己。
このままではいけないと思うのだが、傍に置かない訳にもいかず苦悩する日々。

そのままズルズルと何日かを過ごす事となってしまった。



平和に見えていた常世での暮らし。
その背後では、着々と大きな戦いが迫ってきていた。

この幽宮にも沢山の武官や兵士が出入りする。
殆どが怪我人だったりするのだが・・

傷の手当をする度に思った。
戦況は酷くなる一方だと。
直此処も戦火に呑まれるのではないかと。

常世が戦っている、と言うより・・・侵略戦の方が相応しい表現だ。
常世は今、平行線を辿っていた中つ国を呑み込もうとしている。

思えばこの頃からだったのかもしれない。
常世を覆う闇が深くなったのは。

「火雷様、黒雷様」

自室から出た辺りで、二人の皇子は文官に呼び止められた。
振り向いた二人の皇子に、急ぎの用なのか間を置かず話し始める。

ラージャがお呼びです、至急向かって下さい」
「皇が?」
「分かった報告感謝する、すぐに向かうとしよう。皇の機嫌は損ねかねるからな」
「アシュ」
「分かっているさサティ、幾ら父上らしくないとはいえ・・あくまでも皇だ」
「皇の真意を疑う者は誰であろうと反逆の徒、私にお前を斬らせるな」
「ふ・・今は大人しくしているさ、中つ国を落とさせねばならんからな」

今は、か・・・・。
その日が来ぬ事を願っておこう。


根宮にある最上階、其処は常世を見渡せる場所。
其処に父であり、皇のスーリャの姿があった。
威厳の漂う目で常世の国を見つめている。

皇にこそ相応しい慈愛に満ち、威厳に溢れていた・・・・・今までは。
最近の皇に、獅子王と謳われた頃の面影はない。

7年間の間にすっかり変わられてしまった。
しかしこの国の皇である事に変わりはなく、逆らう者はいない。

「お呼びと聞き、参上致しました」
「ナーサティアとアシュヴィンか」
「は、御用とは」

声を掛け、近くへ行き頭を下げる。
此方を見ないまま応え、皇は口にした。

を連れて来い・・・あの輝血の力を秘めし娘を」

一瞬どちらも声が出なかった。
どうして其処に、あの土蜘蛛族のの名が出るのかが。

そして今何と言った・・輝血の力だと?
どうして父上がそれを?
あの目を見たのは、7年前のあの場に居合わせた俺達しか知らぬはず。

父上、貴方はその目で何を見つめているのですか。

「どうした、呼べぬのか」
「いえ、皇の命令となれば――」
「待てサティ、それは俺が引き受けよう」
「アシュ・・」

納得が行く筈もなかった。
本来ならば、今のような父上の元へを連れて来たくなどない。
―が、皇の命令は絶対。

確かにには何か隠されている、それは分かっている。
だからと言って、表へ出してはいけない気もしていた。
特に・・・・皇の前へ。

それでも行かなければならない。
何とも生き難いものよ・・・


その頃は、けが人の手当てに追われ忙しなく動き回っていた。
事態が思わぬ方向へ向かっていて、その矛先が己に向いた事さえ知らずに。

様、新しい包帯をお持ち致しました」
『有り難う、ごめんなさい手伝わせてしまって』
「お気になさらずに、私共は感謝しているのです・・貴女様に来ていただいて」
『え?』
「医師不足のせいもあったのですが、様と接していると我々の気持ちも安らぐのです」

すらすら会話が成り立っているように見えるが、これは文官がの表情を読み取って受け応えしているに過ぎない。
反対にには文官の言葉が聞こえ、理解出来ている為照れている最中だ。

土蜘蛛とは、本来ならば恐れ畏怖される対象なのだが
此処の人達はに親切だった。
あのアシュヴィンと共にいるせいかもしれない。

あの人に、カリスマ性が備わっているから・・・・
アシュヴィンが連れてきた者なら、という具合に信用してもらえている。
だからいつも傍に置いてくれてるのかな・・・・といいように考えたりしてしまう。

「――

雑踏の中にいたのにアシュヴィンの声だけがよく聞こえた。
振り向くと、傍にいた文官も一歩下がり 後ろへ控える。

そこだけが輝いて見える程、彼にはカリスマ性が備わっていた。
何かズルイ・・・・アシュヴィンばかり素敵すぎるのは。
そんな事を思いながら眺めていると、やがて近くに来たアシュヴィンの様子は少し違っていた。

いつもの威風堂々とした雰囲気がない。
不思議そうに見つめていると、重い口調でアシュヴィンは告げた。




歯車は、音を立てて回りだす――