June act1
先月大学の庭でかかって来た電話の相手と
迎えに現れた岩本の事を追求され
SnowDreamの代表だと友人にバレた。
「ホントにお兄さんの仕事知らなかったの?」
今馴染みのカフェで追求されてます。
始めはシチュとヴィジュアルに興奮し
岩本さんが『SnowDream』の代表だとは
気付かなかったらしい友人。
そのまま気付かなくて良かったのになぁ
「うん、知らなかったよ」
「まあ久しぶりに会うんじゃ無理ないか」
「別々になってから10年は経ってるからね・・・」
「そうだったんだ〜・・・」
なんてまあ我ながら出て来るわ適当な理由。
兄、岩本照とは親の離婚で生き別れ
先月久しぶりに再会したっていう事になっている。
しんみりしたのか友人が静かになる。
だがこの静かさは波乱の幕開けの前兆にすぎなかった、暫し黙っていた友人が顔を上げ
トンデモ発言をかましたのである。
キラキラした目で私を見た瞬間、嫌な予感はしたが阻むには遅かった。
「のお兄さんが代表のお店なら安心よね!今夜行こうよ!」
「はあ!?ヤダよ絶対行かない!」
「何でよ、お兄さんの仕事してる姿見たくないの?」
「見たかないわ!そもそも、家庭を壊した元凶のホストクラブになんて行きたくない」
客から注目されようが構わず私は断固拒否。
力の限り嫌だと訴えた。
ましてや先月話したばかりなのである。
私の家族がバラバラになった原因のホストと、母親を壊したホストクラブを憎んでると
それなのにだ、この友人は一緒に行こうと
嫌がる私を連れて行こうとしている。
私に行く理由は全くないし興味すらない
だが・・・またこの友人がホストに騙されるのを
何となく見て見ぬふりは出来ない。
そこがまたの良い所でもあり
付け入られる隙でもあった。
そして断るに断れず、一緒に行く事に・・・。
「大丈夫、私のがホストクラブ慣れてるし」
「はあ・・・嫌だ、嫌すぎる」
「もう往生際が悪いなあ」
「大体料金とかバカ高いんでしょ?」
いやにノリノリな友人に懐柔されたは
一気に不機嫌になり、声音低く問うと
そういう所に行き慣れた友人は楽しげに説明
先ず、あの店に関しては2人とも新規客。
指名制なのだが、新規客だから当然しない。
そんな時は場内指名システムが使える。
担当が決まってない場合、男本等を見て気に入ったホストを卓に呼ぶ事が出来るシステム
初回はそれを無料で出来る。
つまり2回目からは金を取る訳だヤバいな
または『送り指名』等を使い、帰る時店の入口まで送ってくれるホストを指名し
大体はその時選んだホストが次回から担当になる場合もあるんだとか?
「・・・なんか既にどうでもいい(笑)」
「そんな事言わずに今回だけでいいからさ!初回だけ楽しんで後行かなきゃ良いんだし、ねっ!」
「よく分からないから頼るからね?」
「任せて!初回って言えば安く済むから」
はあ・・・
めっちゃノリノリだ、誰にも止められない。
内心かなり行きたくない。
岩本さんとは先月ぶりに会う流れだが
タピオカ店以来なのだ残り3人と会うのは。
・・・彼らが覚えてるかは別としてだが
見たいとは全く思えなくて嫌だった。
店の外での顔だけ知っていたかったような
接客姿は見たくないような見たいような
兎に角よく分からない心情になっていた。
そして夕方18時、夜の営業がスタートする。
開店時間の5分前とかに到着してしまった
自分がバイトしている店の前をコソコソと通り過ぎ、辿り着いた店の前。
間近で見た店は、煌びやかで少し異質だった
これがホストクラブか・・・と。
外界から切り取られたみたいな感じ・・・
足を踏み入れたら戻れなくなるような?
正直足が竦んだ。
「やっと来れた〜!」
対する友人は楽しげでニコニコしてる。
こんな憂鬱な気持ちで来店する人は私くらいだろうなと、自嘲する。
店の壁面には店の名前が飾られ
白と水色の外装が清潔な雰囲気を漂わせ
吸い込まれるように客が入って行く。
ああ・・・来てしまった。
ここまで来たら入らなくては逆に目立つ。
突っ立ってる訳にも行かず、覚悟を決める。
初回って言って早く帰る事だけ考えよう!
