時は幕末
はらはらと舞う白雪
一面の銀世界、其処へ一際鮮やかな朱。
艶やかな着物を纏い、しゃなりしゃなりとした優雅な足取り。
徐に片手を目の高さに上げ、舞い落ちてきた雪に触れる。
ひんやりとした感触・・・口を吐いて出る息は白い。
何もかもが白く、空気さえも張り詰めた雪の朝。
その中で唯1人私だけが違う色。
乱れた着物、首筋を彩る印。
望んで付けられた物ではない。
愛情の欠片もなく、ただ欲望を満たす為だけに男達は私を抱く。
そうでもしないと生きていけないから。
親のいない私は、体を売らなければ生きて行けなかった。
愛情を与えられる間もなく、両親に先立たれ
男の性欲を満たさせる為だけに、女は体を開かれる。
最初の客の時、私はまだ15歳だった。
妊娠はしなかったけれど、壮絶な痛みだった。
鮮血が溢れたのを見た客は満足そうだったけど。
私の心と体は、聞こえない悲鳴を上げていた。
この世界で生きるには心は邪魔になる。
感情を捨て、唯生きる為だけに体を差し出した私は汚れてる。
そんな私がこんな汚れのない綺麗な銀世界に立ってはいけない。
確かなものは何も手に入らず、愛され愛する事なんか知らないまま死ぬのだろう。
どんなに抱かれても、本当の意味で心も体も満たされた事などないまま。
でも、そう思っていた日々は 変わろうとしていた。
愛証
――吉原『花町』。
其処を眺めるように建ち並ぶ歓楽街。
其処に、私の生きるべき場所がある。
『揚羽』
煌びやかな景観、それが此処の名前。
客を呼び込む為に柵越しに着物を着た女達が奥に座っている。
地元の男達が集まり、気に入った女を指名する。
それは勿論、一夜限りの交わりをする為。
芸子、舞妓とは違う。
此処にいるのは皆『花魁』。
今時で言うなら『ヘルス嬢』?
かく言う私も、此処で体を売っていた。
それが生きる術だから。
今日も何も変わる事なく、客の男と情事を共にしていた。
私に重なる影。
それは懸命に、私の子宮を突いている。
普通なら、それ相応の喘ぎ声を上げてお客を楽しませるべきなんだろうが
生憎 心の底から気持ちよくない。
それでも私は、作った声で感じてるふりをするしかなかった。
でもこれは私の中では日常茶飯事。
花魁に身を落としてから、何度も重ねた情事の中で
いつもしてきた方法。
我を忘れるくらい乱れて喘ぐ、それが出来ないから
私はなるべく早く、この情事が終わる事を願うしかなかった。
◇◇◇
「今日も良かったよ」
「有り難うございます」
脱いだ服を着ながら、満足そうに客の男が笑顔で言う。
それからお捻りをくれた。
情事が料金の他に気に入ったらくれるお小遣いのような物。
「また宜しくお願いします」
笑顔で返せば『また来るよ』と言って客の男は笑った。
どんなに嫌な客であれ、客である限り寝なくてはならない。
時には辛くも、そうしなければ私みたいな人間は生きて行けない。
早くに両親を亡くし、一人っ子だった私。
親類もなく身寄りのない私は、花魁になり体を売るしか生きて行く方法がなかったから。
この揚羽に、そんな事情を抱えた子は山ほどいる。
10歳からこの揚羽で育った私は、花魁の中でも上位の『太夫』を勤めている。
最上位の遊女を指す呼び名だ。
そのお陰で少しは自由に立ち回れる。
過去の積み重ねで此処まで来た・・・喜びは微塵もない。
だって私は『不感症』だから。
それを隠して20年を生きてきた。
今日もよく晴れている。
あの客が帰って、次の客が来るまでに時間はある。
私はよく晴れた空の夕刻の空を見上げた。
「今日も駄目だった」
全く感じてくれない体。
私に性感帯というのはないんだろうかと思うくらい。
荒い息、汗ばむ体。
そんな物は嘘だと思う。
満足するのは相手だけ。
『良かったよ』
何て、何が良かったの?
私はただふりをしてるだけなの。
心も体も、何も感じてないの。
どれ程叫びたい事か。
男女の結びつきは、体でしか成し得ないのだろうか。
ならば私は、心から満たされる日なんて
一生来ないではないか。
私は一生籠の鳥
外へ飛び立てる翼なんかない、自由など来ない。