悪戯
仁の手当てを受け、撮影へ向かう。
手当ての為に触れた仁の手の感触・・・
撮影現場に向かうの顔に、まだ残ってる。
初めて逢った時は、こんな風になるとは思ってなかったし
一緒に仕事が出来るなんて、想像も出来なかった。
こんなにも、気になる人になるなんて。
いやいや、今は余計な事を考えちゃ駄目だ。
これから乱闘シーンを撮るんだから。
芝居だからとはいえ、男同士のケンカに割って入るなんて
フツーじゃ出来ない。
そう思ってしまう事を、鴇はやってしまう。
仲間同士でケンカさせたくないあまりに。
凄いなぁ・・私も、見手をハラハラさせる演技をしなきゃ。
私がハラハラするように、視聴者の人にもハラハラして貰いたい。
驚いて貰える演技を心掛けよう。
「仁、追加撮影 頑張ろうね。」
「ん?おう、頑張ろうな。」
「思いっきり殴りかかってね?」
「は?本当に殴る訳ないだろ、演技なんだぜ?」
そう思ってたら、だんだん燃えてきて
一緒に歩いてた仁へ話を振った。
ガッツポーズをして言った、普通に返事した仁だが
帰ってきた答えに、ちょっと吃驚する。
本気で殴れって?本気で言ってんのかちょっと疑った。
俺が演技なんだぜ、と言えばは目を瞬かせた。
この反応で、本気で言ったんだと分かり苦笑。
外見はクールな美人なのに、口を開くと天然になる。
そんなギャップが、俺を惹き付けていた。
まあ、俺がを気になる理由は それだけじゃねぇけどな。
今はただ、の傍にいれればそれだけで心がいっぱいになる。
安心するんだよな、の存在って。
「そっか、そうだよね・・あははは。」
「まあそれだけ、がやる気満々って事だよな?」
「そ!そうゆう事にしといて。」
「しゃーねぇな、俺って優しいからそうゆう事にしといてやるよ」
何それ〜と笑ったの声が、自分の背に届く。
笑いながら背中を叩かれる。
そんな些細なやり取りなのに、無性に嬉しく思う自分がいた。
好きな奴に触れて貰える喜び。
もっと触れて欲しい、もっと触れたい。
駄目だな、こんな私情を抱えたままじゃ。
俺はKAT−TUNの一員で、今は俳優。
ファンの子達に平等に応えるべき立場にいる。
はぁ・・・またこの繰り返しかよ、しっかりしろ俺。
他愛ないやり取りをしながら、皆のいる現場に戻った。
学校のセットを背に、スタッフや役者達が校庭に集っている。
その中に、亀達を見つけた。
自分がを連れて行く時、擦れ違い様に目が合った亀。
あの目は何が言いたかったのかは分からないが・・
同じグループ同士で、ギクシャクはしたくない。
そのうちハッキリさせるべきだな。
「やっと戻ってきたな、大丈夫か?」
「うん、仁が手当てしてくれたし血も止まったから平気。」
「俺達心配してたんだよ〜?ホントに痛くない?」
近くに来た私達に、もこみちを筆頭に言葉をかけてきた。
もこみちの問いかけに答えた私に、徹平も伺って来た。
女の子みたいに大きな目が、私を真っ直ぐ見つめる。
可愛いなぁ・・もうギュッとしたくなっちゃう。
駆け寄る姿の中に、和也と恵介の姿も見つける。
2人の顔も、心配な色を浮かべてた。
心配かけないようにしたけど、それが逆に心配させてしまったみたい。
『分かってねぇな、そうやって強がるから心配すんだよ。』
さっき仁に言われた言葉。
確かに、この言葉通りに返って心配させちゃったね。
仁美さんにも、心配をかけてしまった。
それだけじゃなく、監督やスタッフさん達にも。
けど、ファンの子達にされたとは言えない。
告げ口するみたいでやだし、それに・・・
あの子達の気持ち、分からない訳じゃないから。
私だって、もし彼等のファンで彼女達と同じ立場なら
絶対やっかんでないとは言い切れないもの。
「片瀬君、傷の具合は大丈夫かい?」
「はい、それと監督 このまま撮影に入りたいんです。」
「・・・その傷でかい?」
「ええ、額の傷は前髪で隠れるし頬も何とか隠せます。」
面と向かって意見する姿は、自信に溢れている。
何かまたしでかす、次はどんな演技を見せてくれるのか
聞き手の皆は、意識せずにそう思っていた。
いつもこの者のする事は、周りを驚かせる。
役に入り込む集中力、素人とは思えない演技力。
周りを惹きつける持って生まれた力。
一緒にいると、此方の力もよりよく出せてしまう。
不思議な魅力と力、そして才能を秘めた少女。
今まで埋もれていたのが信じられない。
「メイクで作る痣とか傷よりも、現実味が出ると思うんです。」
「それは分かるが、演技も付いてくる・・出来るかい?」
「決して泥を塗ったりはしません、やらせて下さい。」
上手く傷を出すタイミング、それを気にしてると
殴られて後ろに膨らむ演技を忘れがちになる。
加藤にそれを指摘されたが、予想の範囲。
は揺るぎない決意で、その問いかけに首を縦に動かした。
