母と子の絆
話が上手過ぎる、和やかな雰囲気が戻りつつある店内に
竜が感じた違和感と不安が皆に話される。
それについて話し合うか否かで、ふと背後から嬉しそうな声が聞こえた。
「オマエ等何だかんだ言って、日向の事心配してんじゃないか」
「――ヤンクミ!?」
「だからオマエは、何でいつも突然いんだよ」
「今の話聞いて、ちょっとホッとしたぞ?」
一瞬漂った沈黙だが、ハッと気づいたタケが振り返り
脱力した面々を代表してつっちーが突っ込みを入れた。
それに構わず久美子は微笑み、ホッとしたと皆に言った。
口ではああ言っても、やはり浩介が気になっていたのは事実で
皆黙って久美子の言葉を聞いている。
「まあアイツがこのまま、学校来なくなるっつーのもヤだし。」
「しょうがねぇだろ」
隼人と竜の言葉は、タケとつっちーもをも代弁した台詞。
男同士っていいよな〜互いを理解し合ってるし。
認め合ってるし、その上で『仲間』だと呼び合ってる。
男に生まれてれば、少しは変わってたのかな。
ふと時計が目に入った。
やべぇ!!もう17時40分じゃん!遅刻しちまう!!
「あ、あのさ!俺ちょっと用があるから先帰るな!」
「用?何だよそれ」
「今説明してる時間ねぇんだ!」
「兎に角気をつけて行けよ」
あくせくと店を出て行く背に、つっちーが問いかけるが
マジで説明してる時間がないから、振り返らずにドアを開ける。
慌しいの背に、ヤンクミが辛うじて気をつけて行けと声を掛けた。
それを聞くか聞かないかのタイミングで、ドアが閉まる。
店に仲間を残し、ダッシュで店に走る。
『パピヨン』はこの場から、急いでギリギリの場所にある。
こんな事なら、もっと早く気づくべきだった。
とか思うが、浩介の事が気になっていたしどっち道この時間になってたと思って笑みが漏れる。
走りながら学ランを脱ぎ、すみれ通りに入る前に身なりを整え
学生とバレないようにしてから、店に向かう。
姉妹店の『ミカエル』を通り過ぎ、『パピヨン』が見えてきた時。
は信じられない光景を目にした。
視界の端から、真っ赤なシャツを着込みその上に黒のベストを着た姿。
「こ・・浩介?」
しかも驚きはこれだけではなく、浩介をつけてくる人物も見つけた。
何と姉妹店の『ミカエル』に浩介は入って行き、後をつけて来た女性は
その店をジッと見て、声は聞こえなかったが浩介と呟いた。
もしかしなくても、浩介のお母さん?
マズイだろ、こんな物騒な所に女1人で来たら!(オマエも女)
兎に角これはマズイと咄嗟に思い、手早く『パピヨン』に休むと電話し
そのノリで次の電話番号を押した。
コール音を聞きながら女性を見ると、その人も誰かに電話をしている。
その相手が、ヤンクミである事を祈った。
『もしもし?』
「あ、隼人か??」
一方で、自分がかけた相手が電話に出る。
その相手は隼人だった。
どうして隼人だったのかは分からない、殆ど無意識だ。
兎に角誰かに知らせないとって思った相手が、隼人だった。
電話に出た隼人は、の声が慌てている事に気づき
再度どうしたのかと尋ねた。一方ではヤンクミにも電話が掛かってきている。
「浩介と浩介のお母さんがいる!」
『は!?日向と日向のおばさんが?』
これには隼人も、勿論竜やタケ・つっちーにヤンクミも驚いた。
信じられない偶然に、ヤンクミは耳を疑い
電話を受けた隼人の傍に竜は移動して、詳しく聞くように指示。
頷いた隼人は、に落ち着くよう言ってから
その場所と浩介の入った店の名を尋ねる。
ヤンクミが受けた相手は、浩介の母親だ。
今と母親は、同じ付近にいてどちらも浩介を見ている。
2人の言う店が一致すれば、すぐに向かう必要があるから。
「入って行ったのは『ミカエル』って店、俺は其処から離れた『パピヨン』の近くにいる」
『やっぱりか、今ヤンクミのケータイに日向のおばさんから電話が来ててオマエと同じ店の名前言ったから俺等も向かう』
「やっぱり、ああ、分かった。」
『・・・うわっ』
「え?隼人?」
言い知れぬ何かが心に浮かんだ時、隼人が何か言おうとしたのだが
それが驚いた声に変わり、ザザッと音声が乱れた。
何かあったのかと、心配になったの耳に低めのトーンが入り込む。
『、分かってると思うけど動くなよ?』
「竜・・分かった、なるべく動かない」
『なるべくじゃなくて、動くな。オマエすぐ無理するから』
「う・・・・分かったよ、じゃあ早く来いよな」
『待ってろ、すぐ向かう。』
何て言葉を聞き、電話を切ろうとしたのだが
俺じゃなくて浩介のお母さんが動いていた。
ヤンクミが電話を受けたなら、隼人や竜と同じ事を言っただろうに。
その疑問は、母親を追いかけて分かった。
店に入ったはずの浩介が、青いシャツに黒いベストの男数人と
スーツ姿の男らに連れられて路地裏へと向かって行った。
雰囲気もよくない、しかもあのスーツの男ってオーナーの辰巳さん?
ごめん、隼人 竜。あのままおばさんだけ向かわせられないよ!
