July act7
言葉に詰まるというか・・・『何で?』の3文字が脳内をグルグル巡る。
理解が追いつかない私の方をジッと見つめる岩本さんの視線。
何を言っても多分今は話の答えが出ないだろう。
しかも自身酒が回っていて眠いし思考が定まらない。
どうしたら、どんな事を返せばいいのか困り果て眉宇を寄せる。
そんなを眺める事数分。
岩本の脳裏に過る樹との姿。
何を言われたのかはまあの説明通りなんだろう。
樹が岩本の指名客に営業したのは確かだ。
よく分からないが、樹の指名客になり店に通うを想像すると胃がムカムカした。
にも言ったがまだ『SnowDream』岩本照の指名客で同伴者。
にも関わらず樹(Lowe)はを気に入り、指名して欲しいと頼んでいる。
誰にケンカ売ったのか、分からせるべきか?
向ける相手の居ない苛立ちを募らせつつ、握ったままのの手を引き自分の口許へ。
🦢「――岩本さん?」
💛「ダメって言ったよねその顔、誘われたくなるから」
🦢「は・・・!?至って普通の顔です、吃驚と戸惑いが出てるだけです」
💛「性質悪っ・・兎に角乗って、そんな顔で帰せないわ」
だからどういう顔してるのさ私は!
それよりも何で今私の手の甲にキスとかしながら喋ってるのかを知りたいわ。
怪訝そうに岩本さんを見上げると視線を外される。
総じて今日の岩本さんは今までとなんか違う。
5月とかは距離近かったけど今回みたいに触れては来なかった。
話してる時もどこか余裕があったし、私の冷ややかな態度すらも面白がってた。
だからこそ今回の様子?とか接し方に違いを感じる。
何となくもうここで別れた方がいいと感じたからこそ
1人で帰れる事を証明したい。
自然な動きで距離を取ろうと試みるも右手は岩本に囚われてる為無理。
🦢「大丈夫です、この近くのホテルとか探しますし」
💛「・・頼むから乗って」
そん――な捨てられた子犬みたいな目で見ないで欲しい・・・・・
極めつけの言葉と共に注がれた目線。
代表取締役を務める男で彼方此方に顔が利く人とは思えないような
必死に頼み込むみたいな目をして、岩本さんは私に懇願する。
🦢「あーーもう分かりましたよっ」
💛「ちゃん強引系に押し切られるタイプ?」
はあ?????
仕方なく承諾した瞬間岩本さんの態度が一変。
眉尻を下げて頼りなさげな子犬だったのに見上げた顔に浮かぶのは妖艶な笑み。
くっそお・・・してやられた。
と思うが既に遅い、一変してニコニコな笑顔に変わった岩本さんに車のドアを開けられ
強く断る隙も与えられず車内に乗り込む羽目になる。
私が乗り込むまでドアの前に立ち、通せんぼする岩本さん。
あんな軽い芝居めいた事をしてまで送りたかったんだろうか?
だとしたらかなりの変わり者である。
・・・いや、律儀?何れにせよやはり岩本さんは変わり者だ。
🦢「どうして私の周りには変わり者しかいないんですかね」
つい感情が入り、深いため息が出た。
偶々その言葉は運転席に乗り込んだ岩本の耳にも届く。
案の定不思議がられたので隠さず話した。
誤魔化したりはぐらかしても、岩本の手に掛かると言わされる流れになる。
だから言わないでおくより言ってしまった方が良かったりするのだ。
Loweが自分を担当に選んでくれたら、特別優しく扱うよみたいな事を言ったのと
ホストを嫌ってるけどちゃんと話は聞いてくれるし
そのままで言葉を飾らずに返して来るから私みたいな人間は面白いらしい。
結構客観的に他人事みたいなニュアンスで話して聞かせた。
今まで経験したことがないからね・・嫌いな対象から好かれる?とかさ。
あまりにも初めての事すぎて、少し気持ちがふわふわしている。
逆にハンドルを握り車を発進させる岩本の方が、そんなの心境を読んでいた。
免疫が無く、嫌いだからと遠ざけていた分
今回の件でグッと近づいてしまい、ホストや店とより一層深く関わった。
その事でもしかすると状況やら色んな情報について行けず処理が追いついていない。
浮ついたりしない、態度も前のまま。
却ってそれがホストらを刺激し、興味を抱かせている。
恐らく樹がにそう耳打ちしたのはこれらが理由だろう。
岩本自身、樹が経た心の変化は身に覚えがある。
面白いと感じた春、過去関わって来た子と全く違うタイプだと知り
自分でも驚くくらい興味を抱き、岩本が居ない日に嫌いと言ってた店へ来店。
その事に対し何故か面白くないと感じさせられた梅雨。
そう感じた理由を探す為、同業回りの同伴者に選んだ初夏。
ホストを嫌うは月日を経る毎に色んな表情と感情をぶつけて来た。
俺に媚びたりするでもなく、嫌われる事を恐れずにそれこそ正面からドーンと。
知り合って半年・・こんなにもの事で心を乱されるのはなぜなのか。
🦢「岩本さん、ケータイ鳴ってますよ?」
💛「ん・・・後で見る」
心を乱されてると感じる自分はもうヤバいのかもしれない。
そんな時に指摘されたケータイの着信音。
画面を見なくても何となく相手は想像出来た。
契約相手、だろう間違いなく。
店に居る時電話が来たのが30分か1時間前、待ちきれないんだと思う。
あっちには期限があるし俺にも契約期間がある。
利害は一致してるからこそ契約を結んだ。
ただ・・・もう少し個人の時間も優先させて貰いたい。
あっちは違くてもこっちは・・間違いなくビジネス。
今は正直契約相手より、横に居るを優先したかった。
ケータイをチラ見する流れで視野にを入れれば
眠いのだろう、時折目を瞑りながらゆらゆらしている。
こんな状態でも1人帰れると豪語出来るが逆に凄い(?
