過ち
それは過去に起きた、憎いプロジェクトに在る。

腹の肥えた馬鹿な者達によって立ち上げられたソレ。

関わっていなくても同じ事。
一度防げなかった妄執を、私はまた繰り返そうとしている。



第九幕 因果応報



inサリム

此処はの実家。
何も知らない娘を送り出して、大体何週間かだろう。

実の父親ながら、には悪い事をした。
だが、こうするしかなかった。
一度城を出た自分には、あの王家に任せる他方法がなかった。

事が動き出した今、何を言っても言い訳にしかならない。
の力を隠したまま、どの道暮らしては行けなかったしな。

「エレン・・・オマエは私を恨んでるだろうな」

呟いて見つめた先には、1つの写真立て。
魔法で満ち溢れた世界にそぐわない物理的な品。
その中には、笑顔で映る女性の姿。

顔立ちや、オッドアイな双眸がと重なる。
彼女こそがの母親だった。
同じ城に仕えていた仕事仲間、強い力を持っていたエレンなら何時でも上へ行けた。

エレンは無欲だった。
それでいて、何時も前向きで笑顔を絶やさず
分け隔てなく優しくて、意見もハッキリ発言する女性だった。

誰からも慕われ、愛されていた人。

自分もその中の1人で、エレンを愛し始めていた。
放っておけない所があり、傍で守ってやりたくなる。

勇気を出し、想いを伝えた私とエレンが付き合いだした頃。
その頃からだろうか、エレンの持つ力が普通ではないと気づいたのは。
その普通じゃない力の強さの原因、それが分かったのはが生まれてから。

そう・・エレンは『扉』としての素質を持っていた。
愛し合って結ばれた私達、自動的に私が彼女の『鍵』となった。

しかし、隠していても何れは公になってしまい
王宮魔術師達と、現国王の前の王が現れ
有無を言わせずに、私とエレンを引き離した。

『待って下さい!エレンを何処へ連れて行くのです!』
『とても大事な作業の為だよ』

国王を引きとめ、縋るように言った私に国王はそれだけしか答えず
乳飲み子のと私は、監禁されるが如く部屋に閉じ込められた。
その時は何の事か分からなかったが、アイツ等は魔法力転換吸入魔術という恐ろしい事をやっていた。

読んで字の如くだ、成功すれば『扉』の力を自分自身に転換させられるのだ。
国王として、自分にその力を管理する資格がない事を悔しがり
アビジニン国全てを支配する力を欲した為、エレンを連れ去った。

その魔術は、被験者に多大な負担を齎す物で
一度赦された面会では、今までのハツラツとした美しさと明るさも
輝くような美貌も、エレンから伺えなかった。

王宮魔術師長さえも凌ぐ程の強い力、駆使出来たのだろうが
本となるエレンが衰弱していた為、役目を果たせなかった自分。

『エレン、君を助け出せない私を恨んでくれ』
『いいのよ、私はこの力を使わせはしないわ。』
『エレン・・・』
『この力は、本当に国を愛し人を愛する事の出来る人に授けたい。』

あの日のエレンには、覚悟の色が伺えた。
きっと、既に決めていたのだろう。
自由を奪われたエレンには、きっと苦渋の決断だった。

エレンの衰弱具合からして最後の魔術の際
迸った力の本は、エレンから抜け出し
その場に居た誰の体にでもなく、遠く離れた娘へ宿ったのだ。

その事実を悟った私は、最期にエレンの声を聞いた。

を守って、16になったらレイディア学園へ・・―

エレンの声は、もう1つ重要な秘密を託して逝った。
魔法力転換吸入魔術を成功させるには、ある石が必要な事を。

その石、ラピスラズリは強い魔法で隠してある。
そう・・決して見つかる事のない、が『鍵』に誰かを選んだ時
その石は生まれる、の中から――

が『鍵』を選んでしまった後だから、石が使われる事なく終わるだろう。
重要な秘密を掴んだ私は、後どのくらい生きられるか・・・

過去で断ち切れなかった因果、それはまた巡り自分へと返って来た。
せめてあの子が心から愛する者を見つけるまでは、生きられるよう――


ΨΨΨΨΨ


ラシール国:書庫。

エリックと別れ、カノエに教えられた書庫へ来たカムイ。
重要書類保管庫と書かれた扉の前に立つ。
知識に優れ、頭の固い参謀が一般書庫棚にいるとは思えず此処に迷わず来た。

