流転 五章Ψ一路安房国へΨ
村正と別れたは、落ち着いた足取りで安房を目指す。
方向は常陸から兎に角南。
村正の家があったのは、筑波山付近だったから
其処からどのくらいで下総に出れるのか・・
まあその辺は、行き交う人に教わりながら行けばいいか。
山の天気は変わりやすい、その影響を受ける前に
無事、は普通の道に出る事が出来た。
周りを歩く人は、背中に籠を背負った人が多い。
山に何か取りに行ったりするんだろうか。
まあそれは兎も角、日が暮れる前に大きな町か集落には出たい。
辺りを見渡しながら歩くを、背後と正面の茂みから見る影あり。
勿論はどっちにも気づいていない。
簡単に言うと、どちらかは盗賊。
どちらかは、役人って事になる。
どっちが盗賊で役人かは、そのうち分かるだろう。
さあそろそろ、盗賊達が行動を移す。
前方の茂みから1人が村人のフリをして、出現。
それを特に不審には思わず、は道を進んで行く。
そして、その男と擦れ違うか否かの時、男は行動を開始。
少しの方へ寄って、軽く肩をぶつける。
その弾みで、大袈裟な動きをして男はよろけた。
「あっ、すまない・・大丈夫か?」
「いってぇ・・・肩と足がいてぇや・・・・」
「大丈夫ですかい、兄貴!」
手を貸して起こそうとしたと男の前に、わらわらと人が出て来る。
パッと見ただけでも四・五人はいた。
その瞬間ってゆうか、すっごくベタだなぁと思った。
そんな強くぶつかってねぇし、ましてや女の自分とぶつかったんだから
ホントの男のアンタが、怪我する程いたかネェだろ。
ってのがの本音。
冷めた目で男達を見ながら、男が立ち上がるのを待つ。
同時に後ろから様子を伺ってる者達も、待っていた。
「オイ兄ちゃんや、人にぶつかって怪我させといて随分余裕だな」
「怪我だって?大体よろけてぶつかったのはアンタの方だろ?」
「何だとてめぇ、兄貴に謝罪しろ!」
はぁ?こっちだって肩がいてぇし、そっちが勝手にぶつかって怪我したクセに
ベタないちゃもん付けてんじゃねぇよ!
ととしては言ってやりたかったが、生憎そう言って
もし乱闘にでもなれば、戦う術もなく女の自分は無力だ。
だが腹が立つのは変わらないし、言ってやらないと気が済まない性格。
「怪我した割りには、平気そうに立ってるじゃねぇか・・」
「何?もういっぺん言ってみやがれ!」
うるせぇなぁ・・・もうメンドクサイ。
頭を掻き、溜息を吐く。
それを後方から見ていた役人達。
その中心にいた男は、の持つ剣に目を留めた。
両方とも黒鞘に収まり、あの重量感と長さ・・
「『村正』と『正国』か?」
小さく呟いた男、その男に背後に控えていた男が耳打ちする。
「犬飼殿、合図は・・・」
「ああ、もうしばらく待て。」
小柄な青年から目を離さず、部下の問いに答えた犬飼と呼ばれし男。
彼にも重要な役目が用意されている。
姉である伏姫の生みし子、その1人だとは気づいていない。
そして、街道の方がワッと騒がしくなった。
ハッと其方に視線を向ければ、青年に襲いかかった盗賊達。
犬飼は、あれだけの名刀を引っ下げてるなら腕も相当なのだと思っていた。
ΨΨΨΨΨΨ
一方痺れを切らした男達に襲いかかられたは
戦いに関する術が何一つない為、男達の攻撃をかわすしかなかった。
盗賊の突き出した剣を、紙一重で避ける。
ああホントついてない!
こっちは安房に向かわなきゃなんねぇってのに・・・!!
「何だ?威勢がいいのは口だけか!」
嘲笑うような口振りで、兄貴と呼ばれていた男が剣を振り下ろす。
は死ぬ訳にはいかないと、咄嗟に腰に差していた正国を抜いた。
――キィイン!!