心で2人に詫び、物陰から走り出て
浩介と店員に辰巳、浩介のお母さんを追いかけても路地裏に走った。
ΨΨΨΨΨΨ
母親とから電話を受けた面々は、慌しくカフェを飛び出し
すみれ通りに向かっていた。
「なあ、竜。オマエ『パピヨン』って店知ってるか?」
ヤンクミを先頭に、左右に並んで走る中
隼人は竜へ走りながら尋ねる。
『ミカエル』の事を知ってたなら、もしかしたらと思ったのだ。
夜にあんな所を通って行く用事ってのが気になってた。
しばらく間を置いてから、竜は短めに問いに答える。
「『ミカエル』の姉妹店って聞いたけど」
「姉妹店?じゃあ其処も違法賭博してんじゃねぇのか?」
繁華街を反れ、いかがわしい店の多い通りへ向かいながらの会話。
息が上がって辛いが、どうも隼人は気になっていた。
やがて竜は、その『パピヨン』は『ミカエル』と姉妹店だと言う。
そう聞いて思うのは、どっちも違法賭博してんじゃないかって予感。
別にが其処に行く訳でもないのに、不思議と気にしている自分。
姉妹店なら、オーナーが同じって可能性もあるじゃん?
まあは、いきなり羽振りが良くなったって変化はねぇけど・・。
ΨΨΨΨΨΨ
浩介のお母さんを追いかけ、が路地裏に着いた時
思わぬ危機的状況になっていた。
浩介は酒瓶が置かれてる所に倒れていたし
おばさんは、その浩介を殴る蹴るしている前へ飛び出している。
恐怖よりも、我が子を守る事を優先していた。
でもこの状況は何より危ない!
「どけよ!ババア!!」
「どきません!」
倒れた浩介の上に覆い被さるようにして、息子に危害を加えようとする者達へ叫び返す。
あれだけ拒絶していたのに、母親が自分を守るように飛び出した事を浩介は呆然として見ていた。
駆け寄りながら、はそんな浩介を羨んだ。
自分には、身を挺してまで守ってくれる親はいない。
こんなにも浩介を案じている母親、傷つけさせてはいけない。
「お母さん、退いてなさいな・・ラァ!!」
「きゃ・・きゃああっ!」
「お袋!」
「危ない!」
辰巳がおばさんの両腕を掴み、無理矢理引き離すと
そのまま突き飛ばすかのように放り投げた。
浩介の叫び声と、の声が同時に路地裏に響く。
走り出たは、おばさんの体がコンクリートに叩きつけられる前に
飛び出してその体を抱え、自分の体をコンクリート側にして倒れ込んだ。
「うっ」
「何だオマエは・・!」
叩きつけられる衝撃に、の口から苦痛の声が漏れる。
一方辰巳達は、突然現れたに驚きの声を上げた。
突然現れたの存在に、浩介も驚いたが同時に焦った。
も男の格好をしているが、女だ。
空手を習い始めてるようだけど、自分が危機になり
浩介の母親が人質にでもされれば、自分を犠牲にし兼ねない。
「2人に手ェ出すな!」
辰巳がと母親に近づいたのを見て、咄嗟に叫ぶ浩介だが
取り巻きがそれを邪魔し、容赦なく蹴りや拳を叩きつける。
浩介の叫びも無視され、達から引き離されて暴行を受けるままになってしまう。
辰巳は、浩介の声を聞きながら笑みを浮かべ
と母親へと近づいて来る。
座り込む浩介の母親を背に庇い、は辰巳と向かい合う。
直感的に分かった、この男は今まで相手にしてきた不良とは違うと。
辰巳はこの場に居合わせたにも、平気で危害を加えるだろう。
「何処の誰か知らないが、この場に居合わせたのが運の尽きだ」
「アンタ、確か『パピヨン』も管理してるよな」
「――驚いたな、オマエ其処で働いてる奴か?それなら尚更お仕置きが必要だな」
「つくづく根性が腐ってんな」
吐き捨てるように言い、辰巳を睨みつける。
影で悪さをする奴等はこんな奴ばかりだ。
皆根性が捻くれ曲がっている。
それから浩介を解放するよう言ってみたが、聞く耳を持たない。
このままじゃ不利だ。
「貴様等みたいなガキが働くには考えが甘いんだよ、それを俺は教えてやったんだ。」
「ふざけるなよ?教えてやっただと?てめぇのが教育だなんて言えねぇよ!」
「クソガキが――っ」
次の瞬間辰巳の拳が唸り、へ向かってきた。
空手により、神経が研ぎ澄まされていたはそれを察知し間一髪でそれを防ぐ。
が、本気の拳は強くて 少し足元がよろめいた。
その隙を辰巳に付かれ、次の拳が脇腹へ沈み込み
更に腹を蹴られて後ろへ吹き飛ぶ。
「ぐあっ・・!」
「!!」
力の差で勢いもつき、の体は廃物へ叩きつけられた。
一瞬息が詰まり、意識が飛びかける。
廃物からずり落ちた体、ズキズキと全身が痛み始めた。
浩介が呼ぶ声が遠くに聞こえる。
霞む視界の中、辰巳が浩介の母親へ歩み寄るのが見えた。
「やめ・・ろっ」
薄れる意識を奮い立たせ、ヨロヨロと立ち上がって
辰巳の方へ戻る。
気づいた辰巳が、嘲るような笑みを浮かべた。
逃げる事も出来ず、抵抗も叶わない。
辰巳の腕が、自分の胸倉を掴み
片腕を振り上げるのを、遠くの意識で見た。