一番無欲な者
その者の欲する物、目的、全て闇の中。
知るものぞ誰ぞ、今は居らぬかな。
空疎な心を埋めるのは誰か。
身近な者さえ偽って、影で糸を引くものありけり・・・
糸
レイディア学園のあるラシール国は、夏を迎えようとしている。
砂漠の国ではない為、そんなに暑くはならない。
各国の貴族達が避暑に選ぶくらい、空気も澄んでいて気温も過ごしやすい。
夏が一番暑いなら、西方のシャルーンと戦っている南東のセシアがダントツだろう。
王子であるカムイ自身、各地に別荘を持っているがノクターン国だけにはそれらを持っていない。
あそこは北方地区、1年中が雪に覆われた国だ。
誰も好んで行ったりはしないだろう。
「準備期間はクラスに充てろ、クラスが終わった者から行事全体の指示や準備に回れ。」
「分かった、他校の者達への案内はどうする」
「分かり易く資料でも配ればいい、公開する校舎は普通課と魔法課のみだ。」
「『星願祭』事態の準備は?資金とか」
「それをやりくりするのはオマエ達の役目だ、可能な限り準備に回せ。」
「はいはい」
学園祭に向けた話し合いは、最初こそ微妙な空気が流れはしたが
後半は順調に進められた。
開放は生徒会室や学園長室のある校舎以外。
それは誰しも承知しているので、反論もなくすぐ決まる。
最後にカムイが各自しっかり参加しろと念を押して、会議は終わった。
ΨΨΨΨΨΨ
オフィーリア国 王宮。
此方も季節は夏を迎える。
町は暑いが、王族の暮らす城は魔法を使って涼しい風が行き交うようにされている為涼しい。
この国の王子、ラザートは私室ではなく地下にいた。
黄緑色の美しい髪が、不釣合いな地下の壁に映える。
彼は今、地下に設けられた一室で、1人の女性と向き合うようにして立っていた。
女性の髪は綺麗な深緑、聡明な双眸は金色をしている。
見て分かるように、ルイの母親その人だ。
ラザートは、ルイの母親の前に膝を着くようにして話しかける。
「ご機嫌麗しゅう義母上殿。」
「・・・こんな所に閉じ込められて、機嫌がいいと思うのですか?」
嘲りさえ見えるラザートの目をしっかり見て、気丈に言い返す女性。
その姿が強がりに見えるのか、口許に浮かぶのは卑しい笑みだ。
小さく喉の奥で笑うと、ラザートはその場に立ち上がり別の言葉を口にする。
「貴女の可愛い息子殿は、貴女の為にと健気に働いてくれていますよ」
「本当に恐ろしい子ね、腹違いとは言えどルイは貴方の兄であろうに。」
ルイの父親とラザートの父親は同じ、小国の王子だった頃の父親は
グゼナから嫁いだ母と結婚し ルイを生んだ。
それから国の更なる発展の為にと、北の大陸を制していたオフィーリア国の王女と婚約。
そして、このラザートが生まれたという訳だ。
同じ父親を持つ兄弟、それなのに弟は兄を陥れ
オフィーリア国の為に利用している。
「義母上殿、男というのは国の為には争い合う宿命なのですよ」
「人質まで取って国を発展させる事が、王子のする事なのですか?」
「貴女はお優しい方だ、だからこそ表に出るべきではない。」
「ルイに・・あの子に何をさせるつもりなのです。」
「何れお分かりになられますよ、義母上殿。」
非難する目で見られても動じず、不敵な笑みを浮かべ
ラザートは義母を捕らえている部屋を出て行った。
部屋を出るのと同時に、魔力の気配を察知。
足早に階段まで来ると、後は一息に私室まで魔法移動した。
姿が一瞬で掻き消え、次の瞬間には私室の中に立っている。
誰もいない事を確認すると、その気配を迎え入れた。
『バ・解 封魔』
属性を象徴する魔法文字を読み、それから使うべく魔法を紡ぐ。
水気を纏った白鳥を模した魔力が解放され、白鳥の姿が人へと変わり
通信をして来た者の姿が映る。
「珍しい事をして、連絡をして来たね」
『それより、分かった事があってね連絡致しました。』
「わざとらしい丁寧語は必要ない、君だってそう思ってるだろう?」
『流石ラザート殿下、分かってらっしゃる。』
「くすくす、じゃあその分かった事とやらを話して」
白鳥から姿を変えた者に対し、妖しく微笑みながら話すラザート。
ラザートと対話するルイも、砕けて打ち解けた様子だ。
