始まりの始まり
この日の天気は、カラッとしたいい天気で転校日和だった。
道には通学する学生と出勤するサラリーマンで溢れてる。
あたし 嘩柳院 (かりゅういん)も、その中の一人。
この仰々しい姓だが、父親の家名である。
あたしの家は、代々続く華道家元。
あの父親はその十七代目家元。
こんな堅苦しそうな家に生まれてなければ
あたしの人生 もう少し違っていたかもしれない。
父は規律に煩い真面目な人で、間違った事が大嫌いな奴。
母は逆らう事の出来ない大人しい人。
嫁入りした立場だから、父に逆らえないらしい。
けどもう少し・・あたしを見て欲しかった。
はなっからあたしのせいだと決め付ける父に、少しでいいから
意見して欲しかった。
あんな父でも、昔は優しかったのに。
幼いあたしに優しく華道を教えてくれた。
何度花を駄目にしてしまっても、根気よく付き合ってくれてた。
その父も 今ではあたしを疎ましく思い、家から追い出した。
考えの古い奴・・・あたしの中で、父の印象は変わった。
もう帰るつもりもないから、どうでもいいんだけどね。
歩道を歩く私の周りには、黒銀学園の生徒の姿もある。
男子の制服はあんな感じなのか。
などと思いながら、前を歩く生徒の背中を見つめた。
真面目な進学高校・・その学園の理事長には話しがついてる。
最初は渋っていた理事長だが、嘩柳院の名を出した途端
分かり易い程ガラリと態度が変わって、快く許可したのだ。
この姓に頼ってるみたいでイヤだったが、家を出たからには仕方ない。
入学金などは父がたんまりと支払ってくれたし
それくらいしてもらうのは当然の事。
向こうも言った事くらいは守るだろう。
しばらく歩くと、新学期にクラスの発表を見に集まる黒い群れを発見。
その周りでは教師らしき者達が、いそいそと動き回っている。
校門に入ってはいないが、それらの光景はとても目に入った。
途中 朝っぱらから救急車に擦れ違ったが・・・まさかね。
優秀な進学高校から救急車なんて・・・。
そんな疑問も、校門を潜り男子生徒達の視線を集めだした頃には
あたしの頭から抜けていた。
やはり女子生徒なんて、珍しい物以外の何者でもないんだろう。
羨望の眼差しや、興味本位の視線・驚きの視線など
様々な視線をあたしは感じた。
見世物じゃねぇーって叫んでやりたい。
「君が今日から転校する、嘩柳院さんですね?」
「はい・・」
「君の教室を教える前に職員室へ来なさい。」
君と同じく今日から転任する先生がいるんですよ−と
あたしに話しかけてきた教師。
一昔に流行ったような、ツッパリみたいな前髪。
黒縁眼鏡・・・ダサッ。
そんな心の声はしまい込み、愛想のいい笑顔で頷く。
「教頭、やはり女子生徒はいいですねぇ」
あたしを先導して歩き始めた猿顔の教師に、頭の毛が寂しい男の教師が
ニタニタした笑みを浮かべて耳打ちしている。
どうやら、このツッパリヘアの猿顔教師は教頭らしい。
キモ・・・男子校のセンコーってキショイ。
職員室に行く道中、教頭が何度か後ろを気にしたり
何かを見つけて青ざめたりしていたが、どうでもよかった。
職員室に着くと、私は教頭達から意外な事を知らされた。
「あたしのクラスは進学クラスから除外した所ってどうゆう事ですか?」
しかも、このリーゼント頭の教頭は あたしに男装しろっていいやがった。
あまりの驚きについ『あたし』と言ってしまう。
教頭はそれを聞き流すと、ふてぶてしい態度で当然のように言った。
「当たり前の事ですよ、この学園は男子校で優秀な進学校。
そこに過去にあのような経歴を持つ、しかも女子生徒がいるなんて
世間に知られたら困るんですよ。
寧ろ入れてもらえた事を感謝して欲しい物ですな。」
教頭の背後で、ピタリとくっつく金魚の糞のような男も
その通りです・とか言って拍手してる。
これだから大人なんて嫌いなんだ。
頭ごなしに決め付けて、それ以上違った角度から見ようとしない。
何処に行っても厄介者って訳かい。
「そうですか、この扱いあたしは忘れないからな。」
「・・そ、そんな風に言っても理事長の命ですからね。」
