意地悪



バレてはいけない

無理矢理組み敷かれていると言うのに
私は冷静にそんな事を考えていた。

「流石太夫ともなると凄いんだね」
「全くだぜ、此処で断るなんざ太夫の風上にも置けネェしな」
「偶にはこうして変わった趣向の方が楽しめるってもんだぜ、なあ太夫さんよ」
「ホントだね、一気に三人相手に床を勤めちゃうなんてさ」
「「「「!?」」」」

今まさに着物を脱がされる、と言う時真後ろから間の抜けた声がした。
お侍さん達も途中まで気づかずに受け応えをしている。

私だけが違和感を覚えた。
間延びした口調と少し棘のある言い方・・・・
そして少し低めの声は・・・・・

「って、誰だてめぇは」
「誰って・・誰だと思う?」
「―――沖田さん・・・・・」

流石に違う声が混じっている事に気づいたお侍さんの一人が直球をぶつける。
直球で聞いてきた相手に、読めない笑みで問いを問いで返す人。

それは、紛れもなく沖田さんの姿で
思わず名を呼んでしまった。気づいて慌てて口を噤んだけれどお侍さんに聞かれてしまう。

「沖田?」

復唱するみたいに私に馬乗りになっていたお侍さんが呟く。
真後ろの沖田さんが小さく溜息を吐くのが分かった。

どうしよう、私・・また沖田さんに迷惑をかけてしまった・・・・
もしかしたら名乗りたくなかったのかもしれないから
けどこの時の沖田さんは、溜息ではなく薄い笑みを浮かべた。

「あ〜バレちゃった?僕の名前は沖田総司、知ってるよね?」

どんな事態になるか分かってるみたいな言い方。
自分からそう仕向けてるみたいに思えた。

私に乗っている人や手足を押さえている人達の顔色が瞬時に変わったのを見る。
組み伏せている人の口許に、危険な笑みが浮かべられた。

その後だ、この人の口から私の知らない事ばかりが告げられたのは

「そうか貴様か」
「何?人の事貴様呼ばわりするなんて失礼だね」
「ふん、そうか。この太夫さんと話しするだけに通ってたのは貴様だったんだろ?
聞いて呆れるわ、あの新選組一番組組長の貴様が花魁も抱かずに話しの為だけに花町に通ってるなんてな!」
「――――!!」
「へぇ・・、ちょっとは賢いんだ?」
「減らず口が、花魁の一人や二人抱かないなんて貴様男色家か?顔だけは綺麗だからな!それとも童貞――――」

ここぞとばかりに人の上で沖田さんを罵る人。
私からは沖田さんの表情は見えない、けど
黙って聞いていられるような言葉じゃなかった。

沖田さんが何も反応しないのをいい事に、中傷は続く。
組み敷かれたままそれを聞かされていた私だったが
少しずつ腹立たしくなり、やめさせようと口を開いたのと同時に

私の上にいた男の人が消え、次の瞬間に畳が大きく鳴って軋んだ。
私は何が起きたのか分からなくて目を瞬かせる。

他二人のお侍さんも呆気に取られ、何が起きたのか分からない顔をしていた。
それは私も同じで、畳に倒れた男の人見てから沖田さんを探す。

「ごめんね足が勝手に動いちゃったんだ、あんまり僕を苛立たせない方がいいよ?君の為にもね」
「ふざけ・・・っ」
「てめぇ何しやがる!!」

冷酷な声が降りた。
顔を見なくても沖田さんが怒ってる事だけは分かり

それは私のせいだと言う事も分かった。
もう私には会わないと言った、花町にも来ないって言った沖田さん。
それにはきっと大きな理由があって、けどそれを私には言えなくて

でも沖田さんは優しいから、わざわざ店には来ないと言ってくれた。
私が傷つかないようにと・・・・
それなのに私はまたこうして沖田さんに迷惑をかけている。

もう、迷惑をかけたくない。

「ええかげんにしいお客はん」
「・・・ちゃん?」
「此処は春を売る所です、お客はん方は今あしを抱いてはりますんやろ?」
「太夫は流石落ち着いてるな〜・・それもそうだな、折角だ沖田にも女の抱き方教えてやるか」
「・・・・・」
「沖田はんは女遊びしなくてもきっといい人がおりますえ」

だから、だから・・こう振舞うしかなかった。
他のお客を相手している所なんて見られたくなかった・・・・
汚れてる私をこれ以上・・・

心を決めて身を任せ、演技を始めようとする。
此処を触られたらこんな声が出るのではないか
こうされた時はこう反応して、と懸命にシュミレーションする。

それは他の花魁が客に抱かれている様を聞いて覚えた知識。
見て感じた物ではない。

しかもこの男の人は、私を沖田さんの前で抱くと言った。
見られたくないのに。感じたフリをしてるのに、それを沖田さんに見られたら
演技なんて出来ない・・・・!

