July act6



時刻が翌日に変わる頃、岩本はPawnと目配せ。
恐らくオーナーに挨拶を済まし、今回の同業回りを終わるのだろう。

案内役を務めた青年を呼び寄せてオーナーを呼ぶよう耳打ちし
オーナーを待つ間も元凶男を警戒するの肩を抱いたままだった岩本。

🦇「おーーPawnに岩本くん来てくれてありがとう!」
💗「大我だ!いやマジすっげー店じゃんお前すげぇな!」
💛「大成功じゃん大我、これからも同業として頑張ろうな」
🦇「うん2人ともありがとう!今夜は楽しんで貰えた??」
💛「当たり前、彼女たちと満喫させて貰った」
💗「うんうん満喫した!」

待つ事数分して現れたオーナーは女性的というか中性的な人。
開店時迎えてくれた時はよく見なかっただけに驚いた。
線が細いから華奢に見えたが、こうして間近で見るとPawnより身長は高い。

3人は顔見知りなのか、オーナーの名前を呼んでいる。
多分一応源氏名みたいなやつはあると思う。
が敢えて本名っぽい名前を呼ぶ辺り、気心が知れているんだろうな。

岩本さんとPawnさんはその場に立ち
その位置で立ち話を少ししていた。
挨拶も終えそうな時、大我の方に一歩足を踏み出した岩本は
本人だけに聞こえる声でコソコソと耳打ち。

💛「そうだ大我、ちょっと聞きたい事あんだけど・・いい?」
🦇「え?うん構わないよ」

挨拶を交わすホストらを見ていると何事か大我に囁いた岩本。
頷いた大我は何処かへ向け、歩くよう促す動作を見せた。

混み入った話でもあるんだろうか・・?
何となく岩本の方を気にし視線を注いでいると此方を見た目と合う。
あ、と気まずくなり目を逸らしたへ岩本が身を寄せ

💛「そんな目で見たらダメだよ、男は単純だから誘われてると思っちゃうから」

とかわざわざ耳元で囁く。
これもホストのテクニックというやつなんだろうか?

そんな目ってどんな目だよ、とか内心で突っ込む
冷静に突っ込む傍ら何か距離が近くて吃驚する・・・
こういう近い距離で話すのが当たり前の世界だとするなら

今後ここに通う時を考えて今のうちに慣れておかないとか??
そうは思っているが、実際の所この近さ(耳打ち出来る距離)はギリギリ。
もし今の近さを澄玲に行った場合、代表であろうと関係なく爆弾扱いだ。

爆弾というのは、ホストがしてはならない行為や禁止事項の事。
自分の担当外の客に触ったり思わせぶりな態度をとる事は
相手ホストの営業を妨害する行為に値する。
それと今の岩本の発言に関して気になった事をは聞いてみた。

🦢「・・・・岩本さんも単純なんですか・・?」
💛「――俺?・・んー・・・どうかな、てかそれを聞くって事はちゃん俺に誘われて欲しいって事?」
🦢「違いますよ、何でそうなるんですか。今ので分かりました岩本さん単純」

聞いてみたけど上手くはぐらかされた気もした。
知りたい答えを敢えて言わず質問で返す辺り、狡い人。

でももう関りも無くなる、知らないままで居た方がいいよね。
取り敢えずもう今夜は帰りたい・・眠い・・・

今になって酔いが回って来たのか、瞼が重くなって来た
しかし此処はホストクラブ、寝落ちる訳には行かない。
落ちそうな意識を保つべく元凶男を見つけた事を振り返る。

1つの家庭を壊しておきながら、今ものうのうとホストクラブに勤めている男。
確か『シャトランジ』という源氏名だった気が・・?
まあ今もその源氏名かどうかは知らない。
因みに『シャトランジ』はペルシャ語でチェスの原型にあたるボードゲームを示す。

岩本らの源氏名はチェスの駒、何か関係してたんだろうか?
だが正直その下りに興味は無い。

🦇「清々しいくらい岩本くんに興味ない子なんだね」
💛「ん、面白いっしょ?俺だけじゃなくホスト全般に興味ないの」
🦇「興味を惹く子だよね何とかして興味持たせてやりたくなる、で聞きたい事って??」
💛「大我も樹も興味津々かよ(笑)ああ、ちょっと前の事になるんだけど」

