焦れ
まだフラつく体で立ち上がった竜へ
土屋と日向の声が掛けられる。
「おい竜、何処行くんだよ」
「家に帰るのか?」
「・・・何とかなるよ」
二人の問いに、ゆるゆると首を振り
宛がないのだと示した。
力ない声に未だ此方に見えない壁を感じさせる背中。
今の竜からは今朝見れた明るい表情すら微塵も感じ取れない。
誰の目から見ても今の竜は頼りなく、一人にしておけない姿だ。
学校に来る事をどんなに本人が望んでも一番身近な家族がそれを許さない。
自分の望む道しか歩ませず、其処から逸れようものなら力ずくでも従わせるんだ。
子供は親の人形じゃない・・・何故決まった型に納めようとするんだろう。
どうして子供の意思を尊重し、伸ばしてやったり見守ってやったりしないんだろうか。
「竜!」
振り向きもせず何処か投げやりに呟くと、出口へと歩き出す背をタケが呼び止める。
それでも竜の足は止まらない、自分達に関わらせようとしないように見えては歯痒さを覚えた。
何もかも自分の中に押し込めて竜は今まで生きてきたんだろうか。
何で俺達に話してくれないんだ?頼ってくれないんだ?
いてもたってもいられなくなり、隼人の傍から竜へと歩み寄ろうとしたがその動作と久美子の言葉が重なった。
「何でそんなに自分の中に溜め込んでんだよ・・何で自分の思ってる事、吐き出さねぇんだよ!」
の疑問を代弁したかのような久美子の言葉に、竜は振り向いた。
必要最低限の事しか口にしない竜が振向いて言ったのは、自身に対する疑問だった。
「―――自分でも分からねぇよ」
この言葉が恐らく竜自身の疑問なのだろう。
自分でも分かるくらい、思いや悩みが口に出来ないのだ。
意思を示しても取り合わない、聞いて貰えない。
竜は次第にそれらを口にしたり現したりするのが億劫になった。
誰にも取り合って貰えないなら、初めから現したり言葉にしなければいい・・と。
自分の感情も思いも、言葉にして表現するのが面倒臭い。
感情を露にそれらを回りに訴える行為すら恥ずべきものでしかないと思うようになっていた。
当たり前になり過ぎて、改めて今久美子に指摘されるまで疑問に思う事すら忘れていた。
振り向いた視界に映る久美子と仲間の顔。
の表情はやっぱり自分以上に苦しげな物だった。
不思議とその表情を見てられず、視線を逸らしながら久美子へ呟く。
あの日決めた約束を自ら破ってしまった事を。
「悪かったな、約束破って」
仲間に迷惑掛けるのはこれを最後にしたかった。
自分が大人しく父親に従い、卒業式まで学校に行かないようにしていれば隼人達は問題なく卒業出来る。
自分さえ我慢すれば全てが丸く収まる・・・山口の夢は叶えてやれないけど・・それでいいんだ。
親父はの家の事も、が女だって事も知ってる。
このまま一緒にいたら何かするんじゃないかって・・不安だった。
けど今日を最後に関わらないようにすれば、もう親父だってや隼人達に余計な接触はしないはず。
本当は最後まで傍にいてやりたい・・・・いてやりたいのにな・・。
その役目も、もう必要ないと思えばいいんだ。
全てを隼人に託す気持ちで一度目を閉じ、再び歩き出した竜の足は何かに止められた。
軽い衝撃と暖かな体温。
後ろから腹部に回された何か―――
それは力任せに振り解けば簡単に解けるであろう物。
なのに、今の竜はそれすら振り解けなかった。
ゆっくりと見下ろした腹部にある腕。
必死に行かせまいと止めてる・・・・想いは封じて隼人に託したのに、変わらず愛しく感じる自分。
「・・・離せ」
「いやだ」
「俺はお前に止めて貰える資格なんかねぇんだ」
「・・資格とかいらねぇだろ・・・それに一人で悩んで苦しむって分かってるのに一人になんか出来ない」
「離せよ・・可能性のなくなったモンに期待させるような酷な事すんな」
「―――っ」
回されたその手を手にとって、その白い甲に口付けたくなる。
でもそれは、そんな事は出来ない。
