July act4



入店して卓へと案内される番になると
岩本とPawnは案内役の内勤にすぐ面が割れた。

🤵「ようこそ『SnowDream』の岩本様」
💛「ん、挨拶は良いよ今夜は楽しみに来ただけだから」
💗「そうそう、取り敢えずそっちのオーナーに宜しくって伝えとけよ~?」
👨‍💼「勿論です」
🤵「それではお連れ様と楽しんで行って下さい」

交わした言葉は短いが、堂々と接する2人の存在は心強かった。
同業回りに来た事は知らせてないにも関わらず入れたのは幸運。
まあそれだけでなく、岩本達の知名度も影響していた。

には計り知れない彼らだけの絆が、今に繋がった結果とも言える。
付け回し役ではなく案内役の1人が岩本達を奥の卓へ誘導した。

🤵「それでは1人だけキャスト(ホスト)を付けますがご指名はございますか?」

全員席に座ったタイミングで訊ねる案内役。
一般的にホストの事は『プレイヤー』と称したり『キャスト』と称する。
この店では後者の呼び方をしているようだった。

誰かつけるかと言われてもなあとは黙る。
そもそもは興味がないし嫌っているから選ぶ概念がない。
Pawnの同伴者も初めての店だから特に希望はなさそう。

そこで奇妙な間を埋めるようにPawnが発言。
さすがそこはホストと言わしめるようなものだった。

💗「俺らもだけど此方の御姫様方も初めてだから男本とかある?」
💛「だな、参考程度に見せて貰いたい」
🤵「ああそうでしたね、気づかずに申し訳ない」

気を利かせたPawnの発言で案内役は一礼し
一度男本を取りに行く為席を外した。

その間も周りは終始賑やか。
まあ静かに過ごす為にホストクラブに行く人は居ないだろうから当然だ。

キャストは6人?だが内勤の多さは勝るだろう。
ヘルプに付く新人ぽいキャストも数十人は視界に入る。
規模がデカいとそれだけ従業員も多い。

違うのはキャストの数と内勤の数かな?と無意識に岩本の店との違いを探していた。
『SnowDream』ではキャストと言う名のプレイヤーは6人。
その内2人が新人でヘルプや内勤を担っている。

でも彼らの店には彼ら以外の内勤は不在。
辛うじてキッチンとウエイターに居るくらいか?
小規模の人員でも彼らの店は回っていたし、雰囲気も静かで落ち着く所だった。
とは思う・・・・二度と行く気はないけどね?

そうやって考えること数分。
同伴者の緊張を解く為か、和ませようと話していたPawn。
岩本はが思案してる最中は黙し、店内を眺めていたようだった。

🤵「お待たせしました此方が男本です」
💗「さんきゅー!」

再び現れた案内役の手からPawnが元気よく男本を受け取る。
気を利かせた案内役は2冊持って来たらしく
もう1冊を岩本へ差し出した。

さんきゅ、と短く口にして男本を受け取る岩本。
それからチラッと少し離れて座るを見た。

💛「嫌いだとは思うけど見る?ちゃん」

それを今言うかね?
思わず『嫌い』という単語に反応してしまった私。
ホストクラブに来といてアレだけど嫌いだとか言うかね案内役の前でさっ

案の定Pawnも同伴者も案内役も驚いた目を私へ注いでいた。
そのせいで変に慌ててしまうは目の合ってる岩本を睨む。
睨まれた岩本はそれすら楽しいのか、クスクスと笑っていた。

全く・・・どういうつもりなのか・・
もしかしてまだ先月私が岩本さんの店に行った事で怒ってるの??

怒るにしても今一理由が分からないけどさ・・・
変に意地悪して来ないで欲しいモンだわ。
此処で弄る為に私を同伴者に指名したとかだったらそれこそ殴る。

🦢「ええ見ますとも、嫌いだけどねっ」
💛「マジおもしれぇー(笑)」
💗「あんま意地悪すんなよーKnight」
🦢「ホントですよもっと言ってやって下さいPawnさん」
💛「何、Pawnがお気に入りになった?」
🦢「ああもう今その話する必要ないですよっ」

取り敢えず話を元に戻そうとするのにウザ絡みして来る岩本さん。
なんなんだ本当に・・・こんな絡み方する人だったっけ?

