踏み出す一歩
狩野に襲われた事、それを話す事は出来なかった。
だってアレは、襲われたというより・・合意の上?
狩野は大切な妹を守る為に、俺を襲った。
そんな事をさせるのは、アイツ等しかいない。
三年前、俺との人生を狂わせた・・・
竜神学園の生徒達。
どうせ仕事なんか出来ずに、遊びのいっかんとしてやってるんだ。
竜と隼人に罪を被せた汚い工藤、アイツと同じような奴等。
「嘩柳院?平気なのか?」
「あ・・ああ」
ずっとの肩を掴んでいた久美子。
途中から、何処か心此処に在らずのが気になり
ペチペチと頬を叩き 問いかける。
内心の動揺と、震えを誤魔化そうと俺は笑って反応した。
だが、久美子の表情が笑顔になる事はなく
逆に厳しい顔で言われた。
「おまえ、変な事考えたりしてないだろうな。」
結構鋭い質問、自分と似た性格の者への突っ込みは
こうも的を射た物になるのだろうか。
「まさか、それとこの事・・アイツ等にも誰にも言うなよ?」
「どうしてだ?まだ信用出来てないからか?」
「その逆だよ、無茶苦茶信じてる・・だからこそ、知られたくない。」
「信じてるからこそ、おまえの事を話すんじゃないのか?」
時々思うけど、ヤンクミは人を信じすぎ。
それと、バカが付くくらい・・純粋。
だから簡単に全てを曝け出すとか、信じるとか言えるんだ。
俺だって出来れば信じたい、けどまだ駄目なんだ。
「気が向いたら話すよ、それと俺今日は帰る。」
「気が向いたらぁ〜?帰るって、どうしてまた!」
表情で悟られないよう、は笑顔を作って久美子を諭す。
しかし、簡単に引き下がらない久美子は
歩き始めた俺の学ランを掴んだ。
「いいから今は行かせろ!ケリ付けに行くんだよ。」
「一人でか?黙ってみすみす行かせられると思うか?」
「皆を巻き込みたくない、あの位で震えてられないんだよ・・」
狩野は恐らく、竜神学園の奴等に報告に行った。
それを追えば奴等の溜り場くらいには行ける。
此処で久美子と話してる場合じゃない。
これを逃したら、また次の接触を待たなくちゃならない。
そんなの・・待ってらんねぇんだよ。
は荒々しく久美子の腕を振り払い、足早に学校を出た。
一人廊下に残った久美子、に振り払われた手が寂しい。
一体何を抱え込んでんだ?嘩柳院。
私や矢吹達じゃ、力になれねぇのか?
その痛みや辛さを、一緒に背負ってやれねぇのか?
隠そうとしていたが、あの着衣の乱れ方。
胸元に付けられた痕・・・
誰かがアイツを襲いやがった。
それも朝っぱら、堂々と学校の資料室で。
サラシを破った所で女と分かって止めたのか
それとも、知っていて襲ったのか・・
それか、女と確認するだけの為に?
