流転 三十八章Ψ団欒Ψ



(閑話のやり取りは本筋外なので35章の続きから始まってます)
鋭い毛野さんとの会話を終えて、古那屋へ戻った達。
2人で戻ると、古那屋の入り口に現八の姿。

それを見た毛野は、すぐにピンと来る。
に何かしてはいないか、それが気になって待ってたんだろうと。
しかし、は鈍いのか気づいていない。

単に出迎えしてくれたのだと思ってるんだろう。
頑張れよ・・・犬飼。

「あれ?現八、どうかした?」
「・・・・いや、それより来てみろ。」
「?」

から視線を外し、一瞬だけ毛野を見やってから現八は2人を促す。
毛野の読み通り、は全く現八の意図に気づいていなかった。

まあそれはよしとして、不思議に思いながら付いて行くと
明らかに人の気配が増えていた。
それに、他の仲間達は円陣を組むようにして座っている。

「お2人共早く此方へ」

達の姿に気づいた荘助が、腕を伸ばして招く。
その声で、僧のような風体の男が此方を見た。

射抜くような鋭い瞳だが、殺意も敵意も感じない。
瞳の奥には、温和さも伺えた。
にしても・・見た事あるような・・・

「あ!『忠』の玉を持ってる人だよな?」
「滝田城の門で会った・・・そなたも犬士とやらか?」

毛野にとっては初対面、どうやらは面識があるらしい。
そう思って毛野は、小声で知り合いなのか?と耳打ち。
振り向いたは、問いかけにそうだと頷いた。

滝田城ってゆうと・・・安房の里見か?

考え込む毛野、その毛野をいつの間にか皆の横に座ったが呼ぶ。
土間に立っているのは自分だけと気づき、苦笑してからその僧風の男の隣りに腰を下ろした。

全員揃った所で、信乃の提案もあり
それぞれの玉を題材に、自己紹介をする事にした。

「義」
「礼」
「智」
「忠」
「信」
「孝」
「悌」

玉の字を口に、己の持つ玉を床に置いて行く。
七つ置かれた玉が不意に輝き、互いに引き合うように中央へ寄った。
残りは1つ・・・。

「あと1つ、『仁』の玉が揃えば。」
「『仁』とは、思いやりや慈しみの心。人道八行の中でも最も徳の高いと言われています。」
「旅の途中で噂を聞いた、関東管領扇谷と古河の公方が手を組み 里見を狙っている。」
「戌氏公が?」

中央に寄った玉を眺め、少し焦れが見える信乃がそう言う。
すると大角が『仁』の玉について、簡単に説明してくれた。
同時に、道節の視線がに向けられる。

その目は、犬士ではないのか?と語っていた。
視線の意味が分かったから、皆も含めもう一度話す事にした。

「道節、俺には痣はあるが玉がない。だから犬士ではない。」
「痣があるのにか?」
「ああ。俺は里見の姫に頼まれて、異界から本来生まれた此方へ呼び戻された。」
「・・・・異界だと?」

息つく間もなく続く問いかけ。
場の空気も、張り詰めてくる。
玉がなければ、仲間として認めてくれないのだろうか。

道節の反応を見ながら、少し不安になってくる。
感情も乏しければ完全な男でもない。
痣だけあって、玉さえない。

中途半端な俺だから、駄目なのかな。

黙って言葉を待つに、道節は意外な言葉をくれた。

「ワシとしては、そなたが何者でも気にはせん。
痣があるなら仲間、それにワシはそなたを気に入ってるしな。」

「道節・・・有り難う。」

目線は合わさってなかったが、口調が柔らかくなってて
本当に心からそう言ってくれてると分かり、心が温かくなった。
懐が大きい人だな、とも思った。

横から現八と信乃が、良かったなと話しかけてくる。
2人の言葉に、満面の笑みでは応えた。
皆の優しさと心遣いが温かくて、仲間っていいなって思える。

「何故、扇谷定正と。」
「他にも、関東の諸大名と手を組み、兵を集めているらしい。」

のホッとした笑顔で、場が和んでから
間を空けずに毛野が更なる問いを、道節へ聞いた。
戌氏と定正は、共に犬猿の仲だったはず。

それが急に手を組んだと聞き、毛野は不思議さもあったが
何か裏があるのではないかと睨んでいた。
だが道節は、手を組んだのは2人だけではないと更に驚きの事実を告げた。