扉に触れる事なく、魔法で開けると中へと入った。
中に入ったカムイに、間髪入れずに探し主の声が掛かる。

「カムイ様、如何されましたか?」
「如何も何もない、オマエを探していたのだ。」
「私を?それは申し訳ありません、で、御用の方は。」

ヒノエを見つけるや否、隣にいるミズノトには目もくれず
用件を言い始めたカムイ。

2人の会話が始まる前に、ミズノトは遠慮がちに挙手。
目線をやっとくれたカムイへ、自分の用件を告げた。

「割り入って申し訳ありません。他国情勢をご報告したいのですが」

美しい水色の長髪を、紐で結わえ肩口に垂らした髪型のミズノト。
空色の長衣を纏った文官、カムイが許可したのを確認し
途中経過、というか中間報告を始めた。

「隣国のアマーンシタールですが、これと言って注意する動向はございません。
西方のシャルーンは、軍事施設の多設置が見られますが恐らく南東のセシア戦の備えかと。」

「東方のサナンは?」

「サナンの動きも、今は平定しております。」
「北方のノクターンは?あそこには大きな魔導施設があっただろう」
「ノクターンは・・・・」

「あちらも問題はありませんよ、アビジニン国の中枢は此処です。
此処の王宮魔術師達より秀でた者はいません。」

パラパラと資料を捲り、ノクターンの情勢を探すミズノト。
その彼より先に誰かが情勢を説明。
視線の先にはヒノエ、彼が言ったのかと思えばその更に奥。

青色の長衣を纏った者の姿が見えた。
誰よりも早く反応したのはミズノト。

「カノトにノエ!」

そう、声を掛けたのは2人。
もう1人は、橙色の動きやすい衣を纏った武官。
ノエと呼んだ方へ、ミズノトは駆け寄って行く。

その様を見ながら、小声でカムイはヒノエに尋ねる。

「ノエ?」
「それはきっと、ミズノエの事ですよ。彼の兄です。」

不思議そうな顔をしたカムイに、クスッと笑ってヒノエが教えた。
でも紛らわしくないか?ヒノエもノエだぞ?
まあ・・兄弟なら分かるか。

ヒノエの説明を聞き終え、自分に生まれた疑問をすぐに消化。
他の者も、ミズノトがノエと呼ぶのは兄くらいだと承知しているかもしれない。

「俺に用か?」
「王子、御前を愚弟が失礼致しました。私の用は愚弟を探していただけなので。」
「私は兄に頼まれまして、例の件に対するご報告を。」

用向きを聞くと、弟を迎えに来たミズノエはやんわりと微笑み
後ろから進み出たカノトだけが、用があると告げた。

ミズノエ達を見送り、ヒノエだけを扉の前に控えさせ
カノトは追加報告をカムイに告げる。

「王子は、過去に行われた極秘プロジェクトをご存知ですか?」

極秘プロジェクト?
全く聞いた事のない名に、素直に知らないと答えるカムイ。
その反応を見たカノト、少し複雑そうな顔で先を続ける。

「実は様の事を調べていく上で、行き当たったのです。」
「そのプロジェクトとやらに、アイツが関係しているのか?」

「はい・・と言っても、ご両親の方と言った方が正しいですが。」

この国の王子である自分すら知らないプロジェクト。
どうしてか、先程エリックと交わした言葉が頭に甦った。
『国家機密なんでね』

アイツは俺には言えないと言っていた。
まさか・・王宮魔術師が行ってる物は・・・

カノトが言うには、それは『魔法力転換吸入魔術』と呼ばれ
多大な力を持たない者でも、成功すれば多大な力を手に入れられる魔術。
7の魔法石を用い、魔術と被験者の媒体にして行う。

しかしその魔術は多大な力を必要とする為、被験者には大きな負担が掛かるとか。
そんな危険な魔術を、過去の王宮魔術師達が行っていたと。

「もう1つ、オフィーリア国に動きが見られています。」
「・・・どんなだ」
「微量ですが、ラシール国へ関与する力があるかと。」

オフィーリア国は、大陸が違う。
アビジニン大陸の北方に在る、此処の次に規模の大きい大陸だ。

其処まで『扉』の存在は知れ渡っているのか。
或いは、誰かがそれを教えているのか・・・・・・
どちらにせよ、注意するに越した事はないな。

報告を終えたカノトを、出来るだけ笑顔で見送った。


事は、自分が思うより進んでいる。
そして、いい風にも悪い風にも 向く。

事態は深刻、この国で『扉』を留まらせるべく
事を進める必要がありそうだな・・
それと・・

「元王族近辺護衛隊隊長、もっと調べる必要がありそうだ。」

其処に、大本の根源が隠されているかもしれない。