波乱
竜からの要請を受けたあの人。
電話での口調で明きらかだが、その人とは勿論。
達の担任、山口久美子の事である。
いそいそと支度する久美子を見ていた祖父達に
素直に生徒の家へ行くと答えた。
迷う事なく答えた姿に、それ以上追求する事もなく
祖父達はそれぞれの用をしに、この場を立ち去った。
ホッと胸を撫で下ろして、支度の続きに集中。
手の下に広げてあるバックには、子供の頃使ってた服に
涎掛けとか、哺乳瓶などが詰め込まれている。
あの家から出て来たは、きっとないだろうと予測して。
正直に言えば、小さくなった嘩柳院を見てみたい。
というのが本音。
小田切から聞いた時は、まさかと思ったが
嘘は言わないと思う、きっと小田切は。
まあ初対面の時は・・・騙されたけどな?
あの時は・・仕方なかったというか、私は生徒を信じるぞ。
久美子はそれらの荷物が入ったバックを背負い
意気揚々と、の住むマンション目指して家を出た。
その頃、の自宅にいる隼人達は。
可愛らしいの遊び相手になってる。
中身も子供へ還りつつある、今そのを隼人が肩車してやってる。
朝飯にと作った隼人のお握りは、綺麗に片付いていた。
肩車され、楽しそうにはしゃいでる。
それを隣で立って付き添っているタケ。
竜はというと、ソファーに腰掛けて玄関を気にしていた。
出勤していた山口に電話したのが、9時30分過ぎ。
そろそろ来てもいい頃だ。
「あ」
「ん?どうした?」
「かたづけなきゃ、おさらあらわないと」
そんなに小さくなってる今、皿の心配すんなよ・・・
ちょっと呆れ顔の竜、でも懸命に手を伸ばす姿が可愛らしい。
あんまり手を伸ばしたら、隼人の肩から落下しそうだな。
全く・・・危なっかしい奴。
隼人もそれに気づき、前に傾き重心も前へ来たの体を支える。
「あんま前に来ると落ちちまうぜ?」
「でも、あとかたづけ」
「大丈夫、後片付けは俺達がやるからさ。」
タケの言葉に安心したのか、ありがとぉと微笑む。
ふにゃっとした柔らかい笑顔。
ポッと隼人とタケの心に、温かい熱が芽生える。
可愛い!!何でこんなに可愛いんだっ!!!
「オマエ等顔に出過ぎ・・・」
「何一人だけ平然ぶってんだよ」
「そうだよ、竜だって本当は構いたいくせにぃ〜」
チッ・・そうゆう時だけ鋭いんだな。
人が我慢してりゃズバッと指摘しやがる。
ムッとしながら竜は、隼人の肩の上にいるを抱き上げて下ろし
腕に抱えると、そのままソファーの方へと移動。
ちゃっかりした竜に気づいたタケが、口を尖らせて抗議した。
「竜だけズルイ!手伝ってよ!俺だってと遊びたい!」
「おうおう!俺等ばっか雑用やらせんなよ!」
洗剤の泡に塗れた皿を片手に、ブーたれたタケ。
タケが言った事で、その事に気づいた隼人も続けてブーたれる。
2人の視線の先には、膝の上にを乗せてる竜の姿が映った。
ちゃっかりもちゃっかりに、竜はあやす様にの頭を撫でてる。
更にブーたれる隼人とタケ。
自分達もやってない事を、先にされた!
焦りに急かされて、皿を洗うスピードも増す。
洗い終わったら竜から交代して、次は俺がを抱っこすんだ!
洗い終わったら隼人より先に、竜と交代してを抱っこすんだ!
皿を洗いながら、互いの手の動きを気にしてる2人。
その様子を、アホだなぁ・・という目で見てる竜。
「りゅうはあらわないの?」
「俺がいなくても、あの2人で十分じゃん。」
それに、俺が皿洗ってるのって似合わなくねぇ?
ってお兄さん?それは・・・どうゆう?
子供に戻って、理解能力の追いつかないは首を傾げてる。
自分を見上げる円らな瞳、竜は優しく見つめて再び頭を撫でた。
リビングで流れる穏やかな空気、それと異なった熱いキッチン。
隼人とタケは、どっちが早く洗い終えるかで
熱いバトルを展開していた。
どっちも単純バカだな・・by 竜。
さてさて、忘れてはならないこの人。
漸くの住むマンション前へと、到着した。
手には一枚のメモ、これに住所と部屋番号が書かれてる。
見上げて一言、手荷物いっぱいの久美子は呟いた。
「・・・でかっ!」
確か、前にも誰かの自宅を見て言った言葉。
ご存知の人も多々いるだろう、竜の自宅に行った時漏らした台詞だ。
でもまあ・・華道家家元にいたんだし、当然か。
与えられた家とはいえ、今は家賃も自分で払ってるみたいだし。
そんな時にこんな事になるとは・・・何とかしてやりたいな。
と考えながら、久美子は門を押し開け
メモに記した部屋を目指して、階段を上る。
電話をして来た小田切は、嘩柳院がどの位若返ったのか
何が原因なのかとか、詳しい事は一切言わなかった。
家に来てるのは小田切だけなのか、それすらも分からん。
いや・・もし小田切一人だとしても・・・心配だな。
男として学校に来てた嘩柳院が、今は幼女だ。
小田切にそのケはないとは思うが・・。
まあいい、それは2人に会ってからだ!
