July act1



――7月

例年より遅く始まった梅雨は明け、夏の暑さが地面を焦がす。
この頃になると今年の春にOpenした『SnowDream』も固定客を掴みつつあった。

相変わらず目黒(ボンベイ)は新人でヘルプ。
同じく新人のバリニーズも付け回しの任に就いている。
そしてこの日は珍しく、もう1人の新人兼キャッシャーも店に現れた。

まだ未成年の新人、ターキッシュ。
彼は9時~12時まで受付(キャッシャー)として立つのだ。
今の時刻は午前の10時、1部が開くのはまだ先。
本来なら今の時間帯は2部の営業中だが、今日は休業日となっている。

因みに『SnowDream』の営業時間は2部構成。
1部は18時~24時、2部は12時~18時。

ただ、何故休みの日にこうしてプレイヤー(ホスト)が集まっているのか
その理由は店舗裏口から現れるオーナーと代表の口から説明がされた。
久々に見るオーナーの姿を見つけた阿部から声が上がる。

💚「おっ、久しぶりじゃんふっか」

その阿部の声で集まっていた全員が声の方を振り向く。
見た先に居たのはパリッとしたスーツを着こなすオーナー、深澤辰哉。

自分を呼んだ阿部へ片手を上げてみせ、おう、と応えた。
そんな深澤の後ろから背の高い男が現れる。
強面だがタピオカとチョコレートを愛する男、岩本照だ。

この2人が現れると若干流れる緊張感。
まあ場が引き締まると言った感じ。

深澤と岩本が定位置に立ったタイミングで宮舘(Rook)が号令を掛け
プレイヤー一同がオーナーと代表へ一礼した。
オーナーと代表という立場に居る2人だが、男本には源氏名で紹介されている。

深澤辰哉はKing、岩本照がKnight。
滅多に店には来ないが、万一来た時は源氏名で呼ぶ決まりだ。
何故今回2人が顔を出したのかと言うと?

💚「さて今回話す事は別に2人が居なくても出来る事だけど始めるね」
💜「お前は相変わらずだなあ、まあ聞かせて貰うわ」

上座に位置する卓の席に腰掛けた深澤と岩本に対し
進行役を務めるBishopこと阿部が軽口を言い
それに対しても苦笑するだけで寛大に先を深澤は促す。

本来ならプレイヤーと代表だけでも問題なかったのだが
オーナー直々に希望があった為、来店したらしい。
そして今回ミーティングが開かれた理由は、同業回りについて。

前回此方がOpenを控えた際にも他店のホストクラブから行われた。
その通例に則り、今回は此方がその店へ同業回りに行く話が持ち上がったのだ。

この歓楽街に新たにグランドオープンを控えたホストクラブ。
それは深澤や岩本ら、幹部クラス達にはとても関係深い者達がオーナーの店。
カラフルな6色を基調にした内装に、ステージのようなものも造られた店内。
何故知り得ているのかという理由も関係の深さにある。

💚「オーナーは京本大我(Schläger/シュレガー)」

彼の家は日本屈指の財閥、京本家。
今回店の立ち上げにもかなり協力したらしい。

それで彼らとの関係の深さというのは、数十年前から繋がりがある事。
言うなれば新人3人よりは幹部4人とオーナーと代表の方が関りが深い。

しかも佐久間大介と彼方のオーナー、京本大我は幼馴染という関係。
幼い頃から遊んだ事もあれば、ここ最近も繋がりがある。
今回京本達の店のグランドオープンを知れたのはそのお陰。

店名は『Rough.TrackONE』(ラフ.トーン)
中々オシャレな店名で記憶にも残るセンスある名前だと誰しもが感じた。

そこに勤める残り5人も早々たる顔ぶれで、全員とそれなりに顔見知りではある。
代表はルイス・ジェシーが務め、オーナー補佐に田中樹。
破天荒な若い代表の補佐には冷静沈着でクールな男、松村北斗。

3人の幹部を補佐する最年少、森本慎太郎。
そして6人目は唯一引き抜きでプレイヤーに決まり、教育係を任された高地優吾だ。
どんな繋がりで京本らと顔見知りなのかは追々話すとして
晴れて同業回りに行く事になったのは佐久間の存在が大きい。

此方は全て把握していなかったが、4月にこの店がOpenを迎えた日。
実はあの日、既に京本らの店からも同業回りが来ていたとのちに判明。
それならばと今回此方が京本の店に同業回りへ行く判断の基準になった。
店舗間の礼儀が無くても元々顔見知りが立ち上げた店だ、元より行くつもりでいたと思う。

ここまで来て漸くミーティングを開いた理由に繋がる。
同業回りに行くホストは、大体が行先の店に親しい者が居る者と
来店する側の代表、つまりは代表取締役を務める者が行く決まり。

💚「皆に集まって貰ったのは『Rough.TrackONE』に同業回りに行く者を選ぶ為だよ」
🖤「え、それって俺達もですか?」
💚「あー、そうだ目黒と康二は新人だし・・ラウは論外だったね」
🤍「むぅ」
❤「照、今回目黒と康二にはラウールとマンションに待機して貰う方が良いかも」