今にも寝そうな顔だが耐えようとしているを眺め
なるべく早く切り上げようと考え、大我に向き直ると
岩本と同じく大我もを眺めていた事に気づく。

元MSM.No3のホストだった岩本を袖にする振る舞いに心底感心した様子の大我。
そこもまたの良い所だと岩本は思っている。
顔面や偏差値、身分とかに左右される事なく相手によって態度を変えたりもしない。

ありのままの自分自身でぶつかってくるから嫌味さが無い。
少なくとも岩本と同じようにのそういう部分を好意的に感じる者は既に2人居る。
と言うか今はそんな事は関係ないな、と思うのと同時に逸れた話は大我の方から戻してくれた。
ホント、オーナーがジェシーや慎太郎じゃなくて良かったな・・

あの2人がオーナーの立場に居たら、真面目な話が出来るのかどうか(酷い
それは兎も角、岩本は大我が戻してくれた質問の内容を話す事に専念。
この店で雑用を任されている釣り目の男は、どういう経緯で雇い雑用にしたのか。

それを口にした際、大我の近くに座るVogelが微かに眉をピクッとさせた。
Vogelだけでなく聞かれた側の大我も不思議そうな目を岩本へ向けている。
岩本からすると2人のこの反応の方が気になった。

💛「俺変なこと聞いた?」

気になったまま確認するみたいにぎこちなく問うと
コの字型の座席の一番端へ導かれて座らされた。

それから舟を漕ぎそうなを右斜めに見つつ
大我が逆に岩本にだけ聞こえる声で答えた。

🦇「・・深澤くんから何も聞いてない?」
💛「――え?何でそこにふっか出て来んの」
🦇「あー・・・深澤くん何も話してないんだね」

だとすると俺口滑らせちゃったなあ、と色白美青年は天井を仰いだ。
全く訳わかめな大我のリアクションと言葉に首を傾げたくなる。

どういう事なのか聞き出そうとも思ったが、それは大我の方から控えた。
ただ言えるのは、深澤がホストを辞めた理由も関係している事。
その先は直接本人の口から聞く方が良いとかわされてしまった。

気になるが大我の言う通りだろう・・そういう事は本人に聞くしかないのだ。
深澤関係の事は話せないが、雑用男を雇った経緯と雑用にした理由は話してくれた大我。

雑用男の源氏名:シャトランジ。
一応接客系の仕事をした事があると大見得切って面接に来たらしい。
源氏名はその頃から気に入ってて名刺代わりに名乗っていたそうな?

グランドオープンを控えていて人手も足りず、素行に難がありそうだとは思ったが雇ってみた。
雇ってみてすぐ接客向き=ホスト向きじゃないと全員が感じたとか

💛「ジャンルは違えど接客経験者なんだろ?何で雑用にしたの?」
🦇「顔はまあまあなんだけど、相手の好みも分からないのにオラオラ営業だったんだよ」
💛「あー・・・なるほどね、その営業法やるなら人を良く見れないとな」
🦇「うん、誰彼構わずソレだけだからさこっちも困っちゃってね」

つまりは相手も見ずに取り敢えずオラオラ営業で接客。
変な拘りでもあるのか、他のキャストらの忠告やアドバイスも聞く耳持たず。
困りに困って解雇するか思案した結果、本人の希望で『犬』兼雑用として使ってるらしい。

ホストになれずとも『犬』と雑用に甘んじた元凶男の狙いは何なのか・・・
下剋上でも狙ってるのか・・?
そうだとしても営業法を変えない限り奴はずっと『犬』兼雑用のままだろうな。

取り敢えず元凶男の雇用事情は把握した。
今日は此処までにしてそろそろを帰さなくてはならない。

💛「話してくれてありがとな大我」
🦇「ううん、あ、岩本くん」
💛「ん?」

元凶男について手に入る情報はこのくらいだろうと切り上げ
大我へ礼を言い、の横へ戻ろうとした所呼び止める声に足を止める。

足を止めた俺に大我はコソッと口にした。
元凶男、もといシャトランジには良くない噂が付きまとうらしく
過去にちょっとヤバイ事をやらかしてその店をクビになっているんだとか。

関わるのはお勧めしないから岩本くんも気をつけてね。
そう大我は忠告、こっちで暫くシャトランジは飼い殺しにして様子見ておくよと。

綺麗な顔して言う事がエグイな?