こんな風にして止めて貰える資格なんかねぇのに。
後ろ見てないから分かんねぇけど、間違いなく隼人は複雑な顔してんだろうな。
だって隼人に惹かれ始めた時点で答えは出てるだろうに、そうなった今も自然にこんな事が出来てしまう。
これでは隼人も気が気ではないだろう・・
俺も・・・辛くなるだけだ、可能性のない想いに封をしたばかりの今はマズイ。
だからわざと分かり易いようににだけ呟いた。
にその気がなくてもこんな風に止められたら未練たらしく期待してしまいそうだから。
そうなる前に期待に繋がるような可能性を摘み取って欲しいから敢えて言った。
ハッと息を飲むのが背中越しに伝わる。
俺の事を心配してでの事だと痛いくらい分かってる・・
でもダメだ、もう、は選んだのだから。
「行くな!家へ来い!」
緩んだの腕を外し、今度こそ扉のノブに手を掛けた。
だが尚も竜を止めた言葉、それは久美子の強い言葉だった。
驚いて思わず久美子を見ると、その場の全員が竜と同じく驚いた目を久美子へ向けている。
その中の隼人がふと冷静になり、マズイんじゃないかと言葉を被せた。
「おいちょっと待てよ、あいつの親父警察と繋がって――」
「いいから!来い!」
危険な提案と知りつつ久美子は隼人の言葉を遮るように言葉を重ねた。
警察に顔の利く竜の父親の事だ、恐らく久美子の正体が知れるのも時間の問題だろう。
そうと分かっていても帰る所のない不安定な竜を、夜の街に放り出すなんて事は出来なかった。
*
久美子の発案で行き場のない竜は大江戸一家へ行く事になった。
実家の事がバレたら教師をクビになる、そのリスクを冒して久美子は竜を家へ連れ帰る事を決めた。
生徒を守ると決めた久美子が今更行き先を変えるような事はしないだろう。
今久美子はあの人に電話を掛け、竜を連れ帰る旨を伝えている。
隼人達はまだ店に残っており、俺自身も店に残っていた。
ちゃんと久美子が竜を連れて帰る所を見てからじゃないと安心出来なくて・・・・
と言うのはまた別にモヤモヤした感情が圧し掛かり、もう一度竜と話したいからと言う理由だったりする。
「小田切、おじいちゃんには了承して貰えたから行くぞ」
「・・・・・ああ」
「お前らも、小田切の事は私に任せてもう家に帰れ。」
「・・分かった」
「嘩柳院も・・・」
電話を終えた久美子が竜へと声を掛け、応えた竜も席を立つ。
それからぐるりと俺達を見回して帰るよう促した。
素直に頷いて立ち上がる各々。
久美子の視線が自分へ向けられ、帰れと促すより先に竜と話したいと言葉に出した。
「帰る、けど・・歩きながらでもいいから竜と話させてくれ」
「・・・?」
「俺は話す事なんてねぇよ、もう暗いし危ねぇから早く帰れ」
「――話したいのは俺なんだから竜は聞いてるだけでいい」
どうしてかさっきから竜の言葉が痛い。
ずっと怒ってるような調子だし、何より視線を合わせてくれない。
その態度が解せなくて怖くて、気付いたら竜の腕を引いて歩き出していた。
心配そうに隼人が俺の名前を呼んでくれてたけど、応える余裕がない。
久美子が慌てて追いかけるのを気配で感じ取り、立ち止まる事なく歩いた。
このモヤモヤと取っ払いたくて仕方ない。
突然突き放すような事を言う理由を竜の口から聞きたかった。
途中布団やら客間の用意の為、俺と竜を久美子が追い抜いて行ったのを確認して口を開く。
「アレどういう意味だ?」
重く開いた口から出る率直な問い。
隣を歩く竜の視線が自分に向けられるのを気配で察しながら返事を待った。
「どういうも何も、言葉通りの意味だろ」
あの意味以外の意味なんてないと視線に含ませる。
こういう時口数の少ない竜が相手だと、言葉の意味に隠された本来の意味を汲み取るのが難しい。
なんつーか言葉が足りなさ過ぎる・・・・・隼人とかタケとかなら分かり易いのに(
説明不足過ぎて何か腹が立ってきたな(短気
それともアレか、この言葉の意味から真意を読み取りなさいとでも?
