必然



久美子が竜と『約束』を交わして立ち去った後
そのタイミングで、俺達もゲーセンを後にした。

帰り道は、次のように分かれる。
隼人・日向・土屋。
・武田。

「じゃあな、二人共〜!明日な!」
ブンブンと手を振って歩き出す隼人達。
その声に応える武田。
は迷ったが、折角―二人共―と言ってくれてるんだ
無視するのも悪いと思った。
だから 手を、振り返した・・・
あの時とは違う・・ちゃんと返ってくる反応。

!目を開けてよー!!』

俺が何度呼んでも、ぐったりしたは応える事がなく
握り締めた手に 握り返す意志はなくて・・・
何時も、忘れずに夢に見る。
あの・・苦々しい 無力な自分を思い知らされる夢。
「おい、嘩柳院?」
「うわっ!?・・何だよ、帰るんだろ?」
上げた手を中間で止めたまま、過去に捕らわれていた俺。
現に呼び戻したのは、遠くで手を振っていたはずの隼人。
思ったよりも近い距離に、何とか俺は隼人へそう言う。
「何かボーッとしてたから 寝てんのかって思って。」
「はぁ?寝てねぇって」
何を言われるか恐々待ってたら、意外にも茶化すような言葉。
それに安堵して、俺もちょっとだけ笑って応えた。

少ししか見せなかった笑顔、それを見た隼人は一瞬黙る。
しばらくの間の後、彼は真顔で俺に言った。

「おまえ・・・これからなるべく笑ったら?」

それは些細な、別に深く受け止める必要のない言葉。
笑うなんて考えた事もなかった。
が笑える日まで、感情を捨てたはずなのに。
笑っていい・そう許されてる気持ちになってしまう隼人の言葉。
「気が向いたら・・な」
気を抜いたら駄目になってしまいそうな心を奮い立たせ
かろうじて、曖昧だが返事が出来た。
土屋と日向は 何だよそれーって笑ってたけど
隼人と武田は妙に神妙な顔をしてた。
それから三人とは別れ、武田とは繁華街まで一緒に帰った。
不良や危ない人で溢れる繁華街。
その先に俺の与えられたマンションはある。
武田はその手前だけど、心配だからって近くまで来てくれた。
どうやら武田も、山口と似て『仲間』や『絆』を重んじる奴らしい。

その武田とも分かれた後、考え込み過ぎた俺は
何時もと違う道を歩いていた。
「あれ・・一つ手前の道に入っちまったか?」
そう思って辺りを見回して、意外な物を見つけた。
煌びやかな店の電光、配線を組んで記された店の名は・・
「フィレンツェ・・・」
おいおい、此処って隼人がゲーセンで山口に言ってた店・・・
学校に来なくなったって言ってた小田切がいるとか。
ついつい覗き込むが、既に店のドアは閉まってて
中では騒いでる客の声が・・入る気もないし、裏口の方が話し易そうだ。
と思い、早速店の裏口へと急ぐ。
静まり返った裏口、てゆーか・・何で俺こんな事してんだ?
ふと思うが、此処まで来てしまったからには引き返せない。

いないのかなぁ・・・寒いし、ダルイし。
こんな店で働くような奴だぜ?絶対ガラ悪いだろうし
帰りだってやだなぁ・・やっぱ帰ろうかな・・
と引き返そうとした時、閉まっていた裏口のドアが開いた。
本人か!?
と振り向くと、一人の青年が軽い足取りで出てきたのを発見。
見た感じ、俺と同年代・・これは当たりだ。
「小田切 竜?」
確信した時、自分は青年を呼び止めていた しかも呼び捨て。
勿論怪訝そうな目をは向けられる。
「おまえ、誰?」
バーテンダーが着るようなウエストの締まった服を着た小田切。
切れ長な鋭い目が、俺を睨む。
その目に負けてるようでは、黒銀なんて通えない。
「俺は今日黒銀3Dに転校して来た 嘩柳院ってゆうんだ。」
「その転校生がわざわざ何の用だよ、つーかおまえもあのセンコーの差し金か?」
あのセンコー・・もしかして山口の事か?

