訪問者



その人は前触れもなく現れた。


葵屋で沖田さんと会ってから数週間が経過。
あの日の言葉通り、沖田さんは店には来ていない。
他の花魁達も、華のある沖田さんが来ない事を寂しがっているみたい。

例え花魁を抱かなくても話しに来るだけでも
沖田さんは人目を惹いていた。
それが私にも当たり前の事になっていたのかもしれない。

通ってくれた日は数日だとしても、いつの間にか私自身も楽しみにしていた。
会えなくなってから気づく事もあるのね、と思ってみる。

本当にふと考える事とすれば沖田さんの事ばかり・・・・
気になっているから?どうしてこんなに気になってしまう?
私を私として見てくれたから?優しくしてくれたから?

簪をくれたから?
・・・・違う、そんな事じゃない。
きっと言葉じゃ説明出来ない事なんだ・・

考えようとしてる訳でもなく、気づいたら考えてしまってる・・・
そうしなくてはならない程に。

太夫、いらっしゃりはりますか?」

ぼんやりと障子の外を眺めていると廊下側から声がかかった。
声の感じからして大袖のようだ。

特に困る理由もないので普段通りに返事に応える。
すると大袖は少しだけ襖を開け、差し入れた手を中段から下段に下げて一気に開け
一礼してから部屋に入り、襖の横に体を寄せてから襖を閉めた。

「何か用やろか?」
「へえ、今下に太夫に会いたいってお侍はんが来てはります」

お侍さん、の言葉に体が勝手に反応する。
あの人のはずない、もう来ないと二度も私に告げた人だ。
ドクンと脈打つ心臓に言い聞かせ、大袖へ問い返す。

どうしてか声が震えそうになった。

「どんな方?」
「夜伽でなくお話があるみたいですわ、何や沖田はんみたいな方でっしゃろ?」
「・・・ほんにそうどすな、ほなら通しておくれやす」
「へえ、少々お待ち下さいな」

答えた大袖は、客人を沖田さんみたいな人だと鈴を転がすような声で笑った。
もう会えないのに微かに期待してしまう浅ましい自分が嫌で嫌で仕方ない。
沖田さんと知り合ってから私はどうも涙脆い人間になってしまったね・・・・

客人を呼びに戻る大袖の背中がふっと滲んだ。
沖田さんに似たお客さん、一体花魁の私に何の話があるのだろう・・
同時にそれも気になった。

沖田さん以外に知り合いと呼べるお侍さんはいない。
それに花魁の太夫である私にわざわざ何を?

夜伽をしながらと言う訳もなくお話だけの為に吉原へ?
・・・・・どんな物好き(失礼)

待つのは苦痛ではなく、静かな静寂に身を任せ目を閉じる。
気になる事はあるけれど考える事に少し疲れていた。
そんな所へ客人を案内してきた大袖の声がかかる。

太夫、お客はん連れて来ましたえ」
「通しておくれやす」

沖田さんに似た人・・・
けど沖田さんではない、だから怖がったら駄目。
大袖によって開かれる襖を、しっかりと見つめた。

中段の手が下段に下げられて、私と廊下側を隔てていた襖が視界から消え
大袖と・・・・・

お客・・・・さん?
・・・あれ?
私は思わず首を捻った。

何処かでこの人と、会ってるよね?


数刻後、女郎屋を後にした齋藤の脳裏に
話をしていた時のやり取りが思い起こされる。

『―――分かっています』

そう言って微笑み、零れた雫を不覚にも
俺は"綺麗"だと思ってしまった。

総司を想って泣く一人の花魁の零した涙
無意識に零れたのだろう、本人も驚いた様子だった。

気づいていないのだろうか・・・・
俺が言うのもアレだが、厄介な男を愛してしまったようだな。
帰路に着きながらそんな事を考えてしまった。


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既に本人から伝えられた事を改めて第三者から言われるのは思ったより心に響いた。
お客さんの前で涙が零れてしまうなんて・・・・
その人が帰った後、私はまた『葵屋』に来ていた。

沖田さんから言われていて分かっていたのに
ご本人から言われた時よりも何故か辛く感じた。
聞かされた言葉は簡単な事で、それでいて何よりも辛い事。

『もう総司とは会わないで欲しい』

至極簡単な事、考えなくても予想はついた。
同じ組の人からすればその言葉は当たり前の事よ

組長を負かされた腕利きの隊士が、花町の花魁太夫と頻繁に会っているなんて
他の隊士の人に示しがつかないもの・・・

私にそう言いに来た人、その人は『葵屋』へ手伝いに行き
千鶴さんを探して回っている時に声をかけてきた人だった。
新選組の人だったなんて・・・・・

けど花魁を抱きに来た風ではなかった。
居合わせた沖田さんも、新選組・・・・
お酒や床以外の用で花町に来る事と言うのは考え付かない。

では二人は何の為に花町に、しかも花魁の集う店にいたのだろう・・

知らない事は知りたいと思う・・・けども
もう私があの人達と関わる事はない。

そう・・・・何の関わりもなくなってしまった。
女郎屋(花魁を買って一夜を共にする店)の中を宛てもなく歩きながら気分が落ち込む。

会えない現実。
会えないとより一層会いたいと思ってしまうのは何故だろう・・

「・・あ・・・」

歩き回っているうちにあの奥の間がある一階へ来ていた。
酔ったお客に連れ込まれ、組み敷かれた時に現れた沖田さん。

客の言葉に冷静に見えた沖田さんが怒って
素早く蹴り倒したときは驚かされた・・・・・?

沖田さんがいた場所に目を向けた視界に
見慣れない冊子のような物が映り込んだ。
もしかして・・・沖田さんの忘れ物だろうか?

手にとって見て表紙の文字に目が止まる。
其処にはこう書かれていた。

「豊玉発句集・・・・・?」

沖田さんの・・書いた・・・・・・詩??
私の問いに、答えをくれる人は今誰もいなかった。