「入ろう!」
「・・・うん」
「誰指名するか決めた?」
「えー・・・分かんない」
正直早く帰る事しか考えてない(笑)
感じのよさそうな人なら誰でも良いや
っていう投げやりな事を考え、扉を開く。
「ようこそ『SnowDream』へ」(Rook
扉を開けるや、両脇に並ぶスーツの集団。
ざっと見て7人は確認出来た。
その中の1番扉に近い位置に立つホストが
柔らかい口調でと友人を出迎えた。
「ここは初めて?」(Rook
「はいこの子は初めてです、私はここがオープンする前別の所に行った事があるかな」(友
「なるほど、じゃあ取り敢えず場内指名制を適応しておくね」(Rook
「はーい」(友
「あ、あの・・・その初回でお願いします」
「かしこまりました、Bishop案内して」(Rook
やたらと気品ある話し方のホストで
緊張はしてたが、微かに落ち着けた。
応対は友人に任せ、初回の旨だけは伝える。
バカ高い料金を請求されないよう必死だ。
幾ら友人が慣れてるとはいえ、状況に流されたら終わりな気がして気が抜けない。
警戒心バリバリなとニコニコな友人。
最初に出迎えてくれたホストがチェスの駒名を呼ぶと・・・
「はーい、それじゃあ付いてきてね」(?
現れたのはスラリと背の高い青年。
確か、4月に岩本さん達と店に来た・・・
「・・・阿部さん?」
「えっ?誰の事?」
「お姫様、ちょっと良いかな」(阿部
「へ?」
「ホストクラブは初めて?」(阿部
「ごめんなさいこの子初めてだから」
「うん分かってる」(阿部
思わず口から出た名字を聞きつけた阿部。
席に案内し、友人に続いて座るや否
少し厳しい目をした阿部が隣に座り聞いてきた。
問に素直に頷くと、緊張感を感じた友人が
慌ててフォローに入ってくれた。
さすがの私も不味かったのだと理解。
友人やに笑みを向けると阿部は片手を上げ、誰かを呼ぶようなそぶりを見せた。
それから視線を此方に戻し、に耳打ち。
「君、あのタピオカ屋の子だよね?」
「はい・・・」
「ホストクラブは初めてでOK?」
「友人の付き添いで・・・初めてです」
「やっぱりそっか」
何回か質問された事に答えると息を吐いた。
それから笑むと、ホストクラブでは源氏名を名乗る決まりになってるんだよと。
さっきの『Bishop』が阿部の源氏名なのだろうと察する事が出来たタイミングで
阿部に呼ばれた誰かが現れた。
失礼します、と一礼した顔を見て吃驚。
現れたのは阿部と同じくタピオカ屋に来た人
確か目黒と呼ばれてたテクノカットの人だ。
「彼は『ボンベイ』宜しくね」(阿部
「すっごいイケメン、宜しくお願いします!」
「ははは・・・」
一気に面識ある人2人と再会してしまい
気まずさから笑いが込み上がる。
呼ばれた目黒は、持ってきたファイルを阿部に渡すと
友人側に椅子を持参して座った。
「これ見ておくと良いよ」(阿部
「・・・なんです?」
「男本かな、この中から気に入ったホストが指名出来るんだよ」(友
「その通り、こっちのお姫様は詳しいね」(阿部
「お姫様だなんて照れますね」(友
行く前にざっと友人に説明されたやつだとも理解
気に入るホストなんて作る気もないのにな・・・
うんざりしてしまうが、友人や阿部らの手前顔には出せず
渡されたファイルを開いて気を散らす事に務めた。
先ずトップページに現れるのはオーナー。
初めてオーナーの顔を見たが、まだ若そう。
やはり店を開く人なくらいだから元ホストね
しかも伝説を残したらしい・・・どんなだ
それから次を捲ってドキッとさせられた。
代表取締役として紹介されている写真。
紛うことなくそれは岩本さんの写真で
やっぱホストなんだよなぁと再認識した。
