一番好きなもの



季節は春、桜も開花する予想が立てられる3月だ。
そんなある日、私は幼馴染の家へ呼ばれた。

幼馴染と言うのは、身長が182あって体脂肪率が5とか6%しかなく
そのくせタピオカとチョコレートが大好きな甘党マッチョ。
世間からはひーくんと呼ばれている御年26歳の成人男子を指す。

まあそのひーくん呼びは幼馴染の私が発信だけどね・・
今はもう私だけが呼べるあだ名じゃなくなってしまった。

などと考えながら歩いているうちに、私は目的地に到着。
インターフォンを押そうとするより先に後ろから聞き慣れた声に呼ばれた。

「あらいらっしゃいちゃん、ごめんなさいね照に呼ばれたんでしょ二階に居るからどうぞ」

気さくに声を掛けてくれたのは優しそうな顔をした女性。
背は高く、鼻筋が通ったその人はさぞかし青春時代はモテたであろう・・・
ニコニコしている女性にありがとうございますとだけ答え、知れた仲なので会釈を返すと私は玄関を開けて中へ。

玄関先に並ぶ靴は一足、どうやらおじさんも妹さんも外出中のようだ。
残されたこのでっかい靴の主は誰なのか考えるまでもなく分かる。
私の幼馴染の靴以外の何物でもないだろう。
因みにおばさんは洗濯物でも干してるのだろうか、家の中に戻る様子はない。

ならばと靴を脱ぎ、幼馴染の靴も揃えつつ隣に並べる。
28か29cmくらいはありそうなサイズの靴・・・

その隣に並べた自分の靴は小さく、24cmくらいしかない。
でもまあ身長167だから普通のサイズだろう。
そんな事は今はいいか、取り敢えず幼馴染の待つ部屋に向かおう。

数秒だけ幼馴染の靴を眺めてから私は階段を上り始める。
なぜ今呼ばれたのか、それは考えなくても分かっている・・

3月に入りひな祭りも過ぎ、イベント事と言えばホワイトデーくらい。
先月は女子の一大イベント、バレンタインデーがあった。
そう、私は先月の14日・・・幼馴染にあげたのだ・・チョコレートを。

幼馴染という関係を変えたくなかったと言えば嘘になる。
私は特別になりたかったんだ、幼馴染の・・・・岩本照の、特別に。

チクリ

心の中でどんどん大きくなっていたその存在は
名前を口にせず思い浮かべただけで胸を甘く締め付けて来る。

普段はホント、筋肉バカで筋肉と会話するようなアホ(ディスり)なのに
ここぞという時には男らしさを発揮する。
転びそうになった時、スマートな動きで助けられた瞬間
私は岩本照を幼馴染ではなく、一人の異性として意識してしまった。

見かけは強面なのにふにゃっと笑う笑顔も、笑い声が高いところもタピオカとチョコレートに目がない事
あの顔に似合わずシルバニアファミリーが好きで人形集めてるし、お化け屋敷が苦手っていう意外性も
絶叫系強いとか自負してるけど実は苦手なんじゃないか疑惑とかも含め、私は大好きなのだと。

でも、自分の気持ちに気づいた時には照は遠い人になっていた。
ジャニーズという世界に飛び込み、着実に実力とファンを獲得して行く姿も見て来た。
もう近くに住んでて幼い頃一緒に遊んだ岩本照ではなくなっていたのだ。
幼馴染って近いけど遠い関係性だと思う・・私も男だったら良かったなー・・・

「照来たよ」
「おう、開いてるから入れよ」

会う前からしんみりしてしまった、と顔を上げ室内に向けて声を掛ける。
実は少し前から部屋の前には着いていた。
ただ、中々声を掛けられず独白していたのだ。

明らかな関係の変化を再認識し、少し後悔してしまいそうだなと・・
その・・チョコレートを渡した事を。
勿論本命だとか説明はしてない・・・重荷になってしまうのではと怖くなったから誤魔化したのだ。
チョコレートが好きな照は、一瞬だけ不思議そうな顔をしただけで嬉しそうに受け取ってくれたっけ・・

俺に?マジで?毎年くれるとかお前律儀だなー!

