違い
彼は明らかに違ってた。
体だけ目当ての客と。
ちゃんと『私』を知ろうとしてくれた。
『私』に合わせようとしてくれた・・・
どうしよう
胸が、痛む。
甘く、それは痛むんだ。
++++++
嘘・・
と出かかった言葉を飲み込む。
女将や連れ立ってきた小袖には気付かれなかったけど
あの人の知り合いらしき人には気付かれてしまった。
私達が顔見知りだと。
顔見知りだと言っても、ただ二言三言しか会話をしてない。
私には、それ以上に十分過ぎる感覚を与えてくれたけど。
「ではごゆっくりと、食事や床はこの太夫が」
「小袖は舞を、後程もう1人花魁を呼びますゆえ」
女将は私達に目配せすると、客間を立ち去った。
小袖が舞を披露する中、私は全く集中出来ないでいた。
また逢えるなんて、思ってなかったから。
それと・・私のしている仕事を知られてしまった。
汚い、汚れてる。
思われてしまっただろうか。
幻滅されただろうか。
小袖が立ち去るまで、俯く事しか出来なかった。
++++++++++
彼女はずっと黙って俯いたままだった。
そうゆう僕も、全く違う事を考えていた。
そんな僕には気づかない左之さん達。
何か勝手に飲み始めようとしてるよ・・・
まあそんな三人はほっといて・・この子、花魁で太夫かー。
数いる中でも上の方に位置していて、身分も高いよね。
僕より若いように見えるけど・・
見掛けによらないって事かな?
「失礼致します」
不自然なくらい会話がなくなったタイミングで障子が開けられ
花魁の蝶姫(ちょうき)や華、椿が現れた。
一瞬気まずい空気が薄れる。
微妙な空気に蝶姫は気付き、近くにいたあの人ではなく
長い赤茶の髪をした人に寄り添い
床の用意は出来てますと囁き掛け
それで気付いたのか、私達を見て言った。
「総司は太夫さんと楽しめよ」
気を遣ったんだろう。
総司、とゆうのが彼の名だと分かった。
それぞれの花魁達に連れられ、皆出て行ってしまう。
誰もいなくなった部屋。
私と、総司さんしかいない。
どうしよう。
心臓が破裂しそうだ。
こんな近くに、いる。
でも此処に来たって事は。
私は遊女花魁。やる事は1つ。
彼・・総司さんはお客様。
仕事を優先しないと・・
大丈夫だろうか、ちゃんと満足させられる?
感じてくれる?この体。
もし駄目だったら?
総司さんには、嘘をついてもバレてしまいそうだ。
軽蔑される?
怖い――
++++++++
気まずい。
左之さんがあんな事言うから余計に
あの漆器屋で会った女性が
花魁で太夫、驚かなかった訳がない。
けど・・・僕は女を抱きに来た訳じゃないし・・
しかも僕達は『新選組』の人間だ。
無駄に関係を持つものじゃない。
女の人よりも斬り合いのが好きだし(またそれか)
彼女も花魁、床の覚悟で来ているんだろうし・・・
そう思い、彼女を見て
僕は素直に驚いたよ。だって・・
彼女は、震えてた。
何故震えてるのか、初めてのって感じじゃないし。
第一、太夫まで登り詰めたなら震えるなんて事はしないでしょ?
何故だか、ちょっと気になった。
震えの理由とか背景とかには興味ない、そう思ってるのに
気付けば僕の口は言葉を紡いでた。
「緊張、してるの?」
***
情けなくて震えを抑えようとしている私に、そんな総司さんの声が掛けられた。
戸惑ったような声、けど少し冷たさも含まれてた。
それでもまた胸が跳ねた。
トクントクンと逸る鼓動。
私、どうしてしまったの?
「すみません、大丈夫です」
慌てて私はそうに言ってから
思い切って総司さんの傍に寄る。
一応は、これが抱いてくれても構わないの合図。
傍に行くと、あの時と同じように甘い香りが私を包む。
様々な不安が胸中で巡る中
彼は私に意外な言葉を掛けた。
「今日は話だけにして欲しいな」
「はい・・・え?」
口調もあの時と違い、棘のない口調で。
頷いて意味を理解し、思わず総司さんを見てしまう。
だって、此処へ来る客ならば
会話も料理も無視して、すぐ花魁を抱く。
でも総司さんは、話だけにしてくれと。
「此処にはお酒を飲み来た予定だし、僕もその気で来た訳じゃないから」
って言い訳にしかならないよね、と総司さんは焦っている。
こんな事を言う客も初めてだけど、言い方はどうであれ私に気を使ってくれる人も初めてだった。
何故か、涙が溢れそうになった。