流転 二十九章Ψ不安Ψ



を背負って現れた現八と信乃を、大角は快く迎え入れた。
どちらも怪我をしてると知り、すぐさま大角は薬を擂り始める。

チラッと見た色合いは、ドス黒い色をしていて
材料は何なのか、2人は気になった。
背負っていたは、大角が用意した布団へ寝かせてある。

薬草をあれから替えていなかった為、完全に熱が出てしまい
寝かされているの息遣いも荒い。

「この傷は、山に住む妖怪に付けられたのですか?」
「ああ・・越えて来た道中、突然襲われてな。」

問われた際、現八は一角に会った事は隠した。
その為、少しも変に思う事無く信じ
災難でしたね、と大角は相槌を入れた。

十分に擂った薬を紙と荒布を敷いた上に塗り、袖を捲った信乃へ向き直ると
ゆっくりその布ごと腕に乗せた。
傷に響いたのか、信乃の顔が歪む。

「沁みますけど、傷によく効く薬なんですよ」
「ほお・・真にそなたは物知りじゃな。」
「古河の御所では、現八殿に世話になりましたから。」

慣れた手つきで包帯を巻く大角へ、現八が感心したように言い
信乃は痛みを堪えてから礼を述べた。
そんな2人に大角は、礼をつくしただけですよ・とだけ言って
へ塗る為の薬の支度に移っている。

熱冷ましの薬草は後回しに、背中の傷から取り掛かった。
着物を脱がす際、現八は大角へ包み隠さず事実を話した。
男の格好をしているだけで、本来は女だと。

現八からそれを聞いた大角、最初は驚いたようだが
すぐに落ち着きを取り戻すと、うつ伏せに変えてもらい傷を診始めた。

「彼女にも、犬塚殿と同じ物を塗っておきますね。」
「かたじけない」
「この方とお2人は、いつから共に?」
「御所での後からじゃ」

先程と同じドス黒い色の薬を、大き目の布に塗り
労わるようにゆっくりと、の背中へ乗せる。
完全に意識を手放しているのか、は呻き声すら漏らさなかった。

熱が出ているせいで、の着物は汗で濡れ
額にも汗の玉が光っている。
それを拭く際には、流石の大角も照れるのを隠せない。

「ワシがやろう」
「あ、ではお願いします。」

全て脱がす訳にも行かないので、上半身だけ綺麗にしてやった。
照れる大角に代わり、手早く水に濡らした手拭いで現八が拭き取った。
照れる事なく、黙々と作業する現八に感心しながら

手の開いた大角は、熱冷ましの薬草を取りに立ち上がる。
せっせと手際よく動く2人を、信乃は邪魔にならないよう見守った。

「御所といえば、お2人の戦い天晴れでした。」
「あの時、大角殿も古河の御所に?」
「ええ、幼少から武芸を嗜んでいたとはいえ 私ではああは行きません。」

謙遜する大角に、現八がの着物を着せてやりながら褒めたが
大角はそれをも否定し、一角とは縁を切られていると告げた。

2人は本人(霊体だが)から聞いていたが
大角の言葉もきちんと聞いた。
言葉の感じからして、やはりアレを本物の父親と思ってる。

「今は伯父の家に入り、犬村大角と名乗っています。」
「――犬村?」
「しかも父は、新しい妻を娶ったのです。」
「・・・赤岩殿が?」
「ええ、何でも婀娜っぽい妖婦のような女で。」

その大角の姓も、今や同じ犬のつく姓へとなっている。
それにも驚いたが、一角に化けた化け猫が妻を娶ってるのにも驚いた。
現八と信乃が顔を見合わせてる間、背を向けて薬の片付けをする大角。

目だけで会話をしたような2人、アレを見せるタイミングを測っていた。
体の後ろに置いた布包みを取ると、大角を現八は呼ぶ。

「大角・・話があるのじゃ」
「はい」

現八が呼ぶ声に、すぐさま此方を振り向くと
片付けを中断して現八と信乃の前へ座り直す大角。
布包みを開く前に、一度ギュッと握り締めてから結び目を解く。

大角や信乃が見つめる中、現八は包みの布を一枚一枚捲り
いよいよ最後の布を捲る前、チラッとだけ大角を見てから
唯一髑髏を隠していた布を捲った。

「・・・これは・・」
「赤岩殿だ」
「――え?」
「赤岩殿は、庚申山で化け猫に喰われ 亡くなられた。」

現れた真っ白い髑髏に、一瞬言葉を無くした大角。
問い返した大角へ、躊躇う事もなくキッパリと現八が父親だと告げた。

再度問い返す大角に、淡々と事実のみを告げる現八。
淡々と告げられた言葉を聞くうち、穏やかだった大角の表情も強張って行く。

「今はその妖怪が化け、成り代わっている。お人が変わられたのもそのせいなのじゃ。」
「現八殿、私の父は生きています・・一体何の話を?」
「違う。その父こそ、化け猫なのじゃ。」
「大角殿、信じられないだろうが赤岩殿は・・・」

