春風の中で



『常世の国を案内してはいただけませんか?』

そうアイツは俺に頼んできた。
別段断る理由もないから、勿論了承した訳だ。

禍日神も消え去り、昔のように自然溢れる国となった今では
客人を断る理由もさして見当たらない。

その事を知らせるべく、久方ぶりに黄泉平坂への道を通った。
此処だけは変わらず日が差さないが、以前に比べれば雲泥の差だ。
客人が来るとなれば、暇な文官共も齷齪動くだろう。

「皇」

しかし復興が落ち着いたとはいえ、何処から案内すべきなのか
一通り根宮と幽宮は案内するとして・・・後は斎庭くらいか?

何か聞こえたがそれを気に留める事もなく思案を続ける。
常世は広いからな、馬にでも乗せるか・・・・馬車?輿?

「アシュヴィン殿下」
「いや、此処は黒麒麟か」
「アシュヴィン様」

其処で漸く自分を呼んでいる声に気づく。
横目を向ければ、何故か疲れたような顔をしたリブがいる。

聞こえていなかった振りをして、何だ?と聞き返せば
一つため息を吐いた彼はこう言った。

「久しぶりに国に帰られるのですから、少し執務をされたほうが宜しいかと・・・・」
「何も聞こえんな、今日は客人を迎えて案内する為に戻るのだぞ?」
「それはまあ確かにそうですが・・」
「つべこべ言わずに歩け、執務は皆文官に任せているんだ少しは信用してやれ」
(全くこの方は・・・っ)

それでもリブは大人しく主の後をついて、国へ戻るのだった。


そして数刻の後、準備を整え再び黄泉平坂へ戻ったアシュヴィン。
リブは出迎えの為に国へ残らせた。

此処を潜れば、今日の客人が住む地へ着く。
前々から入り口を作らせておいて正解だったな。

などと考えながら歩く事数分。
黄泉平坂を越え、景色はガラリと変化。
常世の外套を外し、軽装に変える。

それでも目立つ事は変わらないが・・・
道行く者達の視線を受け止めながら待つ事数分。
坂を歩いてくる一つの人影を見つける。

「お待たせして申し訳ありませんでした」
「いや。そんなに待っていない、準備はもう出来ているか?」

ゆっくりとした歩調で俺の近くに来た者。
名を瑠璃葉と言う。
この者が今回常世を案内する者だ。

俺の問いかけに、礼儀正しく頷く。
今更だがしっかりしていて、柔らかい物腰の奴だ。
何やら包みを預かり、常世の入り口へ案内する。


「此処が常世への入り口だ」
「・・この世界にも入り口があったのですね」
「ああ。常世への入り口は分からないようで彼方此方にある」
「そうだったんですか・・・」

「驚いたか?」

隣を歩く瑠璃葉に問えば、遠慮がちに頷く。
謙虚な奴だ、俺に気を遣うこともないだろうに。

ひんやりとした平坂を歩きながら、色々な話をする。
瑠璃葉の趣味の話や、地域の話。

そんな話をしている間に暗い平坂を抜けた。
目の前に広がる異界の地。
瑠璃葉にとっては初めてみる景色だろう。

予想通り、隣を見れば景色に目を奪われている瑠璃葉がいる。
あまりにも景色ばかり見られているのもつまらないので・・

「おやおや、俺よりも景色に夢中とは・・寂しい物だな」

自然に瑠璃葉の意識を此方へと戻してやる。
ハッとして俺を見たその顔が面白くて、つい笑ってしまった。

「笑わないで下さい」
「ハハッ、すまんすまん。さて、日が暮れぬうちに行こうか」
「・・はい」

笑顔で頷くのを見てから、移動手段の為に黒麒麟を召還。
これを見てまた驚く瑠璃葉の手を引き、黒麒麟の背に座らせる。

自分も後ろに跨り、背後から瑠璃葉の体を支えるべく
腹部に手を回す。そして片方の手で手綱を握る。

「あ・・」
「どうした?こうでもしないと落ちるだろう?嫌ならば少し我慢していろ」
「あ、いえ・・・はい」

瑠璃葉の了承を得てから、黒麒麟に指示を出すように手綱を動かす。
指示を受けた黒麒麟はふわりと舞い上がり、常世の空に舞う。

前に座った瑠璃葉の髪が風に揺れ
支える体にも震える様子はなかった。
存外肝の据わった女だな。

本来ならば広い土地を回らせてやりたいが、常世は広大だ日が暮れてしまう。
選りすぐって選んだのは、先の戦いの折に使用した土地や建物を案内することにした。

先ずは岩倉。
此処は常世の前皇の部隊に襲われた際、一時逃れた地。
二の姫と共に逃れ、再出撃した場所。

「此処は岩倉だ、造りがしっかりしていてな少しだけの篭城も可能だ。」
「二の姫様と共に逃れた先が、此方でしたものね」
「流石に知っていたか、その通りだ。此処を見せてもつまらないと思ったが俺にとっては大切な場所でもある。お前に見せておきたかった。」
「ええ。私もアシュヴィンさんが大切にする場所を見れて良かったですわ」

柔らかく微笑む姿に、悪い気はしない。
もっと他にいい場所を見せてやりたくなるような笑みだな。

そう思う気持ちのままに、岩倉を去り移動する。
進路を北東に変え、再建しつつある町や村などを眼下に見ながら幽宮へ向かう。
進路と方角で気づいたのか、少し瑠璃葉が顔を俺のほうへ向けた。

「あの、后殿下は・・・いらっしゃるのですか?」
「千尋か、今は豊葦原へ帰っているからな留守にしている。」
「そうでしたか」
「何だ?会いたかったのか?」
「はい・・・少し、その・・・お話をしてみたかったのです」
「そうか、ならばまたくればよい。その時に幾らでも会わせてやる」

