流転:一章Ψ八犬伝Ψ



いつもより長く見ていた夢から覚め
は日曜なのをいい事に、図書館へと向かった。

滅多に行く事のない図書館。
この日ばかりは、どうしても行って調べたい事があった。

勿論、今朝の夢で聞いた里見義実という人物の事。

市の図書館に着くと、安房市の歴史という本を手に取り
パラパラと捲り始める。

何度も何度も夢として見てきた物。
これだけ同じ夢を見るとなると、気になって仕方がない。
しかも、その夢は同じ内容じゃなくてちゃんと進んでるのだ。

まるで其処で生きて生活してるかのように。

それに、自分の姓と同じってトコも引っかかる。
夢の中の自分は『姫』と呼ばれていたし・・・・


もしかして、自分の先祖だったりして?


考えられなくはない、姓も名も自分に近しいし。
でも、自分は本当の里見家の者じゃないじゃん。

玄関先で拾われたんだよ?
それが偶々この里見家だっただけで・・・
でも納得行かんわ、ただの偶然とかならこんなに接点なんてない。

似た名前、安房市、姫、処刑、呪い、稲妻、雷光、光・・・

極めつけは、出生の謎。
まさかっ・・・今在り得ない事想像しちまったよ。

だって、あの夢は処刑の場面に行くまでは進んでたけど
処刑後の夢なんて見れてない。
今朝の夢だって、初めてなんかじゃねぇもん。

頁を捲る度に増えて行く不安、それ故か口調も地になる。

光に包まれた先から、ちっとも進まない夢。
今の両親が本当の両親じゃないって知ったのは、16の時。

聞かされる前までは、普通に残っていた幼い頃の思い出が
聞かされたと同時に薄っぺらく感じた事。

「自分って一体誰なんだよ・・」

静かな図書館に、その呟きだけが紡がれた。
この言葉を気に留める者はいないが、不思議に思ったのは間違いない。

記憶喪失でもない限り、こんな事を言う人間などいないから。
皆何かしら昔の記憶は持っているし、両親が本物か偽者かなんて
考えたりなどしないだろう。

でも自分は、現実にその事実と直面し
本当の記憶がないような喪失感に震えている。


そしてふと頁を捲る手が止まった。
止まった頁には、安房市に残る1つの話。

驚いたのはその話の内容だった。

室町時代を舞台に作られたその話。
始まり方の全てが、自分の見てきた夢と酷似していた。

世が乱れ始めていた頃、関東の最南端に位置する安房国。
悪政を振るっていた山下と妻 玉梓を処刑した里見義実。
それから安房の国には、玉梓の呪いがかけられ

日の光の差さない国へと変えられ
一の姫である伏姫にも呪いが掛けられ、八匹の犬の子を宿した。

だが姫は、自らの命と引き換えに
この世に八つの善の魂を生み出し、息絶えた。
それこそが、後に里見を救う八犬士と呼ばれる若者達だった――

「どうゆう事だ?じゃああの夢は、作られた話なのか?」

なら自分は?姫って何なんだ?
この資料の中に、姫は出て来ていない。

納得出来なくてまた別の本を捲る。
さっきの本は、テレビ局の何周年記念に放送されるドラマの資料。

この時すぐに閉じてしまったこの本に
これから自分の歴史と運命が刻まれて行く事など
少しも思ってはいなかった。


次に手に取って読み始めた本には、より詳しい事が書かれていた。
八犬士が生まれたのは、伏姫の父の義実が
敵将の首を取って来た者に、姫をやるというのがきっかけだった事。

夢の中の父、義実の姿が脳裏に甦る。
そして、敵将の首を取って来たのは 何と愛犬の八房。
だが、約束は約束で義実は泣く泣く姫を 八房へと嫁がせた。

って記述も、話だからこその展開だな。

そして、八房の気が姫の中へと入った時
八犬士はこの世に生まれた。

だが姫は、命を絶ってしまう・・・・
随分夢とは違ってる・・ん?ちょっと待て

ここで自分は気づいた、さっき読んだ本の内容と同じ?
滝沢馬琴という人が書いた内容より
最初に読んだ本の方と、夢の内容は同じだった事に。

「益々訳がわかんネェ」

机の前で本に直面したまま眉を顰める。
何が本当で、何が嘘なのか・・頭が混乱する。

このまま此処で考え込む訳にも行かず
は本を何冊か借りて、家に帰る事にした。

さっきまで晴れていた空に、妖しげな雲が現れ始めている。
雨に降られる前に帰ろうとも思った。

図書館から出て、借りた本を小脇に抱え歩道を歩き始める。

自宅までは、左程距離も掛からずに行ける距離に在る図書館。
周りを行き交う人も、やがて降ってきそうな天気に
足早に通り過ぎて行く。

それはも同じで、交差点の信号まで早足で向かった。
残念ながら赤になった信号。

青に変わるまで、は空を気にしながら待っていた。
何の変哲もない日常の風景。

それが今まさに、変わろうとしていた。


姫』


もう少しで青になりそうな歩道の信号。
何気なく待っていた自分の耳に、聞き覚えのある声がした。

』ではなく『姫』と呼ぶその声は――

夢でも同じように自分を呼んでいた姉・・?
でもどうしてだ?あの人の存在は、紙の上に作られた物だろ?

信号が青へと変わる。
横断歩道を進み始める人の群れ。

姫――』

変わらず聞こえる声、歩きながら周りを見ても
誰も聞こえてないらしく、ひたすら黙々と歩いている。
そんな風景が、少し不気味に思えた。

自分を呼ぶ声は、何か緊迫した切羽詰った感じに聞こえ
姉の身に、何か起こってるんじゃないかと気になった。

会った事もない(はずな)のに、姉だと思える心。
否定する気持ちもなく、すんなり認められたのは何で?

姫――!」
「――!?」

姉の声が、よりハッキリ聞こえた事で
は足を止めた。
止めた所は、横断歩道の終わる手前。

金縛りに遭ったかのように動かない体・・・

その目の前で、青から赤に変わった信号。
逆に、車道側の信号が青に変わる。

「君!早く渡れ!」
「きゃあ!危ない!!」

動こうとしないを見た周りの人が、口々に叫ぶ。
それも何処か遠くの出来事のように、感じていた。
クラクションを鳴らし、ブレーキ音を響かせながら車が近づき

目を覆う人達の前、体に車体がぶつかる瞬間
自分を呼ぶ姉の声と、体が光に包まれる感覚に捉われた――