流転 四十七章ΨデジャヴΨ
『村正』を抜いた途端、首筋の痛みはなくなり
それと引き換えに、自分の体の力が抜けた。
体中の血が吸い取られて行くような・・・・・
それから、自分の力が強められるような気がしてきた。
二枚刃の妖刀。
そう・・此処から血を吸う歴史が始まり
徳川の血を吸う刀として、知られていくのだ。
処刑や暗殺、悪事に使われるようになって行く歴史。
それを・・・・俺がこの手で始めるんだ。
「!!」
『村正』を抜いたのを見た現八、の纏う気が変わるのを感じ
戦う手を止めて、名を叫んでいた。
首筋に見える赤々とした蜘蛛の痣。
あれは、船虫という女が操られていた時にも首にあった物。
だが・・・今のは操られてるようには見えない。
じゃああの痣は何だ?アレはに何を齎す?
このままじゃいけないと、自分の何かが警鐘を鳴らした。
止めなければ、本能がそう言ってる。
だが、止めに行きたくても紅い波が遮り
の所には行く事が出来なかった。
水の力を駆使し、奮戦していた。
その気が変わったのを、八犬士の誰しもが感じ取った。
玉梓の力に抗うようにを守っていた伏姫の力も、村正の開放で打ち消された。
命が喰われる――
村正を振るい、戦う中本能が気づいた事。
それでも、この劣勢を覆し皆を守る為には止める訳には行かない。
「何だアイツ!化け物だ!!」
鬼神の如く、人間離れした立ち振る舞いを見た連合軍の兵達が口々に叫ぶ。
そんな声がぼやけて遠くに聞こえる。
もうどうにも止められそうになかった。
村正が血を吸い、自分の命も吸い取っている。
意識は霞み、村正の妖気に呑まれそうになった。
止められない、止まらない――
このままじゃ敵じゃない人まで殺めてしまう!!
道節さんも、親兵衛君も、小文吾さんも、毛野さんだって、荘助さんだって・・・・
現八も・・・俺が殺してしまう――――!?
無心に村正を振るいながら、ふと滝田城に着くまでの間に見た悪夢を思い出した。
何故か玉梓側に解放された自分、よくしてくれた現八達を殺せと言われた。
信乃も荘助も殺められ、残った現八を俺が――!!
あれは正夢になろうとしてるのか?
「!!」
振るうのを止めない自分の手、その行く先に今はいて欲しくない人の声。
意識が喰われ始め、感情のない顔になった自分の眼がその者を捉える。
それは、現八だった。
初めからずっと傍にいてくれた人。
どんな時も、必ず傍で助けてくれた。
その人を手に掛けたくない、玉梓の思惑通りになんかさせない!
「現八来ないで!!」
ハッと戻った自我、駆けてくる現八へ声の限りに叫んだ。
溢れる妖力、食い潰される命。
そんな物より俺は現八を失いたくなかった。
勝手に動き、沢山の兵の血を吸っていた村正。
その柄を両手で握り、懸命に制御しようと力を込める。
その際、抗うかのように村正が電流を走らせ青白く輝いた。
軽い痛みがの腕に走る。
それでも村正を離しはしなかった。
渦巻く力、心と命を奪おうとする玉梓の妖力。
それら全てを押さえ込むべく、は己の力全てを注ぎ
自我への支配を取り払う悪しき力に対抗。
一方八犬士や他の兵士達、の近くにいる者達は意識を戦いからへ移している。
現八もの声に気迫を感じ、止められた位置から動けずにその光景を見守っていた。
「あぁあああぁああああああっ!!!」
全身全霊を込めた力、自分を取り込もうとする力の根本に玉梓の気を見つけた。
其処へ自分の力、水の刃を突き立てる。
自分にある力全てを込めた刃、抵抗する玉梓の力も構わずに
の放った水の刃は、捉えた玉梓の気へ突き刺さった。
その瞬間、変化は起こる。
の首筋に現れた蜘蛛の痣が消え、全身から青白い光が溢れ
天に昇るや否、滝田城目掛けて飛んで行ったのだ。
そして後には、村正の力を完全に自分の物にしたの姿があった。
この戦場に、既に信乃の姿はなく
の変化が起こる前から、滝田城の異変を感じた信乃は城へ駆けていた。
その滝田城でも大きな変化が。
実はあの後、浜路が駆けつけ父親である義実を庇った。
其処へ信乃が現れ、2人を背に庇い村雨を手に玉梓と向き合っていたその時に