「へこへこ従うしか出来ないんだ」
バカにしたように笑ってやれば、教頭の眉が怪訝そうに動く。
職員室に険悪なムードが漂った時 ドアが開いて
一人の女が入って来た。
その女を見て、猿渡(名は人を表すって奴のいい見本だ)教頭の顔色が
更に悪くなり 素早く入って来た女教師へと駆け寄ると 何やら内緒話を始めた。
もめてた感じだったが、タイミング良く理事長が現れ
その場は収まり、あたしもその女教師と共に職員室を出た。
男装しないと入学させないとまで言われ、カチンと来たあたしは差し出された学ランに着替え
ついでに髪も切り捨て 完全な男として教室へと向かう。幸い声も低かったし。
立ち去る時 理事長の目が意味深に輝いていたが
敢えて見る事なく 職員室のドアを閉めた。
他の教師は、あのクラスに女教師と女子生徒を入れて
大丈夫なのかと 口々に言っていたが
一体どうゆう事なんだろう。
その疑問は、そのうち明らかになる。
「ねえ、貴女・・どうして男子校なんかに?」
沈黙を破り 隣の教師がそう聞いてくる。
聞きたくなるのも分からなくはない。
男子校に女子生徒なんて、普通は入れないし いない。
「・・・答える必要はない」
「どうして?」
「アンタには関係ないから」
「口の利き方が悪いな・・私は今から貴女の担任なんだ ちゃんと先生って呼んでみろ。」
何か強制ちっくな言葉。
教師なんてこんなもんだ、一々何だかんだと押し付ける。
「うるさい」
「なっ・・・まあいい、それにしても大層な名前だな。」
話コロコロ変わり過ぎ・・・
視線をあたしから外したその教師は、貰った名簿を見て感心してる。
名の事を言われても、対して気にならない。
「知らないの?嘩柳院って」
嘲るように聞けば、教師は頬を膨らませて 知らん と言う。
今時知らないなんて、珍しい奴だなって思った。
だからと言って、教師を信じる対象にはならない。
「クソ堅っ苦しい華道家だよ」
笑いながら言ってやれば、教師の顔色が少し変わる。
また言い方を直せとでも言ってくるかと思えば、違う反応をした。
「華道家なのか?嘩柳院の家って!凄いな、じゃあ家元か?」
お嬢様って奴だな?そう騒ぎ立て、興奮する様子は嘘ではなく
本心からの言葉に見えた。
「凄くなんかない、俺はアソコが大嫌いだ。」
既に姓を呼び捨ての教師、そこは気にならない。
この反応に心底困った。
今までの奴で、無邪気に驚いたりするのはいなかったから。
「そうか、ならこれ以上は聞かない。
おまえから話したくなったら、あたしが幾らでも聞いてやる。」
ドンと胸を叩いて言った教師 思い出したように自分の名も名乗った。
山口 久美子・そう名乗り、宜しくなと笑って俺の頭を撫でた。
言われたクラスは、何故か端の方にあり
行くにつれて、落書きなどが増えて行く・・。
そこは、表には決して出さないように隔離されているクラス。
教頭曰く 落ち零れの集ったクラスたせとか?
後で覚えとけ!とその事を知った時決意。
「じゃあ・・入るぞ、嘩柳院。」
「・・・」
久美子の言葉に、無言で答えやがてドアも開けられた。
「おはよー!」
と元気よく入って行った久美子と、静かに続いて行ったあたし。
そこにクラスの中にいる者達の視線が刺さった。
そして、発せられた第一声。
「なんだ、女かよ。」
つまんねーな・と一斉にブーイングする生徒達。
普通女が来たら違う反応するもんじゃないか?
案の定久美子も彼らの反応に、少し戸惑ってるようだ。
「折角歓迎しようかと思ってたのになぁ」
「歓迎?」
少し期待したような久美子の問いに、丁度正面に座っている男子
クセッ毛の髪をし、学ランの前を開けて中にシャツを着た生徒。
が、妖しく笑い一斉に何かを出した。
「そう、すげーセンコーが来るってゆうから期待してたのにな。」
楽しげに笑いながら出して見せたのは、金属バットとか
喧嘩に使うような物騒な物ばかり。
こいつらも・・あの時の奴らと同じ。
俺の大嫌いな『不良』。
久美子が僅かに動揺する中、の冷たい視線が彼等に向けられた。
此処での学園生活は、始まったばかり。