冤罪
してもいない罪。
やってもいない犯罪。
自分の見た物しか信じない大人。
正しい道を見失った子供を、見てみぬフリする大人。
決して違う面から見ようとせず、知ろうともしないで知ったような事を言う大人。
一度道を見失った子供が正しい事を言っても、耳を貸さない大人。
俺の周りの大人は、そんな奴ばかりだ。
今目の前にいる刑事も、この場にいる刑事達も。
一つの枠の中でしか見ず 一人一人は無視する。
皆それぞれ意思を持ち、個性もあるというのに。
「は?」
「トイレ行ったみたいだぜ」
取調室の個室で、一つの机に三人で座らせられた達。
今 真ん中にの姿はなく、隼人と竜だけの声が響く。
この部屋にいるのは、自分達と監視役の刑事のみ。
だだっ広い空間に、机と椅子しかない。
それっきり、何を話すでもなく 沈黙が部屋を支配した。
トイレに行った俺は、下着を下ろして冷や汗が出た。
「ギリギリセーフだな・・あと少し遅れてたら漏れてたぜ。」
長時間用を敷いといたおかげで、ショーツに付くギリギリだった。
三日目で良かった・・と、ホッと一息。
男の格好で、女子トイレに入れたのは癪だがあの刑事のおかげ。
アイツが俺の事を女と知っていたから、他の刑事達に
上手く言い 女子トイレを使えるようにしてくれた。
ただそれだけの事、全てを信じた訳ではない。
親切な婦警さんが新しい物をくれたので
それは肖り、早速取り替えるとトイレを出た。
「済んだか?戻るぞ」
完全に疑いが晴れた訳ではなく、あの刑事が外で待っている。
少しだけ嫌そうな目で見てからも歩き出す。
無実を信じて貰えない以上、無闇な問題は久美子や
勿論隼人と竜、それにクラスメイト達にも迷惑が掛かる。
最初、久美子を信じてはいなかったが
これまでの経緯で、の見方もスッカリ変わっていた。
「なぁ、一昨日此処来た時 アンタ言ったよな。
俺の事を見張ってる奴がいるって。」
「ああ、それがどうした?」
「誰なんだよ、教えろ。」
皆の前であんな事言いやがるから、久美子も隼人達も
俺の事を心配してか、一人にさせてくれない。
このままでは、確実にあいつ等を巻き込んでしまう。
それは避けたくて、刑事を問い詰めた。
俺だけ聞いて、俺でかたをつけなきゃならない。
人が真剣に聞いてるのに、刑事はまず こう言った。
「目上に対する口の聞き方がなってねぇな」
それを直さないと教えないつもりだというのは、見え見え。
言う通りにするなんざ、すっげぇ嫌だけど仲間を守る為。
は軽く咳払いし、早口で問い直した。
「俺の事を嗅ぎ回ってる奴等の事、教えて下さい。」
バカ丁寧に、礼までしてやった。
これで話さないっつーんなら、俺にも考えはある。
しかし、意外な事に刑事はすんなり話し始めた。
「やれば出来るじゃねぇか、だか 聞けば後戻りは出来ないぞ?」
「・・・覚悟は出来てる。」
「本気か?アンタは本来、あの家で守られてるべき存在だ。」
「もうあの家の世話にはなんねぇ、てめぇのケツくらい自分で拭う」
お嬢様が『ケツ』とか言うなよ・・・
内心刑事は呆れたが、の顔は真剣で三年前とは
明らかに違った強い意志を見た。
「しょうがねぇな、ハッキリ言うとアンタをつけてんのは」
諦めた刑事が告げた言葉、それは一つ予想出来ていた為
あまり驚かなかったが、衝撃は受けた。
同時に忘れたはずの怒りと、恐怖を思い出す。
ギリッ・・と知らずに 自分の唇を噛み締めた。
「あまり突っ走らない方が身の為だぞ?あの子のように・・」
「の事をアンタが言うな!!」
裏切った大人の口からは、その名を聞きたくない。
俺の言葉に耳も傾けなかった大人が!!
刑事が最後まで言い終わらぬうちに、俺は胸倉を掴み上げた。
女とは思えない力に、刑事も目を見開く。
「!!」
壁に叩きつけ、怒りを露にしたを誰かが呼ぶ。
胸倉を掴んだまま、声の方を見ると取調室にいたはずの隼人と竜。
「隼人、竜・・」
「、何があった?コイツにまた何か言われたんか?」
「コイツに何言ったんだよ」
二人の登場に、力を入れていた手が緩む。
その隙に、刑事はの手を離し 乱れた襟元を直す。
駆けつけた隼人と竜は、睨みをきかせて刑事を睨む。
「何も?それよりまた疑われないうちに、帰った方がいいんじゃないか?」
「んだとぉ・・?」
「やめんか、矢吹!小田切!」
挑発的な態度の刑事に、隼人が掴み掛かるが
今度は第三者に止められた。
嫌々振り向けば、何時来たんだろう教頭の姿。
それに刑事は帰れるような事を言った。
あれだけ疑ってかかってたのに、釈放されるのか?