「はぁ・・参ったな、折角会わないようにしてたのに」
「・・・・・?」
「何訳の分からねぇ事言って」
「君達に分かって貰う必要はないよ、分からせてあげてもいいけど先ずはその子から退いてくれない?」
「はあ?ふざけんのも大概にしやがれ!痛い目みたいか?」
「はははっ、面白いなあ・・けど・・・・痛い目見るのはそっちじゃない?」
「「「!?」」」
「手加減は出来ないんだよね今の僕、思い切り切り刻んじゃうかもよ?」
「っひ!・・・こ、コイツ目がマジだぜ・・っ」

今度こそ沖田さんは溜息をついた。
『会わないようにしてたのに』
聞き違いでなければ沖田さんはそう言った・・・・?

花町に通えなくなったって言った彼の口から思いがけない言葉を・・
でもその言葉に驚いてる場合ではない。
誰から見ても怒っている沖田さんの脅しめいた言葉に侍さん達はすっかり恐れをなし

着物が乱れたまま奥の座敷を飛び出して行った。
そして残されたのは着物の乱れたまま寝転がされた私と沖田さん。

もう会う事もないと思っていたから私は酷く動揺していた。
しかもこんな所で沖田さんが現れるなんて・・・・
花町そのものに来ないと言っていたのにどうして此処に?

男達が去った後、どれくらいそうしていただろうか
不意に気配が動いて、視界にいなかった人・・沖田さんの姿が私の視界に映った。
暫く感情の伺えない目をして私を見ていた沖田さんが、苦笑した顔になって

「・・・久し振りだねちゃん」

その笑みは気まずそうだった、けれどそれさえも私には嬉しく映る。
夜伽の場を見たと言うのに沖田さんは自然に声をかけてくれた。

でも駄目なんだ、会わないと彼は告げた。
私もそれを受け入れて理解した筈。
彼は新選組の人・・それも一番組組長を務める程の剣の腕を持っていて

こんな所になんて来ないんだ。
花魁と何て関係だって持たない。
関わりさえも持ってはいけない。

だから来ないって言ったんだ。
そうよ・・初めから深くかかわっては駄目だったのに

関わってはいけないのに、町で会えたりお茶屋さんに入ったり簪を買ってくれたり
偶々町で会えただけで私は愚かにも嬉しいと感じてしまった。
もうこれ以上関わってはいけない、だからちゃんと言わなくては駄目

ちゃんもどうしてこんな所にいたの?まさか本当に相手してたりなんて・・・」
「そうですえ?沖田はんも知ってはりますやろ?あしは太夫どす、お三方一息にするくらい問題ありまへん」
「本当?なら僕は邪魔しちゃったのかな?」
「そうどす、これからお楽しみだったんやさかい・・沖田はんもお人が悪いどすな」
「ふーん?けど、もう少しバレない嘘・・・つけるようにならないと駄目だよ?」
「嘘じゃ、ありまへん・・・」
「君ってやっぱアレだよね、根が素直過ぎ。」

あれこれぐるぐる考えながら漸く言葉を紡いだ。
私はこんなにも汚れていてだから貴方に遠ざけられても当然の人間です。
だからどうか私を嫌いになってください、どうか嫌いになって

貴方に気にかけてもらえるような綺麗な体ではないの。
だから嫌いになって・・・・そうすればこんなにも心が貴方に捉われる事はなくなります。
迷惑だってかけたりしませんから―――

どうにか嫌われるように、遊び慣れてるように振舞っても
目の前の沖田さんの顔に浮かぶのは苦笑めいた笑みで

胸が甘く痛むばかりで・・・
知らず知らずに溢れた涙、心とは裏腹に全く無意識に溢れていた涙・・
止めるよりも先に、気づいた時には沖田さんの広い胸に包まれていた。

そして私は知るんだ。

沖田さんに触れられるのが、抱き締められる事がどうしようもなく嬉しい事を。