July act2
そして迎えた夜の22時。
歓楽街がいよいよ賑わうこの時間に閉店したタピオカ屋。
多分終わりましたと連絡せずとも岩本さんは来るだろう。
そう思いながらも何となくiPhoneを取り出してみる。
文字盤は22時1分、時間を気にしつつロッカーで着替えを開始。
迎えに来るとは言っていたが、この店の前に車で来るのは禁止されている。
と言うより市の条例で、車が走行出来ないようになっていた。
所謂歩行者天国みたいな所にタピオカ屋は在る。
素早く着替えを済まし時刻を見れば、22時8分を表示。
もしかしたら歩いてくるのかもしれない、と考えロッカーを出る。
どの辺まで来てるか分からないが確認しておきたい気持ちに駆られ
従業員用の扉を開け、半身だけ外に出し通りを確認。
暗くなっているが歓楽街が近い為、外灯の灯りよりも通りは明るい。
は何となく岩本の姿が無いかどうかを見渡して探した。
あの長身とオーラを持つ岩本だ、ある程度近くに来てれば見つけられるはず。
そう考えてキョロキョロする事数分、何となく誰かに呼ばれた気がした。
従業員用の扉から出て、表の通りに面した側へ歩き出した時だ。
💛「――こら、店内で待ってろって言っただろ?」
🦢「っ!?」
店舗の横にある従業員用の扉を出て、通りを窺おうとした私は
駆け寄る足音と気配に左手を掴まれ店舗横に引き戻された。
勢い余った為足元が絡みそうになるのを支えられる。
そうしてやっと見た先に居た人は
相変わらずのスーツ姿がどちゃくそ似合うイケメン。
久々に見たその顔はやっぱりちょっと慌てたような顔をしてる。
何故そんな顔をするのか、分からなくて気になった。
確かに若い女が1人でうろつくのは危ない時間だけども
・・可愛い訳ではないし、ナンパもされないと思う。
でも気に掛けてくれた事は素直にありがとうと思った。
🦢「4月に会った時も今みたいに急いで来て下さいましたよね、ありがとうございます」
呟くようにして話すを自然と視界に映す。
正直3ヶ月前の事だ、そんなに慌てて駆けつけたのかな俺はという感覚。
何故急いだり慌てたりしたのか分からない。
多分この場所に今以上踏み込んでしまわないようにと思ってるからだろう。
あまりにも真っ直ぐで正直な性格の。
こんな嘘だらけの世界に踏み込んで欲しくない、と岩本はぼんやり感じていた。
何故こんな風に思うのかは分からないが、根本的に本来なら出会う事のないタイプの人間だと思う。
何となくこれ以上は関わるべきじゃないと思う反面
これから自分が話す事は彼女を更にこの世界に踏み込ませるものになるかもしれない。
ホストやホストクラブを徹底的に嫌う意思は固く、時折影を感じさせる面もあり
それでいて友人思いな性格をしていて巻き込まれタイプ。
先月うちの店に来たのもあの友人に誘われ断れなかったのだろう。
という人間は、確固たる意思を持っている
が、冷たくし切れない優しい人物でもある・・・。
口も堅そうだし・・何となく信を置けそうな人物だ。
だからまあ、決めたんだけどね。
💛「どういたしまして?改めて感謝される事でもないよ、本当の事だし」
🦢「??・・・この辺が物騒、な事がですか?」
💛「そりゃそうでしょ、歓楽街だよ?」
🦢「あー・・そうでしたね」
まあちょっと稀に抜けてる部分もある彼女。
それでも人間らしい人間的な部分だと、岩本は感じた。
取り敢えず場所を移す事とし、を店の裏手側に案内。
表通りは車が入れないので、車は裏手通りの駐車スペースへ停めてある。
いや、その、移動するのは構わないんですが・・・
🦢「あの岩本さん」
💛「ん?」
🦢「そろそろ離して貰えません?」
後ろへ引き戻された時のまま、ずっと左手を掴まれていたのである。
まあ掴まれてる部分は手首より少し下だが・・落ち着かない。
私に言われた事で初めて気づいたかのような
僅かに驚いたような目を、岩本さんは見せた。
なん・・なんでそんな驚いてるの??
