葉月の物語
――は覚えるのが早いわね。
そう口にして微笑む和服の女性。
女性が口にしたのは私の本名。
幼い私の頭を撫でながら優しく笑む様は
深い慈愛に満ち、母親だと分かる。
その若き母の前に置かれた何か。
よく見ればその何かは幼い私の前にもある。
何本かの絃が張られた横長の楽器。
指には5つの箏爪を付け、これで弦を弾く。
置かれた楽器に対し、左斜め45度に構える。
爪も角爪を使う事から、雪花家は生田流を
通ってくる生徒に指導していた。
それに倣い私も生田流を学び、箏曲部に入って大会やらに出てた。
夢の中で久しぶりに生前の母を見た私。
あ~あ、まだまだ母から学びたかったなぁ・・・
何だか懐かしさに駆られて目が覚めた。
🌕「そういえば・・・箏、売っちゃったんだ」
久しぶりに奏でてみたくなったが
伯父に引き取られた際、売り払われたのを思い出す。
箏の事なんて興味も無い伯父は
引き取り賃だと笑いながら売り払った。
一発殴り飛ばしときゃ良かったな(ぁ)
多分、手元に箏があれば弾くのは可能だろう
私には『瞬間記憶』があるから・・・
海馬の中の記憶の図書館から探し出せば
今教わったかのように弾く事が出来る。
ただなぁ・・・買い直すには高すぎるし🤔
弾けるのに教室に通うのは滑稽すぎる・・・。
🌕「うーん、どうしたものか」
💗「なにがどうしたものなんでやんすか?」
🌕「ピャッ(´ºωº`)!?」
誰も居ないはずの個室。
唸りながら考えてる真横から急に声がした。
飛び退くように椅子から転げる私。
当然だがドえらい音が鳴った。
これには声を掛けた主、佐久間も吃驚仰天。
💗「ごめん!そんな驚くとは思わなかったんだ」
🌕「吃驚したぁ・・・急に声がするんだもん」
💗「驚き方がアクロバティックで佐久間さんも驚いたでやんすよ(笑)」
咄嗟に駆け寄るや、手を差し伸べてくれる。
兄達はもう怖くないから迷わず手を出し
上に向けられた佐久間の手に重ねた。
身長は私と変わらないさっくん。
でもそこは男性、軽々と引き起こしてくれた
普段可愛いのに急な男性発揮するから照れる
驚き方を絶賛してくれた佐久間と向き合い
何故部屋に入って来たのかを訊ねようとしたら、バタバタと階段を駆けてくる音が・・・。
ハート紫「今の音なに!?」
ハート緑「何かあったの!?」
駆け込んで来たのは亮兄とふっかさん。
隣室の照にぃが飛んで来ないのは不在だから
今日偶々オフでシェアハウスに居たのが
ふっかさんとさっくんに亮兄だった。
ゆり組は2人での仕事で不在である。
入って来た2人は血相を変えて飛び込んで来るや、私の前に膝を折った。
🌕「大丈夫だよ、ちょっとアクロバットしただけ(笑)」
💜「え、やるならせめてレッスン室にしような?」
💚「てか突っ込むのはそこなの!?」
💗「にゃはは」
駆け付けた2人にはそれだけ答え
大丈夫だよとも伝えといた。
それから話題は何故佐久間がの部屋に?