突然告げられたからなのだろうか、呆然とした顔で話を聞き
生きている父こそが、化け猫だと言われ信じられないと言わんばかりに現八から視線を外す。

ショックを受けてるように見える大角に、気を配りながら信乃が再度言いかけるが
口調鋭く大角がその声を遮ると、怒りに満ちた目で2人を責めた。

「嘘だ・・化け猫などと、冗談にしても度が過ぎる。幾ら現八殿でも赦せませんぞ。」
「嘘ではない、俺は俺の在り持つ信の字に懸けて嘘は申さぬ・・・!」
「父上は生きている!!」

自分の名と玉の字に懸けて、嘘は言わないと言った現八だが
その声を上回る声の大きさで、大角が叫び立ち上がる。

座っている現八と信乃の視線を受け、動揺を治める為なのか
自分に言い聞かせるように自分の知る父についてを話す。

「確かに父上は変わりました、でも化け猫だなんて・・父上は喰われて死んだなんて・・・そんな事信じられるはずもない。」

「大角殿、頼む最後まで話を聞いてくれ。」

この動転具合、しかし、誰でもそうなるだろう。
突然父親が喰われて死んだと言われ、しかも実際自分が父親と会ってるその時に。
大角は、現八が持ってきた髑髏からも目を逸らし 背中を向けて座ると

縋るように必死に声を掛ける信乃や、現八に拒絶するように冷たく言った。

「どうか、お引取り下さい。」
「・・大角殿!」
「お引取り下さい!!」

食い下がろうとした信乃だが、荒々しく怒鳴られてしまう。
もう話を冷静に聞く事が出来なくなっているようだ。

突き放され、取り付く島もなくなった信乃へ
現八が小さく促し、先ずは庵を出る事とした。

「――そいつを頼む」

立ち去り際、眠るを見やってから現八は歩き出した。
傍を離れたくないが、自分達より大角の方が医学に詳しい。
今は突然の話を、受け入れられずに気が高ぶっているが

元々柔軟な考えを持つ奴じゃ・・きっと大丈夫じゃろう。
もしくは、が大角の心を開いてくれるかもしれん。


2人が出て行った後、ゆっくり振り返り
現八が置いて行ったであろう、髑髏と目が合う。

現八は、御所にいる時から尊敬していた。
捕り物の名手で、獄舎番を勤めていた。
真っ直ぐで、情に厚く、随分世話になった人。

父上が喰われたと話す時も、真っ直ぐで真摯な目をしていた。

「真なのか、偽りなのか・・」
「うぅ・・・」

1人考え込むように、髑髏と見つめ合っていると
真ん中に寝かせていた女性から、声が小さく漏れた。
気が着いたのかと、傍へ近寄ってみる。

呼吸は落ち着いてきている、それを確認すると大角は薬を煎じ飲み薬を手早く用意。
用意しながら、眠るを眺めた。

色白で、線の細い・・・何処かピンとした気品を持つ。
目鼻立ちもスッとしていて、今まで見てきた中で美人の部類。
井出達は若い青年武士、けれども傷ついた背は細く女性だと感じさせる。

「何故女性の身で、現八殿と旅をしているんだろう。」

不思議と惹かれる人、目が覚めたら色々と話をしてみたい。
いつでも飲めるよう薬を傍に置き、大角は医学書を読み始めた。


ΨΨΨΨΨΨ


を大角に任せて、一旦外に出て来た現八と信乃。
庵を囲むように造られた木の柵にもたれながら、現八は空を見上げた。

「信じたくないのであろう」
「え?」
「信じてしまえば父を永遠に失うことになる。その事実を、受け入れきれないのじゃ。」

「親を失うのは、辛い事だもんな。でも、どうしたら信じて貰えるだろうか。」
「ワシが思うに・・・」

空から視線を手前へ戻し、淡々と話し始める。
突然話し始めた現八に、怪訝そうに問い返した信乃も
親を亡くした事実を認められない大角を思い、自分と重ねながら同意した。

誰だって、愛する肉親の死を受け入れたくはない。
それは信乃自身も同じだったから。
突然過ぎる死、家名と名誉、主君の為に戦い・・それが実る事なく死した父。

辛い事は辛い、でも、だからと言って受け入れない訳には行かない。
信乃自身も、父の死を受け入れた。

自分達は亡き一角本人に会い、大角を頼まれている。
事実を伝える事も頼まれた、どうすれば信じて貰えるか
それを悩む信乃、柵に背を預けて聞く現八が遠くの道を眺めながら何か言いかけた時

見つけた人影に気づくと、信乃にそれを告げ物陰へと走る。

現八に言われ、物陰に潜んだ信乃。

息を殺して待つ2人の前方から、二頭の馬に乗った人影が此方へ向かって来た。
馬に乗って現れた者達を見て、現八と信乃は妖怪の化けっぷりにある意味感心してしまう。


その姿は、まさしく赤岩一角その者だったのだ。