チョコよりも甘い君



例えばの話。

Stバレンタインを、お前の生まれた地で迎えられたら。



2月14日

まだ肌寒い冬の朝。
ふと、腕の中の温もりがない事に気づいて目が開いた。

昨夜さんざ抱き締めて、沢山啼かせたから
朝から怒っているのでは?
そんな事を思い、部屋を見渡す。

仕方ないだろう?
皇子として過ごし、次期皇として多忙な日々を送っていた頃と違い
今では愛しい者と有意義に過ごす事が出来る。

誰にも邪魔されずに、愛を確かめあえるこの日々が幸せすぎて
夢ではないかとさえ・・・・・夢・・

まどろんでいた意識はすぐ覚醒し、体を起こす。
まさか夢ではないだろうな。
不意に不安に駆られ、部屋を出て彼女の姿を探す。

国を救った姫は、龍神に願い狭井君や柊達に国を任せ
うつつへ還れるよう願い、その願いは叶えられこうして戻って来られた。
向こうには風早もいるだろうから、国が乱れる事はないだろう。

以前、風早達と住んでいた家に二人で住んでいる。
広い家、二階には姿が見えない。

まさか――
不安に苛まれながら家中を探す。
こんな風に俺を不安にさせるなど、龍の姫くらいだな。

内心思いながら一階へ。
すると、何処からか鼻腔につく甘い香りが漂って来た。
この香りは何だ?不思議に思い、香りのする方へ。

覗いた先は台所。
其処には茶色の何かが卓に乗せられてあり、此方に背を向けているアイツを見つける。

葦原へ還ったのでは?と言う俺の不安は見事に外れた。
自然と気配を消して近づき、何かをしているその体をそっと抱き締めた。

「――わっ」

前から聞こえる驚いた声。
抱き締めたは、この部屋に漂っている香りと同じ甘い香り。
食べてしまいたいくらいに甘い香りだな。

昨日あれ程抱いたと言うのに。
などと自嘲している俺に、の抗議の声がかかる。

「ちょっとアシュ、今抱きつかないでよ」
「・・・・何故だ?」
「だから、手を動かしにくいの」
「手?」

顔を少し俺に向けて抗議する
何の事だかさっぱり分からないが、向けた頬に茶色い何かがついているのを見つける。

見た事もない色。
ましてやそれが芳しい香りを放つ物とは到底思えない。
――が、はそれをくつけている。

茶色い物+甘い香り+=美味い

勝手に頭に方程式が浮かんだ。
そう頭が理解すれば迷いもない。
の顎を掴み、その頬についている物を舐めとる。

「ひゃっ」
「ちゅ・・・ん・・甘い」
「なっ!!アシュ!!!何するのっ」
「何を怒っている、頬についていたから取ってやっただけだ」
「だったら教えてくれれば・・!」
「見た事のない色の物だったが、お前の頬についているなら不味くはないだろうからな」
「こっ・・・・・〜〜〜〜!!!!」
「何だ?顔が茹でダコだぞ?」

照れた顔も拗ねた顔も、くるくると表情を変えるのが可愛らしくて愛しい。
目の前で満足そうに朝から妖艶に笑っている私の恋人。
2人暮らしで本当に良かったかも、何て思ったのは内緒。

何とかアシュヴィンを納得させ、抱き締めてる腕を解かせる。
私なんかより全然大きい手。
逞しい腕に、広い胸・・向こうにいる頃から惹かれてしまった敵国の皇子。

笹百合の花を挿してくれたあの時から。
あの時の花は、もうないけれど。貴方がそばにいてくれるだけで十分だから。

テーブルに並んだ試作品を眺めている姿が少年のように見えて
ボールの中のチョコを溶かしながら笑みが浮かぶ。
Vネックで紺色の上着を着て、ストレートパンツを穿く様は皇子様だった人には見えない。

結構似合ってるし・・・カッコイイなぁ・・
とか見惚れていると、気付いた。
あれ程言ったのに、またそのままで寝たのね・・・・

「また髪の毛そのままで寝たの?夜は髪の毛だって休ませてあげないと傷んじゃうよ」
「傷む?・・・昨日はお前が可愛く啼くからな、解く間がなかった。」

指摘すればまた妖しく笑って恥ずかしい事を言ってくる。
あんなに綺麗な髪をしてるのに、異世界の人はそうゆうのに無頓着なのかしら。
顔が赤くなってしまい、あまり言い聞かせられずに作業に戻る。

