いざ戦いの場へ
父親の元から従兄と伯父に連れ出され、竜の恩師の家へ預けられたと煉(れん)。
大江戸一家に来てから初めての朝を迎えた。
昨日出した決断は二人に伝え、今日からいよいよ決意を実行するのだ。
失った声はまだ出る様子はない。
しかも今日から行く所は何よりも恐怖の対象である人達しかいない場所。
父親からの暴力ととある虐待から、は大人の異性と男性恐怖症になってしまっている。
昨日は竜や伯父がいたからパニックにはならずに済んだが、今日から二人の姿はない。
大学に通う従兄の竜も地主でもある伯父は、それぞれが住む地に帰っていたからだ。
自分のせいで二人の生活に支障を来たしたりしてはならないからそれは仕方ないとして・・
問題なのはこれからの生活。
暫く家には戻れないし戻りたくない。
住まわせてもらうにしろ、ずっと居候させて貰う訳にも行かないだろう。
何れは何処かに勤め、住む場所を借りてそっちで姉妹助け合いながら生活していくつもりでいた。
久美子達は優しくて口々にずっといてもいいんだよと言ってくれる。
でもその好意に甘えてしまったら何にもならない気がしていた。
それらを考えるのはまだ先になりそうだ・・今は兎に角高校を卒業しなくてはならない。
目覚ましがなる前に目が覚め、少しだけ布団に入ったまま天井を眺めての思案。
それから布団から出てスヤスヤと眠る煉を起こしにかかる。
声が出ないので布団に入っている煉の肩を揺り起こすやり方だ。
肩を揺らす事数分、中々起きる気配がない・・・・
は赤銅編入だが妹の煉はこの辺にある小学校へ転入する話になっている。
白金町にある小学校らしい、取り敢えず今日は久美子の祖父と共に校長と会って校内を見学してくるだけとの事。
その・・予感通り久美子さんの家は、任侠一家だと判明・・・でも3代目を名乗るこの人はとても品がある。
煉も怖がる様子はないし、この人となら学校の校長に会いに行っても問題はないだろう。
要するに問題があるのは自分の方だけなのだ。
久美子と竜の気持ちに応えたくて決意した事だけども、実際の所かなり不安。
問題児ばかり集められたクラス、しかも男子校・・・・
父親からされていた事を思い返すとそんなクラスに行く事は恐怖以外の何物でもない。
でも閉じ篭るよりは絶対外に出た方がいいし・・男子校で問題児ばかりのクラスて事を除けば勉強出来る環境は有り難い物。
そりゃあもう気合を入れるべく用意されてる朝食は完食するつもりだ。
朝食の事を考えたタイミングで襖の向こうから微かに朝食の匂いが漂ってきた。
すると現金な程分かり易い変化が眼下で起きた。
「・・・いい匂い・・朝ごはん!?」
全く無反応だった煉が、勢いよく掛け布団を剥いで起きたのである。
これには我が妹ながら呆れ、同時に変わらない妹の様子に安心感と心の安寧を得られた。
そのまま飛び出して行きそうな煉の肩を掴み、着替えなきゃ駄目でしょと手振りで示し荷物から服を出す。
着替えるよう指示してから自らも持って来ていた制服に着替える。
実家にいた頃何とか通わせて貰っていた高校の制服だ。
折り畳んで入れていた制服を広げると、向こうにいた頃を思い出してしんみりとしてしまう。
向こうでの友達に別れすら言う間がなく此処へ来てしまった・・皆心配してるだろうな・・・・
あちらで通っていた高校には伯父が話をし、転校手続きも取ってくれたと竜から聞いた。
友達には落ち着いてから連絡すればいいよね・・二度と会えなくなった訳じゃないもの。
名前も知らないまま中学を卒業し、そのまま引っ越す羽目になったがあの子以外とは連絡が取れるもんね・・・
今更ながら中学にいる頃名前を聞けずにいた事が悔やまれてならない。
もし会えたら・・・お礼も言いたいし、ちゃんと生きてるよって伝えられるのに。
胸元の赤いリボンを締め、その上からカーディガンを羽織るようにして仕度は完成。
女子は春くらいまでカーディガンを羽織る着方を皆がしていた。
赤銅に女子の制服はないし、恐らくは卒業出来るまでこの制服を着る事になるだろう。