明らかな勘違い、それをしたまま久美子はやっと自宅である
マンションの扉の前に立った。
躊躇う事無く、インターホーンを押す。
ピンポーン
無機質な音が、マンションの通路に響く。
待つ事しばし、通路に立つ久美子の前に在った扉のノブが回った。
同時に賑やかな声が耳に入る。
あれ?他にも誰か来てるのか?
騒がしい声、久美子にも何処か聞き覚えのある物。
「お、やっと来たな!」
「いらっしゃーい、ヤンクミ!」
「お・・オマエ等?来てたのか!?」
扉が開くと、それは間違いではなく
両手に荷物いっぱいの久美子を迎え出たのは、隼人とタケ。
どうしてコイツ等がいるんだ?
それより、私を呼んだ本人はどうした。
気の利く武田が、片手の荷物を持ってくれる。
それに軽く礼を言い、先を歩く矢吹へ問いかけると
矢吹は私の問いにムッとして答えた。
「アッチ」
一言しか言わない矢吹、その様子はどうも怒ってるようだ。
私が遅いからって訳じゃなさそうだな。
そう思って矢吹が差した方を見ると・・・
ソファーに座る、小田切を発見。
それだけなら、何デカク構えてんだ?って言えたが
乗っかってる・・・小田切の膝に・・
「なぁ・・矢吹、あの小田切の膝に乗っかってるのは・・・」
「だよ、俺等が皿洗ってる間に竜が膝に乗っけやがったの」
「俺達も乗せたかったんだけどさ、寝ちゃってさ。」
へぇ・・あの小田切が、他人に寝顔を見せるなんて
コイツ等の事、信頼してんだろうな。
だからその上で寝ちまった嘩柳院の顔も、安心しきってる。
何だか、とてもいいモンを見せられたよ。
久美子はクスッと微笑むと、手にしていた残りの荷物を下ろす。
それから、肘をついて2人の寝顔を堪能。
あの小田切も、寝てる姿はやっぱりいい男だな。
小田切だけじゃなく、勿論 矢吹も造りは整ってる。
武田は・・・コイツ等のマスコットってトコだな。
「武田、毛布とかないのか?春先とは言えまだ寒い。」
「そうだね、探してくる!」
久美子の言葉に、素直に頷くと武田はリビングを去った。
此処に残ったのは、昼寝中の小田切達と
それを眺める自分と膨れっ面の矢吹。
沈黙が続いたが、暇になったのか矢吹が口を開いた。
「オマエ・・その荷物何だよ」
「何って・・・色々だ!」
「えばるなよ」
「矢吹・・突っ込みが小田切並みなのには、訳ありか?」
「は?」
ほほぉ、無自覚って事か。
若いってのはいいねぇ!
言って虚しくなるから止めるか。
だから、誤魔化そうとする矢吹に私は言ってやった。
自分の心が、無意識に誤魔化そうとしている事実を。
「オマエ・・・ヤキモチ妬いてるだろ。」
思った通り、目の前の矢吹が私の言葉で固まった。
心の動揺からか、視線が私から外される。
武田とは違うのは、見てて分かってしまう。
目だよ、違うと言えるのは目だ。
矢吹が小田切と嘩柳院を見る目は、明らかに仲間を見る目ではなく
嘩柳院を一人の女として、小田切を男として見る目だ。
武田はただ単純に、騒ぎたいだけの可愛らしい感情。
「んな訳ねぇだろ、適当な事言うな。」
「ふーん?私には違うように見えたがな」
「・・・目がわりぃからじゃねぇの?」
「何だとっ!?」
眼鏡を指摘され、声を荒上げたタイミングで
毛布を手にした武田が戻ってきた。
これに紛れて、上手く逃げた矢吹。
まあいいか、コイツ等が自分から話すまで詮索はしないよ。
立った矢吹は、武田から受け取った毛布を
スヤスヤ眠る2人に、フワッと掛けてやった。
毛布の感触に、眠るの顔が少し笑う。
隼人はその笑顔を、しばらく見つめていた。