そんな風に驚かれたらこっちまで変なリアクションしちゃうじゃん。
ていう奇妙な間は数秒だけ流れ、その後切り替えたらしい岩本さんが口を開いた。
💛「んー・・・車までで良いから繋がせてよ」
🦢「は、はあ?」
でもなんか意味の分からない事を言って来る。
繋ぐの意味はすぐに理解した。
歩き出す前にするりと岩本さんの大きな手が移動。
一度も手を離す事なく腕から手に移動させ
軽く握るようにして左手を繋がれた。
大きな岩本さんの手に容易く包み込まれてしまった私の手。
硬さのある掌の感触と体温が伝わり、心臓の音が煩い。
異性に免疫のないは動揺を抑える事に必死だ。
口を一文字にして動揺しないようにしてる様はへ視線を向けた時気づいた。
男慣れしてない事はすぐに分かり、初心な反応だなと感じる。
💛「あんま顔に出さないで、お持ち帰りしたくなるから」
とか言いながら車の鍵をキーレスで開錠。
これはそう思ったから口にしてた。
繋いだままの手の先に居るを見れば、意味を解していないらしい顔をしてる。
なんとなく分かってもよさそうなものだが、は俺を見たままだ。
フリなのか本当に知らないのかはさて置き・・・無防備だな。
何も知らない様を見てると、先月の事を思い出す。
興味のないはずのホストクラブ。
憎しみを抱いてるはずのホストの居る店へ友人の頼みとは言え行った事。
それを聞いた時感じた何とも言えない感情。
部屋で女を抱きながら俺自身も初めて感じた奇妙な感情を。
🦢「お持ち帰り・・・ですか」
💛「そ、取り敢えず乗って そこで話すから」
🦢「あ・・はい」
むくむくと自分自身の中で膨らむ感情に目をやりつつ
助手席まで連れて行き、乗るように促した。
相変わらずは俺がドアを開ける前に自分で開けて乗り込んだ。
そういうところ、ホント変わらなくてホッとする。
なんでホッとするのかはこの際分からないし無視した。
岩本も車に乗り込み、ドアを閉める。
今日来たのは伝える要件があるから。
それと自身に聞いてみたい事があるから来た。
💛「まだ分からないだろうから取り敢えず聞いてて」
説明だけするから、と断り先ずは来た理由を話した。
ホスト業界に昔からある決まりごと。
それは同業回りと呼ばれ、新しくOpenする店や
付き合いのある店のホストの誕生日祝い、または後学の為。
理由は様々だが他店のホストクラブへ飲みに行く事を指す。
男は1人でホストクラブに入れない為
同業回りへ行く際はホスト自身の指名客を同伴して行くのが通例。
主に付き合いのあるホストと、行く側の店の代表が行くんだとか?
4月にOpenした『SnowDream』も決まりに則り同業回りを受けたらしく
今回はその決まりに則って今月Openする店に同業回りへ行く事が決まった。
話を聞きながらふと思い返す友人の話。
新しくホストクラブがグランドオープンを迎えるとかいう・・・
え、まさか?
🦢「私は嫌ですよ?」
💛「――あれ、気づいちゃった?」
🦢「私カンは良い方なんです、兎に角他をあたって下さい」
💛「どうして?俺と行くのは嫌?」
🦢「嫌とかじゃなく、私ホストクラブとホストが嫌いなんです」
💛「ふうん?」
🦢「それに、私・・岩本さんの指名客じゃないですよ?」
先に続く言葉が予想できたから遮るように先手を打った。
嫌いな職種と嫌いな所に自ら行くのは在り得ないし苦痛。
断る理由にするには十分すぎるはず。
でも聞き手の岩本さんは意に介す様子が無い。
だから締めに最もたる理由を挙げた。
それを聞いても岩本の態度は変わらずで、は少しだけ身構えた。
雰囲気が怖いというか、ちょっと怒ってるような?
そもそも何で嫌ってる私みたいなやつを連れて行こうとするのか分からない。
友人にしても岩本さんにしても何故嫌なのを連れて行こうとする?
え?そういうのを楽しむ系の人とか??
微妙な気持ちになりつつ運転席に座る岩本さんを見やったら
今月初めて見るかもしれない意地悪そうな笑みを浮かべていた。
💛「ちゃんの嫌そうな顔、俺好きだよ。もっと見たくなる」
🦢「は??」
口許だけで気怠く笑う様は妖艶。
それから少し助手席側に凭れるようにして距離を詰める。
煩く騒ぐ心臓の音が聞こえてしまうのではと感じるくらいに驚いた。
岩本さんは運転席と助手席の間に腕置きを下ろし
その上に左腕を置き、上に向けた掌に顎を乗せ此方を見上げた。
あざとい・・・(違
💛「俺の同伴は嫌なんだろ?ホストもホストクラブも」
🦢「・・岩本さんの同伴が嫌とは言ってません、ただ私は――」
💛「あんなに嫌いって言ってたのに先月来たみたいじゃん?」
🦢「それは・・・」
💛「俺にはああ言ったのに?」
なんだかさっきから全部皆まで言わせて貰えない。
怒ってる??でもどうして?
嫌いなのは本当だし恨んでも居る、でも来店せざるを得なかったのは本当。
そこについて嘘をつかれたと、嘘をつかれた事に怒ってるの?