先月なんてこの人に迎えに来られて
仕舞いには車に乗っちゃったし、甘味処に連れて行かれご馳走になったなんてさ・・・
振り返って思う、非現実的な時間だったなと
別に懐かしんでる訳じゃない。
先月見せたクシャッとした笑顔じゃなく
営業用に見せる笑みの岩本さんから目を逸らしつつページを捲った。
「ねぇお姫様方は名前なんて言うの?」(目黒
真剣に男本を見ると、一緒に覗き込む友人へ
静かだった目黒が不意に聞いて来た。
「ボンベイ、幾らお姫様達が可愛いからって いきなり名前を聞くのは失礼だよ?」(阿部
「――かわ・・・」
「Bishopさん褒めすぎ」(友
「ごめんなさい、でも営業したって良いですよね?」(目黒
「まあ(笑)お姫様達が担当決めるまでなら良いよ」(阿部
しかし歯の浮くようなセリフである。
まあ思ってなくても賛辞の言葉を言えるのが彼らがホストだという所以だろう。
友人は素直に恥ずかしがり、顔が赤い。
本当ならこういう反応をすべきなんだろう
だがにはやっぱり出来ない反応だった。
ホストクラブでは、他の担当の客に営業をかける事はご法度である為
見習いやヘルプ、新人ホストは新規の客を見定めては指名を得る為に営業を試みるのだ。
逆に言うなら、新人が固定客を得るには
新規の客が来た時しか無いのである。
だから彼らも真剣だし必死だ。
阿部から許可を得た目黒は早速聞いて来た。
「どんな接客されたい?」(目黒
と直球で聞かれる。
営業にも4種類くらいあるんだとか?
1つ目は『友達営業』
『友宮』や『友業』と略され
飲み友達的なノリで相談に乗ったり騒いだり
まるで友達のように楽しく接するやり方。
2つ目『色恋営業』
『色業』と略される、相手を好きな素振りを匂わせたり恋人のように接する。
色業をされている客を『色カノ』と呼ぶ、最低・・・。
3つ目は『枕営業』
主に色カノに対し、性的関係を持つ事で売上を伸ばす方法だ。
色恋営業と合わせて『色マク』と呼ぶらしい
4つ目を聞いた瞬間、は心臓が脈打つような不快感に苛まれた。
「4つ目は『オラオラ営業』」
字のごとく、客に対して高圧的に振る舞い偉そうにしたり煽るやり方だ。
これに関しては好みが大きく分かれる為
見極めが難しい営業スタイルだとか。
忘れもしない、母親を壊し、家庭を壊した男。
名前すら忘れたそのホストの営業スタイルだ
まだこういう営業スタイルが許されてるのね
は何だか胃がムカムカして来た。
友人は目黒の説明に夢中だから気付いてない
ああ〜・・・早く帰りたい。
胃のあたりを摩っていると阿部に呼ばれた。
「大丈夫?」(阿部
「あ、はい・・・ちょっとお手洗いに」
「体調悪かったら言ってね」(阿部
気遣わしい視線を寄越す様は好青年のソレ。
だがは警戒心を抱いたままだ。
それでも心配してくれてるのは分かり
一応お礼は伝えといた。
「大丈夫?」(友
「うん、一応お手洗い行ってくるね」
「案内するからおいでお姫様」(阿部
「お、おう・・・」
「なんか返事が男前っすね(笑)」(目黒
席を立つと阿部も立ち上がり、掌を出す。
意図が分からずに居たらそのセリフだ。
ヒクッと引き攣る口角。
リアクションがぎこちなくなる。
だが目黒にはウケたのか笑っている
岩本さんと言い目黒さんと言い
この店のホストはツボが浅いのかしら。
笑って貰おうとして言ってる訳じゃないのに
まあ兎に角阿部の差し出した掌にぎこちなく手を重ねた
阿部は優しく握り返し案内するべくこっちだよと歩き出した。
「ボンベイちょっと任したよ」(阿部
「うっす」(目黒
てな訳で後を任された目黒。
取り敢えず営業スタイルは選んで貰う事にし
気になった事を残った友人に探りを入れた。