流転 四十五章Ψ八犬士見参Ψ
捜し求めていた八犬士達と、浜路、に見守られ`大はこの世を去った。
身近な者が亡くなるのを、目にしたは『死』という物を理解。
『哀しみ』を教えてくれた現八の腕の中で、涙を零した。
『寂しい』や『嬉しい』とも違う、胸が締め付けられる感覚。
この痛みは、明らかに現八の事を考えた時のキュウとした物とは違っていた。
あっちの痛みは、苦しいのに幸せを感じる。
早鐘を打つみたいに鼓動が早くなるんだ。
こうゆうのを、何て表すんだろう。
皆大好きだし俺の力で守りたいとも思う。
けれど、何か違うんだ。
俺は此処まで来るのに、何を思って来た?
『正国』の力が最初に発揮された時、俺は何を強く願った?
―現八を守りたい―
そうだ、俺は現八を守りたくて助けたくて 刀に願ったんだ。
現八も皆も守りたい、その為に俺は此処に在る。
『誰かを守りたいと思う気持ちが、心を強くするのだ』
武蔵国の化け猫退治の折り、信乃がそう俺に話してくれた。
守りたいと願う気持ちが、俺の背を押し足を動かしてきた。
・・・・ズキン
「――っ」
「どうかしたか?」
「いや、何でもない。」
忘れた頃に、首筋が痛んだ。
大塚村の廃墟に寝泊りし、荘助の怪我を手当てした次の日
顔を洗いに信乃と出掛けて、玉梓扮する占い師と遭い
真実の証にと噛まれた首筋が。
何故今更なんだろう、これから最後の決戦があるというのに。
邪魔するつもりなのかもしれない。
また迷惑掛けるのは嫌だ、痛みなんか忘れろ。
小さく声を洩らし、首筋を押さえたに後ろから問いかけた現八。
問われたが、すぐに答えた事で重要視はしなかった。
ΨΨΨΨΨΨ
滝田城付近、其処で馬を降り隠し戸を信乃が開け
中から濃い青の鎧を取り出した。
何故そんな所にあるのかと聞けば、一度城へ上がった時義実から貰っていたのだとか。
皆が鎧を纏う中、は1人辺りを伺っていた。
自分は犬の姓を持たぬ者、犬士でもない。
そう思って、辺りを警戒していた。
「」
「――これは何だ」
警戒していたのだが、ふと背後から現八に呼ばれ
振り向いたその眼前に青い何かが突き出される。
思わずそう口にしたに、当たり前のような顔で現八は告げた。
「何だと言われても、見たまんまじゃ。お主の胸当てじゃよ。」
胸当て、つまり見かけは弓道をする人が胸元に付けているアレ。
鎧のように体全体を防御してくれないだけに、心許ないがないよかマシである。
用意してくれたのは、言わずとも知れる。義実殿だろう。
異界から姉に呼ばれたを案じ、火急に用意してくれたんだと思う。
有り難う・・・父上。
現八から胸当てを貰い、肩当と繋がった場所と胸当て部分を繋げ
胸当ての前と後ろを繋ぐ金具をしっかり繋ぎ合わせた。
信乃達も各々に支度を済ませ、他の者が終えるのを待っている。
犬士達の鎧は、胴の部分に見事な牡丹の彫り絵が施され
額には青い布を巻きつけ、それぞれ武器を手にしていた。
立派に立つ背を見て、尚更思わざるを得ない。
「皆生きて、全員で戻ろう――」
「勿論だ、生きて 浜路の元へ戻る。」
「無駄死にするつもりは、さらさらないよ」
「ワシ等には、守るべき物も帰るべき所もあるからな」
「そうですね、必ず生きて戻りましょう。」
「ああ」
「そうですね」
「`大さまや母上の為にも、生きて里見を救いましょう」
「目的を達するまで、決して死なんわ」
呟くように、皆へ言ったを初めに
皆も誓いのように言った。
生きてこの地に戻る事を――
ΨΨΨΨΨΨ
そして時を同じくして、里見の地に続々と兵が集まってきた。
扇谷定正の軍、七千余騎。古河・成氏の軍二千余騎。
計 九千余騎の軍が、里見の地に集いつつあった。
青い装束に身を包んだ里見の軍に対し、扇谷と成氏の軍は皆朱色の装束を纏っていた。
それを着た九千の軍が揃って行進する様は、赤い血の川のよう。
その様を、高い崖の上から玉梓が見つめていた。
1人の女に惑わされた愚かな男達が、互いを滅ぼす戦を始めようとしている。
