糸口
沖田さんの(だと思ってる)忘れ物を届ける為
店を抜け出した。
屯所の場所を知る為、何処か気になる男性に場所を尋ねた。
知らない人なのに何処か気になった人。
不躾な質問だったのだろうか、その人は怪訝そうに私を見た。
それからどれだけ視線を合わせていただろう。
男性は思い出そうとしているのか、少し考え込んだ。
一方尋ねられた男、大久保利通は
いきなりの質問に勿論耳を疑っていた。
この娘が聞いたのは、薩摩藩すら掴めぬ壬生狼の住処。
奴等が手配されているのを知らないのだろうか?
身なりを見ると普通の町娘スタイル。
だが身に着けた着物はとても上質な物。
しかも後ろには女郎屋『揚羽』・・・・
勘が良ければその店の遊女だと思うだろう。
勿論大久保もそう考えた。
遊女が壬生狼の住処に何の用が?
・・・・いや、隊士と繋がりのある遊女かもしれん。
だが・・・・・この娘、何処かで・・・・・
「お侍様?」
「ああいや何でもない、娘・・出身は何処だ?」
「え?出身ですか?」
「差支えがなければ聞かせてくれ」
男性の返答を待っていると、質問とは違った言葉が返された。
私の・・・・出身地。
どうして聞かれるのか分からないけど・・・
どちらかと言うと、私の方が知りたかったりする。
両親と死に別れたのは覚えているが
どうやって此処へ来たのかが分からない。
物心ついた時には、揚羽の花魁をしていた。
だから生まれた国を知らない。
「ごめんなさい、私・・・生まれた国を知らないんです」
「・・覚えておらんと言う事か?」
「はい・・・」
「両親の名は?」
「名前・・・・・・・」
「いや無理には構わぬ、すまなかったな」
「いいえ、私こそすみません・・それであの・・・」
「ああ屯所か、生憎と俺にも分からんが洛西辺りで聞き込む方が効率がいいだろう」
男性に失礼だっただろうかと思っていたが
意外にも機嫌を損ねる事はなく、手がかりらしい事まで教えてもらえた。
洛西・・・其処に行けば手がかりがあるのだろうか。
そう思うと早速行きたくなり
男性に丁寧に礼を言ってから足早にその場を後にした。
道を尋ねた男の視線を背中に受けて――
いつも通り外出から帰宅。
すると天霧が出迎え、意外な男の名を口にした。
「風間様、客間に大久保様が来ておられます」
これは珍しい客人だな、と口許が吊り上る。
大久保利通と聞けば知らぬ者はおらぬだろう。
薩摩藩士で西郷隆盛や木戸孝允(桂小五郎)と並び
維新の三傑と称される男だ。
この俺が世話になっている薩摩藩士。
残暑の厳しい日に何の用なのか・・・・
取り敢えずその客間へ。
此方へ顔を向けた姿勢で大久保は風間を出迎える。
「今帰りか」
「今も何も最近はこの時刻だな、それよりも何の用件だ」
鬼の首領と言う身分を隠し、剣客と言う立場の風間と比べ
御側役(御小納戸頭取兼務)の大久保が上座へ座る権利がある。
昨年その役に就いたのだとか。
向かい合い、大久保の回答を待つ間
手際よく天霧が茶を大久保と風間へ出した。
それを横目で見てから漸く大久保は切り出す。
珍しく懐かしげな驚きも含ませた顔で・・
「薩摩の恩恵に肖っている立場にしては態度が大きいな、まあいい」
「(貴様に言われたくない)」
「今日此処へ来たのは他でもない、吉田松陰と言う男を覚えているだろう?」
「・・・吉田?ああ、長州藩士だったが脱藩し出獄後塾を継いだ男か」
それがどうかしたのかと視線で問う。
記憶にあるかを確認した大久保は更にこう続けた。
「高杉や桂も慕っていた師匠だったが、彼には一人娘が居た(史実ではいません)」
「知っている、吉田の死後暫く長州藩邸にいたようだがな」
「高杉から聞いた話では、12歳くらいの童の時に藩邸を去っている」
「それが何だと言うのだ?わざわざこの俺に聞かせる話でもなかろう」
「まあ聞け、貴殿とて過去に高杉等と交流が在っただろう?」
早速茶を啜り、喉を潤してから大久保は話を続ける。
鬼は不死だ、故に歳も重ねない。
それを知ってか知らずか大久保が話しているのは今から十数年前の事だ。
確かに不知火と共に高杉等の藩邸や松下村塾には顔を出している。
その際、娘御らしき者は見たかもしれない。
行方知れずになっているとは初耳だがな。
「名は忘れてしまったが、此処へ来る前にその童と擦れ違ったのだ」
「・・・・・・何処でだ」
「聞いて驚け、何と吉原だ。あの吉原。」
「ほう?つまりは花魁にでも身を落としたか」
「かもしれんな、父と母を失くしていれば当然かもしれんが・・」
「娘は貴様を覚えていたか?」
「いや、美しく成長していたが童時代の記憶がないようだった」
それはまた・・と思いつつ、記憶の中の娘を脳裏に思い立たせてみた。
記憶にあるのは失踪前、吉田が生きていた頃まで。
よく吉田の後をくっついていて、塾にも現れ弟子達と席を共にしていた。
吉田の教えも弟子と共に聞いていただろうから
頭の出来はいいだろうな。
高杉がよく面倒みていた、子供が好きで奴も子供に好かれる男だった。
記憶がないと言っていたが、理由は想像が付く。
恐らく・・両親の死、だろうな。
風間の脳裏には、惨刑にされた吉田松陰の亡骸を前に
泣き叫ぶ幼いの姿が浮かんでいた。