まあタクシーを拾って行くとは言っていたが色々と無防備すぎやしないか?
今俺の横で舟漕いでるって事はだ・・警戒されてないって事だよな?
――それ男としてどうなん
いや別に警戒されてなくても良いし。
簡単に意識されるより、無頓着で無警戒の方が落としに行き易い。
てのはまあ一般論な?
🦢「・・・岩本さん」
💛「ん?」
🦢「近くのビジネスホテルとかで降ろして下さいね・・」
💛「良いけどちゃんと部屋まで辿り着けそう?」
🦢「意地で辿り着きます・・・」
💛「危なっかしいなあ」
車を走らせる岩本に掛けられる眠気全開の声。
これ、もし自分以外の男が送ってたら間違いなく送り狼になるだろな・・
と思わせるくらいは隙だらけで無防備。
危なっかしいから客室まで送りたい気持ちもあるが
それをしてしまったら自分の中の何かが変わりそうで躊躇った。
今までアフターも数多くこなしたし、同伴で店に入店やらもしたし
客と体を重ねる事も多数して来た・・。
勿論、今みたいに送る流れで客に連れ込まれ抱くとかいう流れも。
反対に営業法の一環で自分が客を押し倒すパターンもして来た。
その時はビジネス感覚だから恋愛感情なんてものは無く
テンプレみたいに組み敷いて抱くみたいなのを感情抜きでしたりもした。
が、に対しそういうのをやるのは躊躇われた。
何と言うか・・・そういう扱いをしたらいけない気がしてさ?
そう思った理由は分からない、まだ分からないままで居ようと思ったのだろう。
着信を知らせる音は数分置きに車内に響いた。
その度にが俺を見ていたが敢えて視線は合わせず
一番近い距離にあるビジネスホテルまで車を走らせた。
💛「着いたから起きてちゃん」
ビジネスホテルには40分かかるかかからないかで到着。
軽く眠りに入りそうなの肩を揺り起こす。
こんな風に電車とかで寝ちまったら間違いなく餌食になるだろな・・・
てな事を考えつつが起きるのを待つ。
時刻は夜の23時、大我の店を出たのは22時20分くらいだったと思う。
肩を揺らしてみてからの反応を待つ隙に胸ポケットからiPhoneを取り出した。
通知画面には契約相手からの着信履歴とLINEが数十通は届いている。
これを見た前なら、機械的にすぐ返事は返したし電話にも出た。
間違いなく怒らせてるとは思うし、錯乱してる可能性もある。
億劫だが機嫌を直しに行かなきゃならない・・・。
岩本は通知画面を見ただけでiPhoneを再び胸ポケットへ戻した。
そのタイミングで助手席のが漏らした声が聞こえる。
🦢「んー・・・はい・・」
💛「起きて、起きないとキスする」
助手席のの肩を揺らすが中々起きない様子に
ちょっとした悪戯心で思いついた事をの耳元で囁いてみたら
面白いくらいに飛び起きて俊敏に俺から離れた。
ホント清々しいくらい俺の事なんて意識してないのが分かる。
性別はあの契約相手と同じなのにこうも違うモンなんかな・・・
それから岩本は警戒して目をギンギンに見開いたへ笑む。
💛「おはよう、目が覚めた?」
ニッコリと嫌味なくらい笑顔で訊ねれば
バツが悪そうな顔をしたが視線を外しながら答える。
🦢「お陰様で・・・」
💛「そしたら降りる前にこれだけ話させて」
🦢「・・なんですか?」
少し寝た事で眠気が引いたのかは分からないが
改まった岩本へ向けられるの眼差しはしっかりしている。
💛「あの店を出てから言った言葉に偽りはないって事を先ず言っとく」
🦢「・・・なんでしたっけ」
💛「・・・・・俺がちゃんに協力するのは俺がアンタと関わりたいからって話」
🦢「ああー・・・本気だったんですね」
💛「俺はいつでも本気だよ」
岩本なりに誠意を籠めたセリフのつもりだっただけに肩すかし感が否めない。
俺の言葉、ちゃんに届いてるんかな?と心配になる。
そもそも自分らの職を心底嫌う相手に何故こうも関わろうとしてるのか自分でも分からない。
兎に角ひたすら伝えるしかなさそうだ。
必要以上に客へ関わらないようにしていた俺を動かし
自分の意思で彼女と関わろうとする男にしてしまいそうな。
まだ信じてくれなくても良いから少しでも俺の言葉が彼女に届くよう。
その一方で岩本は偽りを告げる必要もあった。
🦢「でも私だって本気ですから・・あの店に通ってあの男を」