という疑問に移る。
深澤と阿部の目付きが若干鋭くなった。
💚「で、佐久間は何で此処に居るの?」
💜「見た感じは佐久間に驚いたんかな」
あ、気付いてらっしゃった🙂
💗「あ~うん、通りかかったらが唸ってたからさ気になって声掛けたの」
そしたら吃驚したがアクロバット。
正確には転げるように反応した、と。
鋭い眼差しの阿部に視線で促されて答えた。
過保護な阿部は偶に治安が悪いので
迫力に押されるように答えていた佐久間。
も佐久間に同意し、補足。
俺が驚いただけだよ、と。
💚「これからはノックしてから声掛けな」
💜「何か男前な言い方だな(笑)」
💗「阿部ちゃんこわーい」
🌕「騒がせてごめんね😅」
💜「気にすんな、てか何に唸ってたん?」
💗「そうそれ、俺も気になる~!」
💚「俺も気になるなあ」
🌕「あ~・・・実はですね」
妙に迫力のある阿部に念を押された佐久間。
が女の子だからこその念押しだが
深澤や佐久間は知らない為、怖いヤツ認定。
阿部的に、そう思われる事は何ら気にならず
そう思われる事でを守れるなら良いと
甘んじて佐久間からの言葉を受け止める。
話が収まった事で新たに気になった事を
深澤がへ問い掛けた。
そもそもが唸っていたから佐久間が声を掛けた訳だし?
俺らが解決出来るか分からんけど知りたかった。
問われたは少し躊躇っていたが意を決し、理由とやらを話し始めた。
生家で暮らしていた頃の夢を見た事と
夢の中で母親と箏を弾いていた幼い自分。
🌕「何だか久しぶりに弾きたくなったんだけど、そういや伯父に売っぱらわれたなって」
懐かしさに駆られて弾きたくなったが
肝心の箏は伯父に売り払われていた。
それを思い出し、ガッカリしていたらしい。
💚「なるほどね確かに買うには値が張るし」
🌕「そうなんですよ・・習うのも違うかなと」
💜「てか、んちすげぇな😀」
💗「箏弾けるとかヤバいわ!」
つらつらと理由を話したら兄達は驚き
三者三様のリアクションを見せた。
凄く感心してくれてるのが分かるだけに
少し複雑でもあった。
全ては『瞬間記憶能力』があるお陰だから。
私からそれを取ったら何も残らない。
だから少しでも胸を張って誇れるようにしたいと最近特に思うようになった。
知識はずっと残るけど、技巧は記憶じゃなく
自らの経験で養われるものだ。
この能力に甘んじず、覚える事を自分の意思でやりたい。
感覚と記憶は違うものだと思う。
頭じゃなく、体に覚え込ませて身にしたい。
要は能力に頼りきりになりたくなかった。
💚「そういう事なら良い話があるよ」
話を聞いていた阿部が不意に発した言葉。
思わず乗り出すみたいに其方を振り向く
そんなに小さく笑った阿部は
ニコニコしながら良い話とやらを口にした。
💚「明日区内の納涼祭がある関係で」
🌕「納涼祭・・・?」
💜「へぇ~、まあ夏祭りみたいなモンよ」
🌕「なるほど😶」
💚「そこの世話人から頼まれてたんだ😀」
💗「えっ、阿部ちゃん顔広い!」
まあね、と得意満面な阿部。
しかし何故祭り世話人がシェアハウスに?
っていう疑問も沸く。
ジャニーズだと知らないにしろ一体何故?