ミーティングの理由を説明した阿部。
それに対しすぐ疑問を投げたのは目黒だ。
確かにまだ彼らは新人だしラウールに至っては未成年。

関西から引き抜かれた康二はまだ東京での知り合いを作っている所だし
目黒も他店から引き抜かれた身、京本らとの接点も恐らく無い。

これを受け膨れるラウールを優しく見てから声を上げたのは宮舘だ。
代表である岩本を補佐する彼からの窺いに、静かに話し合いを聞いていた岩本が反応。
伏せていた視線を瞬きしてからゆっくり上げ、口を開く。

💛「いや・・同業回りに行く間もこの店は開けてるから待機はしなくていいよ」
💚「なるほどね?で、誰がこの店の代表と同業回りに行くの?」
💛「今回は俺と佐久間で行くから阿部、勤務表のシフト任せたわ」
💙「わお即決?」
💗「漸く俺の出番が来たな!!!?」
💚「ホントに佐久間で大丈夫?同伴してくれる子も決めなきゃならないでしょ」
🖤「同業回りに行くのに同伴が必要なんすか??」

言葉のやり取りはポンポンと進み、再び目黒から疑問が飛んで来た。
まあこれもまた妥当な問いかけだろう。

しかし目黒も引き抜かれる前の店で耳にした事くらいはあると思うが・・・
取り敢えず後学の為にと改めて同業回りの説明を岩本がした。

交流のある他店のホストクラブに飲みに行く事がそもそもの意味。
だが店舗によってはそこに様々な理由を付ける。
他店のグランドオープン時や、親しいホストの誕生日を祝いに行ったり
または人脈作りを兼ねた接客術を学びに行く等々、理由は様々。

今回の理由として挙げれるのは、グランドオープンを祝いに行く事だ。
そこに何故同伴が必要なのか、恐らく聞けば誰しも納得する理由で必要となる。

💜「ホストクラブは男1人じゃ入店出来ねぇんだよ」
💛「・・・そ、だから自分の指名客に頼み、そこに同伴する形でしか入店出来ないんだわ」
🖤「あー・・・なるほど」

結論を岩本が言うより先に、静かに座っていたオーナーの深澤が結論を口にした。
一番そこを言いたかったのに先に言われてしまい、若干眉を動かした岩本。

仕方なく重要な所を言うのは譲り、そこに補足する言葉を付け加えた。
それを聞いて合点が行ったらしく納得した様子の目黒。
同伴についての理由を説明し終えた所で、再び進行役の阿部が口を開いた。

💚「佐久間も照も誰を同伴に選ぶのか決めてあるの?」

決まりでは自分自身を指名してくれる姫の中から選ぶ。
聞かれるのは至極当然の問い、自然と皆の視線が向けられる中同伴者の名が挙げられた。


夏の暑い日差しの中、私、はバイトの休憩中。
タピオカを売るお店の賄いを食べつつ
自由に裏で作れるタピオカドリンクを飲んでいた。

春に売り出したばかりだった黒糖シリーズも今ではレギュラーメニューに。
の手の中にあるのは黒糖タピオカラテ。
春を迎えたあの日、岩本さんが注文したものだ。

岩本さんとは5月に会ったあの日以来姿は見ていない。
それもそうだ、岩本さんは本来夜の世界を生きる人。
その上代表取締役を務めている、おいそれと簡単に会える人ではない。
いや別に会いたい訳ではない・・・何より憎んでるホストだ。

💛[なんか良いねちゃんは]
🦢[何がです?]
💛[一緒に居て気が楽]
🦢[・・・私相手に営業ですか?]
💛[――ははっ]

なのに何故、こんな風に思い返しているのか。
強面なのにくしゃっと笑う岩本さん。

見かけと違ってタピオカドリンクが好きだったり
甘味を食べに連れて来てくれたり・・・
誰よりもホストらしいくせに、何であんなにも無邪気に笑うんだろうね。

岩本さんと居ると、本当に自分の可愛気のない性格が目立つ。
ただの親切にさえ警戒し、素直に受け取れない。

あの男とは違う人だって分かってる。
それでもホストというだけで身構えてしまう。

でもこれが正しいはずなんだ。
平和な家庭を壊し、母を狂わせて捨てたあの男を見つけるまでは・・これでいい。
無意識にブレそうになる気持ちを奮い立たせ引き戻した。

休憩は残り20分余り、軽食を食べ終えるタイミングでiPhoneが点滅。
思わずビクッと反応してしまいながら画面を見ると
表示された友人からの着信に脱力した
ひょっとしたらを考えてしまった自分に腹が立った。