が村正の試練を突破、玉梓が込めていた呪いも解かれた。
それが己に返されたタイミングと、数珠に残されていた伏姫の力が解放され村雨に移ったのが同時に起きた。
八つの玉の字が宿った村雨を構えた信乃、対峙した玉梓。
刃を交える前に、勝負は着いていた。
ΨΨΨΨΨΨ
滝田城から神々しいまでの白い光が溢れ、連合軍を包み込むように波打ってきた。
その光は里見側の兵士達をも包むように流れていき
は光を浴びた途端、眠るように意識を失った。
飛んだ意識は、戦場から離れ姉が果てた場所へ。
其処には先客が2人。
「・・・姉上・・」
「姫、よく頑張ってくれました。」
「え」
「有り難う、私との約束を果たしてくれました。」
白く輝く光を纏った姉は、現れたへ柔らかく微笑み
近くに倒れている玉梓を見てから、に言った。
よく頑張った、約束を果たしてくれて有り難うと姉は言う。
何の事か分からなくて、首を傾げると姉は再び優しく言うのだった。
「私の息子達を守ってくれて、里見を救う為に命を懸けてくれて有り難う。」
「それは・・・私も、皆が大好きで守りたかったから」
「いいのですよ、遠慮しなくても。貴女はもう全てを偽る事などしなくてよいのです」
「え?それって・・・」
命を懸ける事なんて、少しも厭わなかった。
それは自分が心から皆を守りたい、助けたいって願っていたから。
だから礼を言われるような事じゃないと、そう言えば姉は遠慮しなくていいって。
益々何が言いたいのか分からない、姉の言う事だきっと意味がある。
そう思って先の言葉を待つ。
「有りのままの貴女でいい、という事です。」
「でも俺・・いや、私には過去の記憶はないし」
「それならこの玉梓が、記憶を貴女に返します。」
「そうだな・・・・どうせ戦は続いていく、女である身の私が生き延びて行くには辛すぎる。」
突如出た玉梓の名、ハッと彼女がいる先を見れば
目が覚めていたらしく、何処かぼんやりした目で虚空を見つめて呟くように言葉を口にした玉梓。
もう怨霊として、自分達の前に現れた時の様な力のある目はしていない。
そんな抜け殻のような姿の玉梓を、何処か哀れに思った。
そんなの気持ちを、姉が全て代弁してくれた。
「何だか少し疲れた・・・・」
玉梓は、姉の言葉に静かに呟き涙を一筋流した。
彼女も本当は、戦の世に翻弄され生きた女の1人。
恨む事に疲れたと、そう言ってるようには感じた。
玉梓も、心から愛せる人に出逢って欲しかったな。
人を愛し、優しき心を知り穏やかに生きて行く。
そんな生を送って欲しかった。
「里見の二の姫よ、そなたの記憶を返してやる」
少し意識を考え事に集中させてるうちに、目の前に玉梓がいた。
頷く間もなく彼女の手が、額に添えられ強い力が流れ込んできた。
10年前、滝田城に生まれ落ちた赤子。
その姫はと名づけられ、皆に愛されて育った。
若い姉と父親、亡き大輔の姿。
そして生まれた三の姫、浜路の姿も。
しかし、浜路は鷹に攫われ それを嘆いた母は病弱になり命を落とす。
そして過去の自分は、あの何度も夢で見た玉梓処刑に立ち合わせた。
父の態度に怒った玉梓の呪い、その余波に包まれた自分。
自分の代わりに標的にされ、呪いの犬の子を孕まされた姉。
そして起きた悲劇、姉は八犬士を生み落として亡くなった。
それから10年余りが過ぎ、異界に飛ばされていた自分が姉に呼び戻され
此処へ戻った自分は、村正と出会い2つの剣を貰い
それから・・現八に出逢った。
姉に八犬士である息子達を助けてと頼まれ、仲間は集い玉梓の呪いの種を埋められ
そして今、その全ての戦いは幕を閉じるのだ。
「姫、幸せになりなさい。貴女は自由なのだから」
「姉上!私の方こそ、有り難う。私を、彼等と会わせてくれて」
姉と玉梓の姿が消え始めた、姉はしっかり玉梓を抱きしめ
自分を見て穏やかに言う。
玉梓の表情も、とっても穏やかな顔をしていた。
良かった・・もう、大丈夫だね。
もう誰も恨まなくて済むよ、どうか安らかに。
本当に有り難う・・・姉は微笑みながら玉梓と共に光の中に消えた。
里見を脅かす玉梓の呪いは解けた。