申し訳ないが大変辛辣な感想を抱いてしまった。
Pawnさんのフォローで何とか話を軌道修正。
しかも1人だけだったのをもう1人選べることにもなった。

同伴者だがホストクラブでは主役の女性陣が男本からホストを決める。
4人で来店した為卓に付くホストは2人。
Pawn側の同伴者が選んだホストはVogel(フォーゲル)
が選んだのは・・・Lowe(レーヴェ)というホストだ。

これだけの客が来ているにも関わらず男本から彼らを選べたのは
同業回りに来た特権なのだとPawn側の同伴者、澄玲(スミレ)から聞いた。

雰囲気はふわふわしているが流石同伴者に選ばれるだけの事はあり
大抵のルールにはより詳しかった(頼もしい
指名のホストを聞き届けた案内役が男本を回収し、お待ち下さいと一礼して退席。

💗「ふーんあいつらの源氏名カッコイイじゃん」
💛「俺らの源氏名だってイケてるだろ?」

指名したキャストが来る間、頭の後ろで腕を組ませたPawnがぼやく。
すぐさま言葉を重ねたのは代表の岩本。
源氏名はホスト自身が名乗りたいものに決めるのが殆どだが

『SnowDream』の場合のみ事務関係を取り仕切る阿部が決めている。
大抵はホスト自身を見て感じたイメージで決めてるらしい。

👩‍💼「カッコイイですよ、ね?さん」
🦢「え?ああ、はい・・チェスの駒の名前ですしセンスがあって良いと思います」
💛「へえ?ちゃんチェスするの?よく分かったな」

やり取りを聞いてたら突然澄玲に話を振られる
何で私に振るんだろうと思いつつすぐ答えたら左に座る岩本から感心した眼を向けられた。

チェスをやった事はないが、知識として興味があったから調べた事があるだけ。
ってな返しをしたらPawnや澄玲からも感心した眼差しを向けられてしまった。

💛「意外と博識」
🦢「失礼ですね岩本さ・・じゃなくてKnightさんは」
💛「言い直すとか律儀か(笑)」
💗「ちゃん面白いねー!強面なKnightとこんな風に話せる子初めて見た!」
💛「強面は余計な?」
👩‍💼「でもさん凄いです、私初めて代表のお姿を目にしたから緊張しちゃって」

他愛のない話を交わす空間は外界から切り離されてる感じがした。
確かに岩本は強面だが、言葉を交わすうちに違う面も目にして来たからか

今では臆せず思った事をポンポン言えてしまう感じになっていたのは確かで
その空気感を同じホストのPawnに悟られた事も特に驚きはない。
寧ろ傍から見てもそういう空気感が出ていた事に対し、抵抗を感じなくなっていた。

それはそれでマズい。
私はホストに感化されに来た訳じゃないのだ。
そんな時に聞こえた岩本の発言に、頭から冷水を掛けられたように我に返った。

💛「澄玲ちゃん緊張してるの?可愛い」
🦢「・・・」
💗「ちょっとKnight、俺の御姫様に営業禁止だから」

そう、ホストなんてのはこういうものなんだと。
誰にでも見境なく甘言を吐き、女を堕落させる生き物。

分かっていたのに、岩本もホストクラブの代表だ。
そういう言葉は星の数ほど口にして来ただろう。
なのに今回だけは何故かその分かり切った事実を肯定するような場面を見るのが辛く感じた。

ホストはホストなのだと、所詮先々月見れた一面も偽りかもしれないし
他の女性客にも見せていた既存の姿でしかないのだという事実。
過去何千何万に見せて来た姿を、さも初めて見れた一面かもしれないと
一瞬だけ・・・一瞬だけ、嬉しい気持ちにさせられた自分を殴りたくなった。

そして岩本さんに対する見方も初期化される。
強面だけど甘党で、偶に人間味ある表情をしたりする人、から
腹の内を隠したまま誰彼構わず女を口説くチャラい代表へと印象チェンジ。

そもそもホストなんかと交渉?する事自体が間違いだった。
早く役目を果たしたら帰りたいし今後関わりたくもない・・・・
母をダメにしたホストを探すのなんて1人でもやれるわ。

確証なんて無い自信も無い・・でもやるしかない。
ホストなんかに頼らなくたって、女であることを武器にしてでも成し遂げてやる。
足を組み替えるふりをして少しずつ岩本から距離を取るように座り直した。

🦅「お待たせしました、ようこそ『Rough.TrackONE』へ」
🦁「俺らを指名してくれてありがとな」
💗「おーー!LoweとVogel久し振りー!!」
🦁「あれ、もしかして同業回りに来てくれたんすか!?」
💛「ん、まあね」
🦁「それじゃ隣失礼しまーす」
🦢「――は、え?はい・・?」

タイミング良く指名したホスト2人が卓へ現れる。
岩本もが何となく距離を取った事には気づいたが敢えて触れず
現れた2人と話すPawnに合わせ、Loweの問いに短く答えた。

