誓い
あの後学校を出た俺達は、馴染みのカフェで就職雑誌と睨めっこしていた。
それは勿論、ヤンクミの夢を俺達で叶えてやる為。
「お、此処なんてどうだ?」
「ん?って、バカ!大卒って書いてあんだろ」
「はぁー・・・何かいいトコねぇかなぁ」
テーブルを占拠したつっちーと、タケと浩介が何やら言い合っている。
俺と隼人と竜の三人は、カウンターの方で求人雑誌を眺めていた。
眺めてるのは俺くらいで、隼人も竜も何やらダル気に頁を捲るだけ。
ヤンクミと約束したんなら、もっとみしみて見ろって。
皆に付き合って求人雑誌を見てる俺だけど、実際どうしようかなんて決まってない。
実家は華道家元だが、向こうから勘当たれたままだ。
とその両親との蟠りはなくなったが、肝心の実家との問題は解決しておらず誤解も解けていない。
このままでいいんだろうか。
ヤンクミと出会い、仲間と出会い
月日を共にしていくうちに、自然に浮かんだ疑問。
浩介もお母さんと理解し合い、いい親子関係になっている。
俺も・・・そうなれるのだろうか。
やはり結局は俺も、親の愛に飢えてるんだろうか。
何とも考えがまとまらずにいる時、店のドアベルが鳴り数人が店内に入ってきた。
「これはこれは、黒銀学園の皆さん」
その瞬間、誰もが内心『またか』と思ったに違いない。
此処から奴等の憂さ晴らしが始まる。
□□□
喫茶店から連れ出された俺達は、轟の奴等に連れられ川沿いの倉庫へ。
途中、隼人と竜が俺を逃がそうと試みたが失敗に終わり
けど俺も、一人だけ逃げるつもりもなかった。
広い倉庫に入り、工場跡のような場所に入る。
鉄パイプを握った轟の奴等がずらりと並び、向かい合うように俺達が立つ。
もう逃れられない、今回ばかりは俺も殴られる覚悟を決めた。
『卒業するまで、喧嘩はしない・・約束する』
ヤンクミと交わした約束が脳裏に甦る。
皆、勿論そのつもりだ。
だから轟の頭が報復目当てだろうが、憂さ晴らし目的だろうが
関係なくに隼人は口にした。
「俺達、あんた等とやり合うつもりないから。」
指を曲げる独特のピースサインをし、踵を返そうとした時
そいつは言った、下劣な笑みを浮かべて。
「これでもまだそんな事言ってられるかよっ」
「―!?―」
そいつの放った拳は、真っ直ぐ隼人を捕らえ
まともにくらった隼人は大きく後ろに倒れこむ。
それを見たつっちーが相手に向かおうとしたのを、強い声で隼人が止める。
その目が、約束の事を物語っていた。
約束したんだ、俺達は・・もう、喧嘩はしないって。
もう一度竜が歩み出て、同じ事を言ったが何とか喧嘩させようとする轟の頭に殴られて倒れ込む。
竜に駆け寄った浩介も、タケもつっちーも隼人も皆
ほぼ一方的に殴られ始める。
そしてその暴挙は、俺にも伸びた。
隼人へ駆け寄ろうとしたのを、胸倉を引き寄せられ阻止される。
「へぇー・・・お前、綺麗な顔してんな」
「そいつにさわんなっ・・・」
「竜!」
気づいた竜が、俺に駆けつけようとしたのを他の生徒が殴りつける。
もう俺は自分に腹が立った。
こんな顔だから同じに扱われない。
俺だって隼人たちといるんだから殴れよ!
「何だその目」
「俺だって黒銀だ、綺麗な顔とか言ってねぇでさっさと殴れよっ」
「バカ、・・!」
「へぇー?そんなに殴られたいなら、その綺麗な面メチャメチャにしてやるよ!」
くってかかる俺を、隼人は止めようとしたが
頭に血が昇っている俺には届かず、轟の頭はニヤリと笑うと握った拳を振り上げた。
その拳が自分に向かってくるのを、抗いもせずに俺は待った。
慌てた隼人、そして竜もタケ達も何とか動こうとしていたが・・・
振るわれた拳に、俺の頬は殴りつけられ衝撃は頭に響いた。
「――!!」
体は浮き上がり、その後には地面に叩きつけられる衝撃が襲う。
思わず意識が飛びそうになったくらい。
轟の生徒の隙をついて傍に来た隼人が俺を庇う。
「バカかお前は!自分から殴られやがって!!」
「だって、俺だって仲間だ・・・一人だけ殴られないなんて不公平だろっ」
「あのなぁ!今は不公平とか言う問題じゃ・・・っ!」
相手に背を向けて俺に怒鳴った隼人。
口の中を切ったせいで、俺の口からは血が滴る。
ムッとして言い返す俺に、更に隼人が何か言おうとしたタイミングで不自然に隼人の言葉は途切れ
俺に覆い被さるようにして、轟の頭に背中を蹴られた隼人が倒れ込んだ。
「隼人!」
「こんな時に背中なんか向けてんじゃねぇよ」
「っつ・・・・俺は平気だから、お前が殴られるよりマシだし」
「バカは隼人だよ、俺なんか庇うなっ」
周りを見れば、皆無抵抗のまま殴る蹴るをされていて
圧し掛かる形で隼人に庇われた俺だけが無事で・・・
俺を庇ったまま、隼人は轟の頭に殴られ続けている。
どうして俺だけまた助けられてんだよ・・っ
隼人の体を通して、殴られてる衝撃が伝わってくる。
「やだっ・・・隼人、退いてぇ・・・・このままじゃ・・・っ」
「っ!うっ・・!どかねぇ・・」
「そんなにコイツが大事なのかよ、バカじゃねぇのか!」
――誰か!誰でもいい・・助けて!!
隼人に庇われたまま、俺は誰か来てくれる事だけを願った。
守られてばかりの俺には、こんな事しか出来なくて虚しくて涙だけが頬を伝った。
何度も殴られ、蹴られ続け意識が朦朧としてきても
からは離れなかった。
守ると決めたから、どんな目に遭ってもだけは守る気でいた。
逆にそれが辛くて仕方なく、隼人に縋るしかない自分を呪った。
変化が訪れたのはその数分後。
待ち焦がれた人の声が響いた。
「あたしの大事な生徒に、それ以上手ェ出すんじゃねぇっ!!」
そう叫んで現れたヤンクミの姿を、隼人に庇われたまま見つけた。
思わず叫んでしまいそうになった。
この一方的な暴力から、救い出してくれるのは久美子しかいないから。
ホッとした俺は、情けない事にそのまま意識を手放した。
だから、その後久美子が殴られたのを知らない。
気絶してしまった俺を、隼人が抱え、そのまま久美子に頭を撫でられた事も。