これに関しては佐久間以外の2人が話す阿部を怪訝そうに見つめる。
その眼差しに気付いた阿部は、実はねと言い
話が来た理由とやらを説明し始めた。
💚「竜憲さんに来た話を俺が受けたんだ」
💗「マジ?」
💚「マジ」
💜「いや、何で?」
🌕「養父から頼まれたんですか?」
💚「そうなるね」
まさかの名前が阿部の口から出て
ぶっちゃけ久しぶりに聞く名前だったから
阿部以外の3人は一瞬静止画になった。
今年(2018年)の3月頭に名前が出たっきり
最近は音沙汰も無かった養父。
まあ事業主でもあるから多忙なだけかもしれんが、兎に角久しぶりに聞いた。
阿部は比較的兄弟の中で養父と話す機会が多く
兄弟への連絡等の橋渡し的な役割を担っていた故に話が来たのだろう。
💗「で、どんな話が来たの?」
💚「くんにピッタリの話だよ」
そう前フリして話し始めた阿部。
語られた内容は驚くものだった。
和楽器を扱うコラボ集団が存在し納涼祭に招かれたのだが
1人だけ奏者が足りないと世話人を介し
何故か養父の所へその話が行ったらしい。
理由は養父が事業主だから。
事業を円滑に運ぶ為の人脈のパイプは太く
ありとあらゆる業種との繋がりがある。
その繋がりから今回の話が行き、更にその話を阿部へ回した。
何となくだがその話を回した理由も察せた。
🌕「・・・俺の生家が箏奏者だからですね?」
💜「マジ?かっけぇな」
💚「察しがいいね、その通りだよ」
💗「えっ?どういう事」
🌕「奏者が足りないって話をこっちに流すって事は、足りないのは箏奏者。」
💚「プラスくんは生家が箏奏者」
と来れば答えは出るでしょ?と笑う阿部。
確かにそうだがは気になっていた。
🌕「何故養父は俺の家の事知ってたんだろ」
それに尽きる疑問が知らずに声となる。
生家の事は今の今まで誰にも話した事がない
にも関わらず養父は生家の事を把握しており
且つ箏奏者の助っ人を頼んで来た。
知らない間に探られたみたいで正直不愉快。
💚「・・・確かにそれは言えてる🤔」
💗「俺らも初耳だったもんな、箏の事😶」
💜「必要に応じて調べたって事なのか、何れにしてもそれは気になるわな」
🌕「でもまあ・・・折角来た話ですし引き受けます🙂」
💚「ありがとうくん」
の様子からして、明らかに不愉快そうなのを目の当たりにした兄3人。
だが確かに不気味というか疑念は沸いた。
何故わざわざ生家を調べたのか。
そもそも何らかの可能性を見出さない限り
他人の過去を調べたりはしないだろう。
調べられた側も疑われてる気しかしないし
気分の良い事ではない。
ましてやは他人であっても養子だ。
仮に調べる必要があるなら引き取る前にやる
良い気はしないが納涼祭の為に引き受けた。
取り敢えず場所をリビングに移す事にし
深澤の誘導での部屋から出る面々。
💚「ちゃん」
全員が廊下に出たタイミングで亮兄に呼ばれ
しかも本名呼びをされたのでめっちゃ素早く振り向き、近くへ行く。
🌕「急にそっちで呼ばないで下さい🤫」
💚「ごめんごめん、実はさ」
プンスコする私に両手を上げて制し
追加事項とやらを亮兄は口にしたんだが・・・
まさかのお願いをされたのだ。
💚「ちゃんとして参加して欲しいって」
( ˙꒳˙ )・・・あ~・・・・・・マジ?
来れなかった奏者さんは女性だったのかな。
うーん・・・先にそれを言わないの狡い😗
それから亮兄は納涼祭の詳細を話してくれた
招かれて演奏するのは『真秀(まほら)』さん
奏者全員が狐面を付けている。
あ~・・・だから私に話が来たのね?
狐面を付けてるなら顔は分からない。
だから本来の性別で参加が出来るって訳だ。
なるほどね、考えたもんだわ。
心の底から"是非とも"とはならなかったが
養父の顔を立て、条件を承諾した。
🌕「分かった」
💚「ありがとう」
亮兄は急に本名呼び捨てをぶっ込んできた。
感謝を表してる感じ?
でも正直恥ずかしいからやめて欲しい(笑)
それにまだ付近にふっかさんさっくんが居る
何となくふっかさんの視線も向いてるような気もして何だか落ち着かなかった。
と思ってたらその本人がこっちに来る
💜「なあ、ちょっと良い?」
🌕「はいっ!」
💗「声裏返ってるじゃん可愛い(笑)」
片手を首の後ろに添えながら声を掛ける姿は
中々様になっていて無自覚な心臓が跳ねた。
謎に盛り上がる佐久間はスルーし
ハイハイとあしらうようにして横をすり抜けた深澤は、コの字型の廊下の端に手招き
佐久間と阿部へ先行ってて良いよ、と促すと
声を潜めてから目をキョロキョロさせ
の方に体を傾けながら囁くみたいに問う
💜「先月の祭り以降ちゃんと話した?」
いきなり聞かれた従妹(私)の近況。
確かに先月慌ただしく別れたしなあ・・・
"アンタも中々に辛い戀選んじゃったんだね"
😳!!