男という生き物を恨む玉梓にとって、この光景は実に愉快な物だった。
殺し合い、自滅するがいい――
そう思いながら微笑んだ。
先に到着した騎馬兵が、滝田城目指して猛進。
迎え撃つ事を決意した里見の騎馬兵も、城門より駆け出て
双方の兵が丘を挟んで向かい合う形となった、時。
扇谷、足利の連合軍側より 弓矢が放たれ
無情にも、駆けてくる騎馬兵や歩兵を射抜いた。
次々と矢の雨が降り、数十人の里見の兵が命を絶たれた。
九千の軍は滝のように現れ、城へ進軍して来る。
総大将・扇谷定正、成氏は休む間もなく兵を送り出す。
城にいる義実も、八犬士が間に合わなかったと1人呟いた。
そして、その義実に杉倉が外を見るように言った頃
達は、城と連合軍の中間の丘に現れた。
「我こそは、犬塚信乃戌孝」
「犬川荘助義任」
「犬山道節忠興」
「犬村大角礼儀」
「犬坂毛野胤智」
「犬飼現八信道」
「犬江親兵衛仁」
「犬田小文吾悌順」
横一列に並び、名乗りを上げた里見の犬士。
言葉を無くして佇む連合軍へ、信乃が高らかと言った。
「里見の八犬士、今此処に見参!!」
義実と杉倉等、里見の者達が喜び勇む中。
定正、成氏は進むよう指示。
命令の声に、成氏側の兵が八人へ向かってきた。
その様を、しばし見ていた八人。
道節と親兵衛が進み出て、炎と風の力を使い、自分達の前に風に煽られ大きさと幅を増した炎を作り上げた。
これには勢いを増していた兵達も、太刀打ち出来ず足を止めてしまう。
その様子を見た定正は、更に兵を送り込むよう指示。
炎に戸惑い、動きを鈍らせた兵を前に
信乃の掛け声で、現八達も刀を抜いて駆け出す。
炎に慣れた騎馬兵も、炎を飛び越えて駆けてくる。
油断してるだろう騎馬兵に、控えていたも『正国』を抜いた。
「アンタ等に『油断大敵』って言葉を教えてやるよ!」
名刀『正国』を鞘から抜くと、見事な二尺五寸(76cm)の刃が現れた。
見事なまでの造りに、連合軍の騎馬兵は息を呑む。
この刀の煌きは、双方の総大将にも見えた。
刃は日の光を弾き、目映く輝くと、の命ずるままに力を発揮。
油断していた騎馬兵等を、水の網が絡め取り地に落とした。
走る歩兵は、変化した水の刃に襲われて倒れ伏す。
「あれは・・・まさか、姫か?」
「殿、あの者は男ですぞ?しかし・・よく似ておりますな」
義実等が見つめる中、戦いは開始された。
騎馬に乗った信乃が率いる軍と、連合軍の軍が激突。
走り抜ける中、素早い刀捌きで刀を受け流す。
一方現八達も果敢に立ち向かった。
各々が敵と刀を交える、そしても戦いの中に身を投じた。
現八、、荘助、道節、親兵衛が前線を守り
残る毛野、小文吾、大角は門前を守る配置だ。
門の手前に毛野、門の上にある櫓前に小文吾。大角はその櫓の上。
門を破られぬよう、懸命に戦う里見の兵と毛野達。
門前に立ちはだかり、2つの棍棒を1つに繋げた武器を手に小文吾が吠える。
「この城門、鼠一匹通さんぞ!」
しかし、この戦場を傷1つ負わずに通り過ぎた物がいた。
櫓の端に足を掛けたのは、一匹の蜘蛛。
背に赤い文様の入った蜘蛛は、悠々と門を越えて行った。
連合軍の中で、際立って腕の立つ兵士と
残忍な行動を見つけた道節が対峙、双剣を使う兵士に挑む道節だが
双剣を防ぐべく、柄と刃の背を手にした際 がら空きになった腹を相手に蹴られてしまう。
トドメを刺そうと踏み出した男の前に、代わって現八が現れ
道節と交代し、男と対峙した。
数回刃を交え、その末に背中合わせに立った2人。
双方相手の隙を伺い、振り向きながら刀を繰り出した。
現八は振り向きながらしゃがみ、男はそのまま振り返り刃を振るった。
しかし、男の刀は空を斬り、しゃがんだ現八の刀が男の胴を斬り捨てた。
血を吐いて地に伏した男、振り返りもせずに現八は次の相手へ向かって行く。
一方だが、刀に水気を纏わせて戦っていた。
少しずつ、に迫り来る時が 近づいている。