一番好きなもの 後編



「もーー大事な事話してるのに茶化さないでよ」
「茶化してねぇよ」
「――・・・っ」

ぶつけたらぶつけた分、返って来た顔と声は真摯で息を呑む。
茶化してねぇよの言葉と同時に距離を詰められた。

私と相向かいに胡坐をかいて座り直した照。
その体勢から身を乗り出すようにして低く囁く。

「お前のチョコには俺の一番好きなものをやりたかったの」

一気に近づいた整った顔と、一層近くで聞こえる私の好きな声。
カッコよすぎてドキドキしている私に照は好きなものをくれた理由を話したっぽい。
私が思い浮かべた通りの意味合いだとしたら?と期待しそうになる。

「な、何で?義理かもしれないじゃん」

だから最後の抵抗のつもりで義理かもしれなくても?と
冗談の意味合いでも口にしたくなかった義理という言葉を口にした瞬間
近い位置にある照の整った顔にあからさまな苛立ちが浮かんだ。

「あーもう何なのマジで、俺の事焦らしてる?」
「は?」
「マジに分かんない?お前のチョコに俺の一番好きなものを贈る意味」
「・・・1つもしかしたらって答えは、浮かんでる・・」

何でイラッとされなきゃならんのか分からないが、ホントのホントにその意味で受け取っていいの?
このまま照を怒らせてしまったらどうしようとかいう新たな不安が心に生まれ、視界が曇る。

私の変化に気づいた照が少し焦ったような顔になったのが、辛うじて見えた。
泣くまい困らせまいとすればするほど視界は滲み始める。
我慢してる事を察した照は、抱き締めてしまいたいのを抑えつつ

優しく促すだけに留め、毀れそうな涙をスッと伸ばした指の腹で拭い
言葉にして言ってみ、とだけ口にした。

「意味・・でも言葉にしちゃったら、その瞬間に・・・今みたいに居られなくなりそうで怖い・・」

まだわずかに残った躊躇いが、肝心の部分
私自身が期待してしまった部分を言えずに口籠らせる。

さすがの照もいつもと違う様子に合点が行き、口許が緩む。
幼馴染が今の関係性を壊すまいと抗う最後の抵抗だと分かったから。

「ふーん、可愛い事言うじゃん・・答えは今が考えてる通りの意味」
「かっ可愛くなんかないよ・・・てか、何でそう言い切れるの?違うかもしれないじゃん」
「そんなの簡単だよ、俺も同じこと考えてるから」

照は不思議と晴れ晴れとした気持ちになった。
さっき一瞬だけ過った他の男から告白されたせいで様子がおかしいのか?という可能性。

それら全ては今頭の中から綺麗に消え去って行く・・・。
目の前の幼馴染は、部屋に来る前からずっと自分の事で悩み、戸惑い
他でもない、俺との事でこんなにもは真剣に悩んでいた。

照と同じくらいに幼馴染という関係を凄く大事にしてくれている事が分かったから
ただその関係性を壊す、または新たな関係性に進むってのは照自身も躊躇いはあった。

下手したら壊れてしまって関係が悪化してしまう懸念もあったしな・・
でもその不安は目の前にいるも考えていた、俺の事で頭がいっぱいだとか何かすげー優越感?嬉しい。
嬉しくて笑みが毀れそうになるのを必死に堪え、驚いたのか弾けたように顔を上げたと視線を合わした。

一方の私も、照の思わぬ言葉に思わず驚いて視線を合わす。
かち合った視線の先にあるのは優しく笑む照の顔だ。
見かけに合わないふにゃっとした笑顔、不思議と安心させられる。

少し昂った気持ちが落ち着いて来たと読んだ照は寄せていた体を少しだけ離し
でもすぐ手が届く距離に再び胡坐をかいた体勢で言葉を紡いだ。

「最初に部屋来た時の様子も変だったしさ、視線もあんま合わなかったし
そんな顔されたら誰だって気になるし気づくじゃん、お前分かりやすいからなー。
物心つく頃からの事一番近くで見て来たし大体の事なら顔見ただけで何考えてるか分かる、幼馴染ナメんなよ?」

ナメんなよ?って、私は照に宣戦布告されたのかな?
それとさり気なく照が口にした、一番近くで見て来たって言葉に無性に照れる。

私も、照と同じくらい照の事を見つめて来たから。
いつの間にか胸に芽生えていた気持ちを言葉にするのがずっと怖かった。
でも・・今分かった、照も私と同じくらい幼馴染という関係を大事にしていた事が。

それから・・いつでも幼馴染という関係を次に進める気でいる事も。
じゃなかったら間近に座ったり私に触れたりはしないだろう。
照の行動に、男としての決意みたいな強い意思を垣間見た。
なら私も照に相応しい覚悟を見せなきゃだよね・・・!