ヤバい急に友人の言葉思い出しちゃった。
戀とか愛とか分からんけど言われたのよね・・・
戀・・・って、どういうのを言うんだろう。
ただそれについて考えると胸がギュン!
って締め付けられるんだ。
取り敢えず聞かれた質問には答えよう。
🌕「はい、元気にしてると思います」
💜「そっか・・・」
🌕「従妹がどうかしたんですか?」
答えはしたけど意地悪な質問をしたくなり
何故そんなに気にするのかを聞いてみた。
ただ見てみたかったのかも。
ふっかさんのリアクションが。
💜「いや、祭りの別れ際に話した時さ
ちゃん泣いてるみたいに見えたから
まだ絡まれた怖さが残ってたんかなって」
もしそうだったならちゃんとケアしたかった
と、目の前で穏やかな顔で話す深澤。
はというと、予想外の返答に虚を突かれ
強く動揺させられていた。
だって気付かれてないと思ってたから・・・
🌕「大丈夫ですよ、合流した時言ってましたから」
💜「えっ?なんて言ってた?」
・・・そんな気になっちゃうんだね。
深澤の言葉を受け、気遣いに感謝したく
フォローしようかと口にしたが
余りにも真剣に見て言葉を待つ姿にモヤっ。
🌕「ふっかさんに助けて貰ったって」
💜「ホントに?嬉しいわ~!」
🌕「うん、カッコよかったです・・・とか」
💜「マジヤバい照れる(笑)」
🌕「重くなかったですか?」
💜「重い訳あるか~?軽すぎるくらいだわ」
🌕「それなら良かった、流石にあれは恥ずかしいですもんね」
💜「そう?俺は別に恥ずかしくなかったよ」
🌕「私は恥ずかしかったですよっ」
💜「うん??」
あ。
いや、違う違うヽ~ノ;゚Д゚)
気付いたらとして話しちゃってた!
🌕「あ、いや、ならそう言うかなって」
💜「ああ~なるほどね!吃驚したわ(笑)」
🌕「ははは~・・・」
💜「そんなちゃんは納涼祭来るの?」
危うくバレそうになったが上手く誤魔化し
架空じゃないけど架空な従妹に置き換えた。
深澤からもそれ以上追求されずに済んだ。
そこから自然な流れで納涼祭の話に戻り
少しだけそわついた深澤から聞かれた問い。
やはり(従妹)は来るのか?だった。
そのは私なんだけどなあ・・・と思う心。
作り上げた架空の従妹にモヤモヤしてしまう
🌕「さあ・・・?」
だからついそんな風に答えていた。
私の事より架空の従妹の事ばかり聞くから・・・
💜「さあって、は聞いてないんだ?」
🌕「ふっかさんは俺の晴れ姿より従妹に会いたいんですね~・・・😶」
💜「そりゃ逢いたいね」
🌕「!!」
💜「だっていつまた逢えるか分からないんだよ?」
🌕「まあ・・・何かふっかさん凄い一途?」
💜「俺一途よ?何なら納涼祭はついでだし」
・・・ほう😶
末っ子の俺は、ついで、だと。
何かめちゃくちゃ腹が立って来た。
悲しい気もするし、何かムカムカする。
ふっかさんにとっての私は
ただの末っ子でしかないんだなって思い知らされた。
なんでこんな気持ちになるんだろ・・・。
なんでそれを悲しく思うのか。
答えは出そうに無かった。