それは兎も角有り難い申し出に変わりはなく、すげー助かる、と答えた。
岩本に素直に感謝された大我、ニコニコしながらPawnの方へ戻り
同じように礼交えて少し雑談をPawnと始めた。
そんな2人を横目に、の横へ一旦座って促した。

💛「ちゃんお待たせ、そろそろ帰ろ送ってく」
🦢「分かりました・・挨拶、出来たんですね?」
💛「ん、出来たよ立てる?」
🦢「はい・・・ただ眠いだけで足元は平気です」
💛「しっかり酒回ってるわソレ、ちゃんは酔うと眠くなるタイプだな」

自分は挨拶を済ませたので後はPawnに任すとし
言葉通り眠そうなへ手を差しだした。
悪酔いはしなさそうだが酔うと寝るタイプは中々無防備で危なっかしい・・・。

Loweも手を貸し、を立たせる。
酔っていても意識はしっかりしているが礼を言っていた。

💛「Pawn、俺先に出るわ」
💗「おっけー!ちゃん帰り気をつけてね」
🦢「あ、Pawnさん澄玲さんもありがとうございます先に失礼しますね」

岩本もまだ大我と雑談中のPawnに声を掛け
同伴者の澄玲にも挨拶し、立たせたの腕を引く。

もう一度大我に目配せしつつ片手を上げ挨拶を済ませた。
店内に居る他のホストらにも軽く挨拶代わりに片手を上げる岩本。

その姿をぼんやり眺める、歩き出そうとした時後ろ側へ腕を引かれた。
酒が回っているせいで簡単に戻された
吃驚しながらもゆっくり回る思考で見るより先に背中にあたる人の感触。

誰なのかを察する前に耳元で声が囁いた。

🦁「楽しみにしてっから、また、ちゃんとここで会えるの」
🦢「――あ、はい・・・まだ分かりませんけども・・」
🦁「俺を担当に選んでくれたらちゃんだけに優しくするよ」
🦢「・・・??ホストって平等に優しいですよね?夢を見せる為に」
🦁「まあね、でもちゃんは特別優しくしたいなーって」
🦢「はあ・・Loweさんも変な人ですね」

こんなホスト嫌いで可愛げもなくて
ホストクラブにすら行った事の無かったような女を面白いとか言ったり
興味を持ったみたいな事を言って来る、関わりたくないのに関わらせに来る。

思い切り興味ない、嫌いって態度に出してるにも関わらず
何故か向こうから近づいて来て関わろうとして来るのだ。

🦁「俺もって事はやっぱいわもっさんもそんな感じなんだ?」
🦢「どう、なんですかね・・面白いとか一緒にいて楽とは言ってましたよ」
🦁「へー!まあ分かるかなソレ、君ってホスト嫌いって言うけどちゃんと話は聞いてくれるし
素のままで言葉飾らずに返して来るから面白い」

相手の素を引き出してくれる感じ、だからつい話したくなる君と。
そんな言葉をLoweはへ口にした。

なるほど・・・もしその通りならつっけんどんに接すれば寄って来なくなるのかな。
要するに嫌いな気持ちを前面に出し、まともに会話すらさせない感じにさ・・

まあそんなやり取りも体感では5分くらい。
挨拶し終えた岩本に再び肩に腕を回され
支えられるようにして歩き出すまでの僅かなやり取りだった。

此方に向けて腕を回す為に伸ばされた岩本の腕。
頬に触れる時もそんな風に伸ばすのだろうか。
そんな風に少し伏し目がちに此方を見ながら・・?


