縁の糸
現れたのは同じくらいの年齢の人。
君菊さんは『千鶴はん』と呼んでいた。
とても可愛らしい人で着物のさばき方に慣れていないように見える。
初々しさを感じて親しみやすさも感じた。
「お座敷は今夜が初めてですかえ?」
「あ、はい そうでありますえ・・・?」
「くす・・可愛らしい方ですね、君菊はん」
「そうでっしゃろう?そろそろ行きますか」
「千鶴はん、私も力になりますき何でも聞いたって下さい」
「有り難うございます、えっと・・・・」
「と申します」
「ご指導宜しくお願いします、さん」
本当に可愛らしい人だと思った。
にっこりと私に笑みを向け、素直に教えを請おうとする姿。
何だかこの世界にいるのにあまり深く入り込んで欲しくないと思う。
この人にはずっとこのままの謙虚さで普通の幸せを手に入れて欲しいと思った。
夜は更に更け、そろそろ座敷の裏手に控える頃合いだと君菊さんに言われ
私達は宴の開かれる隣の控え部屋へと移動した。
宴の開かれる部屋では料理やらが着々と用意され
支度が整えられて行く。
この時私は、千鶴さんが何の為に花魁として来たのか
その背景には何があるのか、それらを全く知らないままだった。
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亥の刻(23時)
潜入した千鶴ちゃん達を追うように僕達も屯所を出た。
同行してるのは斎藤君、勿論終始無言。
けれどその沈黙が考える時間をくれるから不思議だよね(ぇ
山崎君の情報通りに長州の奴等が物騒な会合をしに来るなら
潜入してる千鶴ちゃんが危なくなる。
そうなった時の為にって、土方さんは僕と斎藤君を護衛に就かせた。
何だかんだ言ってもやっぱり土方さんは過保護だと思うよ〜?
それにしても・・・・こんな事してる場合じゃないよなあ・・・・・
けど隊務をしていれば忘れられるかもしれない。
ちゃんの事を・・・って、いやだなあ・・こんなのは僕らしくない
1人の女の人の事でいつまでも悩んでるなんてさ。
新八さんじゃあるまいし、隊務に集中しなきゃね
気持ちを切り替えるように足元の視線を前方へ向ける。
「考えはまとまったようだな」
「・・・・・え?」
「話し合いの前半は身が入っていないようだった」
「斎藤君は色々と鋭いなあ、ちょっとだけ気がかりな事があったんだけどもう晴れたし」
「本当にもう平気なんだな?」
「やだなあ、そんなに繊細じゃないよ僕は」
「俺が心配しているのは隊務だ、身が入っていない状態で雪村の安全や隊務を全うできるのか?」
「ああそっちね、やっぱ斎藤君は斎藤君って事かな。もう平気だよ、ちゃんとやってのけるから」
「それならばいい」
僕の考えがまとまるのを待っていたかのように斎藤君は口を開いた。
まるで左之さんみたいに僕の些細な様子に気づいてたみたい。
皆性質が悪いなあ〜・・・・まああと一人くらいは聞いてきそうだけどさ
斎藤君が心配してたのは僕の隊務への態度。
土方さんに直接任されたから気負ってるんだろうね。
取り敢えず、斎藤君は千鶴ちゃんが文を書く部屋の近くに控える事になってる。
僕?僕はね其処じゃない処かな、ジッと座って待ってるなんて僕の性に合わないし。
「全くお前は直前で無理を言う・・・あまり副長にご迷惑を掛けるな」
「はいはーい、今回だけだし大目に見てよ」
「・・・・・決して気配は悟られるな?気付かれては意味がない」
「誰に言ってるのかな?」
「愚問だったようだな、行くぞ」
「おっけーい」
いつも通りの会話をポンポンと投げ合う。
少し隊務に身を入れる事が出来るようになった。
斎藤君のお陰だとかは思いたくないけどね。
左之さんの喝のお陰とかも言ってないからね?
まあ何はともあれ・・・・僕と斎藤君は『葵屋』の裏口へと急いだ。
勿論正面から入った私は、裏口から入った沖田さんとは擦れ違う事もなく
持て成す側の客達を、此処の女将に呼ばれるまで隣の部屋で控えていた。
私の隣には千鶴さんが座っている、少し緊張しているみたい・・
きっと初めてのお座敷だから緊張してしまっているのね
千鶴さんの姿に、数年前の私自身を重ねた。
お座敷に呼ばれたのと同時に、初めて体を開かれた夜。
「千鶴さん」
「はいっ」
「そんなに緊張しなくても大丈夫」
「あ・・はい」
「貴女に閨の務めはさせないから」
「・・・・・どうしてですか?」
理由はない、唯一つ言えるなら・・千鶴さんに私のように汚れて欲しくなかった。
キラキラと輝いていて、真っ直ぐな面差し・・・何処か昔の私に似ている彼女を
エゴでもいい、守りたいと思った。