「何かいきなり来てよ、俺等の疑いが晴れたんだと。」
「どうしてまた?」
「さあな、とにかく早く出ようぜ?」
疑問符を頭に付けて、隼人達を見れば
二人も気分よく納得した訳ではない様子で、経緯を説明。
不思議なもんだ、よく疑いが晴れたな・・・。
まあそれはよしとして、気が変わらねぇうちにさっさと行くか。
警察署を出た俺達の前で、教頭が刑事に頭を下げてる。
その光景をダル気に見てから、俺達は前を見て・・。
教頭も頭を上げ、階段を下りようと前を見て間抜けな顔をした。
それもそのはず、俺達の前には何時来たのか
久美子を先頭に、3Dの連中が勢揃い。
「竜!!はーやとvv」
浩介の隣に立ったタケが、ブイサインをして俺達を呼ぶ。
その顔は、嬉しくて仕方ないって感じだ。
緊迫した所で、ずっと疑われていた俺にとって
タケの明るい笑顔が とても安心出来た。
俺達が駆け寄るよりも先に、まず刑事が久美子へ近寄ると
「通報の件は聞きました、まあ お手柄と言えばお手柄ですが
出来れば一般市民は余計な事をなさらずに・・・」
エラソーな言い草で、久美子の行動に釘を刺す。
一瞬いい奴かも、とか思いかけたの撤回するわ・・・
勿論 そう言われて黙っていないのが3D。
何も言い返さない久美子の代わりに、タケ達が刑事へ進み出る。
「何言ってんだてめぇ」
「俺達が通報しなけりゃ、捕まえられなかったくせによ!」
浩介とつっちーの苛立った声が刑事へ発せられる。
終始黙っている久美子、進み出たタケ達を諌めたのは
慌てて出てきた教頭。
そんなにてめぇの事が大事か。
口だけ達者で、喚く事しかできねぇサルが。
止めに出た教頭の背中へ、俺は冷ややかに内心吐き捨てる。
刑事は笑みを浮かべて俺達を振り向き、嘲る感じで言った。
「これからは、疑われるような行動は慎むんだな。」
勝ち誇ったような捨て台詞、殴りかかりたいのを抑え
俺と隼人は 刑事を睨みつけるだけに留まった。
そのまま立ち去るはずだった刑事へ、今まで黙っていた久美子が言う。
「刑事さん、何か忘れてやしませんか?」
「・・・え?」
「三人に、謝って下さい。」
真剣に言う久美子の言葉、俺達も驚いてその背を見つめた。
疑われたまま過去を引きずって来た。
今まで、見ただけで何もしてなくても疑われてきた隼人達。
それが当たり前だった者としては、驚かずにはいられない言葉。
「先生、私はまだこの三人が 完全に無関係だとは思ってないんですよ」
自分の言う事が正しいと、驕ってる刑事の吐くセリフ。
大抵の大人は、てめぇが成人してれば
自分の言う事は正しいと、勝手に思っていやがる。
だが、久美子は違った。
「だったら証拠を見せて下さい・・ないんですか?」
「山口、もういいよ。俺達さ、こうゆうの慣れてるし・・」
「良い訳ねぇだろ!」
刑事の口から、確かな言葉を聞くまで久美子は俺達の事を信じてる。
何も言わず立ち去ろうとした刑事へ、尚も問いかける久美子へ 制止の声を発した竜。
大人には、何も期待していない。そんな気持ちを感じ取らせる。
けど久美子は、そんな竜の言葉を押し切った。
「誰であろうと、間違えた時は謝る・・それが、人の道ってもんじゃないんですか?
あたしは、子供の頃からそう教わって来たし 教師になった今も、生徒達にはそう教えています。」
静まった警察署前に、淡々と でも心を込めて話す久美子の声が響く。
背を向ける刑事へ、久美子は語りかけ続けた。
「確かに、こいつ等まだ未熟で色んな間違いも犯します。
だから、悪い事は悪い いい事はいいってちゃんと示さなきゃいけないんです!
なのに、社会に出た大人がルールを守らないんじゃ
一体 どうやってコイツ等に世の中の決まりを教えたらいいんだよ!」
本気で、俺達生徒の事を考えてくれている言葉。
今までの口先だけのセンコーに、この言葉 聞かせてやりてぇよ。
は今まで本気で、此処まで考えてくれるセンコーはいなかった。
そんな奴等に、この言葉を嫌って程聞かせてやりてぇと 思った。
黙って聞いていた刑事が、久美子を振り向き
「先生の熱意は買いますがね、果たしてその気持ちが
この生徒達に伝わりますかね?」
疑いに塗れた目で、俺達を見渡しながら言う。
「伝わります・・私は、そう信じています。」
久美子の目に、一片の曇りも無かった。
信じて貰えるなら、人はその気持ちに応えたいと思うだろう。
だから俺は思った・・今度こそ、久美子の事を信じれる。
信じた分だけ、コイツなら信じてくれる・・・と。