何かを手に入れる為には
何かを犠牲にしなくてはならない
――と、誰かが言っていた。
<扉>を手に入れる為なら、多くの物を犠牲にしなくてはならない
どんなに相手を傷つけ、悲しませても。
第七幕 偽り
報告を終えて、移動魔法で教室のある廊下へ戻ったルイ。
視界に入る他の生徒達、皆生徒会副会長の姿に気づき頭を下げる。
どんな身分であろうと、今の姿は副会長のルイだ。
素顔を隠した笑顔を張り付かせ、生徒達に応えるのも何時もの事。
彼女の信用を得るまでは、この仮面が必要になる。
ただ1人の女生徒、様子を見に来る優しい先輩としてを探す。
「さんを見なかった?」
「あ、副会長のルイ様。さんは、先程、ライ様と外へ行かれましたよ?」
ルイに声を掛けられた生徒は、背筋をピンと伸ばし恭しく答える。
生徒会を尊敬し、畏怖し、敬う生徒の反応は大体こんなモンだ。
ライと外へ行ったと聞き、一瞬眉を顰めるが
教えてくれた生徒に礼を言い、すぐさま移動魔法を使った。
<扉>を守護する者として、生徒会メンバーはその力を感知出来る。
その為、大体の場所を聞くだけでも探し出せるのだ。
魔法の本を統べる<扉>、その力を唯一自由に使う事が出来る存在。
ラザートが言っていた<鍵>ならば、それが可能になる。
何故その事を知っていたのかは分からないが、厄介だ。
正直ラザートが<鍵>になるのを、私は望んでいない。
勿論・・他の誰がなる事さえもね。
ΨΨΨΨΨΨ
ラシール国 王宮。
所変わって、ラシール国の王宮では
中間報告に戻ったカムイが、父親と対談をしていた。
カムイとしては、戻って父親に報告するのは面倒。
自分がしている事に対し、快く思っていない父との会話は億劫なだけ。
それでも国王である父に、報告しない訳にはいかない。
国王の私室に来たカムイは、事の次第を掻い摘んで報告した。
例え実の父とは言え、詳しい説明をするつもりはない。
「<扉>の力を持つ娘の能力は、やはり未知数です。」
進まない気を無理矢理進ませて、父親の部屋へ報告に来たカムイ。
目をあわす事なく、淡々と報告だけを済ます。
父王も、息子と目を合わす事なく 報告だけに耳を向けている。
親子としての絆も、愛も、何もかもが欠け
互いの気持ちも擦れ違ってしまっている。
心の闇、というか悩みにも目を向けずにいた。
「そうか、力も満足に扱えぬようだがどうするつもりだ?」
「その点は、我が校で養わせます。」
「どうするつもりだ?」
「魔法課があります故、其処へ入ってもらいました。」
ほお?とここで初めて父王は、息子の顔を見た。
しかしカムイは、目が合うとすぐに視線を逸らしてしまう。
確執は狭まる処か、益々広がっているようにも思える。
「お前がその娘をどうした目的で保護したかは知らぬが、他国に知られれば由々しき自体になるのは必至。」
「心しております。」
側近や、近衛がヒヤヒヤと見守る中
冷え冷えとした親子の会話がされている。
機械的な会話、お互いに用件以外は話そうともしない。
冷え切った親子仲は、城中の者に知れていた。
修復もしようとしない親子、本当に城主がこれでいいのかと。
ピンと張り詰めた空気の中の報告も終え、さっさとカムイは部屋を出て行った。
「殿下」
父王の部屋から出ると、正面から誰かに呼ばれた。
疲れきった顔を上げ、声の主を探せば自分の部下を見つける。
いつも控えているヒノエではなく、これまた違った人物。
その部下に気づいたカムイは、疲れたままのトーンの声で部下を呼ぶ。
「何か分かったのか?カノエ」
カノエと呼ばれた部下、駆け寄りながら頷くと
手に抱えていた資料のような物を、カムイに手渡す。
手渡されたそれに目を落としたカムイ、微かに表情を変える。
その資料には、の事が書かれていた。
の情報なら、大体は調べがついているが
今カノエが持ってきた資料には、の父親の事が書かれていた。
その内容が、カムイを驚かせたのだ。
「アイツの父親が・・王族近辺護衛隊隊長?」
「はい、彼は優秀な隊長でしたが・・・ある事件を機に隊を離れ 今のサリムへ移り住んだようです。」
「ある事件?それは何だ?」
「それは恐らく、様の母君に関係があられるかと・・」
「の?・・・」
カムイは廊下の壁に寄り掛かりながら、思案に耽る。
今まで過去の王族近辺護衛隊隊長の話など、聞いた事もない。
それに、進んで話す者もいなかった。
その事件の後、今までの地位を捨てて
彼は娘を連れて、田舎と呼ばれるサリムへ行った。
の父が近衛隊隊長なら、何処かで知っていたはずだ。
魔法の本を司る、至高の存在<扉>の事を。
「まさか・・それを知ったから、城を出たのか・・・?」
自分の娘を<扉>として、追われる者にしたくなくて?
母親の死にも、何かあるに違いない。
調べる事に気は進まないが、アイツの事を知られぬ為。
「カノエ、更に詳しく調べてくれ。」
「畏まりました」
「あ、ヒノエを見なかったか?」
「ヒノエなら、書庫にミズノトといますよ。」
多数いる部下や側近の中でも、カムイはヒノエと打ち解けている。
カムイは、自分だけの専属の魔法騎士を抱えている。
その騎士達は十人、カムイはその者達にしか信用を置いていない。
気心も知れた仲間のように、カムイは彼等を大切にしている。
教えてくれたカノエに礼を言うと、ヒノエとミズノトの待つ書庫へとカムイは向かった。
ΨΨΨΨΨΨ
を探し、庭のある外へ出て来たルイ。
僅かだが、の気を感じ取る。
レイディア学園は広く、校内にはカフェテリアや
娯楽施設、運動施設などが犇いている為
入学したての者は、よく迷うとか。
それと、運動施設の中には 魔法の練習が出来る場もある。
いるとしたら、其処だろうか?
あのライが、自ら練習場にを連れて行くとは考え難いが・・
と思いながら歩く事数分、意外や意外。
の気は、その練習場から強く感じ取れた。
ある意味、驚いてルイはへぇ・・と声を漏らす。
「これは明日の天気は雨が降るかもしれないね」
などとほくそ笑み、練習場への扉を開けた。
そんなルイの目に飛び込んだ光景は、驚くものだった。
練習場いっぱいに溢れる、強い力の余波。
あのライも、珍しく驚いた顔をしている。
「未熟だと侮っていられないね、見える力はこんなにも強大だ。」
驚きと、楽しげな笑みを浮かべて言った所。
の指導をしていたライが、ルイの存在に気づき此方へ手を振っている。
本来の目的を、上手く隠したルイは
人の良さそうな笑みで、ライに応えた。
ライと以外、ルイを疑う事はしていない。
要はこの2人が、他人を信じすぎなだけだがね。
「ルイも練習に来たの?」
「いや、私はガーディアンだからね。さんを探していたのだよ。」
「そうだったんですか?ごめんなさい。」
「さんが謝る事はないよ、ライが連れ出したんだろうし。」
何だよソレ〜とルイの言葉で、ライがムッとなる。
その反応に、と2人で笑う姿からは秘めた目的など
少しも伺い見ることは出来なかった。
練習場に溢れる笑い声、この瞬間だけでもにとっては
温かくて、和やかな物だった。
ルイが秘めた目的を抱えている事など、微塵も知らずに。
偽りの時が終わる事はない、全てを終えるまでは――