母の温もり



結局何も会話がないまま、目的の病院に着いた。
胸の鼓動も、息の詰まる程のドキドキから
締め付けられる緊張感へと代わっている。

きっと今日も来ているだろう、大切な娘の見舞いに。
は、聞く所によると大分回復し 病室も一般部屋に移った。

それだけでも、俺は安心した。
三年前のあの日・・は集中治療室へ運ばれ
の両親が駆けつけ、詰られて俺は病院を出て行かされた。

家からも拒絶され、親友の両親からも拒絶され・・・
俺の心は、深くダメージを受けた。

今でも・・・の両親は、俺を憎んでるだろう。
だっての両親は、俺の不注意のせいで
が撥ねられたと信じているから。

怖い

また拒絶されるのが

怖い

受付を過ぎ、足が止まる。
竜は動かないを見つめ、代わりに病室を聞きに行った。

「すみません、この病院にさんって入院してますか?」
さん?ああ、片山さんね?704号室ですよ。」
「そうですか、有り難うございます。」

現れた美青年、受付の看護婦はニコニコと答え
病室と行き方までも 竜に教えた。

受付の看護婦に礼を言うと、一人で待つの元へと急いだ。
心配なんだ、きっとは今震えてる。
傍にいないとどうにかなっちまいそうな気がして、急いだ。

!病室分かった、行こうぜ。」

頭の靄を消すように暗い考えを消して、俺は竜がいない事に気づき
丁度探そうと思ってた時、探そうとしてた本人に呼ばれた。

一人ぼっちにされて、正直不安になってた俺。
自分の傍に来た竜に安堵し、良かったと呟く。
その呟きが聞こえていたのか、竜はの頭をポンと叩いて言った。

「何処にもいかねぇよ、泣きそうな顔すんな。」
「そんな顔してねぇ・・・」
「嘘つけ」
「嘘なんかついてねぇよ」
「隠しても無駄だから、病室行くぞ。」
「なっ・・!」

緊張を解すような言葉。
竜の言葉にムッとして、反論しようとして気づいた。
何時も、俺の心を見透かしたような言葉を言う竜。
それでも、それが竜の優しさなんだって。

は歩き出した竜の背中に、苦笑を向け
置いて行かれないように走り、エレベーターへと駆け込んだ。

は7階の病室にいるようだ。
緊張はしてるけど、さっきみたいな緊張感じゃない。
一人で来なくて良かった、そしたら絶対足が竦んで
前に進めてなかっただろうな。

近くなる病室、俺はの両親とちゃんと和解出来るかな。
おじさん達に伝えたい事、上手く言えるかな・・。

「俺が見守ってるから、の気持ち 伝えて来いよ。」

704号室、扉の前で思い悩む俺に、ギュッと手を握り締め
竜の低い声が そう告げた。
そうだ、今は一人じゃない・・あの時とは違う。
竜や隼人、つっちーにタケ 浩介・・ヤンクミもクラスメイトもいる。

俺は笑顔で竜に微笑み、作った拳で病室のドアをノックした。

ノックに応える声が聞こえ、ゆっくりと目の前のドアが
手前に引かれて 少し歳を取ったおばさんの顔が現れた。
来訪者の姿を見たおばさんの顔が、驚きへと変わる。

「・・・ちゃん?」
「ご無沙汰してます、おばさん。」

確認するような言い方なのは、きっとこの格好を見たからだろう。
三年前の姿から一転、今は男装してるんだ。
驚くのも当然。
それから俺は、一呼吸置くと一番気掛かりな事を聞いた。

「あの、来ちゃ駄目なのは承知してます。
けど・・の事がずっと気になってて・・・」

そう言う視線は、おばさんから外れてしまう。
拒絶される恐怖は まだ完全には消えてなく心に残ってる。
詰られるのも承知で、俺はおばさんの言葉を待った。

「入りなさい、私達もいい加減態度を改めなくちゃな。」

沈黙するおばさんの代わりに、奥からおじさんの声がそう言った。
受け入れられた驚きで、ちょっと反応が遅れる。
後ろで竜が小さく、まずは良かったな・と言い背を押す。
されるままに病室へと入り、勧められた椅子に腰掛けた。