用意しておいた型に溶けたチョコを流して、冷めるのを待つ。
オーブンで焼いた方がいいのかとか悩んだけど、クッキーじゃないしな・・・

取り敢えず冷ます方向で、アシュのいる方へ。
すると彼は、試作品のチョコと見つめ合っていた。

「どうしたの?」
「この茶色の固形物は何だ?匂いは甘いようだが」
「固形物って・・・これはね、チョコレートよ。さっき舐めたでしょ」
「ちょこれーと?甘かったのはお前の頬から舐めたからだろう」
「一々恥ずかしいなぁ!私から舐めなくたって甘いものなのっ」

本当の事を言ったまでなんだが、は真っ赤になって怒っている。
ちょこれーと・・食べ物なのか?
が嘘を吐くほど器用ではないのは分かっている。

確かに香りは甘い。
飾り気のない茶色の固形物。

常世にも葦原にもなかった者食べ物。
料理好きな日向の海賊も、これは見た事がないだろうなと笑みが浮かぶ。
どんな理由で作ったのかは知らない、が不味いものとは感じられない。

「これはどんな時に作る物なんだ?」
「私のいた此処ではね、2月14日に女の子が大好きな人に贈る物なんだよ」

大好きな人に贈る・・・・・
まさか俺以外に好きな奴でも?
いやまさかな・・・

ちらっと説明するを見やる。
視線に気づいたが悟ったのか、頬を染めて言った。

「アシュ以外に贈る人なんていないよ?」

恥じらいながら言う姿は愛しくて、そして嬉しかった。
このちょこれーととやらを貰うのが俺だけな事に、酷く嬉しく感じた。

俗世の習慣と言えばその程度なのだろうが
から貰える物とあれば、その習慣を特別な物に感じられる。

「食べてみる?試作品だけど、味は保証するから」

そう提案する、しさくひん・の意味がよく分からん。
だが不味そうには見えない、何よりが作った物。
他の誰も食べる事は出来ない。

少し迷ったが、特別であろうその一口サイズのちょこれーとを一つ手に取り
何やら凄く真剣な目で見ているの前で、口の中へと入れた。

食べた瞬間、初めて味わう食感と共に口内に広がる甘美な甘さ。
これはリブにも食べさせてやりたかったかもしれんな・・と思いながら食べていると

「ど・・どう?美味しい?」
「・・・・・うっ」
「え!?不味かった!?どうしよ、ちょっと水持ってく――」

不安そうに聞いて来る様が可愛くて、少し悪戯をしてやりたくなり
口を抑えて苦しむフリをしてやると案の定は慌てだした。

本気にしてしまったらしいの手を掴んで捕まえる。
慌てたまま俺を見下ろしたその小さな体を腕に閉じ込めてやる。

「ちょっとアシュ?水は?」
「そんな物必要ない」
「だって苦かったんでしょう?」
「まさか、何なら己で確認すればいい」
「確認?―――」

妙に落ち着いてるアシュヴィンを見つめつつ
その腕に包まれていると、くいっと顎を持ち上げられ

まさかと気づいた時には既に遅く、アシュヴィンの唇が触れていて
舌が唇を割って入り込むと、すぐに絡み付いて私の舌を吸う。
その時に広がったのは甘い甘い香りで、溶けそうになる程甘い物だった。

絡みつく前にチョコを口移しされてしまい、アシュヴィンの口内で既に溶け
食べやすいサイズになっていたチョコを、そのまま飲み込まされる。

それを確認したアシュヴィン、そのまま味わうように繰り返し口づけ
私の息が上がり、苦しくなる頃には離れる唇を銀の糸が引いた。

「も・・もう!普通に食べてよっ」
「美味くなかったのか?」
「味なんて分からなくなっちゃうわよ・・・・」
「お気に召さなかったか?お姫さまは、なら普通に食べるとしよう。」
「うん。普通に・・・・ってちょっと」
「普通に食べるんだが、文句でも?」
「ありますとも、どうして私を抱えてるのよ、食べるってチョコでしょう?」
「ちょこ何かより甘美で甘い物だ、言ったよな俺に・・普通に食べてよねって」


「それはチョコの事だってば!!!!!」

甘い匂いを漂わせて囁くアシュヴィン。
もう酔わされてしまいそうな誘惑。

チョコを食べて欲しかったけど・・・甘い香りと一緒に、貴方に食べられるのもまあ、今日だけは許してあげようかな。