ヒロインがこう言ってる限り、信じるしかない。
それに誰一人として、反対をしたいしなかった。
それだけの演技力を信じている。
満場一致の雰囲気を悟り、加藤も首を縦に振った。
撮影直前で変わる設定、これにより再度打ち合わせが行われ
配置やタイミング、それらを確認した後
いよいよ追加撮影が開始された。
ヤンクミに説得され、自分の意志で学校へ来た竜。
その竜を裏切り者として、追い出した隼人。
ずっとその事を気にしていた2人の幼馴染、タケ。
理由を知っていながら、何も出来ないでいた一部の生徒。
それを見ていて、かつての自分に重ねた鴇。
そんな3Dの前に、校門を潜った竜が現れた。
役に入り込む。
竜を許していない隼人、そんな前に現れればどうなるか
鴇の気持ちへ同調すれば、次第に早くなる鼓動。
仲間が争うのを嫌い、絆や繋がりを尊ぶ鴇。
そんな彼女には、どう見えているのか
争って欲しくないなら、どう動くか。
誤解したまま、隼人に竜を殴らせたくない。
きっと鴇はそう思うはず、ならする事は一つ。
それらを守るべく、鴇は間に入るのを選んだ。
いや、きっと夢中だったに違いない。
カチンコが鳴る頃には、すっかりは鴇になった。
やがてカチンコが鳴らされ、竜―和也―が歩き出し
校庭に出揃った3Dの面々の前へと近づき
中心である、隼人―仁―の前に立った。
交わされる視線は、鋭い物。
発案通り、上手く怪我を隠して隼人の隣りへ来る。
それを確認してから、仁は台詞を口にした。
久しぶり、今更なに?と冷たい声で言う隼人そのもの。
竜を仲間だと認めない隼人の気持ちが、声に現れてる。
仁の演技力も直に感じながら、その時を待つ。
「俺さ・・オマエの事、許してねぇから・・・!」
「隼人、よせっ!」
「・・っ!あぶねっ・・・!」
伏せ目がちな、色気ある目線が狂気を帯びた目に変わる。
それを仁の声で悟り、は地面を蹴って
和也扮する竜の前へと体を投げ出した。
真実味が出るように、上手くタイミングを合わせて
拳を頬に当て、本当に殴られる前に拳の動きに合わせ 横に飛ぶ。
の頬の感触が手に当たった事により
殴ってしまった驚きの顔がよく出た。
これも考えては動いた。
拳の動きに合わせて飛んだ為、周りも本当に驚いた顔になった。
後ろに倒れ込むようにしたから、自然と竜が抱きとめる。
無駄のない動き、のタイミングは
見事 スタッフや役者、監督の目をも騙した。
フワッとした柔らかい体を抱きとめ、呆然とする竜。
殴った方の隼人も、驚愕の表情で自分の拳と
ぐったりと竜に抱えられた鴇とを見比べた。
そして、絶妙のタイミングで屋上から水が掛けられる。
咄嗟に抱えた鴇を水から庇った竜。
全員を驚かせたまま、カメラは周り
無事、追加撮影は終わった。
「カット!!ちゃん、本当に殴られてない!?」
「おい、?大丈夫かっ??」
カットの声がかかるや否、慌てた声で監督がを呼ぶ。
撮影慣れした加藤の目をも、の演技は騙した。
監督の声に、を受け止めた和也も弾かれたように
腕の中のを呼ぶ。
皆も心配そうに和也との周りに集まった。
妙にぐったりと目を閉じてる様に、嫌な予感が渦巻く。
仁も和也に受け止められたを心配そうに覗き込んだ。
まさか、本当に殴っちまったのか!?
どうすりゃいい?好きな奴の顔を自分で殴っちまうなんて。
誰しもが不安に駆られて見守る中、が目を開いた。
そして、全員に覗き込まれてると気づくと
ニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべて、俺達に言った。
「どう?本当に殴られたように見えたでしょ?」
「あのなぁ・・心臓に悪い事すんな!」
「そうだよちゃん!俺マジに焦ったんだから!」
「ごめんごめん」
「ったく、マジでもうすんな。」
皆の真剣な顔、本当に騙されたみたいだね〜。
でも本当に反省しました、もうしないよ。
こんなに驚いた顔、もう二度と見れないだろうし
心配してもらえて嬉しい・・・やった甲斐あった。
って言ったら、怒られそうだけど。
その証拠に、仁の顔なんて本当に驚いたみたい。
後で謝っとこう、してやったりだったけど背負い込ませるトコだったし。
ごめんね皆、ごめんね仁。
例え本当だったとしても、貴方が気に病む事はないの。
「ごめんね仁、もうしないから。」
後で小さく謝ったら、そっぽを向いてた仁が
私を後ろから抱きしめて、熱っぽい声で言った。
「ホントに殴っちまったと思った、もう勘弁して。」
心臓にわりぃし、俺 耐えらんねぇ。
顔を見ようとしたら、阻止された。
でも見えちゃったよ、耳まで真っ赤になってた仁の顔。
本当に心配させちゃったね、もうしないから。
でもね、かえって心配して貰えるともっとしたくなる。
だってさ、心配して貰えると嬉しくなっちゃうから。