🦢「もしもし・・」
👩‍『私よ私、今何してるの?暇してる??』

応答をタップして耳にあてれば、聞こえて来る友人の声。
なんだか更に力が抜ける思いがしたが、応対した。

🦢「暇な訳あるかい、バイトの休憩中よ」
👩‍『あー、こんな暑いのにバイト中とは偉い!』
🦢「ハイハイ・・何か無駄にテンション高いわね」

あまりの高いテンションに、つい返した瞬間。
無意識に¨ヤバい¨と感じたが時既に遅し・・・

👩‍『よくぞ聞いてくれた!聞いてよ!』
🦢「ヤダ!私はバイト中なのよ」
👩‍『振ったのはそっちでしょ、良いから聞いて!』
🦢「あーあー何も聞こえないーー」
👩‍『もおお!兎に角聞いて、また新しいホストクラブOpenするのよ』
🦢「はあ・・・またホストクラブ?いい加減にしたらどうなの・・」

テンションの高い理由はすぐ分かった。
と言うより本人が喋りたくて仕方がない感じで話し始めたのである。
一度先月『SnowDream』に行けた事で満足したかと思えば
却って火に油を注いでしまったらしかった。

しかもまたホストクラブ。
この子・・・一生ホストクラブに通い続けるのかしら・・

もう流石に懲り懲りな
何故ホストクラブとホストを恨み、嫌う私を誘うのかが分からない。
今度こそは絶対断ろうと思っていたのに友人はこの決意に揺さぶりを掛けて来た。

👩‍『そんな事言ってもちゃっかりホストさんと人脈あったじゃない』
🦢「あれは不可抗力でしょ、此処でバイトしてたら来るモンは来るの」
👩‍『兎に角私も人脈作りしたい!それに新しい店がどんなとこか気になるじゃない?』
🦢「気になるのはそっちだけでしょ・・私は全く気になりません」

何回目になるか分からない数はしたであろうこの論争。
だがこの時不意に思った、友人がホストクラブに行こうよと言うのは
もしかすると元凶の男を見つける為の手助けなのでは?と。

しかし正直怖さもあって中々ホストクラブに出向く気にもなれなかった。
でもこのまま避けていても見つけ出す事は出来ない。
頭では分かっているが、ほんの少しだけ迷いもあった。

仮にあの男を見つけたとして・・それからどう罰すればいいのかとか
大人しく反省した態度を見せる確率は低い相手にどう振舞えばいいのか・・・
もし暴力に出られたらどうすべき?

それに・・・もし友人を危険に晒してしまったら。
考えたらきりがないくらいの躊躇いの理由が出て来る。

見つける事は出来ても、その後どうしたらいいのかは全く分からなかった。
兎に角行かないからねと遠くの意識で返し、切断ボタンをタップ。
そして入れ違うように再び電話の着信音が鳴り響いた。

画面に表示された名前に、今度こそ私は硬直。
iPhoneの画面に表示されたのは―岩本照―の名前。
数分前かかってくるのではと考えてしまった相手から本当にかかって来た。
どうしよう、出なくちゃだよね?と内心の動揺が顔に出てしまう。

しかし迷ってる間に切れてしまうかもしれない。
岩本さんに私から電話する機会もなければ理由もない完全な一方通行。
かかって来た今、これは出る以外の選択肢は無かった。

🦢「――も、もしもし」
💛『良かった出てくれた』
🦢「・・・岩本さん、ですか?」
💛『ん、そう俺、久しぶりちゃん』
🦢「お・・お久しぶりです、何か御用ですか?」

ははっ、相変わらず警戒してるね。

久々に聞く岩本さんの声はそう言って笑った。
完全に一方通行なやり取りだから、岩本さんからの用事が無い限り鳴る事の無い着信。
これが今の私と岩本さんの間に横たわる距離だ。

って何を思ってるんだ私は。
距離があるのは当たり前、だって私はホストを嫌っている。

だからおかしいんだ。
久々に聞く岩本さんの声が耳に心地いいなんてさ――
でも心地いいだけ、それ以下でもそれ以上でもない。

💛『ちょっと頼まれて欲しくて電話させて貰った』
🦢「頼みたい事・・・・タピオカの配達とかですか?」
💛『ぶっ(笑)良いねそれ、配達やってるの?』
🦢「やってませんよ冗談です、それより何を頼みたいんです?」

気を取り直して聞きつつ冗談を交えると
無邪気に笑いながら賛同して来た(ちょっと真面目に笑いそうになった)

ホントに甘い物とタピオカドリンク好きなんだなあ
と妙な感心を覚えつつ理由を聞けば
少し真面目なトーンになった声で岩本は言う。

💛『んー・・直接話したいから出て来れない?』
🦢「えーと休憩時間がもう10分くらいしかないので終わってからになりますけど・・・」

時計を見れば休憩時間は残り少なく
今から話を聞きに行くと終わってしまうと感じ
バイトが終わった後なら・・・

と言う前に被せ気味で岩本が言った。

💛『おっけ、終わりは22時だよね迎えに行くから店の中で待ってて』

この辺は1人でうろつくの危ないからね、と。
そんな気遣いにiPhoneを取りに来た時の岩本さんが脳裏に浮かんだ。

私が交番と店の間をうろついただけで
あんなにも必死に人をかき分けて駆けつけて来てくれた姿と
凄く必死で真剣で、何処か慌ててたように見えた4月の記憶。

あの時も思ったが・・何故こんなにも気に掛けてくれるのだろう。
ホストの性のせいかもしれないけど気になった。