偽りのない姿



ギュッと抱きしめて、俺は隼人達を庇った。
傷つくのは、俺一人でいい。
もう誰にも・・傷ついて欲しくないから。

「止めろ!!離せって!」
「嫌だ!」

迫るナイフを見て、必死に隼人はを振り解こうとした。
竜も焦る隼人の声を耳にしながら、振り解こうと模索する。
が、決意の固いの腕は 大事な時に限って解けない。
が傷つく事を、二人だって望んでないのだ。

どんなにもがこうと、の腕は外れなかった。
しかも、もう何処に避けようとも間がない。
隼人と竜の目にも、迫り来るナイフが映った。

ずっと見守っていたタケ達も、絶体絶命の三人を見て
いてもたってもいられず、走り出した。

避けられないと覚悟し、隼人達も目を瞑った時。
サッと一つの影が自分達の横から飛び出すと
達の前に走り出て、なんと 柴田のナイフを受け止めた。
刃ではなく、刀身を握る柴田の手を掴んで。

「てっ・・てめぇ、何回も何回も邪魔しやがって」

死を覚悟していた俺達に、聞こえたのはナイフを持っていた柴田の声。
苦悶の声に、隼人と竜が目を開ければ
何時の間に来たのか、久美子がナイフを受け止めていた。
背中しか見えない為 どんな顔をしてるのかは分からない。

「隼人!竜!!」
「大丈夫かっ!?」
「生きてるか??」

久美子がナイフを止めたおかげで、命は助かった。
無事な事に喜んだタケ達が駆けつける。
俺は、後ろを向いてたから 駆けつけた三人と目が合った。
三人とも、すっげぇ心配そうな顔してらぁ・・・

「タケ、つっちーに浩介・・」

皆の顔を見たら、安心して力が抜けた。
隼人と竜を抱きしめたままの体勢で、倒れ込む。

「「「「「!?」」」」」

ぐったりしたに、全員が慌てて声を発する。
寄り掛かられた状態の隼人と竜は、ズリ落ちない様に支えた。
仲間に抱きとめられ、無事な様子に安堵してから
久美子はナイフを持つ柴田の手を掴んだまま、声を発する。
その双眸は、強い怒りで煮え滾っていた。

「過去に何があったかは聞かないが、やり方がきたねぇんじゃねぇか?
コイツとのケリを付けたいんだったら
回りくどい事してねぇで、正々堂々と真っ向から来いってーんだ。」

言葉の節々に、久美子の怒りをヒシヒシと感じる。
大切な教え子・・しかも、女生徒がこんな事になり
もっと早くに気づけなかった事、久美子も後悔していた。

人の傷を掘り返し、それを理由に追い詰める。
弱味を利用した汚いやり方、男女の力の差を武器に
良い様に弄ぼうとした手口・・・
どれを取っても、卑怯極まりない!!

「何なら、オマエの事も私が同じ目に遭わせやりたい。
人ってのはな、誰であろうと幸せになる権利があるんだ。
オマエはそれを妨げ、自分の欲求を満たす為だけに
嘩柳院の幸せをぶち壊しやがった!
あまつさえ抵抗も出来ないの親友を手に掛け
それを理由にコイツまで手に掛けようとするとはっ
そんな事はなぁ・・お上が許しても、この私が許さない!!」

そこになおって!歯ぁくいしばれ!!
怒りに怒った久美子、ナイフを手刀で叩き落し 柴田の胸倉を掴み上げた。

「うわっ!もう止めろってヤンクミ!」
「そうだぜ、もう柴田にそんな度胸ねぇよ!」
「ヤンクミが殴る価値なんか、ソイツにねぇって!」
「お前達!?だが一発くらい殴らせろ〜!!」
「「「止めろって!!!」」」

暴走しかけた久美子、タケ達が必死に止めたおかげで
何とか落ち着きを取り戻し、すっかり大人しくなった柴田を連れ
警察を呼ぶべく 一旦この場を出た。
教師の暴走を何とか食い止めたタケ達、ホッとして座り込んだ。

「ったく、何だよあのセンコーは〜俺等よか危険じゃねぇ?」
「全くだよな〜これじゃ立場が逆だよ」
「ま、俺は面白いと思うけどね。」

ゲッソリして久美子を見送ったつっちー達とは違い
タケはニコニコして久美子を見送った。

?平気か?」
「・・・・」
「あんま無茶すんな、心臓が止まるかと思った。」

三人のやり取りを聞いていた隼人と竜。
ふと黙り込んだの背中へ問いかけた。
その言葉に、反応は返ってこない。
気絶でもしちまったのか?と竜はを見つめる。

本当はそんなんじゃなかった。
どう接していいのか、今更困って・・・
察しのいい隼人と竜とは違って、タケ達は気づいてないかもしれないし 本当の事を何処から話せばいいのか。
それとも、まだ話さない方がいいのか・・・

かと言って、ずっと隠す事は出来ない。
はギュッと両端の二人の制服を掴むと、それを支えに上半身を起こした。
顔を上げた事で、全員の目と目が合う。

涙に濡れた瞳、寒さに震える双肩。
口許を殴られた痛々しい痕と、傷だらけの体。
その線は細く これは隠しようのない女の姿。

俺も、もう隠す気にはならなかった。
此処まで見られていれば、誰だって気づく。
そろそろ頃合だろうか、自分の事を打ち明ける。
「聞いて欲しい事があるんだ」
「ああ」
「大丈夫、ちゃんと聞くから。」
 ゆっくりでいいよ?」