怒ってるのだとしても怒られる理由が無い。
それに、だ。
何故嘘をつかれたと岩本さんは思ったのか。
もし嘘をついたとしても、軽く受け流せる人だと思っている。
特に深く関わってる相手でもないただの他人よ言うてしまえば
そんな女の言ったちょっとした違いをわざわざ呼び出してまで追求する??
問い詰め方とか完全に何か勘違いしちゃいそうになるような感じよ?
岩本さんの彼女になったような感覚で嫉妬されてるみたいな?
兎に角もう済んだ事でいつまでも口論するつもりはない。
🦢「先月店に行ったのは友人の付き合いです、だから二度と行く気もないし指名だって決めずに帰りました」
💛「へえ・・?じゃあ卓に付いたの誰?」
🦢「何で今この話するんですか・・・」
💛「良いから教えてよ、ホストとホストクラブ嫌いなちゃんが誰にしたのか気になる」
口論するつもりもないに対し、岩本はまだその話を聞こうとする。
ちょっと面倒になって来たは仕方なく先月の話を覚えてる範囲で話した。
阿部さん(Bishop)に付いて貰い取り敢えず場内指名にし、男本を見た。
友人は目黒(ボンベイ)を指名し、は阿部のまま。
好きな営業法を聞かれてるうちにちょっとお手洗いに行き
その帰りに爛という阿部の指名客に遭遇、少しだけ言葉を交わした。
ホストクラブもホストにも興味はないし嫌いだから妬かなくて大丈夫ですよって
そう宣言して阿部を残し卓に戻った、と話した瞬間岩本が吹き出した。
何故か話した皆がそれ相応の反応をするんだが・・キャバ嬢ってそんななの?
💛「あー良いわホント、Rookからも聞いてたけど本人の口から聞くとまた面白いわ」
🦢「目黒さんもバリニーズさんも驚いてましたけど・・・そんな面白いですかね?」
No.1のキャバ嬢だとは友人達に教えて貰ったが興味ない。
職がなんであれ、男と女だし同じ人間。
感情が無い訳じゃないんだからヤキモチだって妬くでしょう?
💛「面白いし何か良いよ」
あまりにも驚かれたりするから岩本さんに問うた返しが今のやつ。
取り敢えず私は面白い、らしい・・解せぬ。
🦢「それを言うなら岩本さんも面白いですよ」
💛「えー?俺は至って普通だよ」
🦢「見かけは強面だけどタピオカと甘味が好きで」
💛「・・・まあお礼の時に案内したくらいだしな」
🦢「少し不機嫌な顔もするし人間味がありますよね、今日イチの発見です」
視界の横で淡々と話すは嘘を言ってる風には見えなかった。
俺らの店に来たのも予想した通り、友人の付き添い。
1ヶ月ぶりに会ってもやっぱりはのままだった。
ブレない芯があり、冷たく見えるがどこか愛嬌がある。
強張った反応は一瞬だけ見せたが、俺すら気づかなかった表情に気づいていたり
なんだろう・・・外見だけで判断しないの性格が多分、アレなんだと思う。
一緒に居る事が苦じゃないばかりか居心地の良さすら感じる。
常にホストで居る必要が無いし、ホストとして振舞わなくてもいい。
在りのままの自分で居られる相手・・・かも?
―傍に居て、居なくならないで―
揺らぐ気持ちは一瞬よぎった声に引き戻される。
まだ契約は満了していない、呼ばれれば行かなきゃならないから。
この日初めて俺はその契約を少しだけ煩わしく感じた。
💛「じゃあ改めて本題ね」
🦢「・・・どうして私なんですか?」
姿勢を戻し、本来話す為に来た同業回りの説明に移る。
するとやっぱり嫌そうな顔にも戻った。
感情が正直に顔に出ていて微笑ましさすら覚える岩本。
しかし今度ははぐらしてもダメだろう。
彼女が納得するような理由を言わなくてはならない。
なので岩本なりに考え、感じた事をありのまま伝える事にした。
💛「先ず、ちゃんまだ担当決めてないでしょ?」
🦢「はいまあ、決めるも何も行く気が無いですから必要ないかなと」
💛「もう来る気がないならさ、最初で最後の担当・・俺にしてよ」
🦢「・・・岩本さん、にですか?」
💛「ん、同業回りって自分の指名客しか同伴出来ないのは話しただろ?」
はい、と頷くは気持ちがふわふわしていた。
何故か岩本の声で言葉で『最初で最後』と言われたらモヤモヤしてしまったから・・
💛「ホストもホストクラブも、過去のソイツだけじゃないってトコ見せたい」
🦢「どうして岩本さんがそこまでされるんです?」
💛「分かんない、多分俺なりの意地かもな」
意地・・そう口にして笑う岩本さんの横顔は
今まで見たどの表情とも違う、初めて見る真剣な眼差しをしていた。