「生憎だが違うね、俺個人で来ただけだ。
武田が心配してたぜ?それに、俺はお前達みたいな不良は嫌いだ。」
臆する事なく言いたい事を堂々と言う
その言い方に、気後れしかけた小田切だが武田の名を出すと
反応して 言い返して来た。
「あいつに聞いたのか?連れ戻しに来たなら余計なお世話だぜ?」
「俺はセンコーとか不良とか嫌いだ、だけど『仲間』とか
『絆』を大事に思うのは分かる。」
俺と同じく、センコーを拒絶し心を閉ざしている様子。
だが俺には関係ない、だから俺の意志だけを伝えた。
「どんな理由にしろ 真実を隠したままアンタが裏切り者とか
思われたままなのは嫌なんだよ。」
真剣に言ったの言葉、小田切は一瞬黙った後
揶揄するような笑みを口許に作り 冷たく言い捨て、立ち去った。

「綺麗事言うな おまえさっきのセンコーみてぇな事言うな」
「山口か?あいつ、変わってるよな。」
「居座るなよ、俺 まだ仕事だぜ?」
「でも、俺が帰るまで待っててくれるんだろ?」
フッと笑みを作って問い返せば、黙り込む小田切。
その顔は、最初とは違った感じのはにかんだような顔。
「この辺物騒だから、早く帰れよ。」
「ああ 学校で会えるのを楽しみにしてるよ。」
瓶を片付け終わった小田切、正面に座ってる俺に声を掛ける。
まあそれはその通りだな、来る時だけでもヤバげだったし。
忠告してくれた小田切に礼を言い、は歩き出す。
自分でも言うつもりのなかった言葉を残して。
竜が驚いた顔をして、自分を見送っていたのは知らずに。

昨日竜に会った事は隠し、学校へ行った
どうやら、ってゆうか・・明らかに久美子の様子がオカシイ。
顔つきが今までに見た事がない程、強張っている。
何か・・あったんだろうか。
相変わらず隼人やクラスメイト達は、好き勝手に騒いでる。
俺も、隼人達の仲間になってしまった以上
一人でいる事は許されず、強制的にウノに参加させられてた。
「おはよう!」
久美子はそんな騒がしいクラスメイト達に、挨拶を始めた。
しかし、センコーに反発するコイツ等は反応する事はない。
久美子の存在その物を拒絶するような。
何度目かの挨拶を聞き流された時、とうとう久美子が叫んだ。
「おはようって言ってんのが聞こえねぇのか!」
先生らしからぬ言葉遣いに、一瞬でクラス中が静まった。
射抜くような視線が、教壇の久美子に刺さる。
「挨拶ってのは人と人とが触れ合う基本じゃねぇか
てめぇら高校生にもなって、そんな事も分からねぇのか?
無駄に生きてるんじゃねーよ!!」
久美子の心からの叫び、不良になんて届かない。
いきり立った彼等は、俺と隼人以外全員立ち上がる。
「座れ・・・、座れ!」

久美子が再び叫んだ直後、俺の隣で隼人が手前にあった机を蹴った。
ガターン!!
その反動で、配られていたカードが吹き飛ぶ。
隼人は構う事なく、久美子へと歩いて行き 胸倉を掴んだ。
「てめぇ、あんま調子にのんじゃねぇぞ?」
「席に戻れ」
普通の教師なら、此処で半泣きになるだろう。
それ程に 今の隼人は怖かった。
久美子の方を見れば、その表情に変化はなく冷静に言葉を放つ。
「席に戻れって言ってるのが聞こえないのか?」
怯えもない淡白な言葉に、眉を寄せる隼人へ再度言う久美子。
冷静に言い返す久美子を目を細めて、隼人は見た後
無言で胸倉から手を離し、俺の方へと戻ってきた。
クラスメイト達は、アッサリ引き下がった隼人を意外そうに見送る。
俺の隣に戻った隼人の顔は、苛立ちを通り過ぎた顔。
開き直るかバックレルかの手前の顔だ。
「おまえ達もだ、全員席に着け。」
クラスの頭が席に着いた為、渋々とでも目は久美子を睨みつけて
全員が席に着いた。そこに久美子の声が響く。
「いいか、よく聞け。反抗上等、不良上等・・・けどな
おまえらがやってるのは反抗じゃねぇ、ただの我侭だよ!
不良気取って やってる事は幼稚園児と何も変わらねぇじゃねーかよ!」

クラス中は沈黙のまま、だけど皆の顔は久美子の言葉を
すんなり受けて入れるものではない。
隼人なんて、まるで試すかのような探るような上目遣いの目をしてる。
「これだけ言われて、悔しくないのか?どうなんだって聞いてんだよ!」
反応のないクラス、必死に叫んだこの言葉にすら彼等は応じず
隼人が立ち上がると 皆次々に出て行ってしまった。
俺と武田は、少しだけ足を止め久美子を振り向くが
土屋に腕を引かれた為 出て行くざるを得なかった。

ここまで彼等に拒絶されてるのに、どうして諦めないんだろう。
その後 工事現場で働く久美子の姿を見かけた。
その時は、どうしてそんな事をしてるのかが分からなかったが
やがて 分かる事となる。
彼女が明らかに他の教師とは違う事を。