としては前の高校の制服を着て行ける事が嬉しくもあり、気持ちを支えてくれるアイテムの1つだった。
「お 二人とも起きたな?今起こしに行こうかと思ってたんだよ」
「おはよう久美お姉ちゃん!」
「おはよう!もー朝から可愛いなあ 煉ちゃんは」
「(何だろう親ばかみたいな人がいる←)」
「こら、そんな寒い目で私を見るな」
「(あ ごめん)」
木の床で造られた廊下を歩いていると、前方からジャージ姿の久美子が現われ
達に気付くや柔らかな笑みを向けて片手をあげた。
久美子を久美お姉ちゃんと呼び駆け寄った煉の視線に合わせて膝を折ると、ふにゃっとした笑顔でぎゅっと抱き締めたりしている。
その姿はやはり母親を彷彿とさせた。
煉もそれを知ってか知らずか、すっかり久美子に懐き甘えている。
こんな穏やかな朝は3年ぶりだ・・・。
一家の太陽だった母が死んでからずっと見られなくなってた平和な朝の風景。
それをまた感じる事が出来るなんてね。
改めて竜兄さんと伯父さんにお礼を言わなきゃならないな。
そう思いながら一人久美子達を見つめていると
視線に気付いた久美子が道化のようにへ突っ込む。
何だかその様が面白くて、声は出ないけど自然な笑みが表情となって現れた。
「お?やっと笑ったな、女の子は笑ってる方が可愛いぞ?さあ用意してあるから食べようか」
「ねえねえ久美お姉ちゃん あたしも可愛い??」
「当たり前だろ、煉ちゃんはいつも可愛いぞ〜」
「(久美子さん・・有り難う)」
目ざとく気付いた久美子がへ向けた真摯な目。
その目は心からが笑ってくれた事を喜んでいる色だった。
立ち上がった久美子を下から見上げた煉が、纏わり着くようにして腰にくっつき
あたしは?あたしは?と聞きながら一足先に居間へと入って行った。
そんな二人を見送ってから心の中で久美子へ礼を呟き、も居間へと入った。
食卓に揃った食事と大江戸一家の人達。
賑やかな食卓を彼らも いいもんだねえ と喜んでるようで、も嬉しくなる心を感じた。
温かな人達が注ぐ久美子への愛を垣間見た食卓だった。
支配する者とされる者しか存在しなかったあの家とは大違いの穏やかで愛に溢れた食卓。
其処にいられる幸せを感じると同時に、どうしてああなってしまったのだろうと思う気持ちが混在した。
*
朝食を終え、久美子の祖父 黒田龍一郎達に見送られ学校へ出発。
赤銅へはバスを乗り継いで行く。
学校が近づくにつれ、の緊張度も増して行った。
「到着したら先ずは理事長と教頭に挨拶しに行かないとな」
赤銅の仕組みとしては 赤城遼子という女の理事長が赤銅のトップに君臨し、久美子を沖縄までスカウトしに行ったのが
6年前久美子が白金学院に新任として勤めた頃からの腐れ縁、教頭の猿渡五郎である。
彼らの教育方針は駄目な生徒は切り捨てる、と言う物らしい。
そういった生徒達と真正面からぶつかって来た久美子とは反りが合わない関係だ。
実力者(権力者とも言う)の伯父からの申し出で承諾したとはいえ
内心としては面白く思ってないはずだ。
それを憂うの心を見透かしたように、久美子は笑顔で変わらぬ言葉をくれた。
「昨日も言ったけど、あたしの生徒になった以上・・の事は絶対に守ってやるから安心しろ」
久美子がそう言うと心底安心してしまう自分がいる。
この人にはそう思わせるだけの何かがあるのかもしれない。
それと問題のクラスだが、成るべく久美子の近くに席を用意するつもりだと説明された。
となると教壇の横とかになるのだろうか?
でもそれってかなり目立つような気もする・・・・・
苦肉の策を出すならば、問題のクラスで頭的存在の生徒側に席を・・とも考えた久美子。
頭である彼らの近くならおいそれと手出しはされないだろうし。
可能な限り後ろの壁側に配置する手もあるな。
後は其処へ座る自身が男に囲まれた状況に耐えられるか否かである。
それが無理となると、大江戸一家での家庭教師生活か 通信制の高校に行かせるしかない(夜間高校とか?