意を決して口を開くと、案外アッサリと皆は頷き
タケはゆっくりでいいと気遣ってくれた。
つっちーと浩介も、顔を向ければ温かく微笑んでくれる。
これなら、話せそう・・・ホント いい奴等ばっかだ。

「俺には、何よりも大切な親友がいた。
何時も一緒で 高校も同じ所へ行こうって約束してた。
名前はって言って、優しくて明るい子だった。
でもある日、の様子がおかしくて・・・
手首にはリストカットのような痕があった。」

目を閉じれば、その時の光景がまざまざと思い出せる。
包帯で隠してはいたけど、何度も切ったらしく
白い包帯を血が染めていた。

「俺には何にも分からなくて、話して欲しいのには何にも言わなかった。
辛いはずなのに何時も笑ってて、あの日もそうだった。」

守れなかった大切な人、自分のせいで傷つけてしまった人。
後悔してもし切れない・・あの日に戻れなければ
の事を救う事は出来ないんだ。
手を伸ばせば触れられる距離にいたのに、気づけなかった。

聞き手の隼人達は、その話を聞いての辛さを理解した。
クラス中で竜を除け者にし、告げようとしてたタケの告白を 遠ざけ 擦れ違ってた自分達。

その自分達に、は気づかせてくれた。
失ってからじゃ遅い、同じ思いを味あわせたくない。
きっとは、そのを救えなかった後悔を
俺達に重ねて、過ちを防いでくれた。
真実に目を向けさせてくれた。

「柴田は、俺とを狙ってて を手に入れた後俺の事を手に掛けようとした。
それをが気づいたと分かって、わざと俺を車道に突き飛ばし
狙い通り・・は俺の代わりに撥ねられ重体。」

言葉を詰まらせる、一同も汚いやり方に歯噛みする。
はずっとその痛みを背負って生きてきた。

誰にも話す事なく、ずっと背負ってた。
だから俺達にも話さず、一人で解決しようとしたって訳か。
隼人は納得し、視線を下にして話すを見つめた。

を撥ねた運転手も、柴田達に脅されて証言を変えた」
「何だよそれ・・サイテーじゃねぇか」
「担任の教師も、その証言を鵜呑みにして俺の話を聞こうともしなかった。
そして俺は、実家から追い出されの為に の為だけに生かされる事になったんだ。」

の人格を無視した結末、実の親からも冷たくされ
これでは人を信じられなくなるな。
初めてと会った時も、不良は嫌いだと竜は言われた。
過去の出来事で、そうなったんだろう。

「でも・・隼人達と会ってからは、すっげぇ楽しくて
過去の事も忘れそうになった。それじゃ駄目なのに・・
俺は笑う事も楽しむ事も許されない、償いの為に生かされてるのに!
どうしたらいいのか分からないんだ・・・」

ずっとずっと悩んだ、今を楽しんでしまいそうな自分に。
それを許してくれる隼人達に、真実を話すか話すまいかを。

顔を覆って叫んだ、その姿は小さく見えて
これがきっと、本来の姿なんだと 隼人達は思った。
大きな重圧に耐え、自分を殺して生きてきたの強さ。
はずっと叫んでたんかもしれない。
抱えてきた真実に気づいて欲しくて、でも話せなくて。
ただの女に戻ってしまいそうな自分を 必死に隠していた。

仲間や絆を大切にするのは、の事があってから。
でも その考えのおかげで自分達は一緒にいられる。
のおかげで・・なら、今度は俺達の番。

「それでいいんだ、もう無理して強く在る必要はな。
オマエには、どんな時でも駆けつけてくれる仲間がいる。
自分を偽らず 在りのままを見せてやれ。
コイツ等はオマエの仲間だろ?」

さっきまでいなかったはずの久美子の声。
視線を膝から上げると、タケ達の後ろに立っているのを見つけた。

「そうそう、もっと俺達を頼ってよ。」
「そうだぜ?一人で突っ走り過ぎ。」
「もっと気楽に行こうや」

久美子から視線を外さずにいると、ガバッとタケに抱きつかれ
つっちーには正面から頭を撫でられた。
浩介はつっちーの隣に座って、俺に言う。
在りのままを・・・見せる?曝け出してもいいんだろうか。
弱い自分を隠す為に、虚勢を張ってたけど。

「でも、俺 ホント弱いし・・そのせいで皆を傷つけたくない。」
「俺達そんなにヤワじゃねぇし」
俺の言葉に、ピースした隼人がそう言い
「それに、オマエの傍からいなくなったりしねぇよ」
同意した竜が、真っ直ぐ俺を見て言う。
「ほっとくと何するか分からないしね」
うんうんと頷いたタケまでも、俺にくっついたまま同意。
「言えてるな、俺等よか無茶するし」
オマエに言われたくないと思う台詞を、尤もらしくつっちーに言われ
「見張ってなきゃな」
極めつけで浩介にそう締めくくられた。

温かい言葉、自分を案じてくれる者達。
信じよう・・・隼人達を。
誓おう、もう二度と自分を偽らないと。
自分を信じてくれる人達に応える為に。