始まりの章
「血」



「父上が、皇がお前を呼んでいる」


何を意味するのか分からないが、一瞬空気が張り詰めたのを体で感じ取る。
アシュヴィンの父上、私にとても親切にしてくれた慈悲深い皇。

しかし最近の皇は、よくない噂ばかり聞く。
よくシャニ様が漏らしていた。
【―最近の父様何だか怖い―】

強ち外れてはいない予感だ。
頷いて王の間へ向かいながら考える。

目つきが時たま狂喜じみた物になり、纏う雰囲気が人離れしたものになる時
どうしてか、自分と似通う何かを感じる。
同時に酷く反発する力のようなものも。

それが何なのか、会えば分かるだろうか。

「怖いか?」
『―平気だよ、アシュヴィンもいてくれるんでしょう?』
「俺もサティもついてる、安心しろ」
『有り難う』

言葉を分かって貰えなくても、アシュヴィンには分かったのかな。
ちゃんと私の言った言葉を汲み取ってくれる。

どうしようもなくそれだけで嬉しい。
いつの日か声が出たら、沢山話がしたいな。
皆と―――

いよいよ皇のいる場所が近付いてきた。
近づくにつれ、どうも不思議な感覚になる。
何かが私に語りかけ、力が吸い取られるような・・・・・・

その度にもう一つ別の力が働き、鬩ぎ合うようにざわめく。
まるで私をその見えない力から守るかのように。

ずっと黙ったまま歩くを時折振り向き、心配そうに見つめるアシュヴィン。
皇に会うから緊張している、といった感じには見えない。
とても真剣な顔をしているし、どうしたと言うのだろうか。

声をかけようとした時、アシュヴィンの声に被さるようにして別の声が響いた。

「待ちかねたぞ、―」

視線をから移せば、サティと共に待っていたであろう皇の姿。
一瞬自分を見たに小さく、大丈夫だと囁いてやり背を押してやる。

頷いてみせ、ゆっくり歩みだす
そしてまた強くなる何か。
不可思議な力だ、息苦しい・・・・・

皇を中心によくない気の流れが見える。
歩く度にそれが広がり、自分を取り込もうとするように見える。
取り込まれないように意思を保ち、望む限り傍へ行く。

『お呼びだと伺い、参上致しました。遅参をお許し下さい。』
「構わん、戦も本格的ではないからな」

挨拶をし会話を始めた二人を見守るナーサティアとアシュヴィン。
特に自然そうに見えるが、の顔色がよくないのを二人の兄弟は気付いていた。
心なしか空気が重い事にも。

『お呼びされた理由は何でしょう』
「お前には不思議な力があるようだな」
『いいえ、私にそのような力は――』
「土蜘蛛から聞いておる、輝血の目をした何かが見えたともな」

其処でアシュヴィンは気付いた、皇がこの事を知っていたのはエイカが喋ったからだと。
あの土蜘蛛・・・一体何を考えている。

ナーサティアに仕えているにしろ、よく分からない相手な事は確かだ。
同族のに対する態度といい・・皇へのあの言葉。
理解出来ぬ奴は信用ならんな。


一方で私は凄く混乱していた。
輝血って何?とか、力って何・・・・と。

よく分からないが今の皇は怖い。
気が混沌めいているし、何かの力が私の体の気を狂わす。

『生憎ですが・・・今の私には皇のおっしゃられるような力はありません・・』

何とか絞り出すように声を出す。
届いたかは分からない、それを確認するのも怖い。

兎に角離れたかった。
このまま傍にいたらどうにかなってしまいそうで
今の皇が纏う気と似た気が溶け込み、調和しようとしている傍ら別の力が反発して目眩が起きる。

「まだ自覚はしていないようだな、まあいいだろう・・暫く様子を見させてもらう」

納得したのかしてないのか、結果は後者だろうが話が終わった事にホッとする。
露骨にホッとした顔を見られる事は、棺のおかげでなかった。

一歩下がって一礼し、倒れそうなのを堪えながらアシュヴィン達の方へ歩く。
皇は何を知りたかったんだろう。
私にその力とやらがあったとしたら、どうするつもりだったんだろう・・・・

揺らぐ視界で二人の待つ方へ・・・・
しかしもう限界だった。
心配そうなアシュヴィンの顔を視界に捉えた時、意識は闇に呑まれた。

「――!」


++++++++++++++


後の事は記憶にない。
ただ力強い腕に抱き留められた事しか。
それから私を心配して名前を呼ぶアシュヴィンとナーサティアの声だけが聞こえた。

眠る私は、不思議な夢を見ていた。
前も見たような・・何処か懐かしさを感じる夢。
同時に少し寂しさも感じた。

―どうしてダメなのですか―

ふと聞こえた縋るような声。
そっちに顔を向けると、ひらひらとした布を纏わせ白い衣に身を包んだ女性がいる。

その人は何かと話をしていて、自分と同じ瞳から大粒の涙を流していた。
誰と話しているのかは分からない。

けれど、どうしてか見ている自分までもが胸を締め付けられた。

―人を愛するなど・・・我は赦さぬ―
―何故人を愛してはいけないのですか?死すべき者だからですか?―

交わされる口論。
女性と話す相手は見えない、が声に威厳を漂わせ共に慈悲も感じさせる声だ。
内容を要約すると、この人は愛してはいけない人間を愛してしまいそれを咎められているという事。

どうして愛してはいけないんだろう。
湧き上がる疑問。
人が人を愛しても罪にはならない。

人を愛したらいけない人って何?
全く分からない。

赦されぬ恋、女性は泣き崩れその場を立ち去り
何処かへ向かった様子に、も後をつける。
夢とは都合がいい、場面が変わって景色も変わった。

それが地上だと気づき、女性は天上人だと分かる。
だからあんなに別の声は反対していたんだ・・・・・

相手の人に逢いに行くんだろうか。
長い夢、意味があるのかは分からないけど気になってしまい追いかけた。

天上人と人間との恋。
これがどれ程禁忌なのか、何故かには理解出来た。
どう足掻いても先に死すのは人の方。

神は永遠の時を生きる。
どれだけ愛し合っても、やがては辛い別れが来る。
だからあの別の神が反対したんだろう。

自分を心配する神に逆らってまで選んだ恋。
走る女神の先に、長身でスラッとした人物の姿が見えてきた。

あの人が女神の愛する人なのかもしれない。
自然に逸る鼓動。
自分ではないのに心が温かくなって嬉しさがこみ上がった。

女神を迎えるべく両手を広げた人。
喜び飛び込んだ女神、傍目にも愛し合っているのがよく分かる。
けれど相手の顔は見えなかった・・何となく・・・・アシュヴィンに似た声・・

夢は前触れもなく其処で終わった。
心に甘い痺れを残して。

何を意味するのかは分からない。
けれど何の意味もないなんて事がない事も分かってしまった。


だってこんなにも、懐かしさと愛しさが私を包んだから。