寧ろ夜間高校なんて持っての外だな、昼間より危険度は増すし・・・
道中不埒な輩に絡まれかねない・・それにの容姿ときたらクラスの男共が狂喜乱舞しそうな造りだからな・・・
やはり統合的に考えてクラスに置くならば緒方と風間らのいる後方の壁際しかなさそうだ。
あの小田切がわざわざ連れ出して家に連れてくるような事態。
教え子に頼られたら放ってはおけないという物である。
それに話を聞く限り達姉妹には誰かの助けが必要とされる緊迫した状況だ。
何としても助けになりたいと久美子自身が思い、家へ同居させる事を決めていた。
此処まで久美子の独り言と独白のみで進行(
としては言葉を交わしてやり取りが出来ないのがもどかしくてならない。
でも久美子はそのへこう言っていた。
焦る必要はない、ゆっくり自分のペースで声を取り戻せばいいんだよ と。
その焦る気持ちが自身を追い詰めてしまう可能性が在ったからこその言葉だ。
だが実際この時の久美子の言葉が、何度も崩れそうになるの心を支えていたのは事実である。
そしてバスを乗る事数十分後、最寄のバス停へ到着した。
バス停の看板には『赤銅学院高校前』と書かれている。
ついに到着したのだ、新たな戦いの場となる高校へ。
声が出るようになるのがいつかは分からない、その日が来るまでにこの環境に慣れなくちゃならないとは決意した。
バス停から高校の方へ歩き出す足が重い。
傍に久美子がいるだけマシだ。
もし其処へ一人で行けなどと言われた日には恐怖で一歩も動けなかっただろう。
見るからに顔色の悪くなるに気付いた久美子も、痛々しさを感じつつその肩を支えてやった。
否 それくらいしか出来なかった。
高校の門が見えてくると、周りには赤銅へ向かう男子高生だらけになる。
しかも久美子に連れられて男子校へ向かってるのだから物珍しさで向けられる好奇の目。
そのあまりの嫌悪感から眩暈が起きた。
「お前にはあたしがついてるよ」
揺らぐ体はさり気なく久美子に支えられ、同時に囁くように言葉をくれた。
しっかりと握られる手の温もりがグラグラする気持ちを落ち着かせる。
それから改めては久美子と共に職員室へと向かった。
よくは思われてないだろうその理事長と教頭の待つ職員室へ。
校内に入ると居合わせた生徒達がザワつく。
それもそうだ、男しかいない男子校にスカートを穿いた女子高生が入って来たのだから。
しかしそういった目に晒される状況というのは実に居心地の悪いものだ。
早々に久美子は玄関を通り、が好奇の目に晒される時間が短いよう早足で職員室へ。
ガチャッとノブを捻って室内へ挨拶しながら入室、久美子とに気付いた数人の大人が此方へと近づいて来た。
「あ 山口先生、本当なんですか?女子生徒をあのクラスに入れるって話」
「鮎川先生 おはようございます、ええ・・まあそうですが」
「それがこの子なんですね?あらま、凄く綺麗な子ですよ馬場先生」
「いやちょっと鷹野先生」
「(!?)」
「本当 綺麗な子ですね山口先生!そんな子を彼らのクラスに入れても大丈夫なんでしょうか・・・?」
初めは白衣を着たスタイルのいい養護教諭。
自分の机に向かいながら挨拶を返した久美子へ今度は可愛い系の女教師が近づき
何故か少し遠くにいた別の教師を此方へ手招きした。
ついと視線を向けたが反応すると同時に、素早く久美子が近づいた馬場との間に体を滑り込ませる。
背も高く声も大きい馬場の接近は、畏怖しているを更に怯えさせかねない。
パニックに陥らせる事態は何とか回避出来た。
何とか3人の教師達をやり過ごした其処へ、問題の人物達が現われるのである。
その一声だけでこの場の空気を張り詰めさせ、緊迫した空気に変えてしまうその人が。
「漸く来ましたか、待っていましたよ」
現れた理事長と教頭へ、職員達が一斉に頭を下げる。
視線を向けたと久美子を冷ややかな目で理事長は眺めた。
「貴女が小田切さんの仰っていた生徒ですね?」
「(はい)」
「お話の通り声を失くされているようですが、本来なら此処へ女生徒はいないはずです。
小田切さんからの話でなければ、先ず有り得ない事態です。」
伝統ある我が校に女生徒が、しかもあの3Dへ通うなどという事は前代未聞ですよと理事長は吐き捨てるように言う。
理不尽な言われ方だが事実である事に変わりはなく、悔しいがただジッと聞く事しかには出来なかった。
続いて早くも4話更新φ(・ω・ )ちょっとノリに乗ってたのでそのまま書き終えました。
こっちサイドを詳しく書くのは初めてだったのでちょっと難しかったです。
管理人的に、一番まともなのがこの赤銅の理事長だと思うんですよね(・∀・)映画だと完全に久美子を認めてたし。
実は純粋に教育に取り組んでる人なのではないかなとね。それと前回次の話でメイン達を出せるかもと言ったけど出せませんでしt
断言は出来ないけどこの次くらいで出せるようにしたいと思います(。+・`ω・´)b