それから2人も呼ばれた卓に付くべく澄玲との横に行き
指名してくれた礼を口にしながら隣へ座った。

岩本と少し離れて座っていた為、指名されて来たLoweは自然な流れでの横に座り
客を持て成すべくの肩に手を乗せようとしたタイミングで
気づいた岩本がさり気なく自分の方へ引き寄せてそれを阻止する形になった。

当然組まれる筈の肩が遠退いたので空振るLowe。
早く帰る為なら肩を組まれるくらい我慢しようと考えていた
2人揃って肩透かしに遭ったかのようにキョトンとなる。

🦁「え?ちょっといわもっさん?」
💛「あー、ごめんつい」
🦁「ついって(笑)まあ良いけども😆」
🦢「???」

一斉に岩本を見れば、本人も『ん?』みたいな顔をしてハッキリしない返しをした。
ついって何よ、とムカムカして来る

澄玲さんを可愛いとか言ったり、人の事を質問攻めにしたり
女を振り回す事が趣味なの?それともまた人の反応見て遊んでる?

ここで岩本の手を振り払うのは体裁が良くないから我慢はした。
しかし終始は無言を貫き、出された食べ物や飲み物を口に運ぶ。
指名されて来たのに全く営業させて貰えないLoweはションボリしている。

そんな折、一旦他の卓へ呼ばれたLoweが席を離れ
Vogelのみが残り、Pawnや澄玲と話をしているその狭間で岩本から話を振られた。

💛「ちゃん、そんな風にお酒を飲んだら酔いが回りやすくなるよ?」
🦢「・・安心して下さい、私酔った事がないし もし酔ってもタクシー呼びますから」
💛「んー・・・何を怒ってんの?俺が澄玲ちゃんかわいいって言ってからだよね」
🦢「大した自信ですね、妬いても居ませんよただ呆れてるだけです」
💛「自信がなかったらホストクラブの代表なんてやってないよ」
🦢「とことんホストなんだなって、貴方も元凶男も結局同じホスト」
💛「・・・・言うね、ちゃん」

腹立たしさから一気に言葉をぶつけていた私。
そもそも何故腹が立つのかすら分からないのに・・・
岩本さんと長く関わりすぎたのかもしれない。

関わるべきじゃなかった、ただそれだけを言うだけでいいのに
気付けば言葉は止まらず溢れ、沈黙の後囁くように吐き出した岩本さんの声
そこで初めて言い過ぎたと己の言動を振り返った。

でも口から出た言葉は取り消せない。
明らかに言ってはいけない言葉だったと思う。
少しだけ声のトーンが変わったから、多分・・傷つけてしまった。
ホント私って最低だ・・・すぐには謝れないかもしれないが今日中には謝りたい・・

そう決めたのはもう私の中で答えを決めたから。
元凶探しは取り敢えず1人でやれるところまでやって
それから友人に相談してみよう、と。
だから彼らの住む世界に関わるのは今日この日限りだと決めた。

大人しく送って貰った時に謝ろう。
それからもう2度と会わないし店にも行かないって伝えればいい。

自分の中での指針が決まったら少し心にゆとりが生まれる。
少しばかり岩本さんに申し訳ない気持ちになりつつ
改めて店内を見渡すようにして眺めた。

内勤も多いこの店内、キッチンで料理を作るスタッフも多く居る。
厨房から完成した料理を運ぶ者や、厨房内で雑用をする者も居るようだ。
齷齪雑用をこなす1人の派手な髪の男が何となく目に入る。
あんな髪色でも厨房で雑用するのか、と眺めた。

生ごみをポリバケツに入れ、他のゴミと纏めている男。
その際も厨房に居るスタッフやウエイターの内勤から怒鳴られどつかれている。
下っ端の下っ端なのだろうか?それにしても酷い扱いだなと見ていたが
怒りから張り詰めた顔で外に出すゴミを手に厨房から出た男の顔がよりはっきり見えた瞬間

心臓を鷲掴みにされ、記憶という記憶が怒涛の勢いで溢れ始めた。
身なりと髪色髪型は変わっていたが、記憶の中にこびりついていた男の記憶と
今この場から目にした男の顔が完全に一致したのだ。

🦢「あ・・・う、う」
💛「――ちゃん?」

瞬間喉が引きつり、何かが詰まったみたいに声が出なくなる。
こんなとこに、居たなんて。
忘れたくても忘れられない男、母を壊し、私の家をも壊した元凶――

にぐうの音も出ない事を言われ、らしくないがショック中だった岩本。
元凶男だけがホストじゃない事を証明する為にとか
都合のいい事を言って同伴者に選んだことを納得させたのに却って失望させたと
その事実に地味なショックを受けていた時、の異変を感じた。