店内から入り口まで見送ってくれたLoweと別れ
店の外に無事到達、腕を伸ばす時の岩本の表情にドキりとしたのは永遠の秘密だ。

🦢「岩本さん、今日は有難うございました・・私タクシー拾って帰ります」

もう関わるのは今日が最後だ。
その考えでいるからはタクシーで帰ると宣言。
遠回しにこれきりだと言ったつもり。

しかし岩本は何も答えず、店の前から駐車場へと歩き出す。
足を踏ん張ってでも抗おうとした、が男の力には敵わない。
周りには歓楽街を行き交うたくさんの人々が行き交っている。

ざわざわしているし話し声も凄く大きく聞こえるし騒がしいのに
不思議と至近距離に居る岩本の声はクリアに聞こえた。

💛「どうして?」
🦢「どうしてって・・私の役目は今日で終わり・・・」
💛「Loweを指名に選んだから?」
🦢「――何でそれを?」
💛「アイツ声デカいからな、にしてもなるほどね」
🦢「なるほどって・・・!?」

聞かれた内容にも驚いた。
Loweに担当俺にしない?とか言われてる時岩本は席を外していた筈。
にも関わらずズバリ言い当てられた。

実はカマかけただけだった岩本の話術。
そこにハマり自ら口にさせられていた。

しかも体が浮き上がる感覚にヒヤリ。
幸いそうなったのはメイン通りを外れ、脇道に入った時だ。
私は何故か岩本さんに横抱きにされてしまっている。

暴れようにも力の差があって無駄に終わるし
通行人にはチラチラ見られるし恥ずかしくてやめた。
岩本さんは岩本さんで構わずに歩き続ける。

💛「同伴の役目は終わったけど俺まだちゃんの担当、誰にも譲る気ないから」
🦢「譲る譲らないとか私は物じゃないです、てか下ろして下さい」
💛「ダメ、下ろしたら逃げるでしょ?それに酔ってるんだから大人しく俺に介抱されて」
🦢「逃げませんよっ、私、今後はRough.TrackONEに通いますからもう岩本さんとは関係ないです」
💛「・・やっぱ樹に何か言われた?」

何か言われた、と言うより好意的に『どう?』みたいな問い掛けはされた。
あくまでも元凶男を見張る為にあの店へ通う為。

🦢「店に通うなら担当が必要だから俺がなるよって言って貰っただけです」
💛「ここに通うって事、どういうことか分かって言ってる?アンタの嫌いなホストクラブだろ?」
🦢「分かってますよそれでも私は逃げる気は無いです、ここにあの男が居るって分かったんですから」
💛「そんなの俺は許可出来ないって言ったらどうする?」
🦢「・・・なんで岩本さんの許可が関係して来るんですか」
💛「アンタはまだ俺のお客さん、それにホストも店も嫌いって言ったじゃん」
🦢「嫌いですよ、それに私もう岩本さんのお店には行かないですからお客でも無いです」
💛「元凶男の事だってわざわざ通わなくても俺なら協力出来るよ」
🦢「だとしても、岩本さんの助けは要らない、です」

遠ざけようとしても、関りを断つために突き放す言葉を口にしても
言い回しを変えたりしながら岩本は食らいついて来る。
何とか分かって貰う為にはハッキリと拒絶を示さなくちゃならない。
助けは要らないと口にするのだけすぐ言えなかったが、何とか自然に言えたと思う。

何故ここまで私に関わろうとするのか分からなくて混乱。
岩本さんにしては珍しく支離滅裂というか
何を言わんとしてるのかが読み難い。

ただ私の言葉を受けた岩本さんは足を止める。
気付けば丁度駐車場に停められた岩本さんの車の前に来ていた。
そしてゆっくりと私を地面に下ろしてくれるが、右手は握られたままだ。
強引に振り払う事が出来ず、暫し握る手の温もりを感じながら数分。

幾分か経過した頃、少し視線を路面に注ぎながら
窺うような声音で岩本さんが呟く。

💛「要らない、か。でも同業としてイメージを変えたいだけ、それに俺代表やってるし顔も利くから使えると思うよ」
🦢「使うとかそんな・・兎に角話がメチャクチャですよ岩本さん」
💛「ん、それは俺も思う、だからまた改めてちゃんと話させてよ連絡する」
🦢「ですからもう――」
💛「俺がちゃんと関わりたいの、それが理由じゃダメ?」

なんて言いながら顔を近づけられ、私はぐうの音も出なくなった。