久しぶりに見た顔は、二人共歳を取り 疲れた様子だった。
誰も口を開かない病室に、おじさんの声が響いた。

「私達は、当時 君に酷い事を言ってしまったが
あの時は何も詳しい話が聞かされてなくてね。」
「詳しい話?」
「ええ、状況だけを鵜呑みにしてしまったの。」

初めて聞く話に、もおじさんに聞き返す。
するとおばさんも口を開き、すまなさそうに口ぞえた。

「最近 何かおかしいと思って、加害者の人に会ってみた。
それから警察の人にも聞いてみたら」
「不良にちゃんが突き飛ばされたのを、が庇ったって。」

交互に口を開くおじさん達、その話に竜と俺は聞き入った。
警察もそこまでは、二人に話したんだ。
車を運転してた大人も、本当の事を話してくれた・・?
何で今更・・・もっと早く、あの時に言ってくれてれば・・・

「それでも、を救えなかったのは俺の責任です。
その償いをする為に、俺は男子校に行きました。
のようになって欲しくなくて、自分を戒めたんです。」

今更って思ったけど、少しずつ真実が明らかになってる。
後は俺の決意と気持ちを伝えて、の事も理解させてあげる事。
は視線を上げて、しっかりとの両親を見た。
自分の父親の事は口にしない、人のせいにして自分の心を楽にさせる事は逃げてる事だし卑怯だから。

が元気になって笑顔が戻るまで、絶対に笑ったり
楽しんだりしないって・・俺なりのケジメのつもりでした。
けど、コイツを始めとしたクラスメイトは 俺の考えを変え 心を溶かし 心配してくれた。
信じてくれるセンコーもいた。」

隣に座っていた竜の目が、少し驚き 温かい目でを見た。
竜の見かけとは違った柔らかい表情に、おじさん達は驚く。
やっかんでいた不良青年が 明らかにを案じてる。

この子がそうさせた、同情させた訳でもなく。
その存在だけで・・・自分達こそ、考えを変えなくてはならないんじゃないか?
の話を聞きながら、おじさんは自問自答した。

「俺も、償いだけがいいとは思わない。
自分の為に生きて、笑って元気に過ごしていれば・・も喜んでくれる。
センコーがそう言ってくれたけど、信じてみたい。
お願いです、おじさん達もを信じてやって下さい。
は、拒絶されるのが怖くて 言えない思いを抱えてます。」

お願いだから、目を逸らさないで。
自分の子供を信じてあげて下さい。
子供は、誰よりも先に親に信じて欲しいんです。
見放されたら、愛されなかったら・・愛を知らない子になる。

きっとそれは俺の事、俺が愛されなかったように・・・
は違った風に生きて欲しい。
俺の事はどうでもいい、けれどだけは・・。

自分の事よりも、を思う
聞いていて竜はその小さな体を、抱きしめてやりたくなった。

けどそれは、竜の代わりにしてくれた人がいた。

膝を見つめて話すを、ずっと聞いていたおばさんが
優しく包み込むように、抱きしめていた。
その目には、涙が浮かんでいる。
突然の温もりに、俺は動けなくなった。

「ごめんね・・ごめんね、ちゃん。」
「おばさん・・・?」
「貴女がこんなにもの事を思ってくれてたのに
私達はその気持ちを信じてやれなかった。」

抱きしめた背を、まるで自分の子供をあやす様に
おばさんは叩き ギュッと俺を抱きしめてくれた。
これが、母親の愛・・・俺が感じなかった母親の愛情。
包み込まれる安心感、気づけば俺の頬にも涙が伝った。

受け入れてくれた事と、俺を理解してくれた事に。
おじさんも、俺の肩を叩き すまないと口にする。

「こんな細い体で、娘の為に・・・っ」

そう言っておじさんも言葉を詰まらせた。
自分の娘の為に、此処までしてくれるの存在。
その存在は、考え方や生き方は 二人の心を溶かした。

見守っていた竜の顔も、穏やかで・・遠い目をしてた。
子供を思うこの二人の姿を、冷血な父親と重ねて。