だとしたらチョー難問だ・・・もう悩むよりそのまま疑問をぶつけた方が早いような気が。
「言葉通りの意味って何だよ・・俺・・・期待させるような事した?て言うか期待って」
「――マジに分かんねぇのかよ」
「は?じゃあ何だよ、仲間の心配したらダメなのか?」
「そうは言ってねぇだろ」
「なら何だよ・・・一人で悩んで苦しんでる竜を放っとけって言う事?!」
「―――っ!」
暗い闇の中、照らす灯りは街灯の僅かな電気のみの中でのやり取り。
竜の言いたい事が遠回し過ぎて俺の口調も荒くなって行く。
期待させるなって何だ?心配したら期待させる事になるのか?
酷な事をした自覚がなくて竜の言葉の意味が理解出来ない。
竜も竜であまりの無自覚さ加減に腹立たしくなったのか、普段なら見せないような余裕のない表情になると
力任せに隣にいるの細い腕を掴み、高架下の壁に背を当てさせ挟むように向かい合った。
の腕を掴んだ手の肘までを驚いた顔をしたの真横に添え、距離を詰める。
俺の目の前にも鋭い眼をした竜の整った顔が来た。
無意識に跳ねる心臓と鼓動が鳴り始める。
「りゅ――・・」
「何とも思ってないけど大事な奴にこうされたら、どう思う?」
「えっ」
「このままキスされるんじゃないかって、思っただろ?」
そ、それは・・・・確かにこれだけ接近してたらそう思うかもしれねぇけど・・
こういう状況になるのって極端と言うか中々ないと言うか、余程じゃないとないよな?
急な展開に頭がついて行かない為、勢いに急き立てられるみたいに同意する。
この時俺の脳裏にはVDの日の出来事が走馬灯っていた。
「店でが俺にした止め方は今の状況と同じ事なんだよ」
「・・・・」
「まだ分からない?要は『気持ち』が無いなら不用意に触れたりすんなって言ってんだよ」
「――あれは夢中だったから・・・」
「はもう選んでるんだよ、俺じゃない奴を・・見てたら分かるしVD前から予感はしてたしな」
何かあるんじゃないかと思わせる事?それを俺が店でした止め方?
ヒントを示しても中々辿り着かない俺に呆れたのか分からないけど、目の前の竜は小さく息を吐いた。
それからゆっくりと離れて距離をとる、でもまだ向かい合ったまま。
少し視線を地面に落とすと核心へと迫るような事例?を無自覚な俺へ話し始めた。
しかも遡る事VDよりも前・・・・・・いつ???
「工藤達の罠で石杖台の地下倉庫に閉じ込められたの覚えてる?」
一気に記憶は過去に飛び、辿り着いたのは隼人と竜の偽者騒ぎがあった頃。
公園で囲まれ、隼人の号令と同時にバラバラに逃げたけど竜と一緒に捕まって・・・
地下倉庫に連れて来られた竜は俺を守って一人奴等に暴行を受けたあの日だ。
え、そんなに遡るの?
その頃俺何かしたっけ??