ずっとずっと温めて来た気持ちを言葉にするのはやっぱり怖い。
それでも言葉にしなきゃ伝わらないから、言うよ。

「あのね照・・・私、その・・ずっと渡してたチョコレートはね」
「・・おう」
「義理でもなければ友チョコなんかでもなく・・ずっと本命だったんだよ、この関係を壊したくなくて言えなかった・・・」

ぐっと決意した私は視線を自分の膝小僧に落としたまま思い切って伝えた。
例え壊れてしまっても言わないままよりはずっとマシだと思うから。
ゆっくりでも少しずつでも話し始めた私に、一度だけ応を返した照が言い終わる頃には私をジッと見つめている。
見つめる視線が私の心をがっしりと掴んで来るのが分かる、顔に熱が集まるのも分かるけど逸らせない。

締め付けられる胸が震え、焦がれゆく。
ずっと時間を掛けて育てて来た気持ちは今、開花した。
目を逸らせない先の照が少し困ったような笑みを浮かべる。

困ったような顔に、一気に不安な気持ちに駆られた。
勇気は出したけどもしかしたらやっぱり勘違いで、この関係は壊れる?
それは嫌だ・・幼馴染じゃなくなったら、私と照を結ぶ繋がりが無くなってしまう。

やっぱり今のはナシで!と口走るより先に視界に影が差し
目尻に掠めるように温かくて柔らかなものが触れて行った。

その感触を追いかけるように視線を向けたすぐ近く、それこそキス出来そうなくらいの近さに
振り向かれるとは思ってなかったのだろうか、少し頬を赤くした照が居た。
改めて目が合うと、観念したかのようにまた笑い今度はまた右手を伸ばして私の頬へ触れる。
メチャクチャ恥ずかしくてドキドキしている私に、照は今度こそ返答になる言葉を口にした。

「ごめん、あまりにも可愛かったから」

さっきから可愛いと言ってくれる照、昔から照は歯に衣着せないタイプだった。
思った事も気持ちもストレートに伝えてくれていた。
だから今言った言葉も可愛いと言った事も、正直な照本心の言葉だと思う・・・凄い照れるけどね・・

謝って欲しくないから緩慢な動きだが首を振る。
触れて貰えるのが嬉しいから、謝らないで欲しい。
なかった事みたいにして欲しくないんだ。

「謝らないでよ・・」
「え?」
「照に触れられるの、凄く嬉しいから無かった事にするみたいな言い方しないで・・・」
「ダメだやっぱお前可愛すぎるわ」

まただ、また可愛いとか言う・・・私の目尻にキスした唇が。
でも今度は強い力に引き寄せられ、ふわりと優しく抱え込むみたいに抱き締められた。

背中から伝わる照の温もりと心臓の鼓動。
心音って赤ちゃんの頃から聴いてる音だから凄く落ち着くね。

腕の中に抱き締められると照の付けてる香水の香りが鼻腔を擽った。
甘いけど柑橘系みたいな甘酸っぱさも感じる香水・・
照は私を抱き締めたままポツリポツリと、シルバニアファミリーの人形を贈った理由を少しずつ話し始める。

「このシルバニアファミリーってさ、俺にとっては癒しそのものなのね
俺の世界の中になくてはならないもので魂そのものって言ったら大袈裟だな
でもさ、そういうのは誰にでもやれるもんでもない。
簡単にやり取り出来ないからこそお前にしかやりたくないし・・」

お前の存在は、俺にとってコレと同じくらい・・・いやそれ以上に無くてはならない大事なモン。
伝わり難いかもしれないけど、お前が大事だって意味合いをソレに籠めたんだ。

と、照は言葉を切る。それから

「俺の心をやるって意味もあるとか言ったら、重い?」

そう耳に息がかかる近さで息を吐くように私に問うた。
殺しにかかってる・・・!
重い訳ないだろ・・照のファン全ての女の子が心の底から欲してる言葉だぞ??

少しでも目に留まりたい、照の視界に映りたい
僅かでもいいから印象を残したい、許されるなら愛されたい。
そんな願望のあるファン全てが欲する照の心、手に入るなら何が何でも手に入れたいと思う。

私も、照の心が欲しくて今日まで過ごして来たんだ。
決意と覚悟みたいな意思を籠め、照の目を見たまま私も負けじと伝える。

「そんな風に思ってたら今照に抱き締められたままで居ないよ」

感じたまま素直に照に言った後の彼の表情を
私は暫く忘れられないと思う。

「・・そっか、ありがとな

斜陽の光を浴びながら淡く微笑んだ照は凄く綺麗で、それは見惚れるものだった。
甘々なやり取りでもなければ、きちんと言葉にして好きだと言われた訳でもないが
強く心を捉える表情だったのは間違いない。

3月14日、それは私と照の幼馴染という関係を終わらせ
不器用ながらもその先へと進み、新たな関係性を作る始まりの日になった。





あんままとまりのない終わり方に('ω')自分の大事にしてるものを贈る行為に対し
照くんなりの信念みたいなものを上手く説明できなかった気がする・・文章力欲しいね。