『図書室の禁書棚でそれらしい内容の本を見つけた』
「へぇ・・よく入れたね」
『当たり前、俺は其処の生徒会メンバーだからね。』
「フフッ、使える物はトコトン使うって感じだね。」
映像のルイの口許が緩み、笑みが形作られる。
それに対し、ラザートも楽しそうに笑った。
相槌を入れてから次を促す。
促されると、得意げに映像のルイは話し始めた。
『過去にこんな事があった、現<扉>の前の<扉>は彼女の母親だったんだよ』
「へぇ・・それは興味深い」
『彼女の名はエレン、当時の<鍵>は現<扉>の父親で王族近辺護衛隊隊長だった。』
「なるほど、睨んだ通り面白い事が見えてきたね。」
ラザートの口許が妖しく歪む。
その表情を、ルイは笑みを浮かべたまま見ている。
『2人が愛し合い生まれたのが今の<扉>です。』
「ふーん」
『当時の王族は、愚かで<扉>の力を自分達に移そうとしていた。』
「それは?」
『魔法力転換吸入魔術、それを行うべくエレンを連れ去り実験を繰り返した。
だがエレンはその力を娘のへ授けた。』
淡々と話す表情に、あの優しい笑みはない。
寧ろ氷のように冷たい眼差しをして話していた。
それを見ながら、満足そうにラザートは笑う。
ルイが調べ上げた過去の出来事。
恐らくその実験は禁忌、当然現国王はひた隠し。
その実験も行う事を禁じられているはず。
『しかし現在のラシール国では、隠密裏にその実験を再開している者がいます。』
「何だと?実験は完成しつつあるのか?」
『いいえ、完成は在り得ないでしょう。』
「何故そう言い切れる?」
問えばルイは妖しく微笑む。
キッパリと言ったからには、何かしら糸口を掴んでいるのだろう。
『エレンは死ぬ間際、力の一部をある石に注いで隠したと言われています。
その石が無ければ、実験が成功しても<扉>の力は手に出来ない。』
「その石はなんだ?何処に隠されている。」
『殿下、それは誰にも分からないのです。』
「・・・現<扉>の父親はサリムに住んでいるのだったな」
『はい』
ラザートが妖しく微笑む、その先で何を言わんとしてるのか知りつつも
決して口を挟もうとしないルイ。
黙っているルイに、狂気を帯びたラザートの目が向けられる。
「捜せ、それから石が何なのか・・・隠し場所は何処かを吐かせろ」
『それは構いませんが、口を割らなかった場合は。』
「言わせたいのか?」
『いいえ・・・畏まりました。』
ラザートの言葉が意味する意図、ルイにはすぐに察しがついた。
しかし、その表情は変化もなく落ち着いている。
まるで感情をなくしたかのように。
それに気づいたラザートが、意外そうに問いかけた。
「随分冷静だね、あの子の泣き顔が見たいの?」
『フッ・・愚問ですね、私は殿下のみの命に従うんですよ?』
「そうだったね・・・・じゃあ、後の事は任せるよ」
『ああ』
不敵な笑みを向けたルイの映像が其処で途切れて消えた。
今までとは違った様子に、驚く事なく逆に面白そうに笑うラザート。
ラザートには全てが分かっていた。
水気を纏った白鳥が消えた後、続いて現れたのは風気を纏った鳥。
いつも彼が連絡に寄こす使い魔。
『カーン・解 封魔』
『連絡が遅れて申し訳ありません、ラザート殿下』
「別にいいよ、大方の事はもう知ったから。」
『どなたかが教えられたのですか?』
風の気を纏った鳥が解放され、現れたのはルイ。
決して笑みを見せたり、砕けた口調などしないいつも通りのルイが現れる。
ラザートは先程まで、ルイではないルイと交信していた。
それをルイ本人はまだ知っていない。
図書室で調べた内容も、まだラザートには話していない。
「僕も調べてみたんだ、取り敢えず報告は聞くよ」
『そうでしたか、では報告だけ致します。』
ラザートの言葉に反応が遅れつつも、ルイは調べた結果を報告。
その内容は、先程と酷似した報告内容だった。
それでもラザートは黙って聞いている。
聞いているフリをして、実は確認して照らし合わせていたのだ。
先程のルイの報告と今のルイの報告内容に、偽りがないかを。
報告を終えたルイに、先程と同じ指示を飛ばした。
今度のルイは、僅かに苦々しい色を浮かべたが
最終的には了承し、魔力の交信を遮断した。