この疑問にはすぐ竜が応えるように話を続けた。
工藤が掛けた電話で、一人隼人が地下倉庫へ駆けつけた時
竜に後ろへ庇われていた俺は、来たのが隼人だと分かるや否後ろから駆け出すと抱き付く勢いで隼人へ駆け寄ったのだと。
「俺の後ろから出て隼人に駆け寄った時点で、お前はもう選んでたんだよ・・隼人の事を。」
そう言われて改めて記憶を振り返る。
確かに隼人が来てくれた時、駆け寄ったけど・・・・
あの時はもう兎に角隼人が来てくれて安心して・・それが答えだって事?
二人から想いを告げられる前から、俺の中で答えは出てた?
あの時から・・・隼人に惹かれていたんだろうか。
でもその事と、期待させるとかって関係あるのか?(ニブチン)
「俺はまだが好きなんだよ!触れたい抱き締めたい・・隼人から奪っちまいたい!そんな事ばっか考えてんのに
当のお前は隙だらけ、自覚してんのか?あんまり俺の事・・・・煽んな それとも・・・襲われたいのかよ」
「――え」
微かな街灯の光を目に反射させた竜の目が俺を射抜く。
不機嫌そうに目を細め、上限から見下ろす様は隼人みたいに色っぽくて背中がぞくりとした。
逃れようとする視線すら絡め取り、決して逸らさせてくれない。
まだ俺の事を好きなのだと熱を吐き出すみたいに叫んだ。
驚きと何か分からない感情から顔へ熱が集まるみたいに熱くなる。
そんな俺の顔に不思議と冷たい竜の手が触れた。
こうして触れられるのはいつ以来だろうか・・・・
最近だと熊井さんの店を手伝った時、服を脱げ〜とか言われた時だったっけ?
そうしてる間にも竜の整った顔は至近にあり、腰に回された手が逃げる事を許してくれない。
こんなに竜が近くに密着してるのはVDの日以来。
勝手に鼓動は早くなり、動揺したくないのに体が震えてしまう。
今竜から逃げたりしたら拒絶みたいで出来ない。
でも・・・・ダメだって言わなきゃいけないんだ。
だけど竜はずっと俺の事守ってくれて見守ってくれた仲間。
強く突き放したりは、臆病な俺にはとてもじゃないが出来なかった。
そうしてる間、竜は眼下のが微かに震えてる事に気付く。
震える体に気付いてからの表情も伺い見た。
少しの怯えと迷いのような色を見て、自分が何を今してるのかを突きつけられた気がした竜。
は迷ってるんだと持ち前の勘の良さで分かってしまった。
強引にこうされても俺が仲間だからと拒絶出来ずにいる・・・
何やってんだ、俺・・こんな事したらを迷わせるだけだってのに。
でもまあ・・・少しは自覚させられたっぽいからいいか。
「これからは不用意に近づくな・・・もう帰れ」
初めて竜に怒鳴られた。
どうしてなのか分からない、だって竜は大切な仲間なんだ。
つまらない期待をさせてるつもりもなかった・・。
ああして止めたのも兎に角必死だったから。
もしかしなくても・・この自覚の無さのせいで竜を傷付けた・・・?
どちらかを選べばどうなってしまうのか、予想はついていたのに。
それでも俺は、本能の求めるままに隼人を想うようになった。
きっかけって奴も始まりも俺自身すら気付いていない頃からの。
それを薄々感じ取りながらも竜は今日まで俺をずっと見ててくれたのに、自分の手で彼からの信頼を無にしてしまった。
竜が初めて見せた拒絶に呆然としたまま 一人きりの帰路へつくしかなかった。
激久更新&ちょっと修正( ´ー`)竜の気持ちと言うか溜め込んでた物を発散させたくて書いてみた。
んー・・・・文才が無くて何か不発感が否めませんな(
鈍すぎなヒロインでごめんなパイ)`ν°)・;'.、兎に角 竜にカッとして貰いたくてさ〜・・・・・・
今までなら押し殺してたであろう感情的な所を見せられてたら幸いですな・・うーん頑張りまふφ(・ω・ )