「里見一国に、そのような大群でか?」
「・・・もしやこれも、妙椿の入れ知恵かもしれません。」

納得の行かなさそうな小文吾。
ピンと来た大角が、1人の女の名を出す。
大角の漏らした名に、皆が視線を向けた。

「妙椿・・戌氏についたと言うその策士か?」
「ああ・・・しかも男を狂わす、美しき妖婦だとか。」

話の流れで、現八は里見を滅ぼすよう仕組んだのがその妙椿だと睨み発言。
先を促すように続けたのは道節、馬鹿馬鹿しげに謂れを口にした。
道節の言葉を聞き、女のように美しい毛野も鼻で笑う。

誰も策士の美しさとやらに、興味はないようだ。
だが、それを聞いていた小文吾だけがうんざりだという素振りで言う。

「ワシはもう、美女など信じぬ。」
「ふふっ」
「何がおかしい」

言わずとも知れず、その相手は毛野を差す。
いやぁ・・荘助曰く、見事な惚れっぷりだったとか。

ぬいはその事を思い出したのだろう。
ぬいの笑い声を聞き逃さなかった小文吾は、すぐさま反応して振り向く。
そして、可笑しそうに笑う妹へムッとして言った。

「だって兄さん、毛野さんに惚れてたんですよ?」
「な、何言うかねぇ!」
「さっき荘助さんに聞いたんですもの、ね。」

兄貴の立場なしだな・・・事実だし、否定のしようがないけど
恥ずかしいよなぁ・・幾ら美人だからって、同性にプロポーズまでしたとなれば。

ぬいの笑い声で、皆の視線も一気に犬田兄妹へ集中。
にしても・・俺の正体は、小文吾には内緒の方がいいかもな。
また騙してる事になってるし。

小文吾の失態が、仲間全員に知れ渡り
しかも発生源は荘助だと、ぬいが言い荘助に小文吾の羞恥の矛先が向かう。
これにはも笑いそうになった。

「荘助オマエ!いつの間に仲良く・・・!!」
「あぁ〜すみません!それより、早速安房へ発ちましょう。
皆さんはどうされます?折角こうして七人揃ったんです、是非共に安房に。」

小文吾に胸倉を掴まれ、尋問が開始される前に
何とか上手く話題を逸らし、荘助は小文吾の腕から解放された。

着物の袷を直し、仲間の前に座り直す。
すぐ答えたのは大角。

「私は参ります、父の為にも」
「ワシも行こう。扇谷定正が敵とあれば、迷う道理もない。」
仲間の顔を見つめ、決意を新たにした大角に続いて同行を承諾した道節。

その後を見、それから毛野を見て言った。

「そなたはどうする」
「構わん、共に仇討ちの手を練るとしよう。」
「よっしゃ、決まりじゃ」

小文吾の掛け声と共に、それぞれの玉を取り
話し合いは、作戦会議へと移行した。

大角はぬいからこの辺りの地図を貰いに行き
道節と毛野は、仇討ちの手を練るべく
2人で話し合っている。

信乃と荘助は、乗って来た馬の世話をしていた。
現八は武器の手入れ、はそんな現八を遠くから眺める。

そうやって過ごしながら、飛ばされた世界の事を考えた。
少しとはいえ、23年暮らしていた世界。
それなりに愛着はある。

未来の生活、暮らしとかを知る事が出来たのだから。

自分の役目は、もう少しで終わる。
里見に平和が戻ったら、あっちの世界へ帰されるのだろうか?
だって俺は・・・・本当の両親の記憶がない。

やっと逢えた姉上も、この世にはいない。
それに、あっちに帰っても居場所はない。

「はぁ・・・」

途端に自分の存在が、薄っぺらな物に感じて溜息が出る。
こっちの皆は、生き残る為に、何かを成す為に前へ進もうとしているのに。
自分は全然駄目だ。

遠くから、武器の手入れがてらを見ていた現八。
仕方なさそうに息を吐くと、刀を持ったままその場を立った。
地面に目を向けていたの視界に、1つの影が現れた。