ってさ・・・・・毎年あげるに決まってるだろおおおおおおお
本命チョコとか言ってないけど私はずーーーーっと照にしかあげてないわああああ

「どした?」

ドアを閉めてすぐの座布団に座ったと同時に掛けられた声。
ハッと考えるのをやめて照を見ると、先月みたいに不思議そうな顔をしている。
アカン、その目ヤメテ、死ぬ・・・

目の前の照は黒い丸襟のシャツと黒いズボンに、手編み風の白いパーカージャケットを羽織り
ふわふわした前髪のくせっ毛を片耳に掛けたスタイル。

その恰好はモデル並みにカッコイイし色っぽい・・女子より色気があるのでは?
去年は似たようなスタイルで髪の毛がふわふわと長めだった。

カーペットの上に、両足を放り片膝を立てただけの寛いだ体勢だから目線の高さが同じ。
真っ直ぐに見つめられながら問われただけなのにドキッとさせられるのが悔しい。
でも照の寛いだ姿も向けられる視線も、今は、今この瞬間だけは私だけが見れる瞬間・・

「ううん、どうもしないよそれより照の用事って?」

また胸が苦しくなりながらそこから目を逸らし、呼んだ理由を問う。
予想はついてるけど敢えて照に言わせたくて問いかけてみた。

問われた照、おお、と切り出してから体勢を少し変え
体の左側へ手を伸ばすと、小さい缶コーヒーくらいの高さがある袋を私へ差し出しながら言った。

「これ、に渡そうと思って呼んだ」
「もしかしてバレンタインデーのお返し?」
「そ、お前律儀に毎年くれるからな、今年は俺の一番好きなものをやるよ」
「照の一番好きなもの・・・・え、タピオカとか言わないよね?」

何だかんだで毎年律儀にお返しをくれるのは照も一緒じゃん、と憎まれ口を利いてしまうが
本当は嬉しくて仕方がない、何の重みも感じさせないように渡すバレンタインデーのチョコだけど
私にとっては凄く勇気が要るんだよ?今や何千何万のファンを持つグループのアイドルにチョコを贈るのだから

ふと黙ってしまいそうになったが、上手い具合に照の声が間を繋ぐ。
それから若干半笑いの良い笑顔をした照が私に質問してきた。

「お前俺の事なんだと思ってる?」
「え?簡単な頭をした幼馴染・・って痛いから!(笑)」
「お前ふざけんなよ!(笑)そもそもタピオカのSサイズこんなちっちゃくねぇわww」
「そう言われてみれば・・・小さすぎるね、開けても良い?」
「ったく口の減らねぇヤツ、おう、しかと見とけ」

自然と出て来る言葉のキャッチボールが心地良くて楽しくて困った。
関係性をこれ以上変えたくない、でも一歩奥に進めたい。
それらの気持ちがごちゃ混ぜになりそうだから俯くようにして袋を開けて行く。

一方の照は、目の前の幼馴染が部屋に入る前からドアの前で少し立ったままで居た事に気づいていた。
中に掛ける声も少し揺らいでいたし、入って来た時の表情も翳りがあり目線を合わそうとしない。
座る位置も一番遠いドア前の座布団だ、今までならすぐ近くに来て座っていたはず。
変わらないのは話のテンポとツッコミのタイミング、話してるのが心地よくて面白い。

だが俺のお気に入りが入った袋を開けてる時もどこか浮かない様子・・・
ほんの些細な変化だが、幼馴染として何十年も関わって来た自分の目は誤魔化せない。
何かここに来るまでにあったんだろうか?誰かがコイツの事を惑わせてるんかな。

例えば、俺以外の男から告白されたとか――

・・・うわー、ナニソレ面白くないんだけど?
コイツの事惑わしたり悩ませて良いのは俺だけだって決まってるんだよね。

などと目の前に居る照が考えてる事など露知らずのは袋を開封。
ガサガサと乾いた音を立てながら袋に手を入れる。
中身を指で支えながら出してみたそれは、触り心地の良い材質の・・

「これって、照が大事にしてたホワイトデーモデルのシルバニアファミリーの人形じゃん」
「ん、ご名答」

その年にだけ作られる限定もので、集めてる照からすればレアな一品のはず・・・
どうして一番好きなもの、一番大事なものを私にくれたのか純粋に気になった。

「友チョコなのか本命なのか義理なのかすら分からないチョコにこのお返しは見合わなくない?」
「なんで?」
「何で?って・・・照は自分の大事にしてるものをくれたのに
私はチョコレートに籠めた意味合いを明確にしてないんだよ?そんな相手に照の一番好きなものを贈るとか、フェアじゃない。」

言葉にして行くうちに何やら泣きそうになって来て
語尾が尻切れトンボみたいに小さくなって行く。

早く同意してくれないと変に期待してしまいそうになる・・
そんな私の様子に苦笑を浮かべた照が次いで口にした。

「お前フェアとか難しい言葉知ってんだな」

いつもと変わらないクシャっとした笑顔に私の胸はまた締め付けられる。
何で変わらずに笑ってるんだろう、照は別に怖くはないんだろうか

照のくれた一番好きなものに籠められた意味合いを素直に受け取ってしまったら
確実に自分達の幼馴染と言う関係性が変わってしまうという事と
下手すれば一生元に戻せなくなる可能性も孕んでいる事とか。

私だけが恐れてるのか、または変えたいと悩み、でも踏み出せずにいるのかな。
戸惑いは腹立たしさに変わり、思ったままの言葉を照へぶつけていた。






長いので前後編にします<(_ _)>