「いや・・じゃあ目的はなんなんだ?」
首を捻った久美子の声が、静かな廊下に響く。
☆☆
久美子を振り切って校門を出た、何かに気づくと
踏み出した足を止め、慌てて体を引っ込めた。
「よぉ、狩野。ちゃんと確認したんだろうなぁ」
「嘘言ったりしたら、どうなるか・・分かってるよな?」
案の定、竜神学園の奴等に囲まれた狩野を発見。
俺一人の正体、確認すんのに関係ない奴を巻き込みやがって。
ちゃんとした事はわかんねぇくせに、きたねぇ事だけは頭が働く。
こうゆう奴等は、いっぺん死ななきゃ駄目なんだよ。
すぐには出て行かず、門の影から会話を盗み聞く。
事としだいによっちゃあ・・出て行かざるを得ないだろうから。
「確認したよ・・サラシを巻いてたけど、女だった。」
「よし、やれば出来るんじゃねぇーか。」
「自分の為なら、人間他人なんて簡単に裏切れるんだよな。」
「弱い奴なんだし?しゃーねぇか!ははははははっ!!」
バシバシと狩野の肩を叩き、軽快に笑い出す不良青年。
間近で聞かされる狩野は、ずっと俯いている。
怖いのか、それとも怒りの為か・・握った拳が震えていた。
一通り笑い終えた青年の一人が、ポケットから何かを出すと
俯いている狩野の手を掴み、それを握らせた。
握らされた物の感触に、パッと狩野が顔を上げる。
「駄賃だよ、欲しかったんだろ?」
ニタニタと笑って狩野へ答える不良青年。
開いた狩野の手には、新札の一万円札。
ちゃんとした所から手に入れたのか、不正で手に入れたのか
その札を見ただけでは分からない。
が、彼等の様子を見る限り・・後者の方が優勢。
「・・・これは、受け取れません。」
満足そうに笑っていた面々が、小さく呟かれた言葉で静まる。
何と、震える手は新札を付き返したのだ。
驚く不良青年、門に隠れて見守っていたも 狩野の行動には驚かされた。
あの怯え様・・確実に受け取ってしまうと思ってたし
自分の物にしなくても、いらない・と意思なんて示せないと踏んでただけに。
「んだと?てめぇ・・・もういっぺん言ってみろ!」
「だから、これはいりません!」
「人がそれで許してやるって言ってんのによぉ!」
「妹がどうなってもいいんだな!?」
怒りを露にした青年が、狩野の胸倉を掴み上げる。
締め付けられても、狩野はちゃんと拒否を示した。
それが更に不良青年達の怒りを誘い、別の青年が狩野の妹の事を口にした。
今にも本人の所に押しかけそうな勢い。
妹の事を出され、狩野は少し躊躇いを見せた。
流石に、もう抵抗は出来ないんじゃないかと 俺は思った。
狩野が大切に見守ってきた妹。
その存在が傷つけられるなど、兄として耐えられないだろう。
だか、それでも狩野は首を縦には振らなかった。
「妹を守りたいから、嘩柳院さんを襲うなんて
そうして自分や妹を守れても、俺はずっと後悔する。
そんな事したって、大切な者は守れないんだ!」
手足を押さえつけられ、羽交い絞めにされた狩野がそう叫んだ。
その言葉はに波紋を与え、不良青年達を煽る。
騒ぎが大きくなりそうになり、焦った不良青年が狩野を殴った。
しかし、どんなに殴られても狩野は屈しない。
その姿を見ていて、俺は心が締め付けられた。
何で、全然関係ない俺なんかの為に?
こんな俺の為に、何で?素直に受け取っとけば済んだのに。
何かを守る為に、誰かを犠牲にして手に入れた物。
そんな物は 偽善の上に手に入れた物であって
本当に自分の力で守れた事にはならない・・・
狩野はそう言いたいのだろうか・・・
俺は?これでいいの?
このまま狩野と狩野の妹を危険に晒したままで
もっと大切な者達を守れたって言えるか?
「いいわけねぇだろ・・・!」
頭の中に様々な思いが巡り、その全てが一つになった時
既には門の影から走り出て 狩野達の前に立った。
「狩野を離せ!」
「嘩柳院さん・・?」
探っていた本人の登場に、狩野は目を丸くしたが
狩野を暴行していた奴等は、顔を下劣な笑みに変え
囲っていた輪の奥から、頭らしき青年が現れた。
「よぉ・・嘩柳院のお嬢様 俺の事覚えてる?」
そう聞かれて、少し記憶を手繰る。
竜神学園の生徒の中に、いたっけ?
でも、女の俺を知ってる・・・
モノクロで巻き戻された俺の記憶、その中に・・・・
「ああ、今思い出した・・俺の大事な親友の腕を掴んでたよな」
忘れもしない、忘れるものかと言い聞かせたにも関わらず
そいつの存在は、俺の記憶から綺麗になくなってた。
でも またこうして思い出される。
繰り返し思い出される記憶の中で、親友のを
俺は 何度も・・何度も、失いかけるんだ。
その先にの笑顔を取り戻す為、ケリを着ける。