二重刃の正国と、男の剣がぶつかり合い金属音が響く。
男の方は、意外にも驚いた顔をしていた。
最初から有り金と差し量目的だった側として、の抜いた剣の刀身の美しさに見惚れたのだ。
それは役人側も同じで、日の光を弾いて輝く美しさに
一同動きを止めて見惚れる。
犬飼もしばし、言葉を無くした。
皆の視線が剣に釘付けな中、の頭はパニックに陥っていた。
この先どうすればいいかが分からない。
自分に人を斬る事が出来るのか、命を絶ってしまうのが怖かった。
しかしその迷いが隙を生み、他の盗賊に足払いをされてしまう。
「くっ・・!!」
女の自分の体は、糸も簡単に地面へ倒された。
その際、石か何かがあったのか背中に激痛が走る。
顔を痛みで歪めるを盗賊達が見下し、数人で蹴り始めた。
脇腹や腹部、胸、兎に角全身を蹴られ
元々女な自分の意識も朦朧として来る。
だからと言って、村正がくれた剣や姉との約束は守りたい。
強くならなくちゃならないんだ。
此処はもう、平和な国なんかじゃない。
「まだ行くな・・!」
「しかし犬飼殿、あのままでは・・・」
一般人の命運が危ぶまれ、咄嗟に出て行こうとした部下を止め
犬飼はもう少し待つように言った。
ただならぬ何かを、犬飼は感じ取っていたからか。
蹴られる自身よりも、腰に残った村正を守るように蹲っている青年。
犬飼はその乱れた着物の隙間から鎖骨に、ハッキリと何かを見つけた。
――遠くからでも確認出来るそれは、牡丹の痣だった。
「こいつ!しぶてぇんだよ!」
「うあ・・・っ」
苛立ちがピークに来た頭の男、苛立ちを込めて腹を蹴り上げ
トドメにと奪い取った正国を振り上げた。
そして、その剣が振り下ろされるより先に犬飼が部下を放つ。
部下が出て行ったすぐ後に、犬飼は弓を構え
青年にトドメを刺そうとしている男の腕を、正確に射抜いた。
「ギャアッ!!」
腕を射抜かれた男は、持っていた剣を地面へ落とし
拾おうとした時に、犬飼ら役人に気づくと逃げろ〜と走り出す。
――が、鍛え抜かれた役人達には勝てず アッサリ捕まった。
部下達に役所へ連れて行くよう指示し、倒れたままの青年を一瞥
それから男が落とし、青年が持っていた正国を拾い上げた。
キラッと輝く刀身、その危なげな輝きは人を惹きつける。
「おい、小僧、大丈夫か?」
「うぅ・・・」
しかし青年は呻いただけで、起き上がろうとはしない。
大分蹴られていたようじゃし、無理もないか・・?
しかし、何故このような者がこんな名刀を?
青年の上半身を起こし、それから目を向けた腰元を見て更に驚く。
2つも刀を持ってるのも珍しいが、もう一本もいわく付きだった。
妖刀村正と囁かれ、幕府が密かに始末しようとしている刀。
「コイツは面白い・・・何かありそうじゃの」
犬飼は楽しげに笑うと、気絶している青年を眺めた。
実際触れてみると分かるが・・・何でこんなに華奢いんだ?
自分と近そうな年齢にしては、肩幅もないし感触も女々しい。
覗き込んだ顔も、中々の美青年っぷり。
コイツ・・本当に男か?
「犬飼殿、賊の収集は終わりました!」
「あ、ああ。よし、引き上げるぞ!」
「犬飼殿・・その者は公方様に?」
に対し、疑問を膨らませつつあった犬飼の所に部下が駆けつけ
正面から犬飼に抱き起こされた青年を見やる。
犬飼は、しばし考えた後 楽々とを肩に担ぎ
前に控えた部下へ一言だけ言った。
「コイツはわしが預かる、公方殿には知らせるまでもない。」
それだけ言うと、乗って来ていた馬へと歩いて行った。