💛「女の子1人で乗り込んでもやり込められるだけだな」
🦢「お店の中でならそんな風に出来ないはず」
💛「ちゃんホント何も知らないんだな、唯一ホストが強気に振舞える営業法があるのを」
その営業法は先月岩本の店でボンベイから説明を受けた『オラオラ営業』
客に指図するみたいな態度の営業法で好みは分かれる。
確かにこれで来られたら何が起きるか分からない・・・かも。
反論の術もなく押し黙るは悔しさで胸がいっぱいだ。
自分には岩本と対等に渡り合えるだけの知識が無い。
論じてしまえば勝てないのは分かっていた。
もう潔く頼むしかないのだろうか・・関わりたくないホストに。
でも岩本は『Rough.TrackONE』のホストではない。
例え『SnowDream』の代表を務めてるとは言え、他店のホストにまでそれが通るのかが分からない。
顔の広さは本当だと思う、他店なのに大体のホストや内勤が岩本を知っていた。
うーん・・・そうなると道は1つしかないとこまで追い詰められている。
ホストクラブの決まりに無知な自分が1人で挑むのと
少しばかり関り、その上協力的なホストクラブ代表に協力を仰ぐのか否か・・
悔しいが答えは1つしか無かった。
🦢「これきりですからね・・岩本さんに頼るのは」
物凄く不本意だがそうせざるを得ないのだと悟り
唇を噛み締めてから押し殺した声では呟く。
これを耳にした岩本、心が音を立てて動くのを遠くで感じつつ
口の端で笑み、シートベルトを外しながら同じく呟いた。
💛「交渉追加だな、ただ1つだけ約束して」
🦢「はあ、約束ですか」
💛「約束は俺を好きにならない事、多分ちゃんなら簡単だと思う」
岩本の口から紡がれた約束事、確かにには好条件だ。
ホストと店を嫌う自分なら余程の事が無い限りホストを好きになる事はない。
🦢「確かに私にピッタリの約束ですね、もし万が一破ったら?」
💛「無いと思うけど、もし破ったらそこで終了」
🦢「・・・分かりました、満了間違いなしの条件ですから宜しくお願いしますよ」
💛「それでこそちゃん、文句なしの交渉相手だわ」
確実に破られる事のない約束内容に自信を以って私は承諾した。
私が約束を破らないと信用してくれてるんかな・・
1人の人に本気にならないホストだから、可能性のない私に協力的なんだ。
勿論私がホストを好きになる事は無い。
だからこそ岩本さんの言葉は本物だ。
そしてさっきからずっと鳴りっぱなしの岩本さんのケータイを気にした。
🦢「そろそろ出てあげて下さい、お店からかもしれないですし」
私ならもう酔いも醒めてきましたし1人で行けます、と言ってみる。
そう指摘され仕方なさそうに胸ポケットからiPhoneを取り出した岩本さん。
通話を始める前にとドアを開け、降りようとしたら右腕を掴まれた。
結構強く引き戻され、半身を捻って振り向かされた私。
映る視界に影が差したと思ったら柔らかい感触が唇を掠めて行った。
――え?なに??
と思う間もなく影はすぐ離れ、明るさが戻った視界で岩本さんがクシャッと笑み
💛「追加交渉成立の徴な、後でまた連絡する。またねちゃん」
🦢「・・・あ、はい」
柔らかく笑んで言うもんだから無意識に頷いていた。
そんな様子に笑みを濃くした岩本さんが動き
店内の時と同じく私の方に腕を伸ばし、電話の通話ボタンをタップしながら言うのだ。
💛「もう一回しとく?」
🦢「――なっ😳」
💛「はは(笑)しないから安心して、けどあんま可愛い顔して誘わないようにな」
🦢「そんな事してませんっ、と、兎に角送って下さりありがとうございました!」
💛「良い子、それじゃ気をつけてな」
🦢「っ・・・岩本さんも気をつけて下さいね」
通話ボタンをタップしてからのやり取りだ・・・
恐らく電話の相手に聞こえてる可能性もある。
わざわざ聞かせてるみたいにも見て取れるからヒヤヒヤした。
腕を伸ばし私の頭を撫でて行く岩本さんの大きな手を退かしながら
一応送って貰った事に対するお礼は伝え、今度こそ岩本さんの車から降りる。
岩本さんはハンズフリーにiPhoneを設定したのか、イヤホンを片耳に入れ
片手でハンドルを握るともう片方の手で私に手を振ってから車を発進させた。
電話の相手が誰なのかは知らない、それよりも掠めるようなあの感触の事で頭は混乱していた。
July.おわり