こう言うと瑠璃葉はとても嬉しそうに笑った。
あそこには、シャニとリブ達が待機している事を伝えるとまた瑠璃葉は嬉しそうに笑うのだった。

その笑顔を眺めながら、二人がいるであろう幽宮へ降りる。
降りる前から人影は舞っていて、その影がリブと文官である事が分かった。

降り立つ俺達にリブと文官達が歩み寄り、頭を下げた。

「お待ちしておりました、瑠璃葉さん」
「俺の客だからな、丁重に頼むぞ?」
「それは承知しておりますよ、皇。」

黒麒麟から降りるのに手を貸し、ふわりと地面に立たせる。
小さい声で瑠璃葉が礼を言い、大きな目で幽宮を見上げた。

そんなに見上げたら後ろにそっくり返りそうだな。
さり気なく支えてやりながら、案内すべく促す。
今日は常世を案内する為に連れてきたんだ、時間が勿体ない。

瑠璃葉を連れて、幽宮へと入る。
外の見える廊下を歩きながら、瑠璃葉は楽しそうに景色を眺めている。
今まで此処で育った俺としては、見慣れた風景だからそんなに楽しくもないがな。

でもまあ、こうやって笑顔で眺めてもらえるならば
常世の景色も存外悪くはないのだろう。

「綺麗な所ですね」
「ん?そうか?これでもまだ復興の最中なんだぜ?」
「そうだったんですか、でも大分綺麗になってきていますわ」

そう言って微笑む瑠璃葉。
全く、本当に嬉しそうに笑うんだな。

存外いいものだ、己の国を綺麗と言われて嬉しくない君主はおらぬだろう。
瑠璃葉は人をその気にさせるのが上手い。
何より、自分の事のように言うからだろう。

「兄様ー」

回廊を歩く最中、前方から聞こえてきた声。
言わずとも分かるが、弟のシャニだ。

病み上がりなのに走りおって。
転ばぬよう早足で傍へ行く。

案の定顔を顰めたシャニ。
膝がガクッとなるより先に、タイミングよく抱きとめる。
後ろから瑠璃葉も歩み寄りシャニも気づいて顔を上げた。

「有り難う兄様、お姉ちゃんが兄様のお客様?」
「ああそうだ」
「初めましてシャニ様、瑠璃葉と申します」
「此方こそ初めまして弟のシャニです、宜しくね」

笑顔で握手する二人、すると瑠璃葉がこんなことを言った。
自分の国の料理を作ってきたらしい。

それを聞いたシャニが目を輝かせて瑠璃葉の傍へ行く。
キラキラした眼差しを受けながら、包みを外し容器を取り出す。

「瑠璃葉、此処で開ける事もないだろうこっちへ来い」
「あ、はい。そうでしたね」

わたわたする瑠璃葉を案内したのは、応接間。
此処ならテーブルもあるし椅子もある。
時間も昼に近いだろうから丁度いいだろう。

シャニは変わらず嬉しそうに瑠璃葉に纏わりつき
近くの席に座った。

瑠璃葉も瑠璃葉でそんなシャニを笑顔で眺めている。
何とも微笑ましい光景だ。

見守っている俺達の前で、瑠璃葉が出したのは白い物だった。
不思議そうに眺める俺達に、サンドイッチだと教える瑠璃葉。
どうやらこの白いのがパンという物で、それが中身を挟んでいるのだとか・・・・

リブが飲み物を運んでくると、いよいよシャニはそのサンドイッチを手に取り
思い切って頬張った。流れる沈黙と緊張。
皆が見守る中、口を開いたシャニは凄くおいしいと笑った。

安堵の笑みを浮かべ、有り難うございます。と笑う瑠璃葉。
和やかな昼食が会席し常世の食べ物も運ばれてくる中
俺は瑠璃葉へ呼ばれ、部屋を出た。

「どうかしたか?」

見晴らしのいい場所へ歩き、人がいなくなった辺りで瑠璃葉を振り向く。
すると彼女は、とても穏やかな笑みを浮かべて言った。

「今日は我が儘を言ってしまい、すみませんでした」
「何故謝るんだ?俺はお前を案内出来て嬉しく思っているんだぞ?まだ見せたい場所もあるしな」
「・・ふふ、そうですか。そう言って頂けて良かったです。」
「ああ、土産もすまない。気を遣わせたようだ」

互いの間を心地よく流れる風を感じ。
言葉が浮かぶままに話す。

どうやら俺も、満足してしまっているようだ。
こんなにも有意義な時間を過させてくれた事に。
そうだな。存外悪くない。

「いいえ、当然の事ですわ。尋ねる側が贈り物を用意する事は」
「存外美味いな、あれもお前の手作りか?」
「はい。気に入っていただけました?」
「あの通りシャニもすっかり気に入ったようだ」
「良かった、あの・・・アシュヴィンさん」
「どうした?畏まって」

靡く服や髪を押さえながら言葉を選んでいる様子の瑠璃葉。
平和になった今、言葉を遮るような無粋な真似はしない。

ゆっくり言葉をまってやれる程度の気遣いは出来るようになったさ。
常世に吹く穏やかな風を感じながら待つ事数分。

「まだ行っていない所、また案内してくださいね」

思わず目が点になる。
それをわざわざ言う為に此処へ呼んだのか、と。

まあ、そこが瑠璃葉のいいところでもあるがな。
見上げるような視線を向けている瑠璃葉に微笑み

「当然だ、まだ回っていない所はたくさんある。」
「はい」
「サンドイッチとやらを食べたらまた案内してやろう−−」



「次は何処へ行